　　　　　　　　　上　　告　　趣　　意　　書

　　　　　（注）以下は、弁護人の上告趣意書です。但し、縦書きを横書きに直してい
　　　　　　　ます。しかし、一頁の行数、一行の文字数は原本と同じにしています。
　　　　　　　なお、－－－は、頁の区切りを示しています。頁右下の数字は頁数です。

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平成八年（あ）第一三六二号事件

　　　　　　　　　　上　　告　　趣　　意　　書

　　　　　　　　　　　　　　　　被　　告　　人　　　三　　宅　　喜　一　郎

　　一九九七年五月一九日

　　　　　　　　　　　　　　　　右被告人弁護人　　　橋　　本　　佳　　子
　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　　　　　　　金　　井　　克　　仁
　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　　　　　　　竹　　内　　義　　則

最高裁判所　第二小法廷　　御　中

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　　　　　　　　　　　《目　　　次　》
第一　本件事件における誤判の構造と原因………………………………………………１頁
　一　本件事件は民事事件にすぎなかった………………………………………………１頁
　　１　本件事件は倒産・債務不履行事件………………………………………………１頁
　　２　被害は日本信販の「つなぎ融資」債権の未回収………………………………２頁
　二　捜査段階での予断等によるデッチあげが根本原因………………………………３頁
　　１　「被害者」及びマスコミの思込みが発端………………………………………３頁
　　２　警察の予断・思込み等……………………………………………………………４頁
　　３　捜査機関による証拠のデッチあげ………………………………………………５頁
　三　デッチあげを見破ることができないままの冤罪判決…………………………１０頁
　　１　幾重もの先入観・予断等に基づいた一審の冤罪判決………………………１０頁
　　２　問われる原審の審理拒否の姿勢………………………………………………１２頁
　四　本件に関する弁護ポイントの変遷・原因及ぴ審理不尽………………………１３頁

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　　１　弁護ポイントの変遷と立証・審理の不十分…………………………………１４頁
　　２　弁護ポイントの変遷の原因……………………………………………………１６頁
　五　まとめ………………………………………………………………………………２１頁

第二　「債務消滅による犯罪不成立」の主張に対する判例違反・審理不尽………２２頁
　一　弁護人主張の「犯罪の不成立」の概要…………………………………………２２頁
　二　弁護人主張の「犯罪の不成立」に答えない原判決の法令違反・判例違反
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　…………………………………２３頁
　　１　原判決には弁護人の主張に何も答えていない法令違背がある……………２３頁
　　２　原判決の判断には法令・判例解釈の誤りがある……………………………２５頁
　　３　一審判決にも法律解釈の誤りがある…………………………………………２７頁
　三　「二重ローン」にはなっておらず詐欺被害はない……………………………２９頁
　　１　本件事件は「二重ローン」にはなっておらず詐欺被害はなく、たんなる

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　　　債務不履行の民事事件にすぎない………………………………………………２９頁
　　２　「つなぎ融資」契約書の解釈からは詐欺被害は存在しないことは明らか
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　…………………………２９頁
　四　当事者の意識は判断根拠にならない……………………………………………３３頁
　　１　一審判決の認定…………………………………………………………………３３頁
　　２　契約書の解釈に当事者の意識は判断根拠にならない………………………３３頁
　　３　「つなぎ融資」の実態…………………………………………………………３３頁
　　４　いわゆる「二重ローン」の実態………………………………………………３８頁

第三審理不尽等の法令違反………………………………………………………………４２頁
　一　はじめに……………………………………………………………………………４２頁
　二　重大な審理不尽等の数々…………………………………………………………４３頁
　　１　「貴社指定口座」に振り込まれた時点で債務は消滅するという法律的に

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　　　詐欺罪が成立しない点についての審理不尽……………………………………４３頁
　　２　「つなぎ融資」の実態が実質的には会社への融資であった事実について
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　………………………４５頁
　　３　会社の財務状況について………………………………………………………４９頁
　　４　会社の経営方針等・会社行政について………………………………………５０頁
　　５　「二重ローン」の当初は「純然たる借り換え」であった事実について…５１頁
　　６　経営委員会の運営実態に関する審理不尽……………………………………５２頁

第四　共犯者の供述の信用性を誤ったことによる事実誤認…………………………５５頁
　一　弁論更新後の高澤供述の信用性…………………………………………………５５頁
　二　任意の取調べに対する高澤の対応………………………………………………５８頁
　三　逮捕後の供述内容とその問題点…………………………………………………５９頁
　　１　いわゆる「二重ローン」の場合の返済について……………………………６１頁

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　　２　「直ちに返済する」とは言ってはいない……………………………………６３頁
　四　罪状認否でも被告人の関与を否定………………………………………………６４頁
　五　公判での「社長とは相談していない」との供述………………………………６５頁
　六　鎌田供述の信用性に対する重大な疑義…………………………………………６７頁

第五　判決に影響を及ぼす明らかな事実誤認…………………………………………６９頁
　一　担当者に欺罔行為は一切ない……………………………………………………７０頁
　　１　「つなぎ融資」は会社の借入…………………………………………………７０頁
　　２　一括返済システム………………………………………………………………７１頁
　　３　「直ちに返済する」という欺罔行為はない…………………………………７３頁
　二　昭和六三年一月に「二重ローン」の共謀を認定した事実誤認………………７５頁
　　１　一審判決及ぴ原判決の「二重ローン」………………………………………７７頁
　　２　当初行われたのは、純然たる借り換えである「付け換え」であった……７９頁

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　　３　昭和六三年一月からはじまった二度の借入が「付り換え」であったこと
　　　は動かしがたい事実………………………………………………………………８１頁
　　４　被告人は二度の借入をすべて「付け換え」と理解していた………………８６頁
　　５　「昭和六三年一月末の共謀」の事実誤認は明白……………………………８７頁
　三　純然たる「付け換え」も含め、すべて詐欺罪が成立する「二重ローン」と
　　している事実誤認……………………………………………………………………８９頁
　四　架空の「資金繰会議」を認定した事実誤認……………………………………９０頁
　　１　原判決の、「資金繰会議」の有無に関する重大な事実誤認………………９０頁
　　２　「資金繰会議」に関する重大な疑義…………………………………………９３頁
　　３　高澤の前半証言等も「資金繰会議」の存在を否定………………………１０４頁
　　４　「資金繰会議」の不存在は明らか…………………………………………１０７頁
　五　経営委員会による被告人の会社経営からの排除を認めない事実誤認……１０９頁
　　１　原判決の杜撰さを露呈する経営委員会当時被告人が資金りを行っていた

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　　　証拠の摘示………………………………………………………………………１１０頁
　　２　経営委員会当時、被告人が会社の経営から排除されていたことを示す事
　　　実…………………………………………………………………………………１１１頁
　　３　経営委員会は同年一二月まで存続していた………………………………１１２頁
　　４　致命的な被告人のメモに関する事実誤認…………………………………１１４頁
　六　被告人が本件「二重ローン」を理解し知っていた証拠とされている事実に
　　関する事実誤認……………………………………………………………………１１９頁
　　１　各証人の証言、供述調書に矛盾がある……………………………………１１９頁
　　２　入出金表のメモは被告人が「二重ローン」を知っていたことを示してい
　　ない…………………………………………………………………………………１２０頁
　　３　平成元年四月二六日のＦＡＸは内容に関する事実誤認…………………１２０頁
　七　昭和六三年四月に「二重ローン」が発覚という事実誤認…………………１２３頁


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　右の者に対する詐欺被告事件について上告趣意を述べる。
　　　　　　　　　　　　　　　記　
　原判決は、後記のとおり、刑事訴訟法第四〇五条三号の「判例違反」、同法第四一
一条一号「判決に影響を及ぼすべき法令違反」及び同条三号「判決に影響を及ぼすべ
き重大な事実誤認」があり、同法第一〇条及び第一一条による破棄を求める。

第一　本件事件における誤判の構造と原因
　一　本件事件は民事事件にすぎなかった
　　１　本件事件は倒産・債務不履行事件
　　　　本件詐欺事件は、そもそも会社倒産によって「つなぎ融資」債務の返済債務
　　　が不履行となった民事事件である。すなわち、日本信販株式会社（以下「日本
　　　信販」という）が株式会社平和ホームズ（以下「平和ホームズ」ないし「会社
　　　あるいは関連会社のツーバイホーム技研株式会社とあわせて「会社」という）
　　　に対する新規の「つなぎ融資」貸付を突然停止し、それが原因で倒産した会社
　　　が日本信販に対する顧客名義の「つなぎ融資」債務の返済が不履行となったと

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－１－

　　　いう民事事件である。
　　２　被害は日本信販の「つなぎ融資」債権の未回収
　　　　本件事件の被害者とされる篠田勉・石田克史・麻生英夫ら三名（以下まとめ
　　　て「被害者」ともいう）の「被害」は、判決等が言うところの「つなぎ融資」
　　　債務が二重にさせられたといういわゆる「二重ローン」によるものではない。
　　　　検察官が主張し、判決が認定したような「つなぎ融資」債務の二重負担とい
　　　う「二重ローン」状態は法的に存在し得ない。なぜならば、被害者らが日本信
　　　販から最初に借り入れた「つなぎ融資」についての債務は、被害者らが二番目
　　　に借り入れた東芝総合ファイナンスからの「つなぎ融資」金が平和ホームズの
　　　銀行口座に振込入金された瞬間に返済された扱いとなり消滅することは「つな
　　　ぎ融資」契約書の文言から見て明らかであるからである。
　　　　被害は、右平和ホームズの銀行口座に振込入金された「つなぎ融資」返済金
　　　が、同社から日本信販に現実に返済されなかったことによる、日本信販の「つ
　　　なぎ融資」債権の未回収という日本信販の被害なのである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－２－

　二　捜査段階での予断等によるデッチあげが根本原因
　　１　「被害者」及びマスコミの思込みが発端
　　　　本件の刑事事件化の発端は、「つなぎ融資」債務を二重に負担させれたと誤
　　　信した「被害者」の一部が、右誤信を新聞等のマスコミに情報提供し、それを
　　　受けたマスコミが右誤信を大々的に取り上げたことにある。
　　　　すなわち、例えば平成三年三月から四月にかけての朝日新聞では、「二重ロ
　　　ーン組ませ事業資金に、建築会社が事実上倒産首都圏一三人一億八〇〇〇万円
　　　被害」（三月一三日夕刊）・「被害六十数人に二重ローンかけさせ倒産、『平
　　　和ホームズ』一部の被害者詐欺の疑いで告訴状」（四月四日朝刊）・「被害者
　　　の会発足平和ホームズ問題」（四月六日朝刊）等という見出しがつけられて、
　　　本件事件が報道された。こうした誤った情報は広く社会に認知されることにな
　　　り、平和ホームズという会社に対しマスコミによる事実上の有罪判決が下され
　　　たことになった。
　　　　その結果、破産管財人等も債権者集会において「本件は第二の豊田商事事件
　　　になり得る」等と発言し、被害感情は増幅されて行った。それとともに、告訴

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－３－

　　　を受けた警察・検察としても、マスコミ報道があまりにも大きくなりすぎて逮
　　　捕・勾留起訴まで持って行かざるを得ないと判断したはずである。
　　２　警察の予断・思込み等
　　　　こうした経緯から、本件事件は当初から、初めに「処罰の必要性ありき」で
　　　あり、捜査機関は例えば次のような予断・偏見・思込みを持った。
　　　①　当初から「つなぎ融資」が二重になっていることを所与の前提としてこれ
　　　　を疑わなかった。その結果、「つなぎ融資」債務の返済方法等について、最
　　　　も基本とされるべき日本信販の「つなぎ融資」契約書の条項の確認を怠った。
　　　②　被告人らが逮捕される一年前に「被害者」と日本信販との間で、「被害者」
　　　　が「つなぎ融資」額のわずか一バーセントを日本信販に支払うことで和解が
　　　　成立したにもかかわらず、右事実の持つ意味に気づかず、誤った捜査を中止
　　　　しなかった。
　　　③　会社の資金繰りについて、被告人は代表取締役であるから知らないはずは
　　　　ないとの予断を持ち、後述する会社の特殊な状況に留意することなく、その
　　　　予断の上に本件事件を被告人を頂点とした会社ぐるみの組織的犯行と決めつ

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－４－

　　　　けた。
　　３　捜査機関による証拠のデッチあげ
　　　　その上で捜査機関は、被告人が直接の実行行為には関与していないことから
　　　被告人を共謀共同正犯にするための証拠固めを行った。これは、大別して以下
　　　の四つの方面からの証拠作りであるが、無実の被告人にとってはデッチあげで
　　　ある。
　　　(1) 一つは自白調書を取ることであった。
　　　　　被告人の自白を取ることは失敗に終わったが、共犯者とされる者の自白を
　　　　取ることはできた。
　　　　　被告人と共に起訴された高澤正比古（以下「高澤」という）は、逮捕以前
　　　　には後述するとおり、自らの不手際で二重ローンのような印象を与える自体
　　　　を発生させていたが、「社長にはそのことは報告していない」「社長は業務
　　　　が定型的になると責任者をおいてまかせていたので一々報告していない」と
　　　　自らの言い分を聞き入れない警察に対し、内容証明郵便を出すといったドラ
　　　　スティックなやり方で真実を伝えようとしていた。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－５－

　　　　　しかし、逮捕勾留され取調べを受ける中で予断で固まった取調官に対し何
　　　　を言っても無駄であるとのあきらめの境地に陥るとともに、会社の他の関係
　　　　者が供述した等と言われて自白するに至った。そして、このまま否認を通せ
　　　　ば実刑になるかもしれないとの弁護人のアドバイスに基づいて、公判におい
　　　　て極めて歯切れの悪い罪状認否を行い、当初無罪主張をしていたが、最終的
　　　　には執行猶予狙いでいくしかないという弁護人のアドバイスに基づき執行猶
　　　　予の有罪判決を「勝ちとる」に至った。
　　　　　もう一人の相被告人である鎌田次朗（以下「鎌田」という）は、起訴され
　　　　た事件以外に、後に述べるように会社の金の横領事件等があったため、いず
　　　　れにしても自分は助からないと判断したか、あるいは高澤と同様執行猶予狙
　　　　いの目的で責任をもっぱら被告人に押しつけて自らの罪状を軽くしようとし
　　　　た。
　　　　　これら二つの有罪判決は、分離された被告人の審理を担当する第一審裁判
　　　　所の心証に対し絶大な影響を与えることになる。
　　　　　鎌田・高澤以外の平和ホームズの社員も本事件が「会社ぐるみの犯行」と

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－６－

　　　　されているため自らも逮捕・勾留・起訴されかねないという危険な地位にあ
　　　　るため、自らの逮捕勾留起訴を免れるため、捜査当局の意に沿うような供述
　　　　をするようになった。
　　　　　このようにして鎌田供述調書をはじめとして危険な供述調書が次々と出来
　　　　上がり、しかも証人は公判になっても同様な危険な地位にあることから、捜
　　　　査段階の供述を抽象的に繰り返えした。こうしたことによって真実が歪めら
　　　　れていくことになった。
　　　(2) 二つ目は物証による共謀等の補強である。
　　　　　これは被告人宅から発見された手帳・業務日誌・ＦＡＸの受信紙などの書
　　　　類である。もし、本当に被告人が詐欺の共謀に関与していたとすれば、とう
　　　　の昔に廃棄するだけの時間的な猶予は十分被告人にあったのであるから、廃
　　　　棄等をしたはずである。にもかかわらず、廃棄もせずそのまま自宅に無造作
　　　　に置いてあったということで被告人は共謀に加わっていないことがわかる。
　　　　ファイリングホルダーまた分類整理しつつある状態だった書類について、事
　　　　件との関連性を十分に吟味すべきでもあったにもかかわらず、「ダブル」な

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－７－

　　　　どと記入された書類を発見した捜査機関は、その書類の真の意味するものが
　　　　何であるかについて十分な検討を行うことなく、無条件でこれを物証扱いし
　　　　て被告人の共謀への関与をデッチあげていったのである。
　　　(3) 三つ目は、無罪方向の証拠の隠蔽、有罪証拠への証拠の変造等である。
　　　　　例えば、無罪方向の証拠の隠蔽には次のような例がある。平成元年四月二
　　　　七日、被告人の自宅へ「つなぎ融資」の付け替えミスを報告するＦＡＸが送
　　　　られているが、検察官はこのＦＡＸ受信紙七枚をもって被告人が「二重ロー
　　　　ン」を知っていた有力な証拠としている。しかし、実はこのＦＡＸ受信紙に
　　　　は八枚目があり、その八枚目には「つなぎ融資」の借入、返済表の予定表が
　　　　記入されていたのである。そこにはまさに正規のとも言うべき「つなぎ融
　　　　資」の付け替え予定が記入されていたのであり、被告人が無罪方向の証拠で
　　　　あった。
　　　　　有罪方向への証拠の変造の疑いの例としては、後に述べるように「被害
　　　　者」らの供述調書の内容変化がある。
　　　　　なお、この三つ目の無罪方向の証拠の隠蔽と有罪方向への証拠の変造等に

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－８－

　　　　ついては、被告人側で調査続行中であり、追って上告趣意書を補充する予定
　　　　である。
　　　(4) 四つ目は恣意的な捜査があったことである。
　　　　　すなわち、本件詐欺を昭和六三年一月頃から長期間にわたって反復継続し
　　　　てきた詐欺行為の一環と位置づけ、付け替え等も含めた全ての「二重ロー
　　　　ン」被害を約一八億としておきながら（以上のこと自体が証拠による裏付け
　　　　のない認定であるが）これらについて証拠収拾をせず、しかも「被害者」三
　　　　人についてのみ立件し、「被害者」と一緒になって被告人を告訴した朝鳥保
　　　　を本件事件の「被害者」から外したり、高澤や鎌田と同じようにして顧客に
　　　　対し「つなぎ融資」の付け替えを依頼した会社社員を捜査の対象から外すと
　　　　いうことがあった。さらに船橋営業所長の脇山が本件事件に深く関与してい
　　　　ること等を裏付ける三菱銀行の資料を証拠から落とし、また船橋営業所の顧
　　　　客のいわゆる「二重ローン」を捜査から外す等恣意的な捜査が行われた。
　　　　　これらは本件事件が会社組織ぐるみの犯行との予断・思込みから、会社組
　　　　織ぐるみにするために、取締役である被告人らのみを犯人として立件してい

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－９－

　　　　った恣意的な捜査であった。
　　　　以上のような原因と構造に基づき、本件事件は刑事事件として捜査機関の職
　　　人芸のような鮮やかさで作り上げられて行ったのである。

　三　デッチあげを見破ることができないままの冤罪判決
　　　まさにこうした捜査機関のデッチあげ事件について、事件の本質（民事事件）
　　やデッチあげを見破って、無罪の被告人を助けるべきが裁判所の任務であった。
　　ところが、幾重もの先入観・予断等に基づいた一審の態度と審理を拒否するとい
　　う原審の態度によって、冤罪判決が下された。
　　１　幾重もの先入観・予断等に基づいた一審の冤罪判決
　　　　本件事件は債務不履行事件の民事事件で、被告人は全くの無罪である。しか
　　　し、一審判決は何らの物証に基づかずに検察官主張に沿うところの鎌田供述を
　　　絶対視し、その一方で被告人の主張・証拠には一顧だにせず、全てにわたって
　　　捜査機関、検察官の主張どおりの認定に終始した。
　　　　これは一審裁判所が、以下のような先入観・予断に基づいて先に有罪の結論

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－10－

　　　をえがき、被告人の主張・立証の事実を真摯に検討しないという裁判所として
　　　ありうべからざる姿勢によったものである。
　　　(1) 第一に、いわゆる「二重ローン」という「言葉」により、顧客が「つなぎ
　　　　融資」を二重に負担させられたという先入観・予断・思込みに陥っていた結
　　　　果である。つまり、①「つなぎ融資」制度及びその実態・運用、②その下で
　　　　の「二重ローン」と即断されかねない「つなき融資」の付替えに端的に現れ
　　　　る二重の「つなぎ融資」の実態・性格等を正確に分析しないまま、いわゆる
　　　　「二重ローン」＝詐欺と即断し、その予断の下に審理を進めた結果である。
　　　(2) 第二に、平和ホームズが資金繰りに窮していたとの先入観・予断によるも
　　　　のである。判決は、当時の会社の財務担当者の資金繰りが大変だったという
　　　　一言でその結論を導いている。本件事件の背景・動機とされている重要な事
　　　　実である会社の財務状況について、商業帳簿等の物的資料によることなく、
　　　　前述の供述だけで極めて杜撰な判断を下している。
　　　(3) さらに第三に、これらの先入観・予断の上に「中小企業の社長が会社の資
　　　　金繰りの実情を知らないはずがない」という予断によって、会社の財務処理

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－11－

　　　　の実態に目を向けず、さらに社長を排除するクーデターである経営委員会の
　　　　実態についても真摯な検討をすることを怠ったものである。
　　２　問われる原審の審理拒否の姿勢
　　　　そこで被告人は、控訴趣意書に一審判決の矛盾だらけの事実認定に対して、
　　　特に判決に影響を及ぼす事実誤認について詳細に指摘し、必ずや原審において
　　　一審判決の誤判を破棄されることを求めて原審の審理に望んだ。ところが、原
　　　審は次のような審理拒否の姿勢に終始した。
　　　①　原審は第一回公判当日、被告人が証人申請も含め新証拠の申請を行なった
　　　　にもかかわらず、これを採用しないで直ちに結審してしまった。
　　　②　しかも判決言い渡し期日を弁護人の出席しえない期日指定をするなど、原
　　　　審の一連の訴訟指揮は、はじめから控訴審としての審理をする姿勢は全くな
　　　　かった。
　　　③　その結果出された原判決内容は、こうした裁判所の姿勢をそのまま現すも
　　　　のであった。被告人が控訴趣意書で改めての審理を求め、万一、一審判決の
　　　　事実認定のままというならその理由の説明を求めたのに対し、全く通り一遍

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－12－

　　　　の判決を言い渡した。特に、原審の姿勢を端的に現しているのが、被告人は
　　　　平成二年の経営委員会当時会社の経営から排除されていたと主張しているの
　　　　に対して、判決は、被告人が会社経営に関与していたという証拠として平成
　　　　元年当時のＦＡＸを摘示するというミスまで侵している点である。
　　　　このような原審における結審の経過、さらに判決において一審判決に対する
　　　事実に基づく被告人の主張に対して全く答えず、被告人の有罪が左右される証
　　　拠の摘示について信じられないようなミスを犯していることだけを見ても、原
　　　審は控訴審としての責任を全く果していないことは明らかである。本件は未だ
　　　控訴審の審理を受けていないというべきである。
　四　本件に関する弁護ポイントの変遷・原因及び審理不尽
　　　ところが、こうした審理不尽・審理拒否の裁判所に対する弁護活動等も決して
　　十分なものではなかった。以下に述べるように、捜査段階から一貫して無罪を訴
　　えてきた被告人の主張のポイントには大きな変遷があり（ただし「資金繰会議」
　　の不存在については一貫して否定していた）、また裏付となる立証活動（例えば

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－13－

　　会社の財務関係に関する事実）についても弁護ポイントの変遷や真相把握に時間
　　がかかったこと等から不十分であったことは否めない。
　　　そして、そのことが本件を複雑にし、被告人側の証拠の提出が遅れた原因及び
　　提出自体ができなかったことにもなった。その結果、第三に述べるような本件の
　　本質にかかわる裁判所の審理不尽に連動し、さらに第五に述べる重大な事実誤認
　　をもたらし、ひいては被告人の裁判を受ける権利に影響を与えてしまった。
　　１　弁護ポイントの変遷と立証・審理の不十分
　　　(1) 当初は、「二重ローン」を手段とした本件事件について、「つなぎ融資」
　　　　の契約書を形式的に判断したため、顧客が二重の債務を負担させられたもの
　　　　であり、詐欺罪が成立することを前提に、「被告人はそのことを知らなかっ
　　　　た」という点が主たる主張であった。
　　　　　つまり会社では、財務担当者によって詐欺罪が成立する「二重ローン」と
　　　　何ら法的に問題のない「付け換え」が行われており、被告人は前者の「二重
　　　　ローン」についての実態は知らず、全て「よい付け換え」と思っていたとい
　　　　う主張である。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－14－

　　　　　そのため、弁護ポイント、証人尋問の内容も、被告人が本件共謀を行った
　　　　といわれる「資金繰会議」の存否に終始していた。
　　　(2) しかし被告人が保釈となり、会社における「つなぎ融資」の運営の実態を
　　　　調べるうちに、「つなぎ融資」は実質的には会社の借入として運用されてお
　　　　り会社の担当者も会社の借入と認識していたこと、いわゆる「二重ローン」
　　　　と言われているものについても会社の担当者には詐欺の意思はなく、詐欺罪
　　　　は成立しない事実が判明した。
　　　　　しかも、より重大なことは、これらの論点ないし問題点について弁護人が
　　　　理解しえた時期は第一審の終盤近くであったということである。
　　　　　そのため、これらの点については、場合によっては争われていなかったり
　　　　正面に据えた証人調も行われていなかったり、証人申請あるいは関係証拠の
　　　　提出がなされていないかったり遅れたりした。
　　　(3) さらに第一審の最後には、東芝総合ファイナンスからの「つなぎ融資」の
　　　　借入金が、日本信販との「つなぎ融資」契約書に記載された「貴社指定口
　　　　座」（平和ホームズの口座）に入金された時点で、日本信販に対する最初の

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－15－

　　　　「つなぎ融資」の債務が消滅し、もともと「二重ローン」にはならないとい
　　　　う重大な事実が判明した。
　　　　　しかし、その時期はまさに結審間際であったため、後述するように審理も
　　　　全くといってよいほど行われていなかった。
　　　(4) 「つなぎ融資」が会社の借入という認識で処理されていたため、そもそも
　　　　二度目の借入の際（「つなぎ融資」の付替えを承諾してもらう際に会社担当
　　　　者が「被害者」らに対し「直ちに返済する」と言って騙したとされる点につ
　　　　いても、「被害者」の供述調書に変化があること、そして会社担当者は顧客
　　　　に対して当初の借入を「直ちに返済する」とは言ってはいないという事実が
　　　　判明したのは、さらに遅れた。そして、この点に関する証拠調は全く行われ
　　　　ていない。
　　２　弁護ポイントの変遷の原因
　　　　弁護ポイントのこのような変遷に呼応して、被告人及ぴ弁護人はその度ごと
　　　に新たな事実を調査するという作業に追われたが、そのために裁判は時間がか
　　　かり、また争点がわかりにくくなったことは否定できない。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－16－

　　　　問題は、弁護ポイントが右のように重要な事実について大きく変遷した原因
　　　（主張の時期が遅くなった原因）である。
　　　(1) 被告人が日常的実務に係わっていなかったことによる調査の困難
　　　　　この点が最も重要である。被告人は、会社の定型的実務については、人を
　　　　育てては任せるという方法をとっていた。本件事件に関わる業務について言
　　　　えば、経常的な資金繰りは古参の財務担当者、営業活動に随伴して行われる
　　　　「つなぎ融資」等のローン・登記業務はローン担当者に任せていた。そのた
　　　　め、被告人は日常的に行われていた「つなぎ融資」について把握していなか
　　　　った。但し、会社が注文住宅建築が主たる業務であったことから、被告人に
　　　　とっては、注文棟数を把握し、折りにふれて工程会議で設計や工事の進捗状
　　　　況をチェックしていれば、会社の経常収支の概略を把握することが可能であ
　　　　った。
　　　　　従って、被告人は、会社倒産直後の朝日新聞に、会社がいわゆる「二重ロ
　　　　ーン」で顧客を騙し開発事業に流用していたとの記事を目にした時、文字通
　　　　り寝耳に水の状態であった。事実、橋本弁護人が初めて東京拘置所において

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－17－

　　　　被告人に接見をした時に被告人が弁護人に言った言葉は、「『つなぎ融資』
　　　　も含めて会社の実務について自分は担当者に任せていたのでよくわからない。
　　　　そのようなこと（犯罪）が行われていたのだとすれば、それはひとえに社長
　　　　としての自分の監督不行き届きで、顧客に対しては申し訳けないと思ってい
　　　　ます」というものであった。
　　　　　被告人は、真実、会社の財務関係について担当者に任せていたため、一年
　　　　に及ぶ勾留中の弁護人との打合せにおいても具体的事実がわからず、「きっ
　　　　とこうだったと思う」「こうやっていたに違いない」という程度に止まって
　　　　いた。被告人は逮捕され、長期の勾留されていたことによって、以下に述べ
　　　　るような証拠の散逸も含めて極めて不利に状態に置かれた。
　　　(2) 倒産・破産及ぴ押収による資料の散逸
　　　　　会社は平成三年三月に倒産し、その後破産手続きに入った。その関係で、
　　　　会社の財務関係資料は破産管財人の管理下に置かれ、さらに本件刑事事件に
　　　　よる押収手続きが行われた。しかも、管財人河野玄逸も、朝日新聞の誤報や
　　　　捜査官の予断をそのままに本件を詐欺事件として扱う不当な対応を取り続け

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－18－

　　　　た。そのため「被害者感情」が歪められ、増幅されていった。
　　　　　右の結果、被告人の保釈後、被告人及び弁護人が管財人の許可を得て、資
　　　　料収集のため会社の社屋に入った時には、内部は廃屋の中にゴミが残骸とな
　　　　って捨てられているという状態であった。
　　　　　このような中から、断片的な資料を集め、当時の財務担当の「つなぎ融資」
　　　　のやり方について推測する以外になかった。
　　　(3) 一時期財務担当であった高澤との打合せによる事実の判明
　　　　　その後、検察官の証人としての証言を終了した高澤との打合せが可能とな
　　　　った。その結果、会社の当時の財務のやり方について序々に判明していった。
　　　　特に「つなぎ融資」が財務担当者には会社の借入として認識され、そのよう
　　　　な運用がなされていたことが初めて判明し、顧客管理台帳にも「借入」と記
　　　　載されていたなど、断片的にある資料からも右事実が判明していった。
　　　　　この段階ではじめて、本件「二重ローン」について、財務担当者は会社の
　　　　借入という認識で期日に責任をもって返済する認識しかなく、いかなる意味
　　　　でも顧客を騙す詐欺の故意はなかった、という理解に立ったのである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－19－

　　　(4) 弁護人の認識の遅れ
　　　　　被告人自身の認識が右のような状況の下で序々に変化していったが、弁護
　　　　人の理解、認識はさらに遅れた。
　　　　　被告人が断片的な財務資料及び財務担当であった高澤から当時のやり方を
　　　　聞き、つなぎ融資が実質的に会社の借入として運用されていた事実を把握し
　　　　た後も弁護人は、何と言っても本件事件に関わる日本信販の「つなぎ融資」
　　　　契約が形式的に顧客と金融機関の間のものであったこと、会社の資料も残骸
　　　　とも言える膨大な量の資料の中から断片的なものでも右のような事実を示す
　　　　資料に目をとおし切れなかったことから、被告人と同様の理解に立ち至るの
　　　　が遅かった。
　　　　　さらに、「つなぎ融資」契約書の「貴社指定口座」の記載についても、
　　　　「つなぎ融資」について右のように実質的に会社の借入との認識に至るのが
　　　　立ち遅れたことと、会社の借入としても会社に返還義務があるという先入観
　　　　から対処し、「貴社指定口座」に関する契約書の精査が不十分のまま、右の
　　　　記載を一審判決の終盤に至るまで見落としていたものである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－20－

　五　まとめ
　　　本件冤罪事件は、前述したように捜査段階でのデッチあげ及び幾重もの予断等
　　や審理拒否による裁判所の態度により生まれたものである。しかし一方で、前述
　　したように弁護人の事実把握の遅れ等が、第一審結審時までに①特に「貴社指定
　　口座」の記入により詐欺罪が成立しないこと、②「つなぎ融資」が実質的に会社
　　の借入れであったこと、③そのために担当者が顧客に対して「直ちに返済する」
　　という欺罔行為はなかったことに関する証拠申請が遅れ、本件の犯罪の成否にか
　　かわる事実についての審理がなされないという重大な結果をもたらしてしまった。
　　弁護人としては、この事態を重く受けとめ、控訴審において右事実に対する十分
　　な審理を求めるべく、控訴趣意書において右事実を詳細に指摘し、控訴審に臨ん
　　だ。しかし、原審はこれを一切無視して、即結審したものである。
　　　本件の冤罪の構造は、以上のとおりであり、捜査機関、裁判所さらには弁護人
　　も含めた司法全体のあり方が問われる事件である。


－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－21－

第二　「債務消滅による犯罪不成立」の主張に対する判例違反・審理不尽
　　　原判決には、「犯罪の不成立」とう重要な争点について、何も答えないという
　　刑訴法四一一条一号の法令違反、判断を誤ったという刑訴法四〇五条三号の判例
　　違反等がある。
　一　弁護人主張の「犯罪の不成立」の概要
　　　弁護人は一・二審を通じて、本件裁判で被害者とされている石田・麻生・篠田
　　らの日本信販に対する「つなぎ融資」の返済債務は、右三人に対する東芝総合フ
　　ァイナンスからの「つなぎ融資」金が平和ホームズの銀行口座に振込まれた時点
　　で消滅するから、三人が日本信販と東芝総合ファイナンスに対し二重に「つなぎ
　　融資」の返済債務を負うこと（いわゆる「二重ローン」と言われる状態）はあり
　　えず、その結果三人には詐欺罪による被害が存在せず、詐欺罪は不成立であるこ
　　とを主張してきた。
　　　すなわち、①《日本信販の「つなぎ融資」契約書の「貴社指定口座」欄に記載
　　されている平和ホームズの銀行口座は顧客の日本信販への「つなぎ融資」の返済
　　方法・場所を指定したものである》こと、②《顧客は日本信販から借りた「つな

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　　ぎ融資」の返済金を日本信販に直接返済する必要はなく、右平和ホームズの銀行
　　口座に返済すれば足りかつしなければならない》こと、③《右口座への振込時点
　　で顧客の日本信販への「つなぎ融資」債務は消滅する》ことから、いわゆる判決
　　が認定するような「二重ローン」は発生しないことを明らかにしてきた。

　二　弁護人主張の「犯罪の不成立」に答えない原判決の法令違反。判例違反
　　１　原判決には弁護人の主張に何も答えていない法令違反がある
　　　(1) 原判決は弁護人の主張の「犯罪の不成立」に対し次のように判断した。
　　　　　「被告人と共謀を遂げた鎌田（原判示全事実）、高澤（同第三の事実）ら
　　　　は、被害者らが東芝総合ファイナンスからの融資金を平和ホームズの口座に
　　　　振込入金しても、これを、直ちに、日本信販に対する被害者らの借入金の返
　　　　済に充てる意思がなく、平和ホームズの運転資金等に流用する意図であるの
　　　　に、その情を秘して、被害者らに対し、いずれも『日本信販からのつなぎ融
　　　　資を東芝総合ファイナンスに借換えてほしい。東芝総合ファイナンスから融
　　　　資を受けた金員を平和ホームズの口座に振り込んでくれれば、その金員で、

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－23－

　　　　直ちに、日本信販からの融資金の弁済をする』旨の虚言を申し向けて、被害
　　　　者らをしてその旨誤信させ、同人らをして東芝総合ファイナンスから融資を
　　　　受けた金員を平和ホームズの口座に振り込ませ、被告人らにおいて、右金員
　　　　を日本信販に支払わずに、平和ホームズの運転資金等に費消している事実が
　　　　認められるところであって、被害者らは、平和ホームズの口座に振り込んだ
　　　　金員が、直ちに、日本信販に対する債務の弁済に充当されなかったことによ
　　　　って、財産的損害を被っているというべきであって、原判示の各事実が詐欺
　　　　罪の構成要件に該当することは明らかであり、被害者らが、事後、日本信販
　　　　に対して、債務の消滅を主張できるか否かは、詐欺罪の成立に消長を来すも
　　　　のではないというべきであるから、論旨は理由がない。」（傍線は弁護人）。
　　　(2) つまり原判決は弁護人主張の「犯罪の不成立」に対し、「平和ホームズの
　　　　口座に振り込んだ金員が、直ちに、日本信販に対する債務の弁済に充当され
　　　　なかったことによって、財産的損害を被っているという」と結論を言っただ
　　　　けである。
　　　　　判決は銀行口座に振込まれた金員が「日本信販に対する債務の弁済に充当

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－24－

　　　　されなかったこと」が「財産的損害を被っている」と言うが、右判断は「平
　　　　和ホームズの口座に振込んだ時点で顧客の「つなぎ融資」債務が消滅し財産
　　　　的被害が発生していないという弁護人の主張に対する判断・回答に全くなっ
　　　　ていない。判決は弁護人主張の「犯罪の不成立」に対し何も回答していない
　　　　のである。何の根拠も示さないまま排斥して、一方的に結論を述べたのみで
　　　　ある。まさに判断の脱漏があり、理由不備であることは明らかである。刑事
　　　　訴訟法第四一一条一号の判決に影響を及ぼすべき法令違背があることは明白
　　　　である。
　　　　　そもそも本件主張は弁護人にとっては法律上の大争点であり、本件事件の
　　　　本質にもかかわるべき重要な論点であった。にもかかわらず原判決が何らの
　　　　理由も述べずに弁護人の主張を一顧だにしなかったことは、法令解釈の誤り
　　　　・判例違背・審理不尽を指摘する前に、そもそもまともな判決ではない。
　　２　原判決の判断には法令・判例解釈の誤りがある
　　　(1) 原判決の右判断（結論）には法令解釈・判例解釈の誤りがある。そもそも、
　　　　詐欺罪の成立には何らかの財産上の損害の発生が必要とされている。そのた

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　　　　め弁済（債務の本旨に従って債務の内容たる給付を実現する債務等の行為で
　　　　債権は満足を得て消滅する）の場合であれば、財産上の損害が発生しないこ
　　　　とになる。
　　　　　このことは、本件とは多少事案を別にするが、無尽会社の外務員が無尽掛
　　　　金の集金業務に従事中に私用に費消して会社に入金する意思がないにもかか
　　　　わらず秘匿して顧客から集金して受領した事案で、判決は要旨次のように言
　　　　って詐欺を認めなかったことから明らかである。すなわち本件集金は正当権
　　　　限に基づく集金行為であって、顧客の支払い行為は会社に対して有効な掛金
　　　　の支払いとなり、集金の際の使途についての不法な意図は単に動機の不法に
　　　　すぎず、従って被告人が集金行為後にその金員をみだりに自己の用途に費消
　　　　あるいは着服した時は業務上の横領罪が成立するは格別、その集金行為が詐
　　　　欺罪には該当しない（東京高判・昭和２８・６・１２高刑集６・６・769）。
　　　(2) なお、詐欺罪の成立には何らかの財産上の損害の発生が必要とされるかと
　　　　点について、判例の中には不要であるかのものがあるが、これは財物の移転
　　　　自体を損害として考えた結果であり、詐欺罪の成立には「何ら」の財産上の

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　　　　損害の発生が不必要であると判断したわけではない。これは「相当の対価の
　　　　提供」・「処分行為の無効・取消」・「第三者保護規定の存在」があった場
　　　　合の論点とされているものである。
　　　　　しかし本件はそもそも「貴社指定口座」に振込送金された時点で、「被害
　　　　者」の日本信販に対する当初の「つなぎ融資」債務は消滅する事案である。
　　　　弁済が有効である限り、「被害者」にはそもそも何らの「被害」も発生して
　　　　いないもので、金員自体が損害だといういくつかの判例とは全く事案を異に
　　　　している。原判決は、こうした事案を特殊性を全く考慮しておらず、まんぜ
　　　　んとこれまでの判例を踏襲したもので、判例違反があることは明らかである。
　　　(3) 原判決の言う「被害者らが、事後、日本信販に対して、債務の消滅を主張
　　　　できるか否かは、詐欺罪の成立に消長を来すものではないというべきであ
　　　　る」との判断は、債権の準占有者など正当な権限のない者へ騙されてした弁
　　　　済が詐欺にならないという意味なら、理解はできるが、本件は正当な権限者
　　　　であり、原判決の認定はこれまでの判例解釈とは異にする。判例違反である。
　　３　一審判決にも法律解釈の誤りがある

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　　　(1) ちなみに一審判決は次のように述べて、原判決と比較してまともに弁護人
　　　　の主張に対応した上で、弁護人の主張を「失当」であると判断している。
　　　　　「前記一、二に検討したところからすると（日本信販及び平和ホームズの
　　　　担当者の意識------弁護人の注）、契約書の『貴社指定口座』欄に平和ホー
　　　　ムズの当座預金口座が記載されているからといって、右記載を、顧客が平和
　　　　ホームズの当座預金口座に返済金を振込送金することによって、日本信販に
　　　　対するつなぎ融資債務の返済が完了し、その債務が当然に終了することを定
　　　　めた趣旨と解することができないことは明らかである。
　　　　　なお、前記第一、二、４、五のとおり、日本信販と平和ホームズとの提携
　　　　契約に基づくつなぎ融資債務の返済は、顧客が直接行うのではなく、必ず平
　　　　和ホームズが顧客に代わって行うことになっていたところから、契約書の
　　　　『貴社指定口座』欄に平和ホームズの当座預金口座が便宜記載される扱いに
　　　　なったようにうかがわれる。」
　　　(2) 仮に原判決が右一審判断を維持し前提としているとすれば、右地裁判決の
　　　　「契約書の『貴社指定口座』欄に平和ホームズの当座預金口座が記載されて

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－28－

　　　　いる」意味・意義についての解釈には、法律解釈等の重大な誤りがあること
　　　　を、控訴趣意書で詳細に指摘してあることを、念のため指摘しておく。

　三「二重ローン」にはなっておらず詐欺被害はない
　　１　本件事件は「二重ローン」にはなっておらず詐欺被害はなく、たんなる債務
　　　不履行の民事事件にすぎない
　　　　判決で本件事件の被害者とされている石田・麻生・篠田らの日本信販に対す
　　　る最初の「つなぎ融資」の返済債務は、東芝総合ファイナンスに対する右三人
　　　の二度目の「つなぎ融資」による融資金が平和ホームズの銀行口座に振込まれ
　　　た時点で消滅しており、右三人が日本信販と東芝総合ファイナンスに対し二重
　　　に「つなぎ融資」の返済債務を負うという事実（いわゆる「二重ローン」）は
　　　発生していないのであるから、右三人には詐欺罪による被害が存在せず詐欺罪
　　　は不成立である。
　　２　「つなぎ融資」契約書の解釈からは詐欺被害は存在しないことは明らか
　　　(1) 「つなぎ融資」は契約書では平和ホームズに返済すれば足りる

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－29－

　　　　　「被害者」が日本信販との間で締結した「つなぎ融資」契約書の「日本信
　　　　販公的住宅資金つなぎローン」と題する契約書（甲第四六号証・相川員面調
　　　　書添付の契約書）によれば、①「Ⅲの第ー条(2)」で顧客（契約書上は「契約
　　　　者」と表示）が平和ホームズ（同「取扱店」）を通じて、日本信販（同「当
　　　　社」）から借入れた「つなぎ融資」金（同「立替金」）の返済方法につい
　　　　て、「立替金は、表記の支払方法により支払期日に契約者が支払うものとし
　　　　ます。」と定められ、②契約書の表面の「要項」と題する欄にある「ローン
　　　　金額・残額の支払方法」欄には、「平成　年　月　日一括弁済（下記の貴社
　　　　指定口座宛銀行振込）」と記載され、右「貴社指定口座」欄には、平和ホー
　　　　ムズの銀行口座（第一勧業銀行・高田馬場支店・当座預金・〇一一三五三
　　　　七）が記入されている。
　　　　　つまり、顧客（契約者）は「つなぎ融資」金（立替金）の返済を契約書上
　　　　の「貴社指定口座」宛の銀行に振込で支払えば返済したことになる。なお契
　　　　約書の右条項を素直に読めば、「貴社指定口座」は日本信販への債務の返済
　　　　場所・返済方法の指定であり、現実に平和ホームズが日本信販に返済したか

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－30－

　　　　否かを問わずに、右口座に振込があれば顧客の債務が消滅することは明らか
　　　　である。
　　　(2) 従って、石田等三人は本来ならば貸主である日本信販に対して「つなぎ融
　　　　資」金を返済することが通常であるが、契約書によれば返済方法・場所は平
　　　　和ホームズの銀行口座への振込と指定されているのであるから、平和ホーム
　　　　ズへ返済する必要がある。つまり顧客は日本信販から借りた「つなぎ融資」
　　　　の返済を日本信販に直接返済する必要はなく、平和ホームズに返済すればこ
　　　　と足りるのである。
　　　　　そして、顧客が右平和ホームズの銀行口座に振込んだ場合、右口座は日本
　　　　信販が返済場所として特別に指定した場所であるので、顧客の日本信販に対
　　　　する「つなぎ融資」金の返済債務は消滅することになる。
　　　　　後は平和ホームズが日本信販に対し右顧客から振り込まれた「つなぎ融資」
　　　　金を返済するだけであり、もし平和ホームズが右「つなぎ融資」金を日本信
　　　　販に支払わなかった場合は、平和ホームズの日本信販に対する債務不履行つ
　　　　まり民事上の問題が発生するだけである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－31－

　　　(3) その上で石田等の三人は、日本信販から借りた最初の「つなぎ融資」の返
　　　　済として、それぞれ東芝総合ファイナンスから融資を受けた二回目の「つな
　　　　ぎ融資」金を平和ホームズの口座に振込んだ。
　　　　　例えば篠田勉は、高澤から「東芝ファイナンスからの融資金は一旦篠田さ
　　　　んの口座に振り込まれますが、その金は当社と日本信販との提携により当社
　　　　の口座から日本信販に返済するシステムになっています」との説明を受け
　　　　（甲第三号証・篠田の検面調書・一二丁表）、東芝総合ファイナンスからの
　　　　融資金は日本信販から借りた第一回目の「つなぎ融資」の返済にあてるとい
　　　　う念書を交付され（同書・一二丁裏）、日本信販への返済の意思で振り込ん
　　　　だのである。
　　　(4) ちなみに石田等三人が、平和ホームズの関係者からどのように言われたか、
　　　　どんな意識で二回目の「つなぎ融資」を借受けたか、またどのように言われ
　　　　てどんな意識で平和ホームズに振込んだかは、債務が消滅するか否かとの問
　　　　題とは関係がない。詳細は後述の第五、一及び一審の弁論要旨及び控訴趣意
　　　　書のとおりである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－32－

　四　当事者の意識は判断根拠にならない
　　１　一審判決の認定
　　　　「つなぎ融資」契約書の「貴社指定口座」欄に平和ホームズの当座預金口座
　　　が記載された意味・意義について、判決（特に一審判決）は日本信販及び平和
　　　ホームズのローン担当者の意識を根拠に、債務の返済方法・場所の指定ではな
　　　く「便宜記載」だとしている。
　　２　契約書の解釈に当事者の意識は判断根拠にならない
　　　　本件の「つなぎ融資」契約書の契約内容・条項は、争いがないくらい明確で
　　　あり、そもそも当事者の意思の判断が必要な事案ではない。当事者の意思解釈
　　　は契約書の内容が不明確な場合になされるものである。
　　　　本件では前述したように、契約書上、なんらの疑義もなく、当事者の意思解
　　　釈は全く不要である。
　　３　「つなぎ融資」の実態
　　　　判決は日本信販及び平和ホームズの担当者の意識を根拠に、「貴社指定口
　　　座」に振込があっても債務は消減しないと判断しているが、当事者の意識の解

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－33－

　　　釈等に重大な誤りがある。それは、以下のような理由から、「つなぎ融資」が
　　　実質的には会社への融資であると意識していた財務担当者（特に平和ホームズ
　　　の担当者）の意識を全く無視した結果である。
　　　(1) 「つなぎ融資」は顧客の建築業者への建築代金支払の一般的手段
　　　　１．平和ホームズが住宅建築を請負った場合、顧客の建築代金の支払方法は
　　　　　一般の大工・建築業者に対する場合と同様に、①契約時に二〇％・②着工
　　　　　時に二〇％・③上棟時に四〇％・④建物完成引渡時に二〇％と、四分割の
　　　　　支払方法が一般的であった。しかも、多くの顧客は自己資金で建築代金の
　　　　　全額を賄うことはできないのが通常で、契約時の二〇％位を自己資金で支
　　　　　払い、残りは住宅金融公庫等の公的融資で支払うのが一般的であった。
　　　　２．しかし公的融資で支払う場合でも、公的融資が受けられるのは建物完成
　　　　　後であるため、建築会社に対して着工時の二〇％及び上棟時の四〇％のよ
　　　　　うな建築代金を準備することは困難であった。そのため、公的資金が融資
　　　　　される前に、ノンバンクから公的資金実行までの「つなぎ」として、融資
　　　　　を受けて建築会社に対する支払いをするという方法が「つなぎ融資」制度

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－34－

　　　　　である。
　　　　３．このような「つなぎ融資」は、顧客にとっては自己資金がなくとも建物
　　　　　建築を依頼できる点、また建築会社にとっては建物完成以前に確実に資金
　　　　　回収ができる点、さらにノンバンクにとっては建築会社が仲介によって公
　　　　　的融資によって確実に回収ができる点、三者にとってメリットのある制度
　　　　　である。
　　　(2) 「つなぎ融資」は実質的には日本信販の会社に対する資金融通
　　　　　「つなぎ融資」は形式的には顧客と日本信販との融資契約であるが、その
　　　　実質は、以下の事実・理由等から日本信販が平和ホームズの資金調達のため
　　　　に融資をするという側面が強いものであり、実質的には日本信販の会社に対
　　　　する資金融通であった。
　　　　１．日本信販と平和ホームズ間の「つなぎ融資」については、相互間で締結
　　　　　された「公的住宅資金つなぎローンに関する契約」（甲第四七号証、鈴木
　　　　　清博の調書末尾添付）に基づいて、個々の顧客に対する「つなぎ融資」が
　　　　　処理がされていた。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－35－

　　　　　　その第一条には「乙（日本信販）は、……丙（顧客）について、公的金
　　　　　融機関の融資が実行されるまでの間、甲（平和ホームズ）に対し、丙に代
　　　　　わって当該資金の立替払をなし」とあり、顧客への融資というよりも日本
　　　　　信販が「立替え」をするという表現がなされている。
　　　　　　また実際の手続き一切を平和ホームズが行うことになっており、その上
　　　　　で会社は顧客の「つなぎ融資」について連帯保証をするものとされている。
　　　　　　さらに第七条には「極度額」が記載され、日本信販は平和ホームズとの
　　　　　関係で一定の融資枠を定めていた。
　　　　　　以上契約書及び実際の手続から見れば、日本信販は公的住宅融資を受け
　　　　　て建物を建築する顧客がいるという条件付きで、一定の枠内で会社に対し
　　　　　て立替金を出すというものであった。従って、「つなぎ融資」は、実質的
　　　　　には個々の顧客の条件云々よりも会社への信用に基づいて平和ホームズに
　　　　　資金を融通しているものである。
　　　　２．そもそも、日本信販は平和ホームズとの間で「つなぎ融資」契約を取組
　　　　　むに際しては、「『つなぎ融資』を取り組むに当たり会社の営業状況、財

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－36－

　　　　　務状況を興信所の調査を含め十分調査した結果、会社内容について、当時
　　　　　問題もなく売上成績も延びていたことを把握し、同年四月から極度額一億
　　　　　の枠で会社と提携してつなぎ融資を開始した、さらにその後、極度額の増
　　　　　額に際してもその都度会社内容を調査した上で決定」（日本信販の相川昭
　　　　　彦証人・三一回・三丁裏）しているのである。
　　　　　　また顧客に対する融資決定の連絡も「融資決定がなされれば契約から概
　　　　　ね二～三日後各顧客に連絡する」（同八丁）として、日本信販は平和ホー
　　　　　ムズとの間で処理をして顧客への連絡は事後報告となっている。
　　　　　　つまり、日本信販の個々の顧客への融資決定は、平和ホームズへの信用
　　　　　が最も重要な条件であり、顧客の条件等は問題になっていない。
　　　　３．「つなぎ融資」に関する全ての手続きは平和ホームズが行っていた。
　　　　　　日本信販は「つなぎ融資」をするに当たって顧客に面接もせず、平和ホ
　　　　　ームズからの書類に基づいて融資を行い、融資金は平和ホームズが代理受
　　　　　領する形で「立替金」として直接会社へ振り込まれ、返済についても全て
　　　　　平和ホームズが行ない、日本信販は、顧客に対して返済の領収書も発行し

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－37－

　　　　　ないし、契約書等の書類の返還も平和ホームズに行う形で処理されており、
　　　　　顧客への連絡さえ一切していない。
　　　　４．さらに「つなぎ融資」の返済方法は、「貴社指定口座」の欄に平和ホー
　　　　　ムズの口座番号が記載され、当然会社から返済される仕組みになっている。
　　　　５．しかも「つなぎ融資」は形式的には顧客とノンバンクとの融資契約であ
　　　　　るが、その実質は日本信販の平和ホームズに対する資金融通であったこと
　　　　　は、次の日本信販の担当者の供述等から明らかである。
　　　　　①　日本信販の担当者山崎茂は「平和ホームズから日本信販への返済方法
　　　　　　は銀行振出預金小切手でなされている」「高澤からさんから、工事の遅
　　　　　　れで（公的融資の）お金が下りないから今回分はそのまま今月二七日の
　　　　　　○○さんの分に入れて下さい」（甲第四八号証、五八、六二丁）と述べ
　　　　　　ている。
　　　　　②　日本信販の大島千寛が「注文主に代わって当社が平和ホームズに立替
　　　　　　融資する」という表現をしている。
　　４　いわゆる「二重ローン」の実態

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－38－

　　　(1) 判決は「二重ローン」について、顧客に二回にわたり「つなぎ融資」を受
　　　　けさせた上で、最初の「つなぎ融資」の返済をしないで一定期間「つなぎ融
　　　　資」債務を二重に顧客に負わせる方法を「二重ローン」と意識している。そ
　　　　の上で「二重ローン」の全てに詐欺罪が成立するとしているようである。
　　　　　しかし前述したように、そもそも「二重ローン」状態にはならないこと、
　　　　さらに二度目の「つなぎ融資」の目的のほとんどは返済期日の関係あるいは
　　　　「つなぎ融資」の極度額（融資枠）との関係で行われた他金融機関からの借
　　　　り換えであった。そもそも「二重ローン」という言葉自体が平和ホームズ内
　　　　では使われておらず、使われていたのは「付け替え」「切り替え」「ダブリ
　　　　借入」「ダブル（つなぎ）」等の言葉であった。
　　　　　以上のこと及び「つなぎ融資」自体が会社への融資と意識されていたこと
　　　　から、担当者が誤解をしていた点が判決が誤解・曲解した理由である。
　　　(2) 「付け替え」の必要性
　　　　　「つなぎ融資」の約定返済期間は通常六カ月である。しかし平和ホームズ
　　　　と顧客の契約から、着工、完成を経て公的融資の実行されるまでには少なく

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－39－

　　　　とも八、九カ月を要する。そのうえ、天候や職人の手配等の関係で事実上工
　　　　期が延びるということも少なからずあり、約定の六カ月後までには建物が完
　　　　成しておらず公的融資が下りないことが多かった。各顧客ごとの借入・返済
　　　　状況の調査結果の資料作成状況捜査報告書（甲第六八号証）でも明らかなよ
　　　　うに、「つなぎ融資」を開始した当初は期日よりも遅れて返済しているもの
　　　　が多い。そのような事情から、当然のこととして他の金融機関に「付け替
　　　　え」をするということが行われるようになったものである。
　　　　　さらに「つなぎ融資」の極度額（融資枠）が定められていた。特に日本信
　　　　販の「つなぎ融資」の条件は担保がいらないことや金利など他のノンバンク
　　　　よりも緩やかであったため、極度額がいっばいの場合には、他のノンバンク
　　　　からの融資を受ける条件を有している顧客には「付け替え」をお願いし、そ
　　　　の分空いた日本信販枠でつなぎ融資を新たな顧客につけることができるとい
　　　　うやり方が行われていたのである。
　　　　　以上が、ダブル借り入れをしているものの実態である。
　　　(3) ローン担当者の認識

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－40－

　　　　　付け替えが行われるようになった当時、ローン担当であり、当時のやり方
　　　　を最もよく知っている福岡正芳の二回目の次のような証言に、いわゆる「二
　　　　重ローン」が「付け替え」であったことが端的に現れている（福岡二八回）。
　　　　「付け替えを行ったものとしてはほとんど全部といっていいほど工事が延び
　　　　て付け替えが必要だったという状況でした」「結果として一時的に二重にな
　　　　ってしまうということ」「自分のときは期限が来るから付け替えをした」
　　　　　また鎌田も財務やローンを担当する以前の「つなぎ融資」について、付け
　　　　替えというのは期限が来るので必要やむを得ないという理由で行われたのか
　　　　との質問に「はい」と答えており（三回・三六丁）、さらに「当初のころは
　　　　付け替えだった」「六三年当時は客を騙すような言い方をしていなかった」
　　　　と明確に認めている（二六回・二三、二四丁）。
　　　　　これらについては、後述の第五、二に以下詳述した。
　　　(4) 担当者は「つなぎ融資」を実質は平和ホームズに対する融資のように理解
　　　　をした上で、「つなぎ融資」手続を行っていたのであり、このような意識を
　　　　根拠にはできない。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－41－

第三　審理不尽等の法令違反
　一　はじめに
　　　本件無罪事件がいかなる経過によって「有罪」という本来あり得べからざる判
　　決が二度に渡って出されるに至ったか、その最大の要因は、第一で述べたような
　　幾重にも重なった冤罪の構造の下で、判決に重大な影響を及ぼす事実、本件の本
　　質にかかわる審理が尽くされていないことによる。そして、こうした一審及び原
　　審における審理不尽の結果もあって、第五に述べるような数々の判決に影響を及
　　ぼす事実誤認がされるに至ったものである。
　　　特に、被告人は一審判決に対し控訴趣意書において一審判決の内容が到底維持
　　しえないような数々の事実を指摘したにもかかわらず、原審は不当にも全く事実
　　調べに入ることなく結審してしまった点は審理不尽の最たるものである。
　　　こうした審理不尽及ぴそれに基づく理由不備・理由齟齬は、刑訴法第四一一条
　　一号に該当する法令違反であり、そもそも憲法第三七条の被告人の裁判を受ける
　　権利の重大な侵害の憲法違反である。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－42－

　二　重大な審理不尽等の数々
　　１　「貴社指定口座」に振り込まれた時点で債務は消滅するという法律的に詐欺
　　　罪が成立しない点についての審理不尽
　　　(1) 原判決は、顧客の日本信販に対する「つなぎ融資」債務が、契約書の「貴
　　　　社指定口座」に振り込んだ時点で消滅するという被告人の主張を否定した。
　　　　　この点は、契約書の解釈上当然の結論であることを被告人はすでに弁論要
　　　　旨及び控訴趣意書において詳述してきたとおりである。
　　　　　問題は、一審判決が日本信販及び財務担当者がいずれも「貴社指定口座」
　　　　欄の口座に入金がなされても日本信販に対する顧客の債務が消滅するとは理
　　　　解していなかった、との事実認定をした上で、その結果「貴社指定口座」欄
　　　　に平和ホームズの当座預金口座が記載されていたとしても、それは「便宜記
　　　　載」されたものにすぎないと認定した。
　　　(2) この論点については、弁護人においてもつなぎ融資契約書の「貴社指定口
　　　　座」の記載を見落としていたため、被告人及び弁護人において二度目の借入
　　　　金が会社の口座に入金された時点で日本信販に対する債務が消滅するという

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－43－

　　　　主張を行ったのは一審の最終においてであった。
　　　　　そのため第一審結審間際において、急遽日本信販の当時の「つなぎ融資」
　　　　の担当者であった相川昭彦の証人調が形式的に極めて短時間行われるという
　　　　異例のやり方で行われた。しかも、同人は平和ホームズと具体的に交渉して
　　　　いた担当者の上司であり、具体的な事情等は知らないものであった。さらに、
　　　　契約当事者である顧客及ぴ会社の当時担当者であった鎌田らのこの点につい
　　　　ての認識については全く調べることなく結審したものである。
　　　　　このような極めて不十分な証人調によって、しかも右相川証人の証言のみ
　　　　で被告人の前記主張を否定したのである。そのため、被告人は控訴趣意書に
　　　　おいて、この点が犯罪の成否にストレートに影響するにもかかわらず、十分
　　　　な審理が全くされていない点こそ問題にした。
　　　(3) もし、原判決が契約書の明瞭な文言を無視して、その内容と正反対の当事
　　　　者の意思によって事実認定をするならば、日本信販の担当者の意思だけでな
　　　　く（これに対する調べも不十分・形だけで終わっている）、契約の相手方で
　　　　ある本件各被害者の意思をも問題としなければ事実認定をすることは到底不

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－44－

　　　　可能なはずである。当然のことであるが、証拠調をしていない関係上、原判
　　　　決は本件各被害者、会社の担当者の意思がどうであったのかについて全くふ
　　　　れていない。
　　　　　しかも原判決は、「財産的損害」の発生を認定しているのであり、なおさ
　　　　らである。この点だけを取り上げても審理不尽の法令違反があることは免れ
　　　　ず、すでに述べたとおり、これは判決の内容に影響を及ぼすことは明らかで
　　　　ある。
　　２　「つなぎ融資」の実態が実質的には会社への融資であった事実について
　　　　被告人は、控訴趣意書及びその後の補充書において、「つなぎ融資」につい
　　　て、その制度の趣旨及ぴ実際の運用の実態から実質的には「会社への融資」で
　　　あり、担当者の認識も「会社の借入」であったことを以下の点について詳述し
　　　た。
　　　(1) 「つなぎ融資」制度のメリット
　　　　　第一に顧客にとっては、自己資金がなくとも建物建築を注文できること
　　　　　第二に建築会社にとっては、建物完成以前に確実に資金回収ができること

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－45－

　　　　　第三にノンバンクにとっては、会社を通じて融資することができること
　　　(2) 「つなぎ融資」制度の形式
　　　　　もともと「つなぎ融資」は建築会社の資金繰りのための制度として生まれ
　　　　たものであった。そのため、その融資契約は以下のような形式がとられてい
　　　　こ。
　　　　①　借主が建築会社、顧客は連帯保証人の例
　　　　　　「つなぎ融資」の借主が建築会社で、顧客が連帯保証をするこの形は、
　　　　　名実共に建築会社が融資を受けているのである。会社との関係でみると、
　　　　　この形式をとっていたのは東京ホームサービスである。
　　　　②　借入名義は顧客、連帯保証人が建築会社の例
　　　　　　日本信販株式会社及び太陽信用保証株式会社などがこの形式をとってい
　　　　　た。ただし、その実質は以下に述べるようにその運用からみても実質的に
　　　　　は右①と同一なのである。
　　　　③　名義上は②と同様だが、返済も直接ノンバンクとしている例
　　　　　　東芝総合ファイナンスは、代理受領権限をとり返済を自社の口座に指定

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－46－

　　　　　しているのである。ただしこの形式は例外的である。
　　　(3) 以上を前提にして、①の名義上も会社が借主の場合は当然として、②の実
　　　　質的な借り主が会社であるということは、本件に関して極めて重要な意味を
　　　　持つ。
　　　　　なぜなら、このように「つなぎ融資」の借主が契約上も会社になっている
　　　　場合がいくつかあったということは、担当者のつなぎ融資についての認識に
　　　　大きな影響をおよぼしている。なぜなら、担当者は「つなぎ融資」について
　　　　①の名義上も会社が借主となっている場合と、②の名義上は顧客が借主とな
　　　　っている場合の二つのケースについて全く区別することなく同様のつなぎ融
　　　　資制度として運用する認識しかなかったからである。つまり、①についても
　　　　②についても、「定められた返済期日に会社の責任で返済する」という認識
　　　　以外なかったのである。ただ、②については形の上で公的資金融資を受ける
　　　　顧客と日本信販との融資という形になっているため、顧客に了解を得るとい
　　　　う認識しかなかったものである。その場合も担当者は、一回目の「つなぎ融
　　　　資」について「会社が責任をもって返済します」という趣旨の話をしている

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－47－

　　　　のみで、「直ちに返済する」とは言っていないのである。
　　　　　以上により、担当者レべルで「客を騙す犯罪である」という意識は全くな
　　　　かったものである。このようなやり方が何年間にもわたり行われており、担
　　　　当者の意識に、会社が日本信販に返さないで顧客に二重債務の責任を負わせ
　　　　るような事態はないと確信していたのである。現に、平成三年三月の倒産と
　　　　いう事態になるまで会社が日本信販に返済せずに顧客に迷惑をかけたことは
　　　　全くなかったことはすでに述べたとおりである。
　　　　　以上の事実から、担当者は本件について刑事責任を問われるなどというこ
　　　　とは全く考えていなかったものである。
　　　　　そこで、重要なことは、特に、前記②の事実「つなぎ融資には①名義上も
　　　　会社が借主の場合と②名義上は顧客が借主」があったという事実については、
　　　　被告人は原審の段階ではじめて主張し、その段階ではじめて契約書を証拠と
　　　　して提出したということである。
　　　　　にもかかわらず、原審は、この点についても全く事実調を拒否し、直ちに
　　　　結審したのである。これらはつなぎ融資制度の本質に関わり、本件詐欺の認

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　　　　定に直接関係する部分であるにもかかわらず、一切、無視したものであり、
　　　　審理不尽は明らかである。
　　３　会社の財務状況について
　　　(1) 一審判決においても、本件犯行の背景として会社の財政状況が逼迫し、資
　　　　金繰りに窮していたことをあげている。
　　　　　しかし、本裁判においては会社の財務関係に関する資料がほとんど提出さ
　　　　れないまま審理が進められ、判決が会社の財務状態の正確な認定をすること
　　　　は困難であったはずである。会社が平成三年三月に倒産し、会社の財務関係
　　　　資料は管理が破産官財人に移っていたが、その後本件に関する警察からの押
　　　　収手続きにより、会社の財務関係資料の重要な部分はすべて押収された。に
　　　　もかかわらず検察官からは、財務関係を示す証拠は全く提出されていない。
　　　(2) 被告人は、倒産・破産、その後の押収により、メチャメチャになった会社
　　　　の資料の残骸の中から断片的な資料を収集し、証拠として提出を求める以外
　　　　になかった。しかしそれさえも検察官の不同意によって証拠として採用され
　　　　ない、という経過をたどった。

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　　　　　本件犯行の動機という極めて重要な認定が、会社の財務関係資料のほとん
　　　　どを押収し手中に納めている検察官が証拠として全く提出しないのも問題で
　　　　あるが、判決がそれらを抜きにして会社関係者の供述のみで会社財政状況に
　　　　ついて断定的認定をしていること自体到底許されるものでない。
　　　　　そこで、この点についも、被告人は控訴趣意書で指摘し、原審の審理と判
　　　　断を求めた。しかし、原審は一切審理することなく、全く同様の認定をし、
　　　　しかも判決において本来到底無視しえないはずのこの矛盾について全く触れ
　　　　ない判決を下したものであり、審理不尽は明らかである。
　　　(3) しかも、一審判決に、会社が財政的に逼迫していた証拠として摘示されて
　　　　いる金額自体、証拠としてあげられている証拠からも出てこない全く虚構の
　　　　数字が書かれている。そのため、原審において、被告人は控訴趣意書にその
　　　　事実を指摘して十分な審理を求めたが、原審はこの点についても全く無視し、
　　　　一切の審理を行わなかった。
　　４　会社の経営方針等・会社業績について
　　　　前述の会社の財務状況についての杜撰な認定は、会社の経営方針等・会社業

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－50－

　　　績について一、二審を通じて全く審理をしてこなかったことにも関連する。
　　　　すなわち被告人は従前、良質で安い住宅を造るという目的に向かって実践し、
　　　数々の成果もあげてきた。そして、注文建築についても順調に受注棟数を上げ、
　　　被告人としても右売り上げの増加にみあうようにする等のために、内部体制等
　　　を整備していた。このような目的をもった被告人が詐欺などという犯罪行為を
　　　行うはずがない。原審の審理不尽は明らかである。
　　５　「二重ローン」の当初は「純然たる借り換え」であった事実について
　　　　一審判決は、昭和六三年一月末の「資金繰会議」において、被告人を交えて
　　　いわゆる「二重ローン」の共謀をした、と認定し、これが本件犯行の最も基本
　　　的な枠組みとなっている。
　　　　しかし、一審判決が最も信用できるとして本件の事実認定のほとんどの根拠
　　　としている鎌田をはじめ、高澤前半、福岡正芳（以下福岡という）も、昭和六
　　　三年一月末に行われるようになった二重のつなぎは、法的にも何ら問題のない
　　　単なる「付け換え」であったと公判廷で証言しているのである。しかも鎌田の
　　　右に関する証言は検察官の質問に対してのものである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－51－

　　　　すでに繰り返し述べているとおり、当初行われたような二重の借入が問題の
　　　ない「付け換え」であれば、被告人がも出席した「資金繰会議」での本件謀議
　　　が否定されることになり、判決に影響を及ぼす重大な事実である。
　　　　そこで、被告人は、原審において、これら重要な証言を一切無視した矛盾き
　　　わまりない判決について指摘するとともに、判決の事実認定に全く相反する前
　　　記証人の証言を抜枠し、原審での十分な審理を求めた。従って、原審において
　　　は、鎌田自身の供述にこれほどの矛盾が存在している点について十分な検討が
　　　なされるべきである。
　　　　しかし、原審は、何らの検討も加えることなく直ちに結審し、この点につい
　　　ての原審としての判断も何も示していない。審理不尽は明らかであり、理由不
　　　備である。
　　６　経営委員会の運営実態に関する審理不尽
　　　　被告人は、本件はいずれも平成二年九月～一一月の被告人の行動が問われて
　　　いるものであるため、第一に、平成三年四月以降、経営委員会が設置され、被
　　　告人が経営から実質的に排除されていたこと、第二に、その排除された状態は

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－52－

　　　同年一二月末まで続いた点について、証拠に基づいて立証し、弁論要旨で詳し
　　　く主張した。
　　　　しかし、一審判決は、右の二点の事実につき、何らの具体的証拠もあげずに
　　　いずれも否定し、「経営委員会が活動していた当時においても、会社の経営は
　　　被告人の権限と責任において行われ、最終的な決定をしていた」と認定し、
　　　「平成二年九月から一〇月にかけて開催された数回の『資金繰会議』において
　　　「二重ローン」の方法により騙し取る具体的共謀が成立した」とし、全くの事
　　　実誤認の認定を下した。そこで、被告人は、控訴趣意書において、証拠に基づ
　　　き明らかに事実に反する一審判決を改めさせるべく以下の事実を指摘し、判断
　　　を求めた。しかし、原審はこれらを全く無視し、全く答えることなく、同様の
　　　認定をしたものであり、審理不尽及び理由不備・理由齟齬は明らかである。
　　　(1) 余りにも明白な鎌田供述と脇山供述の矛盾
　　　　　原判決は、右事実を認定した証拠として脇山と鎌田の供述をあげている。
　　　　鎌田の供述は高い信用性があることを前提して、脇山の供述について「具体
　　　　的かつ詳細であり、その内容自体不自然ではなく、鎌田の供述とも概ね符号

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－53－

　　　　している」ことをあげている。しかし、脇山と鎌田の供述は重要な事実につ
　　　　いて全く相反しているのである。つまり、被告人が出席をしていない経営委
　　　　員会で資金繰りまで行っていたかという点について、鎌田は「行っていた」
　　　　と言い、脇山は「行っていなかった」と言っているのである。
　　　　　被告人は、この点を具体的証言内容を摘示して原審での判断を仰いだので
　　　　ある。経営委員会で資金繰りも行っていたか、二重つなぎも含むつなぎ融資
　　　　についてまで扱っていたか、という点は重要な事実である。その点について、
　　　　右のように全く反対の供述をしているのである。どうしてこの供述が「概ね
　　　　符号している」という結論になるのか原審は明確に説明をすべきは当然であ
　　　　る。
　　　(2) 経営委員会当時の被告人が会社の別口座を開設していた事実
　　　　　被告人が経営から排除されていなければ起こり得ない事実として、被告人
　　　　が経営委員会当時、会社とは別の独自の「別口座」を作っていた事実を指摘
　　　　し、この点についての原審の審理及び判断を求めた。
　　　　　被告人は経営委員会の不手際によって、資金繰りに支障がおきるのではな

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－54－

　　　　いかと心配していたが、仮にそのような事態になっても経営を存続させてい
　　　　くことができるように、別口座を設けて資金準備をしていた事実について詳
　　　　述した。
　　　　　被告人の排除という事態がなければ、別口座の開設など不要であり、有り
　　　　得なかったはずである。従って、この事実が認定されるなら被告人の排除の
　　　　事実の認定につながる重要な事実である。そこの点については、高澤だけで
　　　　なく鎌田も小田も認めている別口座についてるものであり、その重要性から
　　　　判決で何らの判断をしないということは許されないことである。被告人は、
　　　　原審で、一審判決が何らの判断をしていないことを指摘し、原審に更なる審
　　　　理と判断を求めたが、原判決も何らの判断もしなかったのであり、審理不尽
　　　　も甚だしい。

第四　共犯者の供述の信用性を誤ったことによる事実誤認
　一　弁論更新後の高澤供述の信用性
　　　一審判決は、高澤の捜査段階の供述及び弁論更新前の供述が信用性が高いとし、

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－55－

　　その理由として鎌田、福岡供述と一致し、又、弁論更新後の供述は、①高澤が倒
　　産後被告人から紹介された会社に被告人と一緒に勤務していることから見て、被
　　告人をかばっているとの疑いが払拭し難いこと、②高澤の弁論更新後の供述は、
　　平和ホームズの顧客から提起された損害賠償訴訟における自己の立場を強く意識
　　しているもののようにうかがわれること、③変更理由として述べている内容が、
　　これまで具体的、かつ、詳細に一貫して供述してきたことを当公判廷において突
　　如として変更するだけの理由とは認め難いこと、などを理由に挙げている（一審
　　判決二七丁～二八丁）。
　　　又、原判決も、右①③の理由に加えて④高澤の弁論更新後の供述は、高澤自身
　　が原判示第三の犯行について執行猶予の判決を受け、同判決が確定した後のもの
　　であること、などを理由としている。
　　　確かに、それまで「一貫して」供述してきた者が突如として供述内容を変え、
　　しかも変更後の供述に右のような事情が認められるのであれば、一審判決及び原
　　判決のように認定することも不合理とは言えないかもしれない。
　　　しかし、一審判決及び原判決が捜査段階の供述と一貫していると言っている場

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－56－

　　合の「捜査段階の供述」とは、身柄を拘束された後の検面供述である。
　　　しかし、後記のとおり、高澤は逮捕勾留され取調べを受ける中で何を言っても
　　無駄であるとのあきらめの境地から取調官の意に沿うような供述をしてしまって
　　いるが、それ以前の任意の取調べの段階では、弁論更新後の供述と同様の趣旨の
　　供述をしているのである。
　　　すなわち、弁論更新後の供述は、一審判決及び原判決が強弁するように「これ
　　まで一貫して供述してきた供述内容を突如変えた」、というようなものではなく、
　　「取調べの過程で不当にねじ曲げられた供述を、もとのそれ以前素直な供述に戻
　　した」ものなのである。
　　　また、逮捕、勾留下の供述には、客観的事実と異なる点もあり信用性が高いと
　　は言えないし、又、執行猶予狙いで行くことを当時の刑事弁護人から言われた後
　　も、共謀の事実や詐欺の故意がないことを述べているのである。
　　　このような高澤供述のうち、都合のいい部分のみを取り出して、その部分に一
　　貫性があると一審判決及び原判決は言うわけであるが、その不当性は明らかであ
　　る。以下、詳論する。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－57－

　二　任意の取調べに対する高澤の対応
　　　高澤は、平成三年一一月から平成四年二月二六日まで計七回に亘り戸塚警察署
　　に出頭し、任意の取調べを受けているが、その際、取調官が全く自分の言い分を
　　聞き入れてくれないことから、平成三年一一月二一日付、同月二七日付、平成四
　　年二月二八日付の三回に亘り取調べの時に聞き入れられなかった自らの言い分を
　　内容証明郵便にて戸塚警察署へ郵送している。この中では、被告人がいわゆる
　　「二重ローン」について知らなかったことや、経営委員会が経営の実権を握った
　　ころには、被告人は資金繰りに関与していなかったことが述べられている。すな
　　わち、そこでの内容は以下のとおりである。
　　　　「なお、この当時の私の不手際で二重ローン（のような印象を受ける事態）
　　　になっていた案件について、『社長は知っていたのではないか』との尋ねであ
　　　りますが、当時社長は、ツーバイホーム技研の立直しの為に『社長は平和ホー
　　　ムズの社長なのに我々は見捨てられた』という話しが出てくるくらいにツーバ
　　　イホーム技研に常駐しており、又、私は担当部長として自分の範囲で処理でき
　　　る事は社長に余計な負担をかけまいと思い、社長にその様な報告はしておりま

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－58－

　　　せん。なお、社長は業務が定型的になると責任者を置いてまかせていたのでト
　　　ラブル処理を社長に頼む時以外は営業部なども毎月の定期報だけになっていた
　　　と思います。」（平成四年二月二八日付内容証明郵便）
　　　　「財務運営については、経営委員会事務局で相談されていたのではなかと思
　　　います。月初めに資金繰り表を社長に提出されることはなかったと記載してお
　　　ります。ただ、私達は経営委員会に経営能力があるとは思っておりませんでし
　　　たので、いつとんでもないミスをしでかすか、又、いつ経営を放り出されるか、
　　　との事を心配して彼等の財務運営についてそれとなく気を配る様にしておりま
　　　した。時々、小田さんから『今月はどうも足りない様です。』と言う報告が社
　　　長のところにあり、社長がそれとなく鎌田常務に『どうなっているの』と聞い
　　　て手伝いをすることがありました。」（平成三年一一月二一日付内容証明）

　三　逮捕後の供述内容とその問題点
　　　ところが、平成四年七月二〇日逮捕され、身柄拘束を受けた状況での取調べの
　　結果、数通の供述調書が作成され、それによると一転して警察、検察側の主張に

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－59－
　　沿うような主張に変わっているが、これは虚偽自白である。
　　　何故、このような虚偽自白をするようになったかについては、逮捕され、毎日
　　警察の取調べを受ける中、警察の言うとおり認めない限り、いくら違うと言って
　　も聞いてもらえず、毎日毎日そのことで責め続けられ、そうしているうちに永遠
　　に解放されないのではないかという強迫観念と重圧に責めさいなめられたからで
　　ある。「もう警察にいくら言ってもダメだ。しかし、検事なら自分の言い分を聞
　　いてくれるだろう」との最後の希望も結局は警察と同じであることに失望してい
　　る時、差し入れに来た妻に看守が少しだけ会わせてくれ、その妻の姿を見た時、
　　「早くここから出て何とかしてやりたい、出られるものならもうどうでもいい」
　　という気持ちになったものであり、又、平成四年一一月三〇日保釈になり、少し
　　ずつ普通の生活に戻って行く中においても、もう警察のいうとおり全て認めてし
　　まったし、その旨の調書もできていること、当時の弁護士からは「実刑になるか
　　もしれないが、とにかく執行猶予ねらいでゆくから」と言われていたので、もう
　　無実を主張するなど不可能だという気持ちになっていたからである。そして、も
　　し、実刑にでもなり、刑務所に入れられたら倒産によって家庭崩壊の寸前までい

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－60－

　　っていた高澤の家族は完全に一家離散になってしまうことが目に見えていたので、
　　それだけは何とか避けようとの必死の思いで、警察、検察側の意向に沿った証言
　　をしたものである。
　　　右供述が虚偽であることの裏付けとして、右自白内容には以下に述べるように
　　客観的事実との食い違いがある。すなわち、
　　１　いわゆる「二重ローン」の場合の返済について
　　　まず、甲第一〇二号証検面調書三丁目七行目以下には「最初につけたローンに
　　　ついては、公的融資からの分割で支払い、また『二重ローン』については別途
　　　新規に受注を受けた顧客からの契約金や『つなぎ融資』の金などをあてて支払
　　　っていました」との記載があるが、まず、この点は事実と異なる。すなわち、
　　　(1) 最初の「つなぎ融資』である日本信販の返済は短期借入金の借り替えのよ
　　　　うな形を繰り返しているものである。つまり、大体日本信販から設定を受け
　　　　た三億円の与信枠を一杯に利用していたため、その月の日本信販に対する返
　　　　済分を、当該月の新規受注物件のつなぎローンの入金分で相殺するような形
　　　　をとっていたため、新旧のつなぎ借入の金額がぴったり一致しないとか、金

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－61－

　　　　利分とかがある場合のみ、その分だけを会社の小切手で支払ったり、あるい
　　　　は逆に日本信販から振り込んで返金してもらうとかしていたのが事実である。
　　　(2) 次にいわゆる「二重につけたローン」つまり、同じ物件について二度目に
　　　　利用した東芝総合ファイナンスの「つなぎ融資」の返済については、東芝総
　　　　合ファイナンスが「顧客に貸す」という形をはっきりとっていたため、東芝
　　　　総合ファイナンスが公庫融資金や年金融資金を直接代理受領するか、顧客か
　　　　ら振り込んで返済してもらっていたというのが事実である。
　　　　　要するに、最初につけた「つなぎ融資」については「公的融資からの分」
　　　　で支払ったのではなく、日本信販に対する当月分の返済と新規入金をいわば
　　　　相殺するような形で支払っていたのであり、又、二度目につけたローンにつ
　　　　いては「別途新規に受注を受けた顧客からの契約金や『つなぎ融資』金」す
　　　　なわち、別の顧客からの入金分を流用していたのではなく、当該顧客の公的
　　　　融資金や年金融資金を代理受領していたか、あるいは直接顧客から振り込ん
　　　　でもらって支払っていたというのが真実である。
　　　　　これらの事実は、日本信販の分については、会社の伝票やコンピューター

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－62－

　　　　の経理データーを見れば明らかであるし、東芝総合ファイナンスに確認すれ
　　　　ば顧客から代理受領書をもらったことなどはすぐに明らかとなる。
　　２　「直ちに返済する」とは言っていない
　　　　次に甲第一〇二号証には「最初の『つなぎ融資』分については付け替えたロ
　　　ーンの方から直ちにこれで返済するというように嘘の説明をして（顧客を）信
　　　用させていた」とあるが、高澤は「直ちにこれで」返済すると説明したことは
　　　なかったのである。
　　　　高澤らを告訴した顧客の警察官に対する供述調書のうち、平成三年に作成さ
　　　れたものについては、「責任をもって返済する」というような文言はあっても
　　　「直ちにこれで返済する」という文言はなかったが、平成四年二月になると顧
　　　客の員面調書の全てが「直ちにこれで返済すると嘘の説明をした」というよう
　　　に変わっており、高澤の供述もこれに合わせるようにして変えられたものであ
　　　る。
　　　　実際、日本信販への返済は毎月二七日に固定されていたものであり、東芝総
　　　合ファイナンスから融資を実行されても「直ちに」返済できるわけではなく、

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－63－

　　　高澤は「責任をもって返済する」という言い方をしたかもしれないが、「直ち
　　　に」返済するとは言っていないことは被害者供述調書の存在及び返済日固定の
　　　事実から明らかである。

　四　罪状認否でも被告人の関与を否定
　　　高澤は第一回公判の時に罪状認否を行うに際してメモを準備した。当時、高澤
　　は弁護人から執行猶予狙いで行くと言われていたため、争うことを断念し、基本
　　的に控訴事実を認める旨の認否をしたが、それは自らの本意とするところではな
　　かったため、その文章は極めて歯切れの悪いものとなっており、とりようによっ
　　ては自白とも否認ともとれる内容となっている。すなわち、
　　　　「大筋の点につきましてはその通りであり、間違いはございませんが二～三
　　　の部分について述べさせて頂きます。
　　　　私は、本件につきまして、鎌田常務の依頼に基づいて行ったのは事実であり、
　　　そうゆう趣旨から共謀したという事であればその通りであると思います。ただ、
　　　当時、私は財務を担当していた鎌田常務の業務に少しでも手助けをし、協力で

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－64－

　　　きればという気持ちでありましたので、いわゆる謀議をするという意識ではあ
　　　りませんでした。又、この件で私は三宅喜一郎社長に相談したり、指示を受け
　　　た事はありませんので、三宅喜一郎社長が知っていたかどうかは分かりません。
　　　又、私は、本件の資金が日本信販以外の債務返済に流用されるという財務事
　　　情は知っておりましたので、客観的評価といたしましては、騙したということ
　　　になるかもしれず、詐欺といわれても弁解は出来ず、その非難や評価はあまん
　　　じて受ける覚悟でございます。ただ、私は必ず日本信販には返済しなければな
　　　らないし、又、出来ると心の底ではそう信じておりましたので、騙し取ろうと
　　　いう気持ちは最後までありませんでした。
　　　　しかし、会社が倒産してしまい、結果的には騙し取るという事になり、お客
　　　様はじめ金融機関様には、大変ご迷惑をかけてしまったと大変深く反省をして
　　　おります。」（傍線は弁護人）。

　五　公判での「社長とは相談していない」との供述
　　　公判段階になって基本的に罪を認めることとなっているにもかかわらず、高澤

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－65－

　　は公判で次のように供述し、被告人の本件への関与を否定している。
　　　弁護人　「この事件で起訴されていることにつき、あなたは三宅社長との共謀
　　　　　　はなく、鎌田さんとは共謀したと言いましたが、もう一度その点を説明
　　　　　　して下さい。
　　　高澤　　「はい、三宅社長からは仕事についての権限委譲を私も鎌田常務も受
　　　　　　けておりますので、特に三宅社長の判断を仰がなければ処理できないこ
　　　　　　と以外は担当同志で処理しておりましたので、今回のこの件について客
　　　　　　のことをどうしようかといった具合に社長と相談したこともございませ
　　　　　　んでした。また、そのような指示も受けたこともありません。共謀とい
　　　　　　うと何とか集まって相談するのが共謀ではないかという風に思いました
　　　　　　ので、共謀はなかったと言いました。」
　　　弁護人　「評価の問題になるかも知れませんが、あなたとしてはお客から騙し
　　　　　　取るつもりはなかったと言いましたね。その趣旨ですが、会社が倒産す
　　　　　　ることなく好転すれば必ず返せると思っていたということからそのよう
　　　　　　な言い方になったのですか。」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－66－

　　　高澤　　「そのとおりです。」
　　　弁護人　「鎌田さんも、まさか会社が倒産するとは思っていなかったという趣
　　　　　　旨のことを言っていましたが、関係役員というのは、平成二年の九月か
　　　　　　ら一一月当時は皆同じ気持ちでいたのでょうか。」
　　　高澤　　「はい、同じような気持ちで何とか危機を乗り越えようと仕事を分担
　　　　　　して頑張っていたんですが。」（傍線は弁護人）。

　六　鎌田供述の信用性に対する重大な疑義
　　　一審判決は、鎌田が「ことさら被告人に不利益な虚偽の供述をしたと疑われる
　　ような客観的事情は認められない」とし、鎌田供述を「信用性が高い」ものと判
　　断している。又、原判決も鎌田供述が他の供述とともに大筋において合致してお
　　り、信用性は高いものと認められるとしている。それは、「共犯者」鎌田も「会
　　社の被害者である」という見方が証明なしに前提とされ、供述が重視されたもの
　　である。
　　　しかし、鎌田は起訴された本事件以外にも、会社の資金を自らの不動産投資の

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－67－

　　ためのローンに充てるなどしていたことに基づく以下のような別件の横領事件疑
　　惑があり、いずれにしても自らは助からず、むしろ相被告人高澤と同様執行猶予
　　狙いの目的で責任をもっぱら被告人に押しつけて自らの罪状を軽くしようとした
　　ものと疑われる客観的事情がある。
　　　これだけでも、鎌田の供述の証明力に疑いを持つには十分であり、原判決後に
　　発見された、鎌田証言の信用性の判断に重大な影響を及ぼすべき事実である。
　　(1) 鎌田は、財務部長当時（昭和五八年～五九年）に、自ら実父の自宅に三千万
　　　円の担保権を設定した目的を会社のためだったと主張しているが、それは目的
　　　を巧妙にすり替えた詭弁である。本当の目的は、担保提供という手段で、実父
　　　の定年後の生活費として、会社から毎月一〇万円ずつ入金させることであった。
　　(2) 昭和六三年三～四月頃、鎌田が懇望して設置した不動産部は、業績不振で部
　　　員が次々に退職した結果、消滅した。しかし、その一方で、責任者の鎌田自身
　　　は、業務上知りえた情報を利用して、密かに私的な不動産投資を営み利益を挙
　　　げていた。その利益額は、確実な資料によるものだけで、昭和六二年六月から
　　　平成二年二月の間に、三件、粗利益額合計六八〇万円にのぼる。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－68－

　　(3) 鎌田は、昭和六三年一二月に再び財務部長に命じられた以降、私的な不動産
　　　投資のローン返済金などに充てるために、嘘の経理伝票を作成して、「月末の
　　　資金が不足したのでサラリーローンから自分が借りて来た金の返済をする」と
　　　言葉巧みに偽って、小田経理課長や被告人たちを騙し、小切手や現金を詐取し
　　　ていた。その額は、昭和六三年一二月から平成二年二月の一年三カ月間で、合
　　　計三五〇万円にのぼる。
　　　　なお、この他に、鎌田には、昭和六二年八月から平成三年二月までの間に、
　　　会社に対する仮払金の未精算額が約六三五万円ある。


第五　判決に影響を及ぼす明らかな事実誤認
　　　原告判決は、以下にのべるとおりの判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認が
　　あり、刑事訴訟法第四一一条三号に該当し、直ちに破棄されなければならない。
　　　原判決は、第一「本件冤罪の構造と原因」及び第二「審理不尽等の法令違反」
　　において述べたとおり、「先に犯罪有りき」の先入観・予断に基づき、鎌田証言、

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－69－

　　高澤前半証言はすべて誤りがなく、高澤後半供述及び被告人供述はすべて信用し
　　てないという形式主義に陥り、しかも、鎌田、高澤前半の証言も検察官の主張の
　　筋書どおりの事実のみを拾い出すという偏見に満ちた事実認定を行った。
　　　第三で述べた数々の審理不尽の結果、原判決は一審判決の陥った事実誤認と同
　　様の重要な事実誤認の過ちを犯したのである。被告人は、控訴趣意書において、
　　一審判決の事実に反する、しかも判決に影響を及ぼす重大な事実について、何点
　　かに詳細に指摘した。本書面においては、その概要を要約するとともに、さらに
　　補充して述べる。
　一　担当者に欺罔行為は一切ない
　　　本件「二重ローン」が詐欺罪を構成するとされる最も重要な事実は「直ちに返
　　済する」と虚偽の事実を申し向けたということである。しかし、「つなぎ融資」
　　制度の以下のような制度からそもそも「直ちに返還する」ということは本来あり
　　得なかったのである。すなわち、本件実行犯とされている会社の財務担当者が顧
　　客を欺罔している事実はなく、詐欺罪の成立する余地はない。
　　１　「つなぎ融資」は会社の借入

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－70－

　　　　「つなぎ融資」が実質的には会社の借入であったことについて、被告人は、
　　　「つなぎ融資」については、①形式的にも借入名義人が会社の場合と、②形式
　　　には顧客の名義で融資契約が行われるが、その本質は会社の借入である場合、
　　　の二種類あることは、すでに弁論要旨及び控訴趣意書補充書において詳述して
　　　きた。
　　　　「つなぎ融資」に①の場合と②の場合があったにもかかわらず、担当者はこ
　　　の二種類について明確に区別して認識していなかったものである。これら全体
　　　をつなぎ融資として「返済期日に会社が返済しなければならない」という認識
　　　のもとにいかに資金繰りをするかを検討していたものである。
　　２　一括返済システム
　　　　前記②の場合も実質的に会社の借入として処理されてきたことについて、第
　　　二においても詳しく述べたが、日本信販の「つなぎ融資」について改めて返済
　　　時期との関係の要点を整理する。
　　　　日本信販の場合、期限は六カ月で、利息は前払いの約定の下で、多数の顧客
　　　について「毎月二七日一括返済」という手続きで処理されていた。そのため、

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－71－

　　　期限前に公的資金や「付け換え」等により融資金が会社に入金されても期限が
　　　来る前に個々に返済するというやり方は予定されていなかったし、現にとられ
　　　ていなかったのである。また、逆に付け換えもせずに期限がきてしまった場合
　　　に顧客からの入金がないうちに会社が二七日の一括弁済に伴って返済してしま
　　　うということまであった。従って、「二重ローン」を行う場合にも、顧客にと
　　　っても、日本信販についても、会社が「期限に支払うこと」で約束どおり履行
　　　されたことになっていたのである。
　　　(1) 返済のための入金がされても返済期日までは返済しない制度だった
　　　　　「つなぎ融資」は返済期間六カ月であったが、各顧客の借入日にかかわり
　　　　なく返済期日は二七日であった。会社は、毎月二七日の返済期日の返済額を
　　　　返済することとなっていた。これは、顧客から返済に充てる入金が会社に入
　　　　金されても返済期日の二七日までは返済しないことが前提であった。
　　　　　顧客から返済のための入金というのは、付け換えによって二番目の金融機
　　　　関からの入金だけではない。「つなぎ融資』はもともと住宅金融公庫等の公
　　　　的資金の借入れが実行されるまでのつなぎのための融資である。まず公的資

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－72－

　　　　金については中間金が支払われるが、返済期日前に中間金が出てそれが会社
　　　　に入金された場合にも、日本信販には「直ちに返済することになっておら
　　　　ず」、返済されるのは返済期日の二七日である。さらには、その後、返済期
　　　　日前に公的資金が実行されそれが会社に入金された場合にも、日本信販に
　　　　「直ちに返済することになっておらず」返済されるのは同じく返済期日であ
　　　　る二七日である。
　　　(2) 「つなぎ融資」制度は、個別の顧客と日本信販の個別の融資ではなく、個
　　　　々の顧客と日本信販の個別の融資の枠を越え、会社も加わった三者間の特別
　　　　の融資制度であった。しかも「二七日の一括弁済」の実態は、会社は日本信
　　　　販からの借入額の与信枠の三億円いっぱいに利用していたため、その月の日
　　　　本信販に対する返済分を、当該月の新規受注物件の「つなぎ融資」の入金分
　　　　で相殺するような形をとっていたため、三億を超える分がある場合にその分
　　　　だけを会社の小切手で支払うというやり方をしていたものである。
　　３　「直ちに返済する」という欺罔行為はない
　　　　二度の借入の場合に、新たな借入の入金後「直ちに返済する」ことは、そも

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－73－

　　　そも関係三者いずれも前提としていないのである。
　　　　「つなぎ融資」が実質的な会社の借入と認識され、且つ、その返済について
　　　右のような一括返済システムがとられる当然の結果として、担当者が殊更に
　　　「入金され次第、直ちに返済します」という趣旨の説明をするということはそ
　　　もそもあり得なかったのである。実際には、最初の「つなぎ融資」の返済につ
　　　いては「会社で必ず返します」「責任をもって返済します」と説明をしている
　　　のが通常であった。
　　　　本件の被害者の供述その他を見ても、この事実は明確である。すなわち、本
　　　件被害者の平成三年当時の捜査段階の供述においては「すぐに」「直ちに」と
　　　いう文言はなく、逆に「代理店である平和ホームズが返済することになってい
　　　る」（篠田・甲第三号証一二丁、甲第四号証一三丁）、「平和ホームズが取扱
　　　店になっており、当社で代行します」（石田・甲第一二号証一二丁）、「日本
　　　信販と提携していますので、当社のロ座から返済することになっております」
　　　（麻生・甲第一七号証五丁）と説明されたと供述しており、いずれも「会社が
　　　責任をもって返済しますから心配いりません」という趣旨の話がなされている

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－74－

　　　のである。さらに、最も強く会社の責任追求を行ってきた石田の覚書（甲第八
　　　号証供述調書添付）にも「すぐに」「直ちに」という文言は一切書かれていな
　　　いことも重要である。
　　　　ところが、その後の平成四年の供述調書なると突然「すぐに」「直ちに」と
　　　いう言葉が現れてくる。当初の供述が会社の日本信販へ．の返済のシステムの実
　　　態にそのまま即応していることから見ても、これは、当初、ありのままの供述
　　　をしていた各人に対して、警察官・検察官が本件を詐欺罪と決めつけて立件す
　　　るために殊更に引き出した文言と見ざるを得ない。
　　　　この点については、被告人は弁論要旨六二頁以下ではじめて主張し、控訴趣
　　　意書五二頁以下において詳しく述べ、改めての審理及び判断を求めたにもかか
　　　わらず、原判決は前述したとおりこれを全く無視し、担当者において当然「直
　　　ちに返済します」と顧客を欺罔したとの事実誤認に至ったものである。

　二　昭和六三年一月に「二重ローン」の共謀を認定した事実誤認
　　　昭和六三年一月に開始された「二重ローン」は「つなぎ融資」の「付け換え」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－75－

　　であり、いかなる意味でも本件犯行の共謀はあり得ない。
　　　被告人は、控訴趣意書において、昭和六三年一月末に始まった別の金融機関か
　　らの借入が、法的にも何ら問題のない「付け換え」であったこと、従って、その
　　時点で、本件「二重ローン」の共謀などあり得なかった点について、鎌田の公判
　　廷での供述（しかも検察官の主尋問に対する供述）、高澤についても前半証言の
　　未だ弁護人とも全く接触のない時期の供述を信用できるものとして指摘し、一審
　　判決がこれらを一切無視している点を大きな問題とした。
　　　しかし、原審は、これらについても一切無視し、その結果、最も信用する鎌田
　　・高澤前半証言に存在する重大な矛盾を見過ごし、重大な事実誤認に陥ったので
　　ある。
　　　もっとも、原判決は故意にあえて鎌田及び高澤前半証言の矛盾を無視したので
　　ある。なぜなら、被告人は控訴趣意書において、右に述べたとおり、被告人も加
　　わって本件犯行の共謀をしたという昭和六三年一月当時はじまった二重の借入に
　　ついては、法的に何ら問題のない「付け換え」であったと鎌田自身が検察官の質
　　問に明確に答えている証言速記録の部分を、一問一答の形で三五頁から四〇頁ま

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－76－

　　でを使って引用しているのであり、これを見過ごすはずがないからである。
　　　これだけの相反する証言を無視して、原判決は平然と「信用できる」と言い切
　　って、「鎌田の供述並びに高澤前半供述、及び検察官に対する各供述調書の内容
　　は、「資金繰会議」の存在とその内容、「つなぎ融資」の導入、「二重ローン」
　　の採用、本件各犯行の共謀、実行行為の部分について、互いに符合しており、こ
　　れらが、福岡証人の供述と大筋において合致している」としていると強弁してい
　　る。
　　　被告人は、控訴趣意書で一審判決が会社で行われていた「付け換え」を一切無
　　視してすべてを詐欺罪が成立するいわゆる「二重ローン」と認定していることが、
　　本事件のはじまりとされる六三年一月末の共謀の事実認定に直結してしまったこ
　　とについて詳述した。本趣意書においてその概要をまとめ、詳細については改め
　　てその部分を援用する。
　　１　一審判決及び原判決の「二重ローン」
　　　　判決は、会社で行われていた「二重ローン」をすべて詐欺の手段・方法とし
　　　て行われたものとの前提に立って本件すべての事実認定を行っている。すなわ

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－77－

　　　ち、一審判決は、
　　　　　「昭和六三年一月末に被告人のいる会議の席上、高澤が、顧客に二重に融
　　　　　資を受けさせた、最初の『つなぎ融資』の返済期限がくるまでの間、二度
　　　　　目のつなぎ融資金を資金繰りに流用できるなどと説明し、被告人もこれを
　　　　　了承し、詐欺罪に該当する「二重ローン」についての謀議を遂げた」
　　　原判決は、
　　　　　「『つなぎ融資』を受けている顧客に借換えをお願いし、新たに受ける融
　　　　　資金が平和ホームズの口座に振り込まれれば、これを直ちにつなぎ融資債
　　　　　務の返済に充てる旨の虚言を申し向け、平和ホームズの口座に振り込まれ
　　　　　た融資金を、先の融資金の返済に充てずに、その債務の返済期日が到来す
　　　　　るまでの間、平和ホームズの資金繰りに流用する方法」
　　　と認定し、以後、すべての「二重ローン」を右の詐欺罪に該当する「二重ロー
　　　ン」であることを当然の前提としている。
　　　　従って、仮に昭和六三年一月末に右の共謀がなされていなかったとすれば、
　　　被告人らの「二重ローン」に関する「共謀」はいつ、いかなる場所で行われた

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－78－

　　　のか確たる証拠がなければ本件の「共謀」の事実は認定しえない。
　　　　ところが、以下に述べるように、判決が最も信用する一審公判廷の鎌田証言
　　　によって、昭和六三年一月末の「共謀」は事実は明確に否定されているのであ
　　　る。さらに、高澤の後半の証言、福岡の各証言も同趣旨の部分がある。
　　　　被告人は、控訴趣意書でこの点を、重大論点として詳述しているにもかかわ
　　　らず、原審はこれらについて一切の証拠調も行わずに、一審判決のままの認定
　　　をしたのである。すなわち、「各被害者らから『二重ローン』の手口で金を騙
　　　取する旨の共謀を遂げ、原判示のとおり犯行に及んだものであることを一致し
　　　て供述しており」と、鎌田及び高澤前半供述に右と相矛盾する重大な供述がな
　　　されており、いかなる意味でも「一致している」とは言えないにもかかわらず、
　　　これをあえて「互いに符合している」「大筋において合致している」と全く無
　　　視した。
　　２　当初行われたのは、純然たる借り換えである「付け換え」であった
　　　　金融機関から融資を受けている者が、金利の有利不利等種々の理由から他の
　　　金融機関から融資を受けて以前の融資を返済する借り換えは、一般的によく行

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－79－

　　　われていることである。
　　　　会社で行われていた「二重ローン」のほとんどは、①返済期日の関係、②
　　　「つなぎ融資」の極度額（融資枠）との関係で行われた他金融機関からの借り
　　　換えであった。「二重ローン」が初めて行われたのは、右の二つの理由によっ
　　　て、通常行われている借り換えであったことは、鎌田証言をはじめとして、福
　　　岡、そして高澤の一回目の供述でも明確になっていることである。
　　　　最も重要なことは、このことが事実であるとすれば、原判決の事実認定は根
　　　底から覆るということである。
　　　　つまり、会社で「二重ローン」が初めて行われたのが昭和六三年一月末（こ
　　　のことは記録上も明らかで争いがない）であるから、この時点で鎌田も証言し
　　　ている「本当の借り換え」から出発したということになれば、原判決が認定し
　　　ている「昭和六三年一月末に、会議の席上、顧客を騙して会社の資金繰りに流
　　　用するための犯罪の謀議が行われ、以後行われたすべてのいわゆる『二重ロー
　　　ン』が全て詐欺罪に該当する」、との事実はあり得なかったことになるからで
　　　ある。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－80－

　　　　原判決は、この事実を見落とし、あるいは故意に無視し、検察官の筋書きど
　　　おりの重大な事実誤認をしている。
　　３　昭和六三年一月からはじまった二度の借入が「付け換え」であったことは動
　　　かしがたい事実
　　　　二度の借入が行われるようになった当初行われていたのはこのような「付け
　　　換え」であった、という事実については、鎌田、高澤、福岡各証人の証言によ
　　　って明らかである。
　　　①　鎌田は一審二回の公判において、（二回・三六～四〇丁）、
　　　　　　　　　「多分一番初めに『つなぎ融資』を受けた金融機関の方の返済期
　　　　　　　　　限がきたものですから、これを当然付け換えをしなければ、公的
　　　　　　　　　資金が実行されるまで時間がかかるものですから、付け換えをす
　　　　　　　　　るということでそもそもそういうことから出発したことなんです
　　　　　　　　　けれども、その中でそういうことをすれば、一時、資金が流用で
　　　　　　　　　きるということで資金繰に使うことなんです」
　　　　　鎌田　　「はじめに『つなぎ融資』を受けた金融機関に二番目の金融機関

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－81－

　　　　　　　　　から融資を受けたお金で返済して、いわゆる借入金を付け換える
　　　　　　　　　ということ」（三回・三六丁）、
　　　　　弁護人　「付け換えというのは（期限が来るので）必要やむを得ないとい
　　　　　　　　　う理由で行われたのか」
　　　　　鎌田　　「はい」
　　　　　弁護人　「それを資金繰に使うというような方法をとるようになった時期
　　　　　　　　　があるわけですね」
　　　　　鎌田　　「はい」
　　　　　弁護人　「いわゆる『付け換え』という形でやるようになって、それから
　　　　　　　　　資金繰のためにも流用するようになったと、それがはじまったと
　　　　　　　　　きまでには時間的なずれがあるわけでしょう」
　　　　　鎌田　　「そうです」
　　　　　弁護人　「どれくらい、何カ月ですか」
　　　　　鎌田　　「ええ、何カ月だったんじゃないかと思います」
　　　　　さらに、鎌田は二回目の供述でも、資金繰りのための「二重ローン」では

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－82－

　　　　なく、付け換えのための「二重ローン」が当初は行われていたことを重ねて
　　　　認め、「六三年当時は客を騙すような言い方をしていなかった」と明確に述
　　　　べている（二六回・二三、二四丁）。
　　　　　以上の供述は、明らかに二重ローンが行われた少なくとも当初の何カ月か
　　　　は、期限が到来してしまうことからくる必要に迫られた「付け換え」、つま
　　　　り、通常行われている先の借入先への返済のための借り換えであったことを
　　　　認めるものである。
　　　　　この事実は、すでに述べたとおり、昭和六三年一月に「資金繰りに流用す
　　　　るめに顧客を騙す謀議が行われた」とする原判決の認定している事実と完全
　　　　に矛盾するものである。
　　　②　さらに、次の鎌田の証言は、被告人が、「付け換え」をした場合に一時的
　　　　に資金繰りに利用できるという話を福岡課長から聞いたということを、昭和
　　　　六三年一月から一年くらいたった平成元年五月頃言っていたと供述しており、
　　　　この事実も、昭和六三年一月にはじめて「二重ローン」をしたときに「資金
　　　　繰のために流用するための謀議をした」とする原判決の認定事実と完全に矛

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－83－

　　　　盾するものである（二回・三九、四〇丁）。
　　　　　以上はいずれも鎌田の検察官の主尋問に対する供述である。
　　　　　鎌田は、同じ主尋問の中で、一方で「昭和六三年一月に『資金繰会議』に
　　　　被告人も出席して顧客を騙して資金繰りをする相談をした」と証言し、他方
　　　　で「二重の借り入れの当初何カ月は本当の『付け換え』だった」と明らかに
　　　　矛盾する供述をしたのである。
　　　　　ところが、原判決は、「高度に信用性のある鎌田の供述によれば」として、
　　　　そのうち前者だけを事実認定の根拠とし、後者の供述は一切無視し、採用し
　　　　ない理由さえも述べていない。
　　　　　しかも、後者の事実については、次に述べるように、被告人や弁護人と一
　　　　切接触がなく、その意味で鎌田と全く同じ立場で供述をした高澤の一回目の
　　　　反対尋問に対する供述、さらに、福岡の二回目の供述とも合致しているので
　　　　ある。その意味からも、鎌田の相反する二つの供述については、検察官の筋
　　　　書きどおりの前者の供述よりも、二重の借り入れが始められた当時の財務担
　　　　当及びローン担当で直接の当事者である高澤、福岡の供述と一致する後者の

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－84－

　　　　供述の方が真実であると判断することが極めて自然である。
　　　③　高澤の二回目の供述は、被告人が勾留中に行われたものであり、高澤と弁
　　　　護人との接点も全くない状態において行われたものである。従って、高澤の
　　　　証言時の立場は、鎌田証人と全く同一である。その高澤の一回目の供述でも、
　　　　「二重ローン」の当初は「付け換え」であったことが述べられ、さらに会社
　　　　の者に説明した内容も顧客を騙す資金繰りのための「二重ローン」ではなか
　　　　ったと述べられている。すなわち、原判決の「昭和六三年一月末の謀議」の
　　　　事実を否定する証言をしているのである（一五丁）。
　　　④　福岡正芳の供述
　　　　　「付け換え」が行われるようになった当時のローン担当者であった福岡は
　　　　二回目の供述で、なぜ「付け換え」が必要になったか、実際にどのようにし
　　　　て「付け換え」を行うようになったかについて詳細に述べて、「付け換えを
　　　　行ったものとしてはほとんど全部といっていいほど工事が延びて付け換えが
　　　　必要だったという状況でした」「結果として一時的に二重になってしまうと
　　　　いうこと」「自分のときは期限が来るから付け換えをした」と供述している

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－85－

　　　　（福岡・二八回・一〇丁以下）。
　　　　　以下は福岡に対する検察官の反対尋問であるが、ここでは検察官自身、二
　　　　重の借り入れの中には本当の必要性に迫られた「付け換え」もあったことを
　　　　当然の前提として質問し、福岡もそのように答えている（三一丁以下）。
　　４　被告人は二度の借入をすべて「付け換え」と理解していた
　　　　会社における日常的な資金繰りは財務担当、ローン担当が行っており、突発
　　　的に資金繰りの困難が発生した場合に、急遽、社長も含め役員や関係者が集ま
　　　って対策を講じる、というのが実情であった。財務・ローン担当が営業や工事
　　　の各部署から情報を得て資金繰りを行っていく具体的やり方については福岡の
　　　二回目の供述（二八回・二丁以下）で詳しく述べている。その結論として、
　　　「問題のないときはいちいち会議が開かれて個別の検討をするということはな
　　　かったこと」「問題がある月には集まって、つなぎの顧客の話をして相談をし
　　　た」事実を認めている。それは、高澤の二回目の供述とも一致している。
　　　　そのため、はじめて「付け換え」を行うことについても、自分と高澤で手続
　　　きを進めて、それを会議の席上ではなく、被告人や鎌田などに個別の機会に

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－86－

　　　「付け換えという形で報告していると思います」と供述している（二八回・一
　　　一～一三丁）。
　　　　この点、財務担当者でなかった鎌田自身も、「二重ローン」が行われた当初
　　　の何カ月かは「付け換え」であったと認識していたことを明確に認めているこ
　　　とはすでに述べたとおりである。
　　　　被告人は、会社で行われていた二度の借入について、返済期限などの関係上
　　　行われる「付け換え」であると認識していたことを、当初から一貫して供述し
　　　てきた。被告人は、本件で問題とされるまで、財務やローンの担当者その他の
　　　者から、いかなる意味でも顧客を騙して行う資金繰りのためのいわゆる「二重
　　　ローン」を行うことについて説明を受けたこともなかったし、そのため当然の
　　　ことながら会議の席上であろうとなかろうと了承したことはない。
　　　　なお、会社で「資金繰会議」なるものが開かれていた事実がないことについ
　　　ては後記四において述べるとおりである。
　　５　「昭和六三年一月末の共謀」の事実誤認は明白
　　　　以上の供述を総合すれば、会社において昭和六三年一月末に、検察官さえも

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－87－

　　　「本当に返済期がきて、必要にせまられて付け換えるということは、事実上短
　　　期間資金繰りに資する部分があっても、資金繰りを目的にするものではない」
　　　と言っているように、何らの犯罪も構成しない「付け換え」が行われるように
　　　なったことは、疑う余地はない。
　　　　しかしながら、原判決は、右の鎌田、高澤前半、福岡の証言、とりわけ鎌田
　　　の証言に殊更に高い信用性があるとして、同人らの供述の中から「昭和六三年
　　　一月末に顧客を騙して資金繰りに流用する『二重ローン』の謀議をした」とい
　　　う部分のみを採用して、右に述べた「付け換え」の事実を示す供述、六三年一
　　　月末の本件「二重ローン」の共謀がなかった事実を示す供述については、全く
　　　無視し、何らの説明もしてない。その結果、重大な事実誤認に陥ったのである。
　　　　原判決の矛盾が甚だしいのは特に鎌田供述に対してである。原判決は、特に
　　　鎌田の供述は全面的に信用性があるとして再三にわたって引用している。しか
　　　し、問題は同一の証言の中に全く相矛盾する供述があるにもかかわらず、一方
　　　の「顧客を騙す謀議をした」という証言のみを採用しているという点である。
　　　この原判決の態度は、まさに検察官主張の犯罪事実に沿うための証拠のみをピ

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－88－

　　　ックアップしたに過ぎないものであり、理由不備もはなはだしい。

　三　純然たる「付け換え」も含め、すべて詐欺罪が成立する「二重ローン」として
　　いる事実誤認
　　　原判決は、二度の借入をしている全てのものを詐欺罪が成立する「二重ロー
　　ン」であるとの認定をしている。つまり、すべて「会社の資金繰りに流用するた
　　めに『二重ローン』を行った」というものである。
　　　その結果、判決は始めの借入の返済期日の一日前に二度めの借入の入金があり、
　　翌日返済している場合もすべて「二重ローン」の詐欺と認定している。これはい
　　かなる意味でも犯罪でもなんでもない「付け換え」であるにもかかわらず、原判
　　決は、これらの具体的事実を全く検討することなくすべて「資金繰りに流用する
　　ために」と認定しているのである。
　　　しかも、はじめの借入の返済のために「付け換え」をする場合は、二度めの借
　　入の入金をはじめの入金の返済期日の何日か前にしなければならないのは当然で
　　ある。そのため、万一、資金繰りのための「二重ローン」が成立する余地があっ

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－89－

　　としても、どの範囲までが「付け換え」として適法で、どの範囲から「二重ロー
　　ン」として犯罪になるのかについて、三年間余にわたり行われてきた二度の借入
　　すべてについて明確にしなければならないはずである。
　　　原判決は、前述したとおり、二度の借入を始めた当初は「付け換え」であった
　　事実を正しく認定しなかったのに加えて、その後も全てについて犯罪が成立する
　　「二重ローン」という有り得べからざる事実認定を行ったものである。
　　　以上の重大な事実誤認の結果、会社で行われている二度の「つなぎ融資」は法
　　的に何ら問題のない「付け換え」としか考えていなかった、という被告人の主張
　　に対して一切耳を傾けようとしなかったものである。

　四　架空の「資金繰会議」を認定した事実誤認
　　１　原判決の、「資金繰会議」の有無に関する重大な事実誤認
　　　　本件「二重ローン」は、昭和六三年一月末の被告人が出席する「資金繰会
　　　議」においてその共謀がなされ、その後、個々の顧客に対する「二重ローン」
　　　についても、「資金繰会議」において確認された、と認定されているものであ

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－90－

　　　る。しかし会社において、「資金繰会議」なるものは存在せず、明らかな事実
　　　誤認である。しかも、原判決の、この「資金繰会議」の存在という事実誤認は
　　　本件の「二重ローン」の事実認定の基礎となっており、この事実誤認が判決に
　　　影響を及ぼすことは明らかである。
　　　　会社において、通常の資金繰りをはじめとする財務は財務担当が処理してい
　　　たものであり、社長である被告人が関与するのは、会社の財政あるいは資金繰
　　　り上特別の問題が生じた場合に、財務担当が被告人に相談をし、その都度処理
　　　をしていたものであることを、被告人は小田課長及び高澤の証言等によって事
　　　実をもって明らかにした。
　　　　しかし、一審判決がこれら被告人の主張を無視し、次のように認定した。
　　　(1) 目的及び開催の経緯
　　　　　「業績不振により資金繰りが苦しかったこともあって、……昭和六一年こ
　　　　ろから、会社の資金繰りについて検討を行い被告人の最終的な判断を仰ぐた
　　　　めの会議（以下『資金繰会議』という）が開催されるようになった」。
　　　(2) 開催日時等

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－91－

　　　　　「『資金繰会議』は、開催日時が特に決まっていたわけではなく、資金繰
　　　　り対策が必要と認められる都度開かれ」ていた。
　　　(3) 会議の様子
　　　　　「資金繰り表のコピーが出席者に配付され……資金繰り表の記載と顧客の
　　　　契約予定、入金予定及び工事の工程表等を対応しながら、入出金時期の確認
　　　　及び調整を行うなどして当月の資金繰りを検討していた」
　　　(4) 被告人との関わり
　　　　　「帳尻が合えばこれを了承し、これが合わなければ出金の調整あるいは未
　　　　確認の入金分についての確認を指示するなどの最終的な判断を下していた」
　　　　そこで、被告人は、控訴趣意書（第四）において、検察官の主張（冒頭陳述
　　　及ぴ論告の内容）を整理し、一審判決の認定内容の矛盾とともに、「資金繰会
　　　議」を認める各証言・供述がいかに信用性がないかについて具体的に指摘し、
　　　他の証拠と照らしあわせても会議自体の存在の認定が事実誤認である旨を詳細
　　　に指摘した。
　　　　しかし、原判決は「資金繰会議」について、

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－92－

　　　　　「昭和六一年ころから行われるようになったものであって、被告人ら会社
　　　　幹部が集まり、平和ホームズの下請け業社に対する支払い等に関して、財務
　　　　担当が作成したいわゆる資金繰り表等を参考にして、同社の資金繰りを相談
　　　　し合い、最終的には被告人が決断して指示する会議」
　　　と認定し、被告人が控訴趣意書に述べた一審判決の数々の矛盾について一切答
　　　えることなく、結論を記載しているのみである。「資金繰会議」の存在及ぴそ
　　　の内容は、本件犯行の共謀の認定（これが否定されれば被告人の無罪）という
　　　重大な争点である。ところが、原審は、すでに述べたように多くの矛盾がある
　　　にもかかわらず、いかなる取り調べもしないばかりか、被告人指摘の事実に対
　　　する説明さえ一切行わずに右の結論のみを述べているに過ぎない。
　　　　従って、判決に明らかに影響を及ぼす「資金繰会議の存否」に関する審理不
　　　尽は明らかであるとともに、その結果、同様の重大な事実誤認に陥った。
　　２　「資金繰会議」に関する重大な疑義
　　　　被告人は、会社において一審判決が認定しているようないわゆる「資金繰会
　　　議」なるものがなかった点については、弁論要旨及ぴ控訴趣意書において詳細

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－93－

　　　に述べているため、それらを援用するとともに、さらに、一審判決及び原判決
　　　が認定する「資金繰会議」については、以下に述べるように、真実会社でその
　　　ような会議があったのであれば到底考えられない幾重もの疑義がある。被告人
　　　が「『資金繰会議』において本件共謀をした」との認定で有罪とされるのであ
　　　るから、これらについて一点の曇りもなく解明できない限り判決は否定される
　　　べきである。
　　　(1) 「資金繰会議」における内容の矛盾
　　　　①　鎌田は自分が財務を担当するようになった平成元年四月頃からは、「資
　　　　　金繰会議」を定期的に行うようになったと言い、さらに、それ以前につい
　　　　　ては「それ以前もそういう問題が生じたときとか、あるいは社長の判断を
　　　　　あおがなければいけないとか各担当者の意見をきかなければいけないとか
　　　　　いうものが生じたときにその都度集まってやりました」（三回・一五丁
　　　　　表）、高澤前半の証言でも検察官の「基本的には、社長である三宅被告人
　　　　　の了解もなしに、『資金繰会議』を開いて資金繰りを決めてしまう、とい
　　　　　うようなことはなかったわけですね」という質問に対して、「特に社長の

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－94－

　　　　　判断をあおがなくても処理がつくという限りにおいては、社員が処理を実
　　　　　務としてやっておったというふうに思います」（五回・一四丁表）と言っ
　　　　　ている。
　　　　　　さらに、福岡は「『資金繰会議』が、どのようなときにみんなが集まっ
　　　　　たかということをもう一度考えてみまして、そうしたら、大きな事柄でし
　　　　　かちょっと記憶が戻ってきてないんですね。ですから、資金ショートが、
　　　　　大きい資金ショートをしたとか、そういったことで、もう一度考え直して
　　　　　いきましたら、やはり、日常的なものは、そういった会議にあまり諮って
　　　　　なくて、突発的なものに関して諮っていたんだという、ちょっと記憶が戻
　　　　　りました」（二八回・四二丁裏）。
　　　　　　このような証言であるのに、原判決は社長も当然の出席メンバーとして
　　　　　「資金繰会議」を認定している。特に、昭和六三年一月末の「資金繰会
　　　　　議」で本件の最初の謀議をしたというのであるから、この「資金繰会議」
　　　　　の特定と位置づけは厳密にされねばならないのに、原判決が信用する鎌田
　　　　　の証言によっても昭和六三年当時は「特別な問題が生じたときに社長の判

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　　　　　断を仰ぐ場合しか集まっていない」と言っているのであるから、この点か
　　　　　らもこの時期の「資金繰会議」で謀議したということ自体否定される。
　　　　　　しかし、判決は右の事実を全く無視して、被告人も出席した「資金繰会
　　　　　議」の席上、本件犯行の謀議が行われたと認定している。
　　　　②　判決は「資金繰会議」において資金繰り表を配付し、「帳尻が合えばこ
　　　　　れを了承し」というが、資金繰り表として出されているものを見ても、帳
　　　　　尻を合わせた痕跡もなく、日計表及び総勘定元帳（パソコンに入力されて
　　　　　いる）とも符合しない。
　　　(2) 会議に「資金繰会議」その他の何らの名称もない不自然
　　　　　数年にもわたって、月に数回開かれていた会議があったと言いながら、こ
　　　　の会議には「会議の名称がない」こと自体、そもそもあり得ない。しかも、
　　　　鎌田は「月に数回定期的に行れていた」とまで言いながら、会議の名称さえ
　　　　もないというのである。本件裁判においても「名称はともかくとして資金繰
　　　　りに関する会議」などという表現をして尋問がなされているなど不自然極ま
　　　　りない。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－96－

　　　　　鎌田「まあ『資金繰会議』あるいは入出金会議ということでの打合せ」
　　　　（三回・九丁表）、高澤「特に、呼び名はございません」（五回・九丁裏）、
　　　　福岡「会議の名称は記憶がない」（二八回・二〇丁裏）
　　　　　会社では、役員会議、工程会議など、社内の会議については当然のことな
　　　　がらそれぞれ名称がついていたにもかかわらず、これだけ頻繁に、ある時期
　　　　は「定期的に」開かれていたという会議が名称もないということ自体、会議
　　　　の存在をまず疑わせるに十分である。
　　　(3) 会議の日時・場所
　　　　　一審判決は「開催日時は特に決まっていたわけではなく、資金繰り対策が
　　　　必要の都度」と認定している。一審判決は「開催日時は特に決まっていたわ
　　　　けではなく」としている。鎌田は「自分が担当した時期は定期的に行われて
　　　　いた」（三回一六丁裏）と言っているが、その他の者は「必要に応じてその
　　　　都度」と言うのみである。
　　　　　特に、高澤（前半証言）は「社長の判断を仰ぐ必要があるとき以外は担当
　　　　者が処理」と言っているのであるから、少なくとも、本件共謀がされたとい

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－97－

　　　　う「資金繰会議」の日時の特定が不可欠の事実のはずである。さらに、その
　　　　時はどのようなことが「社長の判断を仰ぐ必要があったのか」という事実に
　　　　ついても特定されなければならない。ところが、一審判決は被告人が関与し
　　　　たとされる「資金繰会議」の日時さえも特定していない。
　　　　　被告人は、事実を指摘してその矛盾を指摘したが、原判決は開催日時につ
　　　　いても何らの判断もしていない。
　　　　　時間についての特定も全くなく、「通常は勤務時間終了後の午後八時頃か
　　　　ら午後一〇時までの時間に始まることが多く、場合によっては午後一一時頃
　　　　に始まって午前零時過ぎまで続くこともあった」としている。
　　　　　「資金繰会議」が全部押し並べて夜に行われているという認定も常識を超
　　　　えたものであるが、逆に右の時間の認定は、本件のいわゆる「資金繰り表」
　　　　に被告人のメモが残されているのを根拠に「資金繰会議」がその時間帯に行
　　　　われたと認定しているに過ぎない。被告人のメモには午前〇時過ぎという記
　　　　載もあり、これら常識では考えられない時間帯に確かに「資金繰会議」が行
　　　　われたというなら、出席メンバーとされている他の者も皆もその時間帯に会

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　　　　議に出席していたことを示す証拠がなければならない。しかし、これらは一
　　　　切なく、あるのは被告人のメモだけである。
　　　　　原判決は被告人のメモの時間（被告人は会議の席上ではなくあくまで鎌田
　　　　一人との会話の際に受領した時間であると主張）があたかも会議がこの時間
　　　　帯に開催された事実として利用されているのであり、本末転倒も甚だしい。
　　　(4) 出席者の特定もされていない
　　　　　「資金繰会議」の出席者についても各証人の証言は矛盾がある。例えば、
　　　　鎌田は、小田経理課長や脇山船橋営業所長も時には出席していたといい、だ
　　　　からこそ、本件「二重ローン」についても知っていたはずと言っているが、
　　　　小田は「資金繰会議」については自分が出席したことがないうえに、そのよ
　　　　うな会議が開かれていることさえ知らないというのである。脇山も出席して
　　　　いない、従って「二重ローン」についても知らない（この点は脇山自身が
　　　　「二重ローン」を記載している資金繰り表があり虚偽）と証言している。
　　　　　また、真実役員が出席して「資金繰会議」が行われていたのであれば昭和
　　　　六二年六月から昭和六三年三月まで役員であった大森専務も、当然出席して

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－99－

　　　　いたはずであるが、だれの証言にも同人の名前は出ていない。
　　　　　さらに、資金繰り表と言われているものに「川崎用」とメモされているも
　　　　のがある。判決の認定している「資金繰会議」で配付されているというので
　　　　あれば、川崎も出席していたことになるが、いずれの証言にも川崎の名は出
　　　　ていない。
　　　(5) 招集・連絡がいかになされていたかも不明
　　　　　社長はツーバイホーム技研におり、しかも、社員から不平がでるほど不在
　　　　のことが多かった状況であり、高澤は休みが多い、福岡も営業の同行などで
　　　　それぞれ不在が多く、名称も日程も定まっていない会議を各人にどのように
　　　　招集したのか疑問だらけである。
　　　　　しかも、被告人、鎌田、高澤などの手帳等にも「資金繰会議」なるメモは
　　　　全く残されていない。
　　　　　一審判決は、「『資金繰会議』の定着度及び『資金繰会議』の開催状況に
　　　　加えて業務ノートや手帳の類については、各人各様の意図と必要性の判断に
　　　　基づいて備忘録等のために書き込みがされるというのが通常であることを併

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－100－

　　　　せ勘案すると、三宅、高澤、鎌田がその業務ノート等に『資金繰会議』との
　　　　記載をしなかったり、『資金繰会議』の予定を記載しないことがあったして
　　　　もあながち不自然ではない」という。しかし、「資金繰会議」の名称の定着
　　　　度というが、もともと「資金繰会議」という名称はなかった（いずれの者も
　　　　資金繰会議という名称であったとは言っておらず、本件捜査段階に創作され
　　　　た名称である）のであり、「定着度」ということ自体事実認定が誤っている。
　　　　さらに、通常原判決が認定しているほどの回数の会議が開催されていたので
　　　　あれば、他の会議の記載は見られるのであり、この「資金繰会議」について
　　　　だけだれの手帳、ノート類にいっさいその痕跡さえもないこと自体不自然極
　　　　まりない。しかし、原判決はこれらも一切無視している。
　　　(6) 小田経理課長も知らないという「資金繰会議」などあり得ない
　　　　　平和ホームズの経理課長であった小田の供述調書においても、公判廷でも
　　　　「自分の知る限りでは『資金繰会議』はなかった」と供述している。小田は
　　　　会社の役員ではないが、経理課長であり、実際に財務を任されていた財務担
　　　　当者が資金繰りをきちんとしないことが多かったため、支払いに関して不安

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－101－

　　　　があると直接社長である被告人に連絡をし、処理してもらい事なきを得たこ
　　　　とが何度もある旨証言している。そのため被告人も小田にまかせておけば大
　　　　丈夫という安心感があったのである。
　　　　　特に、本件で問題となっている平成二年の経営委員会当時について、小田
　　　　は概要次のような供述をしている（平成三年一二月一一付員面調書六丁以下
　　　　・甲第七六号証）。
　　　　　　　「鎌田は、平成元年後半から客のところに行って夜遅くなることが多
　　　　　　かった。二年に入りさらに多くなり、後半からは毎日のようになった」
　　　　　　　「鎌田は、営業担当者と入金について電話で今月なんとかならないか、
　　　　　　ダメかなどとよく話していた」
　　　　　　　「そこで、自分は月末の資金繰りが心配になって社長に連絡をした。」
　　　　　　　「このようなときには社長は鎌田のところに顔を出すなどして資金繰
　　　　　　りについて話していたようだった」
　　　　　　　「結果的には資金が足りないときには社長がどこからか現金を持って
　　　　　　きたり、手形のジャンプをしたりしていた」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－102－

　　　　　右の供述からも会社の財務は担当者にまかされており、被告人は特別問題
　　　　があるときにのみ、財務担当者や小田からの連絡でその手当てをし、処理し
　　　　てきた、という被告人の主張と一致する。
　　　　　会社において前述のような立場で仕事をこなしていた小田が、判決が認定
　　　　するような「資金繰会議」が真実行われていたならば、これを知らないはず
　　　　はない。
　　　　　小田の立場は右のとおりであり、「資金繰会議」は、夜遅く、すなわち小
　　　　田証人が帰社した後の深夜に行われたから小田は知らないのだ、ということ
　　　　ではすまされないほどの立場の人間である。一般社員は別としても、経理担
　　　　当というだけでなく常に会社全体の金の出し入れが見える立場にあり、だか
　　　　らこそ、幾度となく社長に資金繰りについての忠告をしているような小田が、
　　　　もし「資金繰会議」が開催されているのに、その事実を知らないはずがない。
　　　　とりわけ会議が開催されている痕跡すら知らないなどということはあり得な
　　　　い。
　　　　　このことは小田が知らなかったのではなくて、そもそも会議それ自体がな

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－103－

　　　　かったことを明確に示している。
　　３　高澤の前半証言等も「資金繰会議」の存在を否定
　　　(1) 第六回公判で高澤は、概要、次のように証言している。この証言は明らか
　　　　に会社で原判決のいう「資金繰会議」が開かれていたことを否定するもので
　　　　ある。しかも、重要なことは、この証言が一審判決も原判決も信用できると
　　　　している「高澤の前半の証言」だということである。
　　　　　弁護人　「財務担当して社長の判断を仰がなければならないという事態は
　　　　　　　　どういう時か」
　　　　　高澤　　「資金繰り、入出金に絡んで他のセクションの活動にかなり影響
　　　　　　　　を受けるという場合に、財務担当の判断がつきかねる場合に社長に
　　　　　　　　そのことについて相談し指示をもらって処理をした」
　　　　　弁護人　「業者の支払いについて難しいという時に待ってもらうとかそう
　　　　　　　　いうお願いというのはいちいち社長の判断を仰ぐわけではないね」
　　　　　高澤　　「はい、責任者の方で判断した資料を基にして、……対処してお
　　　　　　　　りました」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－104－

　　　　　弁護人　「（月末）越せない、マイナスが出そうだというときには必ず相
　　　　　　　　談をしたのか」
　　　　　高澤　　「……必ずといわれますと、必ずあったかどうかということは自
　　　　　　　　信がございませんが」
　　　　　弁護人　「額がすくなければ次の月にそのまま越すということもあったわ
　　　　　　　　けでしょう」
　　　　　高澤　　「担当レべルで処理できれば処理したとこともあるように記憶し
　　　　　　　　ています」
　　　　　弁護人　「一定程度、多額の資金繰りができなくて先へ進めないというよ
　　　　　　　　うな、一定程度の枠の処理ができない場合に社長に相談するという
　　　　　　　　ことになっていたのか」
　　　　　高澤　　「はい、確かな基準はございませんが、自分で担当者として判断
　　　　　　　　して処理能力を越えるという部分については、事前に各セクション
　　　　　　　　の担当者等と話をしても処理ができない場合には社長の指示を仰ぐ
　　　　　　　　ようにしていた」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－105－
　　　　　さらに、被告人は昭和六一年頃から社長の机も平和ホームズではなくツー
　　　　バイホーム技研にあり、そちらに勤務していたことについて高澤は次のよう
　　　　に証言している。
　　　　　高澤　　「通常はほとんどツーバイの方におりまして、例えば決算の時と
　　　　　　　　か、そういう時には集中的に何日間か来たりとか、その他はこちら
　　　　　　　　の方で社長に打合せしてもらいたいことがあった時に、こちらの方
　　　　　　　　にみえていた、そんなに頻度は多くなかったように印象としてもっ
　　　　　　　　ている」
　　　　　弁護人　「それ以外の時は、社長の判断を仰がなければならないことが起
　　　　　　　　こった時に各担当者がツーバイに連絡してツーバイに行くなり、社
　　　　　　　　長に平和ホームズにきても、りうということか」
　　　　　高澤　　「はい、その通りです」
　　　　　弁護人　「そうすると特別、相談したい件があると社長に連絡しない限り
　　　　　　　　は、あまり平和ホームズには来なかったのか」
　　　　　高澤　　「はい」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－106－

　　　(2) 高澤の任意取調べの段階の上申書でも「資金繰会議」がないことは明らか
　　　　　第四で述べたとおり、高澤の任意捜査段階で警察署宛上申書においても、
　　　　次のような記載がある。
　　　　　　「社長は平和ホームズの社長なのに我々は見捨てられたという話がでる
　　　　　くらいにツーバイホーム技研に常駐しており」
　　　　　　「（「二重ローン」について）私は担当部長として自分の範囲で処理で
　　　　　きる事は社長に余計な負担をかけまいと思い、社長にそのような報告はし
　　　　　ておりません」
　　　　　　「社長は業務が提携的になると担当者を置いてまかせていたのでトラブ
　　　　　ル処理を社長に頼む時以外は営業部なども毎月の定期報だけになっていた
　　　　　と思います」
　　　　　これも、会社で役員が出席する「資金繰会議」などなかったことを明確に
　　　　している。
　　４　「資金繰会議」の不存在は明らか
　　　　以上のように、原判決のいう「資金繰会議」は、会議の内容に関する証言も

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－107－

　　　ばらつきがあり、名称もない、出席者も判然としない、日時の特定は全くでき
　　　ない、社長に資金繰りの手当ての忠告もしていた経理課長も知らない、そんな
　　　会議だというのである。これで「資金繰会議」が行われていた、そこで、本件
　　　の謀議がなされたなどという認定がどうして引き出されるのであろうか。
　　　　しかも、「資金繰会議」の存在を示す物的証拠も全くなく（被告人のメモの
　　　ある資金繰り表について物的証拠となり得ないことは次の五に述べる）、「資
　　　金繰会議」があったとする者の証言を子細に見ると、その本当の内容は、会社
　　　において緊急必要に迫られ（仮に判決のいう「資金繰会議」が行われていたの
　　　であれば、何度も繰り返し起こった資金に関する緊急事態は発生しなかったこ
　　　とについては、被告人はすでに繰り返し述べてきた）、会社に不在がちの社長
　　　をつかまえて資金繰りの対策のための打合せを行っていたことを、巧みに「資
　　　金繰会議」という「名称」に置き換えられて質問されているのである。
　　　　結局、被告人もまじえた会社ぐるみの詐欺犯罪と銘打って出発した本件捜査
　　　において、捜査官によってその筋書きに沿うように「資金繰会議」という架空
　　　の会議がデッチあげられていったものであることは明らかである。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－108－

　　　　被告人にとって、このような架空の「資金繰会議」での共謀こそが本件犯行
　　　のすべてとされているのであり、断じて許されるものではない。

　五　経営委員会による被告人の会社経営からの排除を認めない事実誤認
　　　会社では、平成二年四月以降、鎌田及び脇山らを中心に経営委員会が作られ、
　　被告人は会社の運営から排除されており、その状態が同年一二月末まで継続して
　　いた。しかし、一審判決も原判決も、平成二年四月当時経営委員会が作られたこ
　　とは認めるも会社の経営からの排除は認めず、しかも、経営委員会は本件犯行時
　　の前の平成二年八月ころには消滅した認定している。いずれも判決に影響を及ぼ
　　す重大に事実誤認である。
　　　原判決は、「経営委員会が活動していた当時においても、会社の経営は被告人
　　の権限と責任において行われ、最終的な決定をしていた」と認定し、「平成二年
　　九月から一〇月にかけて開催された数回の資金繰会議において「二重ローン」の
　　方法により騙し取る具体的共謀が成立した」としている。こうした事実誤認は、
　　すでに控訴趣意書に詳述したとおり、原判決が右事実を認定したという脇山と鎌

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－109－

　　田の供述には相対立する決定的な矛盾が存在しているにもかかわらず、それらを
　　一切無視して、十分な検討も分析もせずに、検察官主張に符合する証言・供述を
　　つまみぐいした結果である。
　　　すでに控訴趣意書で詳述したが、以下の点に関する事実認定を正しく行うなら
　　ば被告人が、経営委員会当時いかに会社経営から排除されていたかは明らかであ
　　る。
　　１　原判決の杜撰さを露呈する経営委員会当時被告人が資金りを行っていた証拠
　　　の摘示
　　　　原判決は、「経営委員会が存在中も、被告人が平和ホームズの資金繰りを行
　　　っていたことを伺わせる記載のあるＦＡＸが存在する」として甲第九八号証を
　　　摘示している。
　　　　しかし、右ＦＡＸは前記四項で述べたものであり、平成元年四月のものであ
　　　って、経営委員会が存続していたのは平成二年であって何らの関係もないこと
　　　は一目瞭然のことである。原判決がこのような単純な誤りを犯していること自
　　　体、本件について、被告人の言い分を全く聞き入れず強引に結審し、真摯に審

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－110－

　　　理を行うことなくおざなりに形式的な形を整えた判決を書き上げた裁判所の姿
　　　勢を露呈するものである。
　　２　経営委員会当時、被告人が会社の経営から排除されていたことを示す事実
　　　　被告人が経営から排除されていなければ起こり得ない事実として、被告人が
　　　経営委員会当時、会社とは別の独自の「別口座」を作っていた事実を指摘し、
　　　この点についての原審の審理及び判断を求めた。
　　　　被告人は、経営委員会の不手際によって、資金繰りに支障がおきるのではな
　　　いかと心配していたが、仮にそのような事態になっても経営を存続させていく
　　　ことができるように、別口座を設けて資金準備をしていた（鎌田三回・五九丁、
　　　小田一一回・三七、三八丁、高澤二一回・一Ｏ丁、被告人一三回・五九丁）。
　　　　被告人の排除という事態がなければ、別口座の開設など不要であり、有り得
　　　なかったはずである。従って、「別口座』が認定されるなら被告人の排除の事
　　　実の認定につながる重要な事実である。別口座の存在については、高澤だけで
　　　なく鎌田も小田も認めているのであり、その重要性から原判決で何らの判断を
　　　しないということは許されないことである。被告人は、原審で、一審判決が別

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－111－

　　　口座の存在について何らの判断をしていないことを指摘し、原審に更なる審理
　　　と判断を求めたが、原判決も何らの判断もしなかったのであり、審理不尽も甚
　　　だしい。
　　　　さらに、被告人が会社経営から排除されていたこと明確に示す、被告人らが
　　　会社の通常の営業活動とは別に営業活動をしていたこと（①被告人らの営業活
　　　動で使用していた顧客のファイルは会社が通常使用していたものでなく黄色の
　　　ものであった、②被告人が会社とは独自に従業員を採用していた、③社長であ
　　　る被告人の机が通路に置かれていた）についても何らの審理もせず判断も全く
　　　していない。
　　３　経営委員会は同年一二月まで存続していた
　　　　一審判決は、「経営委員会は同年七月頃までに自然消滅し」とし、原判決は
　　　「同年八月頃まで」と認定している。その上で、本件と直接関係する平成二年
　　　九月から一一月までに作成された被告人のメモについて、経営委員会の下で行
　　　われたものでないと認定している。
　　　　しかし、被告人は、控訴趣意書に以下の事実を指摘しているが、これらの事

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－112－

　　　実から経営委員会による被告人排除の状況が解消したのは、早くとも同年末で
　　　あることは明らかである。
　　　(1) 平成三年一月の新年会の席上、千尋専務は「経営委員会は失敗だった」、
　　　　鎌田「すまなかった」と被告人や高澤らに謝った（高澤二一回・一七丁）。
　　　(2) 被告人は、同年一〇月、会社とは独自に営業社員二名を採用して営業活動
　　　　をしていた。
　　　(3) 被告人が開設していた「別口座」からの支出が一一月まで続いている事実
　　　　　甲第九七号証の九月一〇日の表の「社長預かり一〇〇万」など、「社長預
　　　　かり」で相当額の金が出ている。（高澤二一回・一六丁）。
　　　(4) 一一月二三日の臨時株主総会の意味
　　　　　平成二年秋に金融機関の総量規制により、「つなぎ融資」制度が行われな
　　　　くなり経営委員会はゆきづまり、一一月二三日、被告人は臨時の株主総会を
　　　　開き社長としての実質的な地位を回復していった。
　　　(5) 会社の実態を知りうる立場の小田経理課長も、左記のとおり、「被告人と
　　　　経営委員会のメンバーとの関係の修復」は一二月と供述している（一一回・

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－113－

　　　　三六丁）。
　　　　　「ほんとにそれを感じたのは脇山と鎌田と社長が一二月の二七か八日に私
　　　　の席の前で給料などのことを普通に話をしていた印象を受けたので、改めて
　　　　聞かれるとそうかな」
　　４　致命的な被告人のメモに関する事実誤認
　　　　原判決が、資金繰会議の存在の根拠としてのは、物証としては被告人のメモ
　　　がある入出金表のみであり、あとは会社関係者の供述のみである。しかも、任
　　　意捜査の段階では資金繰会議に関する供述はなかったのに、後に被告人宅から
　　　メモがある入出金表が出てきたことから、逆に資金繰会議の存在を根拠づけて
　　　いるという過ちを犯している。
　　　　原判決は、いわゆる資金繰り表に記載された被告人のメモについて、「被告
　　　人の自筆のメモが多数書き込まれた本件犯行当時の資金繰り表が存在し」とし
　　　て、本件犯行の直接証拠としている。
　　　　しかし、このメモは、会社経営から排除されていた被告人が、小田経理課長
　　　からも鎌田らのやり方に不安を告げられ、杜撰な経営委員会の会社運営を危惧

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　　　し、従前一番信頼し、脇山とともに経営委員会のトップにいて財務を扱ってい
　　　た鎌田から情報を聞くために、信奉強く鎌田に接近して聞き取った内容をメモ
　　　したものである。その具体的状況については弁論要旨及び控訴趣意書に詳述し
　　　たとおりであり、さらに、敷衍して概略を述べる。
　　(1) 被告人の詳細なメモがあるのは平成二年九月から同年一一月の間のみである
　　　　被告人の入出金表へのメモは経営委員会が設置された以降においてのみなさ
　　　れており、しかもこの九月から一一月の三カ月に集中している。原判決は、本
　　　件メモを本件事実認定の直接的な重要な証拠としているが、この点に関する、
　　　弁護人の「なぜ、この時期にのみ被告人の詳細メモがあるのか」という疑問に
　　　は何ら言及していない。
　　(2) なぜ、この時期にのみ詳細なメモがなされたのか
　　　　経営委員会が発足した後、会社運営からはずされた被告人が何よりも恐れた
　　　のは、目にみえる利益だけを追求する鎌田らが、無責任に運営を放り出すよう
　　　なことであった。小田からの情報もその心配を大きくした。それらを心配して
　　　被告人は経営委員会ができた当時、高澤に「万一うまくいかなくなって放り出

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　　　されては会社が倒産してしまうので、なるべく協力しなさい」と言っている
　　　（高澤二一回・一〇丁）。
　　　　そこで、被告人は、前述したとおり、鎌田に接近し、機嫌を伺いながら情報
　　　を収集するとともに、鎌田との融和の機会を待っていたのである。
　　(3) 原判決は、重要な小田の供述と明らかに矛盾
　　　　原判決は「被告人は、右会議にいずれも出席して配付された資金繰り表等に
　　　書き込みをしていること、右会議で配付され、検討された資金繰り表等の記載
　　　内容は詳細であるところ、被告人方から押収された右資金繰り表には、数字訂
　　　正箇所や欄外に書き込まれた部分があるなど、丹念に検討されたことを伺わせ
　　　る形跡が認められるのであって飲酒して期限のいい鎌田から聞き出したことを
　　　資金繰り表に記入したにすぎないとする被告人の原審公判廷における供述は、
　　　不自然、不合理であり、到底信用することができない」としている。
　　　　しかし、会社の支払いの不安を感じたときには社長に連絡して事なきを得る
　　　よう対処していたという小田は、平成二年当時について、捜査段階で以下のよ
　　　うに供述している（平成三年一二月一一日付員面調書六丁裏～九丁表）。

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　　　　　　「平成元年後半ころから鎌田常務がお客さんのところに行くと言って、
　　　　　夜遅くなることが多くなり、平成二年に入ってからは更にその回数が多く
　　　　　なり、平成二年中頃からは毎日のように出かけていたように思います。」
　　　　　　「このような状態の平成二年頃、鎌田常務が営業担当者との電話のやり
　　　　　とりで、『今月は何とかならないか、月内はダメか』などとと入金のこと
　　　　　を聞いたり、そうかダメか、等と話していることを耳にした」
　　　　　　「（鎌田が右のように話しているときなど）私は資金が足りなくて月末
　　　　　の手形が決済できないのではないだろうか、と心配になり、社長から電話
　　　　　があったときや、私の方からポケットべルで社長に連絡をとるなどして
　　　　　「資金が足りないようですが、本当に支払いが大丈夫なんだろうか」とい
　　　　　うことを話したことが二、三回ほどありました。」
　　　　　　「このようなときなどは社長が鎌田常務のところに顔を出す等して資金
　　　　　繰りの話をしているようでした。」
　　　　　　「話の内容は鎌田常務の声が小さくて聞こえなかったことからよく覚え
　　　　　ていませんが、社長は鎌田常務に入金予定のことを聞いていたようでし

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　　　　　た。」
　　　　　　「社長が来て、鎌田常務が不在のときは社長から鎌田が帰るまで待って
　　　　　いると言われたこともあります。このようなときは、私が退社後話し合っ
　　　　　ていたと思います。」
　　　　　　「そして、結果的に資金がたりなかったときの手当てで私が知っている
　　　　　ことは、社長がどこからか現金を持って来たりしていたことです。」
　　　　以上の小田の供述は極めて重要である。それは、実質的に会社の経理を処理
　　　していた小田課長の証言は、経営委員会当時、「資金繰会議」など開かれてい
　　　ないからこそ、鎌田らの杜撰な会社運営に不安を抱いた被告人が状況を把握す
　　　るために鎌田から直接聞きとってメモをしたという、被告人の主張している事
　　　実と全く一致するものである。
　　　　小田の右供述は捜査段階のものであり、小田の立場から見てもその信用性は
　　　極めて高い。この事実を全く無視し、一切の審理を拒否して「資金繰り表には
　　　数字訂正箇所や、欄外に書き加えた部分があることなど、丹念に検討されたこ
　　　とを窺わせる形跡が認められるのであって、飲酒して期限のいい鎌田から聞き

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　　　出したことを資金繰り表に記載したにすぎないとする被告人の供述は不自然・
　　　不合理」と断じている原判決の重大な事実誤認は明らかである。

　六　被告人が本件「二重ローン」を理解し知っていた証拠とされている事実に関す
　　る事実誤認
　　　原判決は、被告人が知っている証拠としてあげているのは、①各証人の供述、
　　供述調書、②被告人方から押収された資金繰り表等に被告人のメモがあること、
　　③平成元年四月の自宅へのＦＡＸの内容、をあげている。
　　１　各証人の証言、供述調書に矛盾がある
　　　　原判決は、この点について「各証人の証言、供述調書の内容が一致してい
　　　る」というが、果して、具体的にどの証言・供述が一致しているというのか
　　　は判決からは不明である。おそらく、鎌田、高澤前半、福岡証人が検察官の
　　　「『資金繰会議』には被告人も出席していたか」という質問に対して「被告人
　　　もいた」と答えに尽きるのである。しかし、前四項で詳述したとおり、これら
　　　の証言は資金繰りに関して特別の相談の必要があり、財務担当者あるいは小田

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　　　経理課長からの連絡で社長が資金手当てについての相談に乗り、処理したよう
　　　な場合を念頭においての供述とみるべきである。
　　　　それ以前に、そもそも前項で述べたとおり、「資金繰会議」自体の存在が否
　　　定されれば、これらの証言は全く意味を失うものである。
　　２　入出金表のメモは被告人が「二重ローン」を知っていたことを示していない
　　　　平成二年九月から一〇月の間の入出金表に被告人がメモをした状況は、「資
　　　金繰会議」において作成されたものではなく、経営委員会により会社の運営か
　　　ら排除されていた被告人が、鎌田から実情を聞き出すために話しかけそれをメ
　　　モしたものであることは、すでに控訴趣意書に詳述したとおりであり、前記五
　　　項にもその概略を述べた。特に小田経理課長の員面調書にはその様子が具体的
　　　に述べられていることは前五項に引用したとおりであり、これらのメモから被
　　　告人が知っていたという事実認定は到底許されない。
　　３　平成元年四月二六日のＦＡＸは内容に関する事実誤認
　　　　原判決は、平成元年四月二六日に被告人の自宅に送信されたＦＡＸ（原審甲
　　　第九八号証）に、「日本信販に対する返済がジャンプできないのでダブルを利

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　　　用しているユーザーにハガキが行くとトラブルが発生する危険がある。同日二
　　　七日に四三八〇万円支払わなければならなくなったので」と記載されており、
　　　これを被告人が本件「二重ローン」を知悉している事実認定の理由としてあげ
　　　ている。
　　　　しかし、以下に述べるとおり、原判決はこのＦＡＸの内容をことごとく誤解
　　　あるいは曲解している。
　　　(1) 「日本信販に対する返済がジャンプできないので」という意味
　　　　　「ジャンプ」は原判決の言うように確かに「期限の延長」である。次に問
　　　　題なのがここにいう「日本信販の返済」の意味であるが、これは毎月二七日
　　　　の返済期日以外にないことは、すでに述べた日本信販との「つなぎ融資」の
　　　　制度上明らかである。つまり、日本信販との返済は「二七日一括返済システ
　　　　ム」で行われており、それ以外の支払いということはないからである。実際、
　　　　このＦＡＸが二六日にされていることからもそのことがわかる。
　　　　　そうするとここで言う「日本信販の期限のジャンプができなくなった」と
　　　　いうのは四月二七日の返済ができないということである。

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　　　(2) 「ダブルを利用しているユーザーに葉書が行くと、トラブルが発生する危
　　　　険がある」という意味
　　　　「ダブルを利用しているユーザーに葉書が行く」という、その内容は、前項
　　　　に述べたとおり、もともとの「つなぎ融資」の返済期日である二七日に返済
　　　　しないと、「返済がありませんよ」という連絡が形式的な契約者であるユー
　　　　ザーに行くということである。そして「トラブルの危険」というのは、「す
　　　　でに会社に入金されているはずなのに返済期日である二七日に返済しなかっ
　　　　たではないか」ということである。
　　　　　すなわち、二度目の借入の入金後「直ちに返済していないではないか」と
　　　　いうトラブルではないということである。
　　　(3) 右ＦＡＸの内容を素直に読めば右のとおりである。すなわち、ここではダ
　　　　ブルで借り入た場合にも新たな借入れの入金された後「直ちに返済する」と
　　　　いう意味はどこにもなく、逆に「二重ローン」（ここではダブル）の場合に
　　　　も本来の期日である二七日に返済することになっていた事実を示すものであ
　　　　る。

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　　　　以上により、右ＦＡＸを被告人が本件「二重ローン」の事実を知っていた証
　　　拠とすることは到底できないはずである。

　七　昭和六三年四月に「二重ロＩン」が発覚という事実誤認
　　　原判決は、「昭和六三年四月頃、『つなぎ融資』をうけていたオリエントリー
　　スに対する支払いが滞ったことから、同社に「二重ローン」を行っていたことが
　　発覚し、被告人の自宅を抵当に差し入れるなどして事態を収拾し」としているが、
　　このような事実は全くない。
　　　当時、問題となったのは、はじめの「つなぎ融資」を受けていたファーストフ
　　ァイナンスとの間で、会社が公庫から入金があったにもかからず、且つ、「つな
　　ぎ融資」の期限がきているにもかかわらず、その返済をしていないものがあった
　　ことについて問題となったのである。原判決のいうように「オリエントリースに
　　対する支払いが滞った」ことではない。
　　　そこで、ファーストファイナンスの方から、今後の「つなぎ融資」については
　　公的融資の実行の際、直接ファーストファイナンスに入るようにしてほしい及び

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　　抵当権の担保を設定して欲しいと等の要請があった。そのため、会社としては、
　　ファーストファイナンス及ぴ二度目の借入をしていたオリエントリースとの取引
　　をやめたものである。
　　　従って、当時、原判決のいうような「二重ローン」の発覚などという事実は全
　　くない。さらに、判決のこの事実認定がいかに杜撰であるかは、会社が事態収拾
　　のため「被告人の自宅を抵当に差し入れるなどして」とあるが、自宅の登記簿謄
　　本（甲第二八号証）からも明らかなとおり、昭和六三年四月に抵当権を設定して
　　いるのは「全東栄信用組合」であって、オリエントリースへの抵当権設定の事実
　　は全くない。
　　　このような、物的証拠からも明らかな事実とも相反する事実認定を平然と行っ
　　ているだけでなく、このことは、原審がすでに昭和六三年四月当時に「二重ロー
　　ン」が発覚したという予断に基づいてその後の「二重ローン」の事実認定を行っ
　　ていることを示していたのであり、その意味でも明らかに判決に影響を及ぼす事
　　実誤認である。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以　上

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(添付資料＝準備中)

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