以下は、東京高裁第十一刑事部の判決文です。
  ただし、縦書きを横書きに直していますが、各頁の行数及
 び各行当たりの文字数は原本と同じにしています。頁数は、
 各頁末の右端に示しています。

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平成八年一一月二〇日宣告  裁判所書記官 高 島  勇
平成八年(う)第八一九号

        判    決

  本籍  東京都世田谷区松原参丁目八百拾番地
  住居  横浜市青葉区荏田北三丁目七番一五号
      会社員
                三  宅  喜 一 郎
                昭和一四年七月一五日生
 右の者に対する詐欺被告事件について、平成八年二月二二日
                         −1−

東京地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の
申立があったので、当裁判所は、検察官伊豆亮衛出席の上、審
理を遂げ、次のとおり判決する。

        主    文
     本件控訴を棄却する。

        理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人橋本佳子及び同金井克仁連名作成
名義の控訴趣意書並びに右両弁護人及び同竹内義則連名作成名
義の控訴趣意書補充書に記載されたとおりであるから、これら
                         −2−

を引用する。
 論旨は、いずれも、事実誤認の主張である。
一 被告人が、本件犯行に関与していない旨の主張について
  論旨は、要するに、原判決は、被告人が、鎌田次朗(以下
 「鎌田」という。)、高澤正比古(以下「高澤」という。)
 らと共謀の上、原判示の各犯行に及んだ旨認定しているが、
 被告人は、鎌田や高澤と共謀した事実はないから、原判決に
 は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、
 というのである。
  そこで、原審記録を調査して検討すると、共謀関係の点を
 含め、原判示の事実は、これを優に認定することができ、原
                         −3−

 判決には、所論のような事実誤認は存しない。
  すなわち、関係証拠によれば、本件犯行の共謀に関連する
 事実として、次の各事実が認められる。
 1 平和ホームズは、資金繰りに窮した状態が続いており、
  昭和六二年春ころ、運転資金等を捻出するため、社長の被
  告人の決断により、いわゆるつなぎ融資制度(住宅建築工
  事を発注する者が、住宅金融公庫等からの公的融資を受け
  て工事代金を支払う場合、右融資は、建物完成後、右建物
  等に住宅金融公庫等を権利者とする抵当権設定登記が経由
  されてからでないと実行されないため、融資実行までの間
  に建築業者に支払わなければならない契約金・中間金等を
                         −4−

  得るものとして、一時的にノンバンク等から融資を受ける
  制度)を導入した。
 2 そして、昭和六三年一月ころ、平和ホームズの資金繰り
  会議(昭和六一年ころから行われるようになったものであ
  って、被告人ら会社幹部が集まり、平和ホームズの下請業
  者等に対する支払い等に関して、財務担当者が作成したい
  わゆる資金繰り表等の資料を参考にして、同社の資金繰り
  を相談し合い、最終的には、被告人が決断して指示する会
  議)において、高澤は、被告人、三宅千尋専務、鎌田常務
  ら会社幹部に対し、資金繰り表等の資料を配付して、平和
  ホームズが資金繰りに困窮している状況を報告するととも
                         −5−

  に、その対策として、つなぎ融資を受けている顧客に対し、
  ローンの借換えをお願いし、新たに受ける融資金を平和ホ
  ームズの口座に振り込んでもらえれば、これを、直ちに、
  先のつなぎ融資債務の返済に充てる旨の虚言を申し向け、
  これを信じた顧客から、平和ホームズの口座に振り込まれ
  た融資金を、先のつなぎ融資の返済に充てずに、その債務
  の返済期日が到来するまでの間、平和ホームズの資金繰り
  に流用する方法(以下、このよラな方法による不正行為を
  「二重ローン」という。)をとることを提案し、出席者一
  同の賛成を得、特に、被告人から、「それができるならば、
  やってほしい」旨の積極的な意向が述べられ、以後、平和
                         −6−

  ホームズは、高澤を中心として、二重ローンの手口による
  資金の調達を図ることとなった。
 3 昭和六三年四月ころ、つなぎ融資を受けていたオリエン
  トリースに対する支払いが滞ったことから、同社に、平和
  ホームズが二重ローンを行っていることが発覚し、被告人
  は、自宅を抵当に差し入れるなどして事態を収拾し、顧客
  に二重ローンが発覚することを免れたものの、オリエント
  リースからの融資が受けられなくなり、その後は、原判示
  日本信販から、つなぎ融資を受けるようになっていたとこ
  ろ、平成元年五月ころ、二重ローンの借換先として東芝総
  合フアイナンスからもつなぎ融資を受けるようになり、以
                         −7−

  後は、日本信販と東芝総合フアイナンスの組合せで二重ロ
  ーンを行うようになった。
 4 本件各犯行当時においては、平成二年九月ころから一一
  月ころの各資金繰り会議において、財務担当の鎌田から、
  被告人、三宅千尋、高澤ら会社幹部に対して、資金繰り表
  等の資料に基づいて、既に、日本信販からつなぎ融資を受
  けている本件各被害者らに、東芝総合フアイナンスから二
  重ローンを受けさせ、その融資金を平和ホームズの口座に
  払い込ませる旨の提案がなされ、被告人ら一同の了承を得
  て、鎌田が原判示第一及び第二の、鎌田及び高澤が同第三
  の犯行の実行行為に及んだ。
                         −8−

  そして、以上の各事実に徴すると、被告人が、鎌田、高澤
 らと共謀の上、本件各犯行に及んだことは明らかであるとい
 わなければならない。
  所論は、そもそも、平和ホームズにおいては、資金繰り会
 議なるものは存在していなかったから、被告人が、昭和六三
 年一月ころ行われた資金繰り会議に出席して、二重ローンに
 よる不正な資金繰りを実行することを鎌田ら会社幹部らに指
 示することはあり得ず、また、本件当時、平和ホームズでは
 三宅千尋専務、鎌田常務、脇山船橋営業所長らが作った経営
 委員会が会社経営の実権を握っており、被告人は、会社の経
 営から排除されていたから、本件各犯行に先立って行われた
                         −9−

 とする資金繰り会議において、鎌田、高澤らと、本件各犯行
 の共謀を遂げることもあり得ない、などと主張する。
  しかしながら、原審証人鎌田、同高澤(第五回ないし第七
 回期日における各供述。以下「高澤前半供述」という。)、
 同福岡正芳、同脇山功三らは、原審公判廷において、いずれ
 も、昭和六一年ころ以降、被告人ら会社幹部が出席する資金
 繰り会議が行われており、本件各犯行当時には、これが月に
 四、五回開かれ、右会議において、財務担当者が作成した資
 金繰り表等の資料に基づいて、その月の下請業者らに対する
 支払い等をどのようにやりくりするかの話合いが行われてい
 たこと、昭和六三年一月ころの資金繰り会議において、二重
                         −10−

 ローンの導入が被告人の了解を得て決定されたこと、被告人
 を含む幹部らが、本件各犯行に先立って行われた資金繰り会
 議において、各被害者らから二重ローンの手口で金を騙取す
 る旨の共謀を遂げ、原判示のとおり犯行に及んだものである
 ことを一致して供述しており、鎌田及び高澤の検察官に対す
 る各供述調書謄本にも同内容の記載があること、被告人方居
 宅から押収された資金繰り表等に、本件各被害者らが東芝総
 合ファイナンスからつなぎ融資を受けることになっており、
 その融資金が平和ホームズに入金される予定となっている旨
 原判示事実に副う記載があり、同表には、被告人が赤色等の
 ボールぺンで記入したとみられる数字、◎等の記号、文字等
                         −11−

 (例えば九月一九日の資金繰り会議で使用された資金繰り表
 の二二日から二五日までの欄の「石田」と記載されている横
 に、「東芝W」なる書き込み等)が多数認められること、高
 澤と福岡が、平成元年四月二六日に被告人の自宅あてに送信
 したファクス(原審甲九八)には、「日本信販に対する返済
 についてジャンプ(期限の延長)ができなくなった。ダブル
 (二重ローン)を利用しているユーザーにハガキが行くと、
 トラブルが発生する危険がある。(したがって)同月二七日
 に四、三八〇万円を日本信販に返済しなければならなくなっ
 たので、明朝相談したい」旨、平和ホームズが二重ローンに
 より資金繰りをしている事実を被告人が知悉していることを
                         −12−

 窺わせる記載があること、などの事実に徴すると、平和ホー
 ムズに資金繰り会議が存在し、被告人が、鎌田、高澤ら共犯
 者らと本件各犯行の共謀を遂げたことは明らかであるから、
 所論は採用することができない。
  所論は、原判示事実を基礎づける原審証人鎌田の供述並び
 に同高澤の前半供述及び同人の検察官に対する各供述調書謄
 本は、いずれも、信用性が低く、原審証人高澤(原審第一九
 回ないし第二五回及び第三二回公判期日における各供述。以
 下「高澤後半供述」という。)並びに被告人の原審公判廷に
 おける供述が真実である旨主張するが、右鎌田供述並びに高
 澤前半供述及び同人の検察官に対する各供述調書謄本の内容
                         −13−

 は、資金繰り会議の存在とその内容、つなぎ融資の導入、二
 重ローンの採用、本件各犯行の共謀・実行行為の部分につい
 て、相互に符合しており、これらが、原審証人福岡正芳、同
 菅原敬明(元平和ホームズの関連会社であるツーバイフォー
 ム技研株式会社の生産管理部長)、同脇山功三らの各供述、
 本件各被害者らの各供述調書及び前記資金繰り表等の関係証
 拠とも大筋において合致しているのであって、いずれもその
 信用性は高いものと認められるから、所論は採用することが
 できない。所論指摘の高澤後半供述は、被告人の共謀の点を
 も含め、高澤前半供述を全面的に否定するものであるが、そ
 の理由とするところは、「前の証言は嘘を言ったわけではな
                         −14−

 いが、前の証言を読み直しているうち、真実と違っているこ
 とがわかってきた」などという不合理なものであること、高
 澤後半供述は、高澤自身が、原判示第三の犯行について執行
 猶予の判決を受け、同判決が確定した後のものであることに
 加え、同人は、右判決を受けた後の平成四年三月から、被告
 人の紹介で、被告人が勤務する造園会社に就職し、被告人と
 ともに稼働しているものであることなど、高澤が後半供述を
 するに至る経緯をも併せて検討すると、高澤後半供述は、そ
 の信用性に疑問を抱かざるを得ないものである。また、被告
 人は、原審公判廷において、「本件当時は、経営委員会が会
 社の実権を握っていて、自分は、会社の経営から排除されて
                         −15−

 いた」「自分がメモ的に書き加えた資金繰り表等が存在する
 ことは認めるが、これは、鎌田が夜酒を飲んで機嫌がいいと
 きなどに同人から資金繰り表等をもらい受け、その際、同人
 から顧客からの入金予定や、支払い関係に関する情報を聞き
 出し、その内容を資金繰り表等に書き加えたものである」旨
 供述しているけれども、関係証拠によると、経営委員会が存
 在したのは、平成二年六月ないし八月ころまでであること、
 右委員会が存在中も、被告人が平和ホームズの資金繰りを行
 っていたことを窺わせる記載のあるファクスが存在すること
 (前記原審甲九八)、本件各犯行に関連する資金繰り会議は、
 同年九月中に四回(一〇日、一九日、二一日及び二六日)行
                         −16−

 われているところ、被告人は、右会議にいずれも出席して配
 付された資金繰り表等に書き込みをしていること、右会議で
 配付され、検討された資金繰り表等の記載内容はいずれも詳
 細であるところ、被告人方から押収された右資金繰り表には、
 数字の訂正箇所や、欄外に書き加えた部分があることなど、
 丹念に検討されたことを窺わせる形跡が認められるのであっ
 て、飲酒して機嫌のいい鎌田から聞き出したことを資金繰り
 表に記入したにすぎないとする被告人の原審公判廷における
 供述は、不自然、不合理であり、到底信用することができな
 い。
  所論は、本件当時、平和ホームズは、担保力のある不動産
                         −17−

 等を多数有しており、資金繰りに窮していたことはなかった
 から、被告人には本件各犯行に及ぶ動機が存在しない旨主張
 するが、前記認定のとおり、平和ホームズは、本件以前から、
 慢性的に資金繰りに窮していたことが認められることに加え、
 関係証拠によれば、同社は、昭和五八年ころから役員等幹部
 に対する給料の遅配がみられ、また、社員の給料から源泉徴
 収している税金の納入が遅れ、度々納入の督促を受けていた
 こと、などの事実が認められるのであって、右各事実に徴す
 ると、本件当時、同社が資金繰り等財政的に逼迫していたこ
 とは明白であるといわなければならない。
二 本件が詐欺罪に該当しない旨の主張について
                         −18−

  論旨は、要するに、本件において、日本信販と顧客の間で
 締結されたつなぎ融資の契約書には、顧客から日本信販に対
 する債務の返済場所に関し、「貴社指定口座」なる欄があり、
 同欄には、平和ホームズの銀行口座が記載されていたから、
 顧客は、返済金を右平和ホームズの口座に振り込めば、その
 時点で、日本信販に対する債務が弁済されたことになると解
 されるところ、本件被害者らは、原判示金員を、日本信販に
 対する弁済として、平和ホームズの口座に振り込んだもので
 あり、その時点で、日本信販に対する債務が消滅しており、
 何ら財産上の損害を被っていないから、仮に、原判示の各事
 実が認められるとしても、本件においては、詐欺罪が成立す
                         −19−

 る余地がないのに、被害者らに財産的損害が発生している旨
 認定して、詐欺罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を
 及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
  しかしながら、前記認定のとおり、被告人と共謀を遂げた
 鎌田(原判示全事実)、高澤(同第三の事実)らは、被害者
 らが東芝総合ファイナンスからの融資金を平和ホームズの口
 座に振込入金しても、これを、直ちに、日本信販に対する被
 害者らの借入金の返済に充てる意思がなく、平和ホームズの
 運転資金等に流用する意図であるのに、その情を秘して、被
 害者らに対し、いずれも、「日本信販からのつなぎ融資を東
 芝総合ファイナンスに借換えてほしい。東芝総合ファイナン
                         −20−

 スから融資を受けた金員を平和ホームズの口座に振り込んで
 くれれば、その金員で、直ちに、日本信販からの融資金の弁
 済をする」旨の虚言を申し向けて、被害者らをしてその旨誤
 信させ、同人らをして東芝総合ファイナンスから融資を受け
 た金員を平和ホームズの口座に振り込ませ、被告人らにおい
 て、右金員を日本信販に支払わずに、平和ホームズの運転資
 金等に費消している事実が認められるところであって、被害
 者らは、平和ホームズの口座に振り込んだ金員が、直ちに、
 日本信販に対する債務の弁済に充当されなかったことによっ
 て、財産的損害を被っているというべきであって、原判示の
 各事実が詐欺罪の構成要件に該当することは明らかであり、
                         −21−

 被害者らが、事後、日本信販に対して、債務の消滅を主張で
 きるか否かは、詐欺罪の成立に消長を来すものではないとい
 うべきであるから、論旨は理由がない。
 その他、所論が、原審の事実認定を縷々論難するところは、
前記認定と対比して、いずれも採用することができない。
 よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし
て、主文のとおり判決する。
 平成八年一一月二〇日

  東京高等裁判所第一一刑事部

                         −22−



       裁判長裁判官  中  山  善  房

          裁判官  鈴  木  勝  利

          裁判官  岡  部  信  也



                         −23−




 右は謄本である
  平成八年一二月二日
  東京高等裁判所第一一刑事部
     裁判所書記官  和 栗 秀 嗣 (印)


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