平成八年(う)第八一九号
控 訴 趣 意 書 補 充 書
被 告 人 三 宅 喜 一 郎
一九九六年一〇月一五日
右被告人弁護人
弁 護 士 橋 本 佳 子
同 金 井 克 仁
同 竹 内 義 則
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東 京 高 等 裁 判 所
第 十 一 刑 事 部 御 中
第一 原判決の「貴社指定口座」の解釈の誤り
原判決は、つなぎ融資において、顧客の日本信販に対する債務が、契約書の
「貴社指定口座」に振り込んだ時点で消滅するという被告人の主張を否定した。
これは契約書の「貴社指定口座」の解釈を誤った結果であることは控訴趣意書で
詳述したが、さらに、以下のとおり補充する。
一 本件各被害者の意思の認定がないこと
控訴趣意書一三頁で、原判決が日本信販及び株式会社平和ホームズ(以下会社
という)の担当者がいずれも「貴社指定口座」欄の口座に入金がなされても日本
信販に対する顧客の債務が消滅するとは理解していなかった、との事実認定をし
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たうえで、その結果、「貴社指定口座」欄に平和ホームズの当座預金口座が記載
されていたとしても、それは「便宜記載」されたものにすぎないと認定している
ことに対し、それは当事者の意思解説論としても誤りである旨主張した。
だが、もし、原判決が契約書の明瞭な文言を無視して、当事者の意思を問題と
するならば、日本信販の担当者の意思だけでなく、契約の相手方である本件各被
害者の意思をも問題としなければ筋が通らないが、原判決は本件各被害者の意思
がどうであったのかについて全くふれていない。
従って、原判決はこの点だけを取り上げても理由不備であることを免れない。
二 普通契約約款の解釈論としても誤りであること
次に、原判決は、日本信販の「つなぎローン契約書」が基本的に普通契約約款
の一種であることを看過している。
普通契約約款は、銀行・保険・運送等の契約におけるごとく、営業者多数の相
手方との間に締結する契約のために、営業者が予め作成しておいた契約条項であ
−3−
り、これについては一回ごとに個別的な契約条項が当事者間で協議される場合と
は異なる法律上の処理をする必要があることが、主としてドイツの学者によって
提唱され、又、我国でも同様に論ぜられている。
この普通契約約款の解釈については、通常次のように論じられている。
1 川島武宣 民法総則 有斐閣(法律学全集)二○九頁
普通契約条項は、個々の契約の諸事情を考慮することなくむしろ典型的契約
証書 ( ''typische Urkunden )として解釈されるべきである。すなわち、そ
れは当該企業の標準的な合理的な顧客( normaler vernunftiger Kunde )を考
慮において作成されているのであるから、そのような顧客が当該の条項をどの
ように理解するかということを基準として解釈されるべきであり、たまたま或
る特定の契約において相手方が特に無知であったとか特に専門的知識をもって
いたというような個別事情を基準として解釈されるべきではない。従って、こ
の意味において、普通契約条項の解釈においては法律の解釈のごとく、当事者
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の知・不知や誤解は問題とすべきではない。しかし、普通契約条項は企業が一
方的に相手方に「課する」ものであるから、企業は信義則に反する内容は顧客
の利益を顧慮して制限的に解釈されるべきであり、また意味不明な部分は企業
者の不利益に解せられるべきである、とするのがドイツ及びスイスの判例であ
る。
2 西原寛一 商行為法 有斐閣(法律学全書)五三頁
法規の一般解釈原則のうち約款解釈に際して特に強調せられるべきものは、
まず第一に、客観的解釈である。約款の解釈が時と場合により、また相手方の
如何によって異なっては、利害関係の同一なるべき多数の相手方を不平等に待
遇することとなり、衡平の理念に反するからである。この点において、一般法
律行為の解釈が具体的場合の当事者の意思の探究をもって足るのと著しく趣を
異にする。客観的解釈の必要は、同時に統一的解釈の必要でもある。
以上のとおり、普通契約約款においては、「当該企業の標準的な合理的な顧
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客」が「当該条項をどのように理解するか、ということを基準として」「客観
的に」解釈されるべきものである。
そして、本件つなぎ融資に関する契約書の「貴社指定口座」の持つ意味を客観
的に解釈しようとすれば、これまで弁護人において主張してきたように返済場所
あるいは返済方法の指定であるとしか理解しようがない。原判決も被告人有罪の
結論を導き出すために会社の当座預金口座が貴社指定口座の欄に記載されたこと
を、あえて便宜規定であると言っでまで排斥しなけれはならなかったのは、裏を
返せば契約書の文言の客観的意味からは弁護人の主張のとおりの解釈しかできな
かったことのあらわれでもある。
そして、それが返済場所あるいは返済方法の指定である以上、日本信販の弁済
についての指定どおり、「貴社指定ロ座欄」の預金口座に振込をすれば、顧客は
債務の本旨に従って弁済したことにより、その弁済の効果として債務が当然消滅
することになることは民法のイロハと言ってもいいくらい自明なことである。
−6−
仮に、日本信販の契約者が平和ホームズの口座に入金しても自己の債務は消滅
しないと考えていたとしても(この点につき原審はなんら認定していないが)、
それは契約書の不知又は誤解というべきものである。
つなぎ融資に関する契約書の裏面は、極めてこまかな文字が印刷されており、
貴社指定口座への振込みによって債務消減の効果が生ずるという論理的関係は、
極めて注意深く読んでいかないと理解できないものであるから、個々の契約者が
この点について十分に理解していたものとは思われず、日本信販からの請求によ
って自分が二重に債務を負担していると誤解したとしても無理はない。しかし、
そうした不知や誤解は普通契約約款の解釈においては問題とすべきではないので
ある。
第二 つなぎ融資の実態
−−−つなぎ融資は、実質的には会社への融資であった−−−
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控訴趣意書第一「つなぎ融資の実態−−つなぎ融資は実質的には会社への融
資」に関し、さらに、以下のとおり補充する。
一 つなぎ融資は実質的な会社への融資
控訴趣意書はつなぎ融資について、その制度の趣旨及び実際の運用の実態から実
質的には「会社への融資」であり、担当者の認識も「会社の借入」であったことを
詳述したが、さらに、整理して主張する。
(なお、ここで、つなぎ融資というのは、ノンバンクにおけるつなぎ融資であり、
都市銀行においてもつなぎ融資は行われていたが、都市銀行のそれは名実共に純然
たる顧客の借り入れであった)
1 つなぎ融資制度の本質
(1) つなぎ融資制度のメリット
つなぎ融資は、注文住宅建築請負契約に伴い、住宅資金として公的融資資金が
実行されるまでの「つなぎ」として、ノンバンクから融資を受ける、という制度
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ある。
このようなつなぎ融資が、顧客、建築会社、ノンバンクの関係三者にとって、
それぞれ次のようなメリットがあるものとして考案され、利用されるようになっ
たものである。
第一に、顧客にとっては、自己資金がなくとも建物建築を注文できること
第二に、建築会社にとっては、建物完成以前に確実に資金回収ができること
第三に、ノンバンクにとっては会社を通じて融資することができること
(2) つなぎ融資制度の形式
右のように、つなぎ融資は関係当事者三者にそれぞれメリットがあることから
導入されるようになったものであるが、もともとは、つなぎ融資は建築会社の資
金繰りのための制度として生まれたものであった。そのため、その融資契約は以
下のような形式がとられていた。
@ 借主が建築会社、顧客は連帯保証人の例
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つなぎ融資の借主が建築会社で、顧客が連帯保証をするこの形は、名実共に
建築会社が融資を受けているのである。
会社とのの関係でみると、この形式をとっていたのは東京ホームサービスで
ある。
A 借入名義は顧客、連帯保証人が建築会社の例
日本信販株式会社、太陽信用保証株式会社などがこの形式をとっていた。た
だし、その実質は以下に述べるようにその運用からみても実質的には右1と同
一なのである。
B 名義上は2と同様だが、返済も直接ノンバンクとしている例
東芝総合ファイナンスは、代理受領権限をとり返済を自社の口座に指定して
いるのである。ただしこの形式は例外的である。
以上のように、@の名義上も会社が借主の場合は当然として、Aの実質的な借り
主が会社であるということは、本件に関して極めて重要な意味を持つ。すなわち、
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つなぎ融資を担当者が会社の借り入れとして運用している結果、本件で問われる
「顧客に対する偽罔行為」がなかったという結論に至るからである。
2 つなぎ融資が実質的に会社に対する資金融通であることを示す事実
つなぎ融資は、もともとは、ノンバンクが建築請負業者の資金調達のために融資
をするための制度として考案されたものであり、形式的には顧客とノンバンクとの
融資契約という形がとられている場合にも、実質は建築会社の借入であった。それ
を示すものとして、以下の事実がある(具体的内容については控訴趣意書で述べた
とおりである。なお、ノンバンクについては日本信販を例に記述する)。
@ 日本信販が顧客に代わって「立替え」をするという形で直接会社に入金さ
れる。
A 実際の融資手続き一切を会社が行い、会社が顧客の連帯保証をすること。
B 会社に対する「極度額」で、融資枠を定めている。
C 日本信販の融資決定も会社への信用が最も重要な条件であり、顧客の条件等
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は問題にならない。
すなわち、つなぎ融資は、顧客ではなく会社の営業状況、財務状況の調査経
結果で決定される。
E 日本信販は、顧客に面接もせず、顧客への連絡も事後報告となっている。
F 返済も全て会社が行ない、日本信販は顧客に返済の領収書も発行しないし、
契約書等の書類の返還も会社に行い、顧客へは連絡さえしない。
H 会社は公的資金の実行前で実際には顧客からの入金がない場合でも、毎月約
定返済日の二七日にその月の返済分を返済している。通常、建物建築は、返済
期限の六カ月では完成せず、少なくとも八カ月から一〇カ月を要していた。
I 「つなぎ融資」の返済方法について「貴社指定口座」の欄に平和ホームズの
口座番号が記載され、当然会社から返済される仕組みがとられていた。その法
律効果については、控訴趣意書に詳述したとおりである。
(3) 中間金に対する対応
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特に、注目すべきなのは公庫からの中間金の支払いに対する関係者の対応であ
る。
公庫の公的融資には、建物建築の上棟の段階で融資額全体の六〇パーセントが
中間金として支払われる制度がある。つなぎ融資においては、公庫の手続きもす
べて会社が行うことになっており、中間金についても上棟の段階で会社のローン
担当者が手続きをとることになっていた。ところが、中間金の手続きが煩雑であ
ることから会社のローン担当者はほとんどこの手続きをとっていなかったのが実
情である。
ところで、中間金の手続きがとられ、公庫から中間金が代理受領で会社に支払
われている場合にも、その時点で日本信販に返済するということは行われていな
かった。それは、日本信販の返済期日が利息前払いで六カ月後一括払いであった
ことから、返済期日に返済されれば何らの問題も生じなかったからである。逆に
一括払いの約定から中間金が会社に入金された場合は、それを返済期日まで会社
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が運用することが当然のこととされていたのである。
@ 顧客の対応
本来、真実、自己が金融機関から融資を受けているのであれば、公庫から中
間金が支払われ、その時点で一部借入金の返済に当てられるのであるから、そ
のチャンスを逃がさず、自ら手続きをとるか、会社が代行することになってい
るのであれば、それを催促するはずである。
しかし、つなぎ融資制度の下で顧客はこの点について全く関心がなく、会社
に中間金が入金されているかどうかは問題になっていない。
A 日本信販の対応 ′
公庫から上棟の段階で中間金が出るということは、日本信販も当然認識して
いたにもかかわらず、返済期限は六カ月、しかも一括返済と固定しており、中
間金による返済は一切予定していない。
B 会社の対応
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会社は、返済期日に返済できるかどうかのみに関心があり、その結果、中間
金の手続きが煩雑で面倒であることからほとんどこの手続きをとっていなかっ
たのである。中間金の支払いがあった場合には当然のこととして会社の資金と
して運用されていた。
前述したとおり、ある時期まで利息の支払いを会社が負担していたが、利息の
支払いを顧客負担とした場合でも、中間金の支給時期以降の利息は当然会社が負
担した。
以上の事実から、公的資金において六〇%もの中間金が入る制度があるのに、
関係当事者もそれを全く問題にせずに六カ月後の一括返済という方法がとられて
いたこと自体、実質的につなぎ融資が会社への資金運用であったことを示すもの
である。
さらに、このことは、返済期限前に顧客からの入金があっても「直ちに日本信
販に返済する」という意識は関係者にも全くなく、それが契約違反になることも
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なかったのであり、本件で問われているいわゆる「二重ローン」の場合も同様に
「直ちに返済する」ことは問題にならなかったことを示すものである。
(4) 担当者も会社の借入と認識
@ 日本信販の担当者山崎茂は「平和ホームズから日本信販への返済方法は銀行
振出預金小切手でなされている」「高澤さんから、工事の遅れで(公的融資の
)お金が下りないから今回分はそのまま今月二七日の〇〇さんの分に入れて下
さいと連絡があった」、同じく大島千寛は「注文主に代わって当社が平和ホー
ムズに立替融資する」と証言している。
A 会社の担当者も「つなぎ融資」を会社の借入という処理していたことを示す
事実として、顧客台帳に「つなぎ融資」を「借入」と記載していたこと、会社
の借入と処理していたため、利息を全額会社が負担していたこと、未だ公的資
金が出ていないにもかかわらず、約定返済期日に返済している(顧客からの入
金がなくとも当然のこととして返済をしている)ことなどがある。さらに、福
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岡も「利息を会社が払う、顧客の入金がないのに期限に会社が払うこというも
あり、つなぎ融資を会社の借り入れという意識があった」と証言している。
3 「二重ローン」が何らの矛盾なく行われてきた事実
昭和六三年一月から「つなぎ融資」が開始され、以後平成三年三月に会社が倒産
するまで実に三年間にもわたって、いわゆる「二重ローン」という方法が行われて
きた。この間、担当者は、二度目のつなぎ融資入金後「直ちに」ではなく、もとも
との約束どおり「期限に一括返済する」という意識で運用しており、返済されずに
問題となったケースはただの一件もなく運用されてきたものである。従って、担当
者は会社が倒産状態になるまで、日本信販に返済出来なくなるかもしれないという
認識は全くなかったのである。
本件についても当初予想もしていなかったノンバンクの総量規制によって突然
「つなぎ融資」が行われなったこと、その他、船橋営業所の所長牧山が会社の集金
した金を持ち営業所の従業員全員を引き連れて辞めてしまったことなどの原因も相
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まって倒産という事態が起こらなければ全く問題にならなかったのである。
4 以上、右の契約書及び実際の融資手続及び返済手続からも、ノンバンクは、公的
住宅融資を受けて建物を建築する顧客がいるという条件付きで、一定の枠内で会社
に対して立替金を出すというものであった。「つなぎ融資」は、実質的には個々の
顧客の条件ではなく会社への信用に基づいて建築会社に資金を融通していたもので
ある。
二 担当者に詐欺の故意はない
以上の事実から、担当者は「つなぎ融資」について会社の借入という認識で運用
してきたものであり、二重ローンについても形の上で公的資金融資をうける顧客と
日本信販との融資という形になっているため、顧客に了解を得るという認識しかな
かったものである。担当者は、一回目のつなぎ融資について「会社が責任をもって
返済します」という趣旨の話をしているのみで、「直ちに返済する」とは言ってい
ないのである。そのため、担当者レべルで「客を騙す犯罪である」という意識は全
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くなかったものである。
また、このようなやり方が何年間にもわたり同様の方法で行っており、会社が日
本信販に返さないで顧客に二重債務の責任を負わせるような事態はないと確信して
いたのである。現に、平成三年三月の倒産という事態になるまで会社が日本信販に
返済せずに顧客に迷惑をかけたことは全くなかった。
そのため、担当者は本件について刑事責任を問われるなどということは全く考え
ていなかったものである。
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