平成八年(う)第八一九号
控 訴 趣 意 書
被 告 人 三 宅 喜 一 郎
一九九六年九月二日
右被告人代理人
弁 護 士 橋 本 佳 子
同 金 井 克 仁
東 京 高 等 裁 判 所
第 十 一 刑 事 部 御 中
-@-
目 次
は じ め に --------------------------------------------------- 1
第一 詐欺被害は発生していない ----------------------------------- 4
第二 つなぎ融資の「付け換え」の事実を全く無視した原判決の誤り --- 31
第三 商業帳簿に基づかない会社財務状況の杜撰極まりない認定 ------- 58
第四 「資金繰会議」の不存在 ------------------------------------- 69
第五 経営委員会による被告人の会社経営からの排除 ----------------- 98
-A-
はじめに
一 原判決は冤罪
原判決は全くの事実誤認の判決で、無罪の被告人を有罪とする冤罪判決である。
原判決は、いわゆる「二重ローン」については、つなぎ融資債務を顧客らに対し
二重に負担させる詐欺手段であるとの事実誤認をした上に、被告人が鎌田・高澤ら
と右詐欺の共謀をしたという事実誤認までおかした。そして、逮捕以来一貫して無
罪を訴えつづけた被告人に対し、社長として「自己の責任を自覚せず、部下に責任
を押し付ける・・・・・・弁解をし」たとして、実刑判決を下したのであった。
二 誤判の構造・原因
1 被告人は全くの無罪である。弁護人は被告人が無罪であることを、あらゆる点
から総合的に立証した。にもかかわらず原判決は各種の先入観ないし思込みで、
表面的・断片的に各種の証拠を恣意的に組立てて被告人を有罪としたのである。
-1-
2 誤判の構造の一つは、原判決が鎌田供述を無条件かつ絶対視するあまり、高澤
の弁論更新後の供述(二回目の供述)等、被告人に有利な他の供述及び証拠等を
一顧だにしなかったことにある。
また二つめは、原判決が「共謀」の事実を認定するために、各供述及び証拠の
都合の良い部分をつまみ食い的に認定したり、また信用性を否定したはずの被告
人等の供述の都合のよい部分を利用したり、さらには有罪認定にとって都合の悪
い供述・証拠等に対し都合の良い解釈等を下した点などである。
3 もっとも裁判所が以上のような誤判をした前提には、二つの先入観ないし思込
みがあった。
一つは、いわゆる「二重ローン」という詐欺によって二重債務を負担させられ
たという経済的被害(者)が発生したという先入観・思込みである。その結果、
いわゆる「二重ローン」の実態・仕組等を正確に分析しないまま、また弁護人の
この点に関する立証を真摯に分析しないまま、いわゆる「二重ローン」は二重の
-2-
ローン債務を負担しているなどと即断した。
二つめは、平和ホームズが資金繰りに窮していたとの先入観・思込みによって、
平和ホームズの財政状況について、商業帳簿等を判断資料に使用しないで、誤っ
た捜査機関の資料のみで財政が逼迫しているなどと乱暴な認定をした点である。
4 以上の結果、原判決には多くの理由不備・理由齟齬及び事実誤認がある。
三 そこで本控訴趣意書においては、まず、つなぎ融資及びいわゆる「二重ローン」
の実態に触れてそもそも詐欺被害が発生していないことを明らかにし、次に会社の
資金繰及び財政が逼迫していなかったことを明らかにして、原判決の誤った思込み
による事実誤認を明らかにする。
その上で、「資金繰会議」が存在しなかったこと等によって被告人に共謀の事実
がなかったことを明らかにするとともに、原判決のいくつかの事実誤認について述
べることとする。
-3-
第一 詐欺被害は発生していない
一 はじめに−−−本件事件の本質を見誤った原判決−−−
1 本件事件には詐欺被害は発生していない
弁護人は一審で、いわゆる「二重ローン」という言葉に表現されてきた〈顧
客がつなぎ融資債務を二重に負担させられた状態〉の被害は、そもそも本件契
約上では民事的にはあり得ないことを主張・立証した。
つまり本件つなぎ融資契約の内容(文言)によると、顧客のローン債務の返
済場所としての「貴社指定口座」には日本信販の銀行口座ではなく平和ホーム
ズの銀行口座が指定・記載されていたのであるから、顧客が二番目のつなぎ融
資を行って右融資金が平和ホームズの銀行口座に振込まれた段階で、一番最初
のつなぎ融資債務は右振込返済によって消滅しており、本件の詐欺被害とされ
た〈二重のローン債務〉はそもそも発生していなかったのである。
-4-
その結果、本件事件(その本質)は、顧客の建築注文主がつなぎ融資金で建
築代金を支払ったにもかかわらず、平和ホームズが倒産したことによって家が
建築されなかったという〈民事倒産事件〉であった。
2 本件事件の本質を見誤った原判決
ところが、前述の弁護人の主張・立証に対し、「貴社指定口座」欄に日本信
販の銀行口座ではなく平和ホームズの銀行口座が指定・記載されていた理由に
ついて、原判決は「『貴社指定口座』欄に平和ホームズの当座預金口座が便宜
記載される扱い」の結果だとして、右規定はつなぎ融資債務の返済場所の指定
ではないとして、弁護人の主張を否定した。
しかし、原判決の右解釈・判断は、本件ローン契約の契約書の内容及び文言
を完全に無視するばかりでなく、余りにも勝手な、また都合の良いものである。
以下に、つなぎ融資及び「二重ローン」に関しての原判決の認識不足及び事
実誤認について、順次明らかにする。
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二 つなぎ融資の手続及び機能
1 いわゆる「二重ローン」という言葉に表現された〈顧客がつなぎローン債務
を二重に負担させられた状態〉の被害が本件契約書上では発生しないことを明
らかにする前提として、まずつなぎ融資の手続及び機能について述べる。
2 つなぎ融資の機能等についての原判決認定は表面的
ちなみに原判決は、右つなぎ融資の手続及び機能に関連して、つなぎ融資制
度の利点について次のように言っている。
「(つなぎ融資は)注文主にとっては、公的融資が実行される前に住宅建築
資金を準備できるという利点があり、平和ホームのような住宅建築業者にと
っても、公的融資が実行される前に注文主から請負工事代金の支払を受ける
ことによって下請業者等に支払う資金を確保できるという利点がある」
しかし原判決の右認定は、注文主等の利点については正しい点があるが、つ
なぎ融資制度の機能を表面的にしか分析していないものである。特に日本信販
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側の利点については全く触れていないという偏頗なものである。
なお後に述べるように、つなぎ融資制度に関する日本信販側の利点に思い至
らなかった点が、「貴社指定口座」欄に日本信販の銀行口座ではなく平和ホー
ムズの銀行口座が指定・記載された理由及び意味の重大な点について、原判決
がまちがえた原因にもなっているのである。
3 つなぎ融資制度の平和ホームズと日本信販に対する利点
(1) 平和ホームズの利点
原判決の認定どおり、つなぎ融資制度は建築会社である平和ホームズにと
っては「下請業者等に支払う資金を確保できる」という利点がある。なお、
この利点をより分析すれば、つなぎ融資は実質的(機能的)には、日本信販
からの平和ホームズに対する資金融通であることが分かる。
以上の点は、平和ホームズに対するつなぎ融資制度の運用等について、日
本信販の利点を分析すればよりよく判明する。
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(2) 日本信販側の利点
@ つなぎ融資制度の運用の概要
日本信販と平和ホームズ間の「公的住宅資金つなぎローンに関する契約」
「同取扱基準」(甲第四七号証・鈴木清博の調書添付)によれば、つなぎ
融資制度の概要は次のようになっていた。
@ 融 資 枠 三億円
A 融 資 実 行 随時
B 融 資 期 間 六カ月以内(一カ月単位)
C 金利支払方法 つなぎ融資実行時一括前払い
D 返 済 方 法 約定返済日一括返済、但し約定返済日は返済月の二七
日
A 公庫・年金を区分しない一括融資・一括返済
右契約書等からすれば、日本信販は、顧客が公庫・年金等の複数の公的
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融資を利用する場合に本件つなぎ融資を利用しても、顧客には公庫ないし
年金ごとに融資するのではなく、一緒に一口として一括融資(一括返済)
する。
ところで、公的融資でも例えば公庫と年金とでは利用者に対する融資実
行日が異なる(一般に年金の方の実行日が遅い)。また、公庫融資は中間
金と残金融資という形で、利用者には二回にわたって公庫から融資が行わ
れる。こうした点は、同じつなぎ融資を取扱った東芝総合ファイナンスが
公庫分と年金分とを区分して融資をしたことと全く異なる点である。
このように融資時期が異なるにもかかわらず、一括融資の一括返済のた
め顧客(ひいては平和ホームズ)は利息を余分に支払うことになってしま
う。この結果、日本信販としては融資期間に応じた煩わしい利息計算等を
しないですみ、また利息も儲かることになる。
B つなぎ融資金の現実の返済方法(日本信販は期日に必ず返済を受ける)
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日本信販のつなぎ融資金の返済日は、六カ月後の二七日と固定されてい
た。公的融資金の実行後、直ちに返済するという形ではなかった。
一般的に、自由設計の注文住宅の建築は工事請負から着工まで一ケ月、
着工後の工事期間が六ケ月以上を要する。また公庫融資の実行は建物完成
後一ケ月以上を要する。こうしたことから、工事請負契約締結から公的融
資の実行までは少なくとも八ケ月は要することになる。
このため、日本信販へのつなぎ融資の返済(返済時期を延期する場合は
除く)は次の三類型があった。
@ 約定返済日(毎月の二七日)前に公的融資が実行されて、右融資金か
らつなぎ融資金を返済する場合
A 約定返済日(毎月の二七日)前に公的融資が実行されておらず、平和
ホームズが手持資金等を利用して返済する場合
B 約定返済日(毎月の二七日)前に公的融資が実行されておらず、予め
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別のノンバンク等との間でつなぎ融資の借換えをしておいて、二回目の
つなぎ融資金で返済する場合
C 日本信販の融資事務作業の省略
つなぎ融資については、貸付から返済に至るまでほとんど全ての手続き
は平和ホームズが行うことになり、現実に行った。
すなわち日本信販は、つなぎ融資契約を締結するに際して顧客に面接も
せず、平和ホームズからの書類に基づいてのみ契約を締結して融資を実行
する。なお右融資金は、平和ホームズが代理受領する形で「立替金」とし
て同社に直接振込まれ、顧客のもとには支払われない。また返済について
は、完全に平和ホームズのみが行ない、日本信販は顧客に対し返済の領収
書も発行せず、つなぎ融資契約書等の書類の返還も平和ホームズに対して
行う形で処理され、顧客への連絡さえ一切ない。
また、つなぎ融資の現実の返済も「貴社指定口座」の欄に平和ホームズ
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の銀行口座が記載され、「平和ホームズから日本信販への返済方法は銀行
振出預金小切手でなされている」「高澤からさんから、工事の遅れで(公
的融資の)お金が下りないから今回分はそのまま今月二七日の〇〇さんの
分に入れて下さい」と要請していたとする日本信販担当者の山崎茂の供述
(甲第四八号証・五八及び六二丁)のとおり、当然のごとく同社から返済
される仕組みになっていた。
D 以上のことから、本件つなぎ融資制度は日本信販にとり、融資事務手続
が省略されるという利点等とともに、公的融資の実行の有無に関係なく平
和ホームズが必ずつなぎ融資を返済するという点で非常に有利な制度であ
った。そして、つなぎ融資は公的融資を受けて建物を建築する顧客に貸出
すという法的形式はとるが、実質的には個々の顧客の信用・条件よりも平
和ホームズへの信用に基づき、一定の枠内において同社に資金を融通する
ものであった。
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まさに、こうした関係が、「貴社指定口座」に平和ホームズの銀行が記
載され、返済場所と指定された同社の銀行口座につなぎ融資金が振込まれ
れば顧客の日本信販への債務が消滅する扱いにした理由である。
三 原判決の「貴社指定口座」の解釈は誤り
1 原判決の認定手法
「貴社指定口座」欄に日本信販の銀行口座ではなく平和ホームズの銀行口座
が指定・記載された意味・原因について、「『貴社指定口座』欄に平和ホーム
ズの当座預金口座が便宜記載される扱い」の結果だとする原判決の認定手法は、
次のとおりであった。
@ そもそも、つなぎ融資契約は日本信販と顧客との間の契約である。
A そして、日本信販は平和ホームズに融資返済金の受領権限をあたえていな
い。
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B その上で、日本信販は「貴社指定口座」欄の平和ホームズの当座預金口座
に入金されても返済されたとは理解していなかった。
C また平和ホームズの担当者も右口座に入金されたとしても、つなぎ融資債
務が消滅したとは理解していなかった。
D その結果「貴社指定口座」は債務を消滅することを定めた趣旨の規定では
なく、「便宜記載」されたものにすぎない。
要するに、原判決は前述の認定の根拠を、日本信販及び平和ホームズの担当
者が「貴社指定口座」欄の口座に入金されても債務は消滅するとは理解してい
なかったことに求めたのである。
しかし、このような契約解釈・意思解釈は、以下のとおり全くの誤りである。
2 原判決の〈意思解釈論〉は誤り(第一の誤り)
(1) 誤った原判決の〈意思解釈論〉
要するに、原判決は「日本信販の担当者は、顧客が平和ホームズの当座預
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金口座に返済金を振込送金すれば日本信販に対する返済がなされたことにな
るとか、その時点で顧客の日本信販に対するつなぎ融資債務が当然に消滅す
るとは考えていなかったことが認められる」から、「貴社指定口座」欄の口
座に入金されても債務は消滅しないと判断した。
原判決の手法はいわゆる法律解釈・意思解釈といわれるものである。しか
し原判決のこのような〈意思解釈論〉は誤りである。
なぜなら、そもそも契約の内容を確定・判定することは、まず契約書の文
言によるべきが第一義的であり、当事者の意思解釈による場合は契約書の文
言等が不明のような場合であるからである。もし契約書上何ら曖味・不完全
な点がないにもかかわらず、当事者の意思解釈をしなければならないとなれ
ば、契約書の文字・文言は何ら意味がなく、基準にもならなくなってしまう。
このことは民法では明らかなことで、民法学者も次のように述べている。
「法律行為の解釈とは、この表示行為の有する意味を明らかにすること
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である。すなわち、第一に、普通人のする表示行為を組成する言語・挙
動などの曖味・不完全なのを明瞭・完全にし、当事者の達しようと
する社会的目的に法律的助力を与えること」(我妻栄著・新訂民法総則
〔民法講義〕)。
本件のような場合は、契約書の明瞭な内容・文言で解釈すれば足り、当事
者の意思を考慮することは誤りである。
(2) 本件契約書の内容・文言
@ 本件契約書の裏面の「Vの第1条(2)」には、顧客(契約書上は「契約者」
と表示されている)が平和ホームズ(同「取扱店」)を通じて、日本信販
(同「当社」)から借入れた「つなぎ融資」金(同「立替金」)の返済方
法については、「立替金は、表記の支払方法により支払期日に契約者が支
払うものとします。」と定められている。
A そして、本件契約書の表面の「要項」と題する欄にある「ローン金額・
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残額の支払方法」欄には、「平成 年 月 日一括弁済(下記の貴社指定
口座宛銀行振込)」と記載されている。
つまり顧客(契約者)は、「つなぎ融資」金(立替金)の返済について
は、契約書の表面の下記欄にある「貴社指定口座」宛の銀行に振込で支払
うことになる。
B その上で、本件契約書の表面の右「貴社指定口座」欄には、平和ホーム
ズの銀行口座(第一勧業銀行・高田馬場支店・当座預金・〇一一三五三七)
が記入されている(以上の各規定及び記載を「本件規定」という)。
(3) 本件契約書では債務の返済場所が「貴社指定口座」
以上の本件規定から解釈すれば、つなぎ融資の借主である顧客は、普通な
らば貸主の日本信販(日本信販の銀行口座)につなぎ融資金を返済すること
になるが、本件契約書によれば返済方法・場所は「貴社指定口座」欄に記載
された平和ホームズの銀行口座への振込と指定されているから、顧客は平和
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ホームズへ返済する必要がある。
つまり、顧客は日本信販から借りたつなぎ融資金の返済は日本信販に直接
返済するのではなく、平和ホームズに返済すればこと足りるのである。その
結果、顧客が「貴社指定口座」欄に記載された平和ホームズの銀行口座に振
込んだ場合は、顧客の日本信販に対するつなぎ融資金の返済債務は当然に消
滅することになる。
要するに本件契約書の本件規定は、日本信販による顧客に対するつなぎ融
資金の返済場所の指定なのである。右指定場所に顧客が返済すれば、直接日
本信販に返済しなくても債務は返済したことになることは当然のことである。
従って、当事者の意思を解釈するまでもなく、本件契約における支払方法の
指定として「貴社指定口座」への返金の文言から、「つなぎ融資」金の返済
債務は消滅することになる。
原判決は以上の当然のことを無視して、担当者の意思を都合のよいように
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解釈して、契約書の内容・文言に反する解釈をしたのである。
3 担当者の意思は債務消滅を否定する根拠にならない(第二の誤り)
(1) 当事者の意思解釈自体が恣意的解釈
原判決は前述の誤った〈意思解釈論〉を行ったこととは別に、日本信販及
び平和ホームズの当事者の意思解釈自体の恣意的解釈する等、意思の解釈に
誤りがある。
そもそも、日本信販及び平和ホームズの担当者らは、以下に述べるように、
「貴社指定口座」欄に指定された銀行口座へのつなぎ融資金の返金と「つな
ぎ融資」債務の消滅の関連について意識に未整理ないし混乱があった。従っ
て、このような担当者の意思を、契約の内容の解釈の根拠とすることには大
きな誤がある。
(2) 平和ホームズの担当者の意識
つなぎ融資については、平和ホームズの関係者は、事実上は会社の借り入
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れ金であるとの認識を有していた。その結果、つなぎ融資の処理をあたかも
会社の借入のようにしていたのである。
こうしたこともあって、本件契約書上、顧客の二回目のつなぎ融資金が平
和ホームズの銀行口座に振込まれた段階で、一回目のつなぎ融資の返済にあ
たるということは誰も正確には理解していなかった。
だからこそ、警察等の取り調べにおいて、顧客がいわゆる「二重ローン」
に苦しんでいること等を中心に、取調官から問い詰められた際、的確な反論
ができなかっただけでなく、鎌田等のように本件事件が詐欺事件であるよう
な真実と異なる自白をする者がでたのである。
従って、このような関係者の曖味な意思をもって、本件契約の意義を解釈
するのは誤りである。
(3) 日本信販の担当者の意識等について
@ 相川供述の内容
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本件規定に関する日本信販の職員の直接の供述は、相川供述のみである。
同証人は次のように証言して、債務消滅を否定する旨の証言をした。
@ まず相川証人は、検察官の「要するに、公的資金が、各顧客の口座に
振り込まれるという形ではなくて株式会社平和ホームズの口座に、代理
受領という形式で入ってくるので、その後の債務の返済について、便宜
上、株式会社平和ホームズを経てという意味で、こうなっていると、そ
ういうことですか」という質問に対し、「はい」と答え、本件規定は公
的資金の代理受領権限によるものであると明言した(相川・三一回・三
丁表)。
A さらに相川証人は、本件規定の意味を次のように言った。
「貴社指定口座に振り込むという形で返済方法についての約束があり、
かつその貴社指定口座についての記載もあるんですけれども、それは実
際問題としてあまり意味のない、それも重要な意味をもたない記載だと
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いうことになりませんか。」(同・三二丁裏)及び「実際、顧客がそこ
に振り込むというのは通常は予定されていないわけですから、契約書の
記載としては通常の場合ならばあまり意味をもたない、そういう記載に
なりますね。そう理解してよろしいですね。」(同・三三丁表)などの
尋問に対して、「そうです」「はい、そう理解してください」と同意し
て、平和ホームズの口座に振込むという本件規定は、意味のないことを
定めた規定であると答えた。
A 前述の相川供述部分は全く信用できない
しかし相川供述は、弁論要旨で主張したように矛盾に満ちたもので全く
信憑性がない。特に公的融資の「代理受領」について証言し、「貴社指定
口座」が本来の返済場所の指定としての意味はないという趣旨の証言は、
全て公的融資の代理受領を前提としたものであるが、右代理受領について
の証言は、以下の点で全くのデタラメである。
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@ 代理受領権限が付与される時期についての偽証
A 代理受領権限の付与される会社についての偽証
B 代理受領は「貴社指定口座」にどの口座を記入されるか関係がない
C 日本信販は公的融資金で返済されていなかったことを知っていた
さらに相川供述は、そもそも取調段階では捜査機関に対し本件規定に関
して代理受領権限のことなどは一切述べていなかったという大きな矛盾が
ある。しかも相川は右調書で、本件つなぎ融資の関係書類について説明し
ているが、そこにも代理受領権限の委任状のことには一言も触れられてお
らず、述べていることは本件つなぎ融資は公的融資がなされることが前提
であることのみである。供述調書(甲第四六号証)と大きく矛盾している。
しかも、そもそも相川は契約締結の直接の担当者ではないのである。直
接の担当者でもない者に本件規定の意味・原因がわかるはずはない。
また仮に相川供述が正しいと仮定すると、「貴社指定口座」に日本信販
-23-
の銀行口座が記載してあるつなぎ融資契約書も一枚存在している事実を説
明できない。
以上のように、相川供述はポイントの代理受領権限自体についての証言
に多くの偽りがあり、それ以外の事実も供述調書・他の証拠と比較しても
はなはだしい矛盾があり、とうてい信用できない供述内容である。しかも、
本件規定が意味のない便宜的規定であるとの供述部分は、自らすすんで言
ったものではなく、裁判官からの誘導質問に答えただけのものである。
4 原判決の〈便宜規定論〉は誤り(第三の誤り)
(1) 一審の裁判所は悩んでいたことが推測される。法律家なら前述したとおり、
本件契約書の「貴社指定口座」欄はつなぎローン債務の返済場所・方法の指
定ど解釈することは通常である。
しかし右理論を認めると、裁判所は、被告人を無罪にせざるを得なくなる。
その一方で、資金をつなぎ融資で出しておきながら家が建築できなかった顧
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客の被害が現実にあり、また鎌田等が詐欺を認めていた。
(2) そこで原判決は、被害(現実には詐欺の被害ではなく倒産による被害では
あるが)の存在及び鎌田等の自白供述(共犯者の犯行を会社ぐるみする自己
弁護にもとづくもの)の方を重視して、被告人を有罪にすることにしたので
ある。
そして、そのために問題のある「貴社指定口座」について、同欄に日本信
販の銀行口座ではなく平和ホームズの銀行口座が指定・記載されていた理由
を、「日本信販と平和ホームズとの提携締約に基づくつなぎ融資債務の返済
は、顧客が直接行うのではなく、必ず平和ホームズが顧客に代わって行うこ
とにっていたところから、契約書の『貴社指定口座』欄に平和ホームズの当
座預金口座が便宜記載される扱いになったとうかがわれる」と言って、〈便
宜規定〉と判断して処理することにした。
(3) しかし、右原判決の論理は理由とならない。
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なぜなら、原判決は要するに「平和ホームズが顧客に代わって」返済をし
ていたからというが、事実は逆である。貴社指定口座」欄に平和ホームズの
銀行口座が記載されていたから顧客は平和ホームズに返済し、同社が顧客に
代わって日本信販に返済していたからである。原判決は論理が逆である。
しかも、右論理の唯一の根拠と思われる相川供述の信用性のない点及び問
題点は既に前述したとおりであって、根拠とはなり得ない。
そもそも原判決の〈便宜規定論〉は、弁護人の〈返済場所の指定論〉の論
拠とも比較しても全く成立しない空論である。
四 つなぎ融資債務が平和ホームズに返済される理由
1 「貴社指定口座」の平和ホームズの銀行口座は同社への信頼等の現れ
(1) なお、なぜ日本信販は平和ホームズに返済することによって顧客のつなぎ
融資債務が消滅するような契約にした理由は、弁論要旨に詳述したとおりで
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あるが、要するに平和ホームズと日本信販との信頼の現れであり、日本信販
の都合である。
すなわち、既に「第二つなぎ融資の手続及び機能」で述べたように、本件
のつなぎ融資制度は日本信販にとり、融資事務手続が省略されるという利点
等があった。
そもそも、つなぎ融資は安い金利で手数料も安いため、つなぎ融資にかか
わる全ての事務手続を平和ホームズに代行させ、日本信販としてはつなぎ融
資金を貸出すだけにして、それ以外の手続等を一切しないという形にして、
手数・手続・経費を簡略化する日本信販の目的の結果であった。そして、こ
のような日本信販の手数・手続・経費をかけたくない理由は、つなぎ融資金
の返済業務にも当然及んでいる。
だからこそ、日本信販は返済方法として特に「貴社指定口座」に自社の銀
行口座ではなく平和ホームズの銀行口座を指定したのである。つまり日本信
-27-
販は手数・手続・経費をかけずに、回収だけは確実に行うために、平和ホー
ムズを通じて回収しようとして返済の受領権限の指定ないし返済場所を平和
ホームズと指定したのである。その結果、公的融資の実行の有無に関係なく
平和ホームズは必ずつなぎ融資を日本信販に返済してきており、日本信販に
とっては非常に有利な制度であった。
まさに、こうした関係が、「貴社指定口座」に平和ホームズの銀行が記載
され返済場所と指定された同社の銀行口座につなぎ融資金が振込まれれば顧
客の日本信販への債務が消滅する扱いにした理由である。
(2) ちなみに日本信販と比較して、自己の手で「つなぎ融資」金を回収するこ
とにしていた東芝総合ファイナンスの場合は、同社自らが公庫等の融資金に
ついての代理受領権限をとり、またつなぎ融資金の返済を自社の銀行口座に
指定し、同社が自らつなぎ融資債権の回収行為まで行うのであった。
2 日本信販の1%の和解は全てを物語る
-28-
本件被害者の日本信販に対する「つなぎ融資」の返済問題は、本件被害者が
日本信販に融資額の一%を返済することで平成四年一〇月の段階で和解ができ
ていた(甲第一八号証・麻生検面調書・九丁裏、相川・三一回・六丁裏)。な
お、右和解について、相川証人は全額工事代金を支払っておきながら、入居で
きないとか、非常に気の毒なお客様が多いということで交渉した旨を証言した
(同・七丁表、一三丁表)。
しかし右供述は、以下の理由から真実ではない。
1%で和解した人は平和ホームズの顧客のうち、本件被害者と同様のいわゆ
る「二重ローン」の顧客だけである(石田・三一回・六丁裏)。しかし、おか
しい話である。建築業者の平和ホームズの責任である〈家の建築が完成しなか
った〉という被害は、いわゆる「二重ローン」の顧客であろうと、そうでない
顧客であろうと、建築資金を出していながら家で建築できなかったという点に
おいて差はない。従って和解において、これら被害者らに対する和解金に差を
-29-
つける合理的根拠も一切ない。
考えられる唯一の合理的理由は、弁護人が一審で主張していたように、いわ
ゆる「二重ローン」の被害者のつなぎ融資債務は法的に消滅していたからであ
る。日本信販は右事実を知り、法的に請求ができないことを十分に理解してい
たからこそ、この「二重ローン」の顧客に対してだけ、日本信販は和解金とし
ては異常な低額のわずか1%で和解したのである。
-3
第二 つなぎ融資の「付け換え」の事実を
全く無視した原判決の誤り
一 原判決の「二重ローン」
原判決は、会社で行われていたいわゆる「二重ローン」をすべて詐欺の手段・
方法として行われたものとの前提に立って、本件すべての事実認定を行っている。
すなわち、原判決は、
「昭和六三年一月末に被告人のいる会議の席上、高澤が、顧客に二重に融資
を受けさせた、最初の『つなぎ融資』の返済期限がくるまでの間、二度目の
つなぎ融資金を資金繰りに流用できるなどと説明し、被告人もこれを了承し、
詐欺罪に該当する『二重ローン』についての謀議を遂げた」
と認定し、以後、すべての二重ローンを右の詐欺罪に該当する「二重ローン」で
あることを当然の前提としている。
-31-
二 原判決は、純然たる借り換えである「付け換え」の存在を全く無視
1 銀行から融資を受けている者が、金利の有利不利等種々の理由から他の金融
機関から融資を受けて以前の融資を返済する借り換えは、一般的によく行われ
ていることである。
会社で行われていた二重ローンのほとんどは、@返済期日の関係、Aつなぎ
融資の極度額(融資枠)との関係で行われた他金融機関からの借り換えであっ
た。二重ローンが初めて行われたのは、右の二つの理由によって、通常行われ
ている借り換えであったことは、原判決が全面的に信用している鎌田証言をは
じめとして、福岡、そして高洋の一回目の供述でも明確になっている。
2 最も重要なことは、このことが事実であるとすれば、原判決の事実認定は根
底から覆るということである。
つまり、会社で二重ローンが初めて行われたのが昭和六三年一月末(このこ
とは記録上も明らか)であるから、この時点で鎌田も証言している「本当の借
-32-
り換え」から出発したということになれば、原判決が認定している「昭和六三
年一月末に、会議の席上、顧客を騙して会社の資金繰りに流用するための犯罪
の謀議が行われ、以後行われたすべてのいわゆる『二重ローン』が全て詐欺罪
に該当する」、との事実は有り得なかったことになるからである。
原判決は、この事実を見落とし、あるいは故意に無視し、検察官の筋書きど
おりの重大な事実誤認をしているのである。
3 「付け換え」はどうして行われたのか
「付け換え」は、次の二つの必要性から行われた。
(1) 工期が遅れた場合
例えば、最も多かった日本信販のつなぎ融資については、返済期限六カ月、
利息は前払い、毎月二七日の一括返済(他の金融機関についてもほぼ同様)
という約定の下で会社が手続きを一括して進めていた。建物建築はもともと
六カ月で工事が完成することが困難なうえに、天候との関係等で工事が遅れ
-33-
ることは少なくなかった。
工期の遅れで期限までに顧客に対する公的資金が下りない場合、会社の担
当者は工事の遅れの理由について説明し納得をしてもらい、次に返済資金の
手当てとしてつなぎ融資の「付け換え」を勧めることになる。顧客としても
それ以外に方法がない場合がほとんどであるため、通常特別の問題もなく
「付け換え」を行うことになる。
(2) 融資枠との関係で行われた場合
次に、金融機関の融資枠との関係で「付け換え」をお願いする場合があっ
た。例えば日本信販のつなぎ融資枠は三億円であったが、これがいっばいに
つなぎ融資がなされている場合である。
この場合に、日本信販の融資条件は他に比較して低かったため、新規の顧
客が日本信販の融資条件はクリアするが他の金融機関からは借りられないと
いう場合がある。そのときに、すでに日本信販からつなぎ融資を受けている
-34-
顧客で他の機関からの借入条件がある場合に、その顧客に「付け換え」をお
願いすることがあった。これは他の顧客のため、またそれによって新規契約
ができる会社のために相当のお願いをしなければ納得してもらえないのは当
然である。ただし、実際に行われた「付け換え」の中には、こうしたケース
もいくつかあった
三 当初は「借り換え」であったことは動かしがたい事実
「二重ローン」が行われるようになった当初行われていたのはこのような「借
り換え」であった、という事実については、以下の者の供述で疑う余地なく立証
されている。
1 鎌田の供述
(1) 原判決が全面的に信用している鎌田証人の供述は、当初借り換えのための
「付け換え」であったことを明確に認めている。
-35-
まず、検察官の主尋間で(二回・三六〜四○丁)、
検察官「どういういきさつで、そういう資金繰をするようになったんですか」
鎌 田「多分一番初めにつなぎ融資を受けた金融機関の方の返済期限がきた
ものですから、これを当然付け換えをしなければ、公的資金が実効さ
れるまで時間がかかるものですから、付け換えをするということでそ
もそもそういうことから出発したことなんですけれども、その中でそ
ういうことをすれば、一時、資金が流用できるということで資金繰に
使うことなんです」
検察官「いま言われた付け換えというのはどういうものですか」
鎌 田「はじめにつなぎ融資を受けた金融機関に二番目の金融機関から融資
を受けたお金で返済して、いわゆる借入金を付け換えるということ」
検察官「まだ公的機関から融資が出ないと、だから、ほかから借りて直ちに
返すということを当初やったと」
-36-
鎌 田「ええ、そうです」
( 中 略 )
検察官「(資金繰に使うことについて)そうすると、高澤から聞いて初めて
わかったということですか」
鎌 田「一番目のつなぎ融資を受けてその返済期限がきたので付け換えると
いう、本当の付け換えということでやっていたかと、それは自分も記
憶していると思うんですけれども。ただ、資金的に流用するというよ
うな形はその頃知ったということです」
次に、弁護人の反対尋問で(三回・三六丁)、
弁護人「付け換えというのは(期限が来るので)必要やむを得ないという理
由で行われたのか」
鎌 田「はい」
弁護人「それを資金繰に使うというような方法をとるようになった時期があ
-37-
るわけですね」
鎌 田「はい」
弁護人「いわゆる「付け換え」という形でやるようになって、それから資金
繰のためにも流用するようになったと、それがはじまったときまでに
は時間的なずれがあるわけでしょう」
鎌 田「そうです」
弁護人「どれくらい、何カ月ですか」
鎌 田「ええ、何カ月だったんじゃないかと思います」
さらに、鎌田は二回目の供述でも、資金繰りのための「二重ローン」では
なく付け換えのための二重ローンが当初は行われていたことを重ねて認め、
「六三年当時は客を騙すような言い方をしていなかった」と明確に述べてい
る(二六回・二三、二四丁)。
以上の供述は、明らかに二重ローンが行われた少なくとも当初の何カ月か
-38-
は、期限が到来してしまうことからくる必要に迫られた「付け換え」、つま
り、通常行われている先の借入先への返済のための借り換えであったことを
認めるものである。
この事実は、すでに述べたとおり、昭和六三年一月に「資金繰りに流用す
るめに顧客を騙す謀議が行われた」とする原判決の認定している事実と完全
に矛盾するものである。
(2) さらに、次の鎌田の証言は、被告人が、「付け換え」をした場合に一時的
に資金繰りに利用できるという話を、昭和六三年一月からしばらく後に福岡
課長から聞いたという部分であり、この事実も、昭和六三年一月にはじめて
二重ローンをしたときに「資金繰のために流用するための謀議をした」とす
る原判決の認定事実と完全に矛盾するものである。
鎌田は検察官の主尋問において(二回・三九、四〇丁)、
鎌 田「(検察官の資金繰りに使用するというやり方について、高澤が考え
-39-
たものなのか、という質問に対して)かなり後になってから、三宅社長
のほうから、つなぎ融資の制度でこういうふうなことをやると資金が少
ししばらく使えますよという話を福岡課長から聞いたんだというのを私
自身社長から聞いたことがありましたので」
検察官「かなり後になってというのはいつごろになってからのことですか」
鎌 田「もちろん平成一年、福岡課長がやめてからだと思いますので、平成
一年の五月以降だと思います」
以上はいずれも鎌田の検察官の主尋問に対する供述である。
鎌田は、同じ主尋問の中で、一方で「昭和六三年一月に資金繰り会議に被
告人も出席して顧客を騙して資金繰りをする相談をした」と証言し、他方で
「二重の借り入れの当初何カ月は本当の「付け換え」だったと、そのいきさ
つは自分は担当者でないからはっきりしない」と明らかに矛盾する供述をし
たのである。
-40-
ところが、原判決は、「高度に信用性のある鎌田の供述によれば」として、
そのうち前者だけを事実認定の根拠とし、後者の供述は一切無視し、採用し
ない理由さえも述べていない。
しかも、後者の事実については、次に述べるように、被告人や弁護人と一
切接触がなく、その意味で鎌田と全く同じ立場で供述をした高澤の一回目の
反対尋問に対する供述、さらに、福岡の二回目の供述とも合致しているので
ある。その意味からも、鎌田の相反する二つの供述については、検察官の筋
書きどおりの前者の供述よりも、二重の借り入れが始められた当時の財務担
当及びローン担当で直接の当事者である高澤、福岡の供述と一致する後者の
供述の方が真実であると判断することが極めて自然である。
2 高澤の供述
高澤の第一回目の供述でも「付け換え」の事実は明らかである。
原判決が、高澤の二回目の供述について全く信用できないと決めつけている
-41-
不当性については後に詳しく述べるが、高澤の一回目の供述は、被告人が勾留
中に行われたものであり、高澤と弁護人との接点も全くない状態において行わ
れたものである。従って、高澤の証言時の立場は、鎌田証人と全く同一であり、
原判決から見てもその信用性は同様に高いものである。高澤の一回目の供述で
も、次に述べるように二重ローンの当初は「付け換え」であったことが述べら
れ、さらに会社の者に説明した内容も顧客を騙す資金繰りのための「二重ロー
ン」ではなかったと述べらている。すなわち、原判決の「昭和六三年一月末の
謀議」の事実を否定する証言をしているのである。
(一五丁)
弁護人「鎌田さんのお話を聞きますと、二重に借り入れをするようになった最
初の数カ月というのは返済期に迫られてやむを得ない形での『付け換
え』、そういうもので始めて、それが数カ月あったと」
高 澤「言われて見ると、そういうことで『付け換え』でスタートしたと、
-42-
確かな記憶がないものですから」
(一六丁)
弁護人「六三年の一月に今のようなことで必要に迫られた「付け換え」、形の
上では二重ですけれども、そういうものが始まったというふうに見ざる
を得ないんじゃあないですか」
高 澤「はい、私の記憶が曖味なもので、はっきりしないので曖味なお答えし
かできないんですが、そのようなものであったようにも思われます」
(一七丁)
弁護人「六三月一月頃から二重に借り入れというやり方が始まっているんです
が、それは実際には金融機関の返済期限に迫られて、それで始めたので
はないかということですか」
高 澤「はい」
弁護人「そのことについて、ともかく返済期日が来てしまうから、別のところ
-43-
から借り入れなければなりませんよ、こういう方法でやりましょうとい
うことを社内で相談したことはないですか」
高 澤「あったような、ないような、むしろ私はみんなで集まった場で討
論したという記憶はなくて、自分の記憶では福岡さんとどうしようかと、
よく相談をしていた印象の方がつよく印象にございます。」
(一八丁)
高 澤「当時、私の記憶では一月の末、間際になりまして、入金を予定してい
たのが工事の遅れとか、ローンの方の担当の手続きが間に合わなかった
とかいうことで予定していたものが間際になって相当額入金してこない
という事態が起きて、それで確か、福岡さんといろいろ相談してそのよ
うな処理をしたと月末にこういう入金が予定できますということで
計上して、その収支尻の顛末を皆さんに報告したという程度の記憶しか
ない」
-44-
弁護人「そうすると、そこでの報告ですけれども、あるいは鎌田さんが認識し
ているように、それが一番最初の二重の借り入れなんですから、先程か
らお聞きしているような『付け換え』という意味ですね、そういう説明
を皆さんにしたかもしれませんね」
高 澤「はい、当時の状況からすると、そういう説明の仕方がむしろ妥当と言
いますか、自然だったのかなと思いますが、はっきりした記憶がないの
ではっきりしたことは申し上げられません。」
弁護人「あるいはそうだったのかも知れないと」
高 澤「はい、当時の状況を振り返ると、必ずしも二重、いわゆるいま間題に
なっている二重ローンということでスタートを切ったということではな
いというふうに、自分も当時の記憶を呼び起こすと思うんですが、
ただ、最初から今問題になっているようなことで、そういう意志を持っ
て自分たちはいなかったということは自分でも言えると思っております
-45-
が。」
3 福岡正芳の供述
「付け換え」が行われるようになった当時のローン担当者であった福岡は二
回目の供述で、なぜ「付け換え」が必要になったか、実際にどのようにして
「付け換え」を行うようになったかについて詳細に述べて、「付け換えを行っ
たものとしてはほとんど全部といっていいほど工事が延びて付け換えが必要だ
ったという状況でした」「結果として一時的に二重になってしまうというこ
と」「自分のときは期限が来るから付け換えをした」と供述している(福岡二
八回一〇丁以下)。
以下は福岡に対する検察官の反対尋問であるが、ここでは検察官自身、二重
の借り入れの中には本当の必要性に迫られた「付け換え」もあったことを当然
の前提として質問し、福岡もそのように答えている(三一丁以下)。
検察官「それから本当の必要性に迫られた付け換え、すなわち本来返済期限が
-46-
十分のはずが工事の遅れ等で返済期限が来て、そのために付け換えをし
たということがありますね」
福 岡「はい」
検察官「先ほど弁護人の質問に対して答えていたのは、主としてこのことを答
えていたんじゃないですか」
福 岡「付け換え」を行ったものに関しては、ほとんど全部といっていいほど
工事が延びておりまして付け換えが必要だったという状況でした」
検察官「本当に返済期がきて、必要に迫られて付け換えるということは、事実
上短期間資金繰りに資する部分があったとしても、本来的に資金繰りを
目的とするものじゃないですよね」
福 岡「そうですね」
(一回目の供述との関係について)
検察官「資金繰り会議についての前回の証言の中で、このダブルを導入するに
-47-
あたっての資金繰り会議の証言をなさいましたね」
福 岡「はい」
検察官「それで、高澤部長とダブルの方法、これを顧客にどうやって説明する
かということについて話し合ったと、証言していますね」
福 岡「はい」
検察官「その中では、まずは、今までの必要性にせまられた付け換えとの流れ
なんでしょうけれど、返済期限が比較的近いもの、こういう顧客を選ん
で、そういう説明をすると。」
福 岡「はい」
検察官「それ以外にも、あなたは融資条件がいいとかあるいは融資枠の問題を
言って、そういうことによるダブルを行うということを証言なさいまし
たね」
福 岡「はい」
-48-
検察官「その目的はまさに、会社の資金繰りに利用するという、そういう意識
的な目的に基づいているということでしたね」
福 岡「そのときはそういう証言だったと思います」
検察官「今は違うんですか」
福 岡「先程お話したとおり、結果として二重になって、一時的に二重になっ
てしまうということでね。その間返済をするまでの間は二重に資金
が浮くわけですから、その部分の印象が強くて、そういう証言になった
と思います。」
検察官「前回の証言によると、そういう不正確なところがあったんですか、不
正確なところがあったんなら、どういうふう不正確か言っていただけま
すか」
福 岡「要するに、資金繰り上、これを付けなきゃいけないとということで、
それを主にお客さんを騙すような形で、悪意で行ったということはなか
-49-
ったというふうに思います。」
−−−中 略−−−
検察官「本当の必要性に迫られた付け換えのことですが、これについては資金
繰り会議で報告したり、あるいはそれでやっていいかというようなこと
の会議というものはあったのですか」
福 岡「それは資金繰り会議というか、その資金繰りの中で、出金の部分での
切替えにしていこうということではお話しております」
三 原判決は、何故、「付け換え」の事実を無視したのか
以上の供述を総合すれば、会社において昭和六三年一月末に、検察官さえも
「本当に返済期がきて、必要にせまられて付け換えるということは、事実上短期
間資金繰りに資する部分があっても、資金繰りを目的にするものではない」と言
っているような、何らの犯罪も構成しない「付け換え」が行われるようになった
-50-
ことは、疑う余地はない。
しかしながら、原判決は、右の鎌田、高洋(一回目)、福岡の証言、とりわけ
鎌田の供述に殊更に高い信用性があるとして、同人らの供述の中から「昭和六三
年一月末に顧客を騙して資金繰りに流用する二重ローンの謀議をした」という部
分のみを採用して、右に述べた「付け換え」の事実を示す供述については、全く
無視し、何らの説明もしてない。その結果、最も重大な事実誤認に陥ったのであ
る。
原判決の矛盾が甚だしいのは特に鎌田供述に対してである。原判決は、特に鎌
田の供述は全面的に信用性があるとして再三にわたって引用している。しかし、
間題は同一の証言の中に全く合い矛盾する供述があるにもかかわらず、一方の
「顧客を騙す謀議をした」という証言のみを採用しているという点である。この
原判決の態度は、まさに検察官主張の犯罪事実に沿うための証拠のみをピックア
ップしたに過ぎないものであり、理由不備もはなはだしい。
-51-
四 「付け換え」を行う際に欺騙行為は一切ない
1 「付け換え」を行う場合の説明
そもそも、会社で行われていた「付け換え」は通常よく行われる借り換えで
あって、それが何らの犯罪も構成しないことは当然である。この点は、検察官
も尋問の中で「本当に返済期がきて、必要にせまられて付け換えるということ
は、事実上短期間資金繰りに資する部分があっても、資金繰りを目的とするも
のではない」と言っているとおりである。
そのため、詐欺罪の構成要件である欺騙行為も当然のことながらない。しか
し本件では「直ちに返すと言ったのに直ちに返していない」ということが殊更
に問題にされているため、その点について述べる。
工期の遅れや融資枠の関係で「付け換え」が必要になった場合に、最初のつ
なぎ融資の返済については「会社で必ず返します」「責任をもって返済します」
と説明をしているのが通常であった。
-52-
すでに明らかになっているとおり、例えば日本信販の場合、期限は六カ月で、
利息は前払いの約定の下で、多数の顧客について毎月二七日一括返済という手
続きで処理されていた。そのため、期限前に「付け換え」の融資金が入金され
ても期限が来るまで個々に返済するというやり方はとられていなかったのであ
る。また、逆に付け換えもせずに期限がきてしまった場合に顧客からの入金が
ないうちに会社が二七日の一括弁済に伴って返済してしまうということまであ
った。従って、二重ローンを行う場合、顧客にとっても、日本信販についても
「期限に支払うこと」で約束どおり履行されたことになっていたのである。
以上により、つなぎ融資の返済の「毎月二七日一括返済」というシステムの
下では、担当者が殊更に「入金され次第、直ちに返済します」という趣旨の説
明をするということは考えられない。
2 本件の被害者の供述について
ところで、本件で問題とされている三件について見ても、これらについても、
-53-
「直ちに返済する」という説明はしていなかったのである。それは、すでに弁
論要旨で詳述(六二頁以下)したところである。
すなわち、本件被害者の平成三年当時の捜査段階の供述においては「すぐに」
「直ちに」という文言はなく、逆に「代理店である平和ホームズが返済するこ
とになっている」(篠田・甲第三号証一二丁、甲第四号証一三丁)、「平和
ホームズが取扱店になっており、当社で代行します」(石田・甲第一二号証一
二丁)、「日本信販と提携していますので、当社の口座から返済することにな
っております」(麻生・甲第一七号証五丁)と説明されたと供述しており、い
ずれも「会社が責任をもって返済しますから心配いりません」という趣旨の話
がなされているのである。さらに、最も強く会社の責任追求を行ってきた石田
の覚書(甲第八号証供述調書添付)にも「すぐに」「直ちに」という文言は一
切書かれていないことも重要である。
ところが、その後の平成四年の供述調書なると突然「すぐに」「直ちに」と
-54-
いう言葉が現れてくる。当初の供述が会社の日本信販への返済のシステムの実
態にそのまま即応していることから見ても、これは、当初、ありのままの供述
をしていた各人に対して、警察官・検察官が本件を詐欺罪と決めつけて立件す
るために殊更に引き出した文言と見ざるを得ない。
五 被告人は二重ローンをすべて「付け換え」と理解していた
会社における日常的な資金繰りは財務担当、ローン担当が行っており、突発的
に資金繰りの困難が発生した場合に、急遽、社長も含め役員や関係者が集まって
対策を講じる、というのが実情であった。財務・ローン担当が営業や工事の各部
署から情報を得て資金繰りを行っていく具体的やり方については福岡の二回目の
供述(二八回二丁以下)で詳しく述べている。その結論として、「問題のないと
きはいちいち会議が開かれて個別の検討をするということはなかったこと」「問
題がある月には集まって、つなぎの顧客の話をして相談をした」事実を認めてい
-55-
る。それは、高澤の二回目の供述とも一致している。
そのため、はじめて「付け換え」を行うことについても、自分と高洋で手続き
を進めて、それを会議の席上ではなく、被告人や鎌田などに個別の機会に「借
換えという形で報告していると思います」と供述している(二八回・十一〜十三
丁)。
このことは、財務担当者でなかった鎌田自身も、二重ローンが行われた当初の
何カ月かは「付け換え」であったと認識していたことを明確に認めていることは
すでに述べたとおりである。
被告人は、会社で行われていた二重ローンについて、返済期限などの関係上行
われる「付け換え」であると認識していたと、当初から一貫して供述してきた。
被告人は、本件で問題とされるまで、財務やローンの担当者その他の者から、い
かなる意味でも顧客を騙して行う資金繰りのためのいわゆる「二重ローン」を行
うことについて説明を受けたこともなかったし、そのため当然のことながら会議
-56-
の席上であろうとなかろうと了承したことはない。
なお、会社で「資金繰会議」なるものが開かれていた事実がないことについて
は第四において述べるとおりである。
-57-
第三 商業帳簿に基づかない会社財務状況
の杜撰極まりない認定
一 商業帳簿に基づく厳格な証明の必要性
原判決は、「昭和六二年一二月当時、このような手段で(「二重ローン」によ
る資金の流用)資金を調達しなければ、月末に不渡りを出しかねない極めて逼迫
した状況にあり」と認定し(一〇丁裏)、その状態を切り抜けるために本件犯行
に及んだとして、会社の財政逼迫が本件犯行の動機としている。
会社の財政状況が、本件犯行の動機とされている以上、その内容は、会社の正
式な商業帳簿に基づいて厳格に認定されなければならない。しかし、原審ではそ
れらは全く提出されていない(しかも、被告人が入手した元帳の証拠申請も不採
用とされている)にもかかわらず、原判決は、以下に述べるような捜査官が断片
的な内容を纏めた、しかも、到底正確な数字とは考えられない捜査報告書の数字
-58-
をそのまま引用して、「不渡りを出しかねないほど会社の財政状況が逼迫してい
た」と断定している。
二 意味のない原判決引用の金額
原判決が会社の財務状況について、証拠をあげて数字をあげているのは、昭和
六三年九月〜同年一二月についてである。原判決は、いずれも警察官の捜査報告
書に記載された数字を引用し、しかも、それを繰り返し引用し、会社の財政状況
が悪かったことを強調している(一二〜一四丁、三一〜三二丁、三四丁)。しか
し以下に述べるとおり、いずれも全く意味のないものである。
1 「平和ホームズの主たる収入源である住宅建築請負工事の入出金収支は、同
年九月マイナス約二億一○〇〇万円、同年一〇月マイナス約二億円、同年一一
月マイナス約二億五〇〇〇万円、同年一二月マイナス約二億九〇〇〇万円とい
ずれも大幅な赤字であった」としている。
-59-
しかし、以下の点を見れば、この数字がいかなる意味でも会社の財政状況を
示すものではないことは明らかである。
この数字は甲第六七号証の捜査報告書に記載されているものである。この捜
査報告書は「兜ス和ホームズ請負工事代金入出金一覧表」と題されているが、
原判決のいうような工事代金の月ごとの入出金の収支ではない。
(1) まず、収入の欄であるが、これらの数字が何を根拠に記載されているか全
くわからないうえに、これらが月別工事代金収入を現しているとは到底言え
ないことは一目瞭然である。
例えば、六三年一〇月の「高橋実」欄によれば、この月に契約金として二
三〇〇万円が一括して支払われたことになる。しかし、注文住宅はすでに明
らかになっているとおり、着工金、上棟金、完成時と何回かに分割して支払
われるものであって、このように一括して完成時に支払われることは有り得
ない。次に「超川隆」の欄でも二一〇〇万円が同様に一括して支払われてい
-60-
ることになっており、その他も同様である。
そもそもこの表の体裁から見ても各顧客の「請負額」「追加工事」「返金」
と契約金を整理し纏められているだけとしか読み取れないのであって、これ
が会社の月々の工事代金入金を示すものではないことは一見して明らかであ
る。
(2) 次に、出金の欄の数字は甲第六六号証添付の「日別集計表」と題する表の
「計上支出」(この意味も不明)の数字と借入金の合計額が記載されてい
る。工事代金の入出金の差額を出したというのであれば、収入の中に借入が
入っていないのに支出の欄には借入金の返済額が入っているというのでは、
いかなる意味でも「収支」とは言えないことは明らかである
以上により、原判決が引用しているこの表の入金と出金の差額欄の数字を
根拠に会社の当時の工事代金の入出金収支が膨大なマイナスになっていると
認定し、当時の財政状況の判断をするなど到底許されるものでない。
-61-
原判決は、右のように表の記載内容をきちんと見れば、矛盾も甚だしく到
底根拠資料となし得ないものを、漫然と引用し、本件の最も重要な「動機づ
け」としているという明確な過ちを侵している。
2 原判決は、続けて、「同年八月から同年一二月までの経理元帳に基づく入出
金残高も全てマイナスである」としている。
(1) 原判決は「経理元帳」といっているが、これは、甲第六六号証の捜査報告
書によっている。ここで作成されている日別集計表は第一勧銀の入出金のみ
である。従ってこれはいかなる意味でも「経理元帳」ではない。
しかも会社は当時、第一勧銀の他に、東京信用金庫、全東栄信用金庫等の
大口取引金融機関がある。従って、右報告書は、会社の取引銀行のすべてを
網羅するものではない。従って、取引銀行の一部である第一勧銀の入出金の
表にすぎないもので、会社の会計帳簿の当座勘定元帳を集計したものではな
く、まして現金、普通預金等を含めた当座性資産の収支を集計したものとは
-62-
言えないもので「経理元帳」による判断と見ることはできない。
(2) 原判決は、このような報告書を会社の財務状況を現す「経理元帳」上の数
字であるとして引用しているのである。
しかも、ここに記載されている「計上利益」「経費支出」という用語の意
味さえ不明である。会社の収入源のほとんどは工事代金であり、この「計上
利益」というのは大部分が工事代金の入金ということになる、とすると同年
九月にはそれが約一億円である。それが、前項の同月の工事代金入金は約六
〇〇万円という数字である。この矛盾について、原判決はどう判断したので
あろうか。
3 「銀行等からの借り入れ残高も、同年一月時点で約三億七〇〇〇万円であっ
たものが同年一二月の時点ではその三倍近い約一〇億六○〇〇万円に達してい
た」としている。
しかし、該当箇所を見ると、確かに「借入合計」「返済合計」の下の「残高
-63-
合計」の額は認定どおりの数字が記載されている。しかし、銀行からの借入残
高を見る場合、通常は「(前月)残高」+「借入」−「返済」=「残高」とい
う形であらわされるにもかかわらず、右報告書は前述のとおり断片的な数字が
記載されており、当時の借入残高を示していない。
4 原判決は、右の1ないし3の結論を、繰り返し引用し会社財政がいかに逼迫
しているかを強調しているが、右のとおり各報告書添付の表の数字を正確に見
ようとすれば、その矛盾が容易に判明するはずである。
にもかかわらず、原判決は、本件犯行の格好の動機付けに使うために使えそ
うな数字という観点からのみ右のいくつかの表のマイナスの数字のみを引用し
ているにすぎない。
三 突発的な資金繰りが必要だった場合について
原判決は、「昭和六三年一月以降も資金繰りが逼迫した状態が続き」とし、
-64-
「昭和六三年四月から一一月まで、いくつかの突発的な資金不足が生じた」例を
あげている。
しかし、原判決があげている例は、いずれも被告人が、会社においては財務が
担当者に任され、「資金繰会議』なるものは開かれていなかったからこそ、突発
的事情によって月末の資金繰りが危うくなった事態が発生したときに、被告人も
含め役員が集まって相談し、収拾策を講じた例として主張した事実である。
例えば、同年四月下旬に一〇〇〇万円の資金の手当が急遽必要になったのも、
当時の財務担当者である高澤が月末の財務の手当てをせずに休んでしまったこと
から(高澤が当時無責任に会社を休んでしまうことがよくあったことは本人及び
他の者も認めている)、月末直前にそのことがわかって大騒ぎになったというケ
ースである(鎌田三回二八丁)。その他の例も、同様に担当者が確実に資金繰り
の予定を立て、進めていなかったことによって生じたものである。その詳細は、
弁論要旨に詳しく述べたとおりである。
-65-
そもそも、繰り返し述べてきたように、検察官が主張し、原判決が認めている
ような資金繰会議が本当に行われていたならば、右のような事態で急遽大騒ぎに
なることもなかったものである。
しかも、原判決は、これらの事実に関してのみ被告人側の主張をその他の裏付
けをとることなしにそのまま引用しているのである。従って、これらを理由に会
社が月末に不渡りを出すおそれがあるような財務状況であったとの認定は明らか
に誤りである。
四 会社の当時の財政状況
原判決は、会社の資金繰りが不渡りの危険があるほど逼迫していたことが本件
犯行の最大の動機としているにもかかわらず、すでに述べたように、昭和六三年
以降の会社の財政についての認定が証拠に基づいていない極めて杜撰なものであ
ることは右のとおりである。そのうえ、当時の会社の資産から見ても少なくとも
-66-
原判決がいう不渡りの危険に陥っていたような状況になかったことは明らかであ
る。
実際の会社の資産、資金繰り状況がどうであったかについては、弁論要旨一五
六頁以下に記載したとおりである。
すなわち、会社は昭和六三年当時、従業員の賃金が遅滞していたということも
なく、業者への支払いも概ね順調に行われていた。また会社には会社名義の資産
(担保余剰価値のある不動産等)があり、真実財政危機に陥れば十分に手当がで
きる状態であった。不渡りを出すほど危機ということであれば、取引銀行におい
ても会社に対する顕著な動きが見られるのが通常であるが、そのような動きも全
くなかったのである。それが何故、突然、昭和六三年一月末に原判決の言う「不
渡りを出しかねない極めて逼迫した状況」に陥ったのか、についての厳格な証明
は全くなされていない。
従って、原判決が、本件犯行の動機を漫然と「会社の資金繰りが逼迫していた
-67-
ことから」とすることは事実誤認もはなはだしく、さらに理由不備であることは
明らかである。
-68-
第四 「資金繰会議」の不存在
一 共謀の「舞台」としての「資金繰会議」の有無は最大の争点
1 検察官の主張
被告人が無罪の理由とした共謀の不存在について、検察官は次のように主張
して、被告人と鎌田・高澤との共謀は存在しており、右共謀が行われた「舞台」
は「資金繰会議」であったとした。
(1) 冒頭陳述での主張
冒頭陳述では「昭和六三年一月ころ、資金繰り会議が開催され被
告人は二重ローンにによる不正な資金繰りを実行することを指示し
平和ホームズの運転資金調達を図る旨の謀議が成立した」と主張している。
そして本件被害者に対する個々の共謀についても「(平成二年一〇月)一五
日ころ開かれた資金繰会議の席上において東芝総合ファイナンスから二
-69-
重ローンを受けさせ、同社から篠田勉に送金された金員を不正に取得(騙取)
する方針を報告した。騙取する旨の共謀が成立した」とし、包括的な共
謀と同様に「資金繰会議」で成立したとしている。
(2) 論告要旨での主張
論告も冒頭陳述と基本的には変わらず、鎌田・高澤・福岡の証言を引用し
て共謀の「舞台」としての「資金繰会議」の存在を主張した上で、次のよう
に主張して、共謀の「舞台」は「資金繰会議」であったとしている。
「被告人が、昭和六三年一月ころ、財務担当者である高洋から本件二重ロー
ンの提案を受け、その内容を十分理解した上で、社長として、これを会社ぐ
るみで行うことについて了承するという形で、包括的共謀があったこと、さ
らに本件各被害者のケースについても、事前に、個々的に内容を了知した上
で、同じく社長として本件不正の二重ローンにかかる欺瞞・騙取行為を行う
ことを了承し許可を与えるという形で、鎌田、高澤との間で共謀があった」
-70-
2 弁護人の反論
これに対し、弁護人は共謀の事実を否定するとともに、そもそも、その共謀
の「舞台」とされた「資金繰会議」なる会議自体が架空のもので存在しなかっ
たことを主張・立証した。その詳細は弁論要旨のとおりである。
その意味で、被告人の共謀の有無は、その「舞台」である「資金繰会議」の
有無として、第一審の裁判所では最大の争点だったとぃっても過言ではなかっ
た。
3 原判決の認定の内容
ところが原判決は次のような認定をして、「資金繰会議」の存在を認定した。
(1) 目的及び開催の経緯
「業績不振により資金繰りが苦しかかったこともあって、昭和六一年
ころから、会社の資金繰りについて検討を行い被告人の最終的な判断を仰ぐ
ための会議(以下『資金繰り会議』という)が開催されるようになった」。
-71-
(2) 開催日時等
「資金繰り会議は、開催日時が特に決まっていたわけではなく、資金繰り
対策が必要と認められる都度開かれ」ていた。
(3) 会議のようす
「資金繰り表のコピーが出席者に配付され資金繰り表の記載と顧客の
契約予定、入金予定及び工事の工程表等とを対応しながら、入出金時期の確
認及び調整を行うなどして当月の資金繰りを検討していた」
(4) 被告人とのかかわり
「帳尻が合えばこれを了承し、これが合わなければ出金の調整あるいは未
確認の入金分についての確認を指示するなどの最終的な判断を下していた」
4 原判決の誤り
しかし、このような内容で、しかも「資金繰会議」自体の存在を認定した原
判決は、以下に述べるように、認定内容が矛盾していることとともに、他の証
-72-
拠と照らしあわせても会議自体の存在を認定することが大きな誤りである。
二 原判決の認定した「資金繰会議」の内容の矛盾等
1 「資金繰会議」の目的が検察官の主張及び関係者の供述と異なる
(1) 判決の言う「資金繰会議」の目的は、「会社の資金繰りについて検討を行
い被告人の最終的な判断を仰ぐための会議」とある。
しかし、右は不正確であるとともに、検察の主張と異なる認定である。
(2) 検察官の主張する「資金繰会議」の目的
この点に関して、検察官の冒頭陳述等での主張は、「被告人をはじめとし、
専務取締役三宅千尋、常務取締役鎌田次朗、取締役管理部長高澤正比古、営
業総務課長福岡正芳ら同社幹部が毎月数回程度参集し、資金繰りの方針を協
議する会議」と説明している(冒陳の「第四の二」)。
つまり、検察官の主張する「資金繰会議」とは、会社の〈資金繰り〉を目
-73-
的として恒常的に設置された役員中心の会議で、毎月ごとに数回程度開催さ
れる会議なのである。
(3) 「資金繰会議」の目的が検察主張等と異なる
@ 検察官の主張と異なる認定であるがその理由がない
原判決は、検察官の「資金繰りを目的」とした会議との主張に対し、
「資金繰りについて被告人の最終的な判断を仰ぐための会議」と認定
したが、なぜ検察官の主張する目的と異なるか理由がない。
原判決の認定には社長である被告人の「最終判断を仰ぐ」という表現の
ように〈重要な決済の会議〉の意味あいがあるのに対して、検察官の主張
には〈日常的な資金繰りを目的とした会議〉の意味あいが強い。この目的
の差は大きい。にもかかわらず、原判決は何も理由を述べていない。
A 「資金繰会議」の目的も供述ではあやふや
原判決は鎌田・高澤・福岡・菅原の供述をよりどころに、「資金繰会議」
-74-
の存在も認定し、その目的を認定した。
しかし、右関係者の「資金繰会議」に対する認識は各人いろいろである。
実は、法廷で証言した鎌田・高澤・福岡・菅原ら関係者が「資金繰会議」
をどのような会議としてイメージしているのか極めて不明確である。例え
ば、二度にわたり証言した福岡は、二回目の証言の際には「資金繰会議」
の存否について、検察官と弁護人との尋問の中で激しく揺れ動いた。それ
は、検察官は「資金繰会議」を前述するような「会社の資金繰りを目的と
して恒常的に設置された役員中心の会議で、毎月に定期的に開催される会
議」と想定する。対して福岡は、金繰りが危なくなっているから、その金
繰りの対処のためにいわば対処療法的・緊急対策的にもたれた会議と理解
している(福岡・二八回・四七丁裏)ように、一致しないからである。
B 鎌田供述の「資金繰会議」と違う
鎌田供述(第二回公判)によれば、「資金繰会議」は「そういう問題が
-75-
生じたときとか、あるいは社長の判断を仰がなければいけないとき」に開
催し(一五丁裏)、会議が始まった経緯も「月末の支払いとかに支障を来
した場合に、どのような方法をとるかということをみんなで相談する形で
社長の判断を仰ぐ」(一五丁表)目的から開催されたとする。
この意味で、裁判所の認定と同様である。しかし、これは鎌田が同人が
平和ホームズの財務担当に就任した平成元年の四月以前のことで、就任後
は検察官が主張しているような日常的な資金繰りのための会議だと証言し
ている。
原判決が重要視し信用性があるとした鎌田供述によると、「資金繰会議」
は、平成元年の四月以前と以降では目的や開催方法等が全くことなるもの
になっているが、原判決にはその点の認識は全くない。原判決は、この鎌
田の言う二種類の「資金繰会議」が都合よく混同している。
2 開催日時・ようすの認定に矛盾がある
-76-
(1) 原判決は「資金繰会議」の開催日時については、「特に決まっていたわけ
ではなく、資金繰り対策が必要と認められる都度開かれて」いたと認定し、
会議の模様については、資金繰り表を配布して入金予定及び出金時期の確認
・調整をしていたなどと認定している。
しかし、これは全く矛盾した認定である。
(2) 鎌田供述と異なる認定である
@ そもそも「資金繰会議」についてほぼ検察官の主張どおりの証言は、鎌
田供述である。従って、原判決も同人の供述を一番信用し、「資金繰会議」
に関する認定の根拠としている。
A 鎌田は次のように言って、「資金繰会議」が不定期であったのは自分が
財務担当に就任する以前の過去のことで、同人が財務担当責任者になった
平成元年四月以降は定期的に開催していたと明確に供述しているのである。
「自分が担当するようになってから、ある程度定期的、特に日にちが
-77-
決まっているわけじゃないんですけれども、定期的にやるようになっ
てきました」(二回・一四丁表)
「それ以前も そういう問題が生じたときとか、あるいは社長の判断
を仰がなければいけないとかその都度集まってやりました」(同
一四丁裏)。
従って原判決の認定は、鎌田供述の言う、鎌田が財務担当に就任する平
成元年四月前の「資金繰会議」の場合である。
B ところが、一転して原判決の認定した「資金繰会議」のようすは、鎌田
の言う財務担当に就任した平成元年四月以降の「資金繰会議」の場合であ
る。
鎌田供述では、同人が財務担当に就任した平成元年四月以降の「資金繰
会議」のようすは、入出金のチェックをした後の打合せ会議(二回・八丁
裏)で、「資金繰表というのを担当者が作りまして、それをコピーしたも
-78-
のを各人に配布してそれを見ながら説明をしていき検討をする」(二回・
一九丁裏)とされる。
C 「資金繰会議」について、以上の各認定をみただけでも、原判決は自己
に都合のよい供述等の部分を組合わせて、都合のよい勝手な認定をしてい
ることがわかる。
三「資金繰会議」の存在を証言する関係者の供述は信用性がない
1 はじめに
原判決は、検察官の主張にそって「資金繰会議」があったと証言した鎌田・
高澤(一回目)・菅原・福岡の供述に基づいて「資金繰会議」の存在を認めた。
しかし原判決は十分な論証をしないまま、右供述、特に鎌田供述の信用性を認
めるという誤りを犯した。
そこで右関係者の供述の信用性を最初に判断することとする。
-79-
2 鎌田及び福岡供述は信用できない
(1) 原判決の供述に対する基本的態度
原判決は、検察官の主張にそって「資金繰会議」があったと証言した鎌田
・高澤(一回目)・菅原・福岡の供述については、「ことさら被告人に不利
な虚偽の供述をしたと疑われるような客観的事情は認められない」として、
その信用性を認めている。
(2) 鎌田供述は信用できない
しかし、「資金繰会議」があったとする鎌田供述のうち、検察官の主張に
沿って、「二重ローン」についての「資金繰会議」で共謀したとする部分等
の証言は以下のとおりその信憑性は全くない。
@ まず鎌田証人の証言は、漠然と「資金繰会議」があったと言うのみで、
その日時・議題・出席者等の内容はあまりに抽象的・一般的であり、また
不明確な証言も多い。その具体的内容のなさは菅原証人以下である。従っ
-80-
て、証言内容に信用性はない。
A しかも、そもそも鎌田証人は本件犯行の実行犯である。さらに同人は被
告人を会社の経営から排除しようと、脇山と共謀して経営委員会に参画し
た者である。被告人と対立関係に立つ右鎌田の証言が、にわかに信用でき
ないことは明らかである。
そして現に、鎌田証人は自己の罪を軽くするために、本件犯行を被告人
を頂点とした会社ぐるみの犯行にし、被告人に罪をなすりつけるために虚
偽の供述をしている。その証言内容は全く信用できない。
B その上、被告人(そして高澤)を除いた他の供述と明らかに異なる供述
が多々多い。
例えば、福岡及び高澤がそろっていわゆる「二重ローン」を導入した時
は会議にはすぐ言わなかったとするのに対し、鎌田はあくまで「資金繰会
議」で決定したとする。また菅原が昭和六三年九月から平成元年五月ない
-81-
し六月まで出席していたという会議の中で、いわゆる「二重ローン」ある
いは「ダブル」という話は一切なされなかったと断言している(第一〇回
・菅原証人調書・二四丁裏〜二七丁表)に対し、鎌田は昭和六三年一月以
降、話されていたと断言している。
(3) 福岡供述も信用できない
また「資金繰会議」があったとする福岡供述のうち、検察官の主張に沿っ
て「二重ローン」についての「資金繰会議」で共謀したとする部分等の証言
は、以下のとおりその信憑性は全くない。
@ 第一回目の供述は信用性がない
福岡証人の第一回目(七回)の証言は、「資金繰会議」については鎌田
と同様に漠然と資金繰りのために会議があったと言うのみで、日時・議題
・出席者等の内容が全く不明確な証言である。
しかも、そもそも福岡には、後述するようにローン担当課長として、同
-82-
人がいわゆる「二重ローン」による資金繰を発見した経緯がある。そのた
め、同人の証言は、共犯者の鎌田が被告人を罪に引き込み自己の責任の軽
減を図ったのと同様に、いわゆる「二重ローン」の発見・開発の責任を捜
査当局からの追及を免れるために、捜査に迎合した要素が多大である。
その信用性は同人の第二回目の証言と比較すれば少ない。
A 第二回目の供述の方は信用できる
これに対し第二回目(二八回)の証言では、次のように証言して、明確
ではなかったが「資金繰会議」は存在していなかったことを証言した。
@ 「資金繰会議」という「名称の会議は記憶がない」(二〇丁裏)
A 「定期的に、例えば月のうち第何週の何曜日とか、そういった決まっ
た会議はなかった」(二〇丁表)。
B 前回証言した「資金繰会議」は、「当月の、要するに、支払い、金繰
りという意味あいで使っております」(四六丁)。そして、そういった
-83-
会議は「月末が多かったかなと思います」(四六丁裏)。さらに逆に日
常的に一週間ずつ、一〇日ずつというチェックの会議はなかった(四六
丁裏)。
どちらの証言が正しいかは、同人が自ら証言した前回証言とのちがい
についての次のような証言が全ても物語る。
「資金繰り会議が、どのようなときにみんなが集まったかということ
をもう一度考えてみまして、そうしたら、大きな事柄でしかちょっと
記憶が戻ってきてないんですね。ですから、資金ショートが、大きい
資金ショートをしたとか、そういったことで、もう一度か考え直して
いきましたら、やはり、日常的なものは、そういった会議にあまり諮
ってなくて、突発的なものに関して諮っていたんだという、ちょっと
記憶が戻りました」(四二丁裏)。
3 菅原供述からは「資金繰会議」の存在は認定できない
-84-
(1) 菅原証言の信憑性及び重要性
被告人の供述及び高澤の弁論更新後の供述は「資金繰会議」が存在してい
なかったことを明確に証言している。しかし判決は、右各供述については被
告人及び共犯者であるとの一事でその信憑性を認めず、逆に鎌田供述等を前
面的に信用した。
そこで共犯者である鎌田供述の信用性の判断の前に、本件とは全く関係の
ない者であった、いわば中立的な社員であった菅原啓晃の供述(第一〇回公
判)で、「資金繰会議」が存在していたか否かを判断してみる。なぜなら、
鎌田・高澤は被告人の共犯とされ、また福岡はいわゆる「二重ローン」の導
入者とされるから、菅原が一番本件事件への関連性が少なく、その証言内容
に信憑性があるからである。
(2) 菅原供述の内容
「資金繰会議」について菅原供述の概要は次のようなものである。
-85-
@ 八月に支払いができない状態が起きたとき会社に支払いを請求したこと
が契機で、「資金繰会議」には昭和六三年の九月頃から、出席するように
なった(三丁表)。
A 「資金繰会議」は開催回数は決まっていないが月二度三度行っており、
開催時間は夜の八時から一〇時ぐらいで、場所はほとんど会社で行い、何
度かツーバイホームで行ったこともある、被告人は全部出席したわけでは
ないが資金繰を決定するときには出席していた(四丁表)。
B 「資金繰会議」で被告人の方から話をすることはなく、工事に対する不
満の発言はあり(四丁裏)、「最終的にどの入金をいつまでにしようと、
そういう結論だけ持っていくような会議でした」(五丁表)。
(3) 菅原証人は緊急対策会議と「資金繰会議」とを混同している
以上の供述を表面的に見れば、同人は検察官の言う「資金繰会議」の存在を
証言したかのように見える。しかし右供述内容を詳細に検証すれば、同人の
-86-
いう「資金繰会議」なる会議は、他の会議との混同の結果の証言である。
@ もし原判決の認定したとおり、「資金繰会議」なる会議が存在している
としたら、右会議が存在したと証言する証人は、全ての会議内容とはいか
ないまでも、ある一定程度の具体的な会議の内容やエピソード等について
生々しく証言できるはずである。
しかし菅原証人が主尋問で具体的な内容を証言したのは、平成元年の五
月か六月のいわゆる「二重ローン」のことを始めて聞いた時(五丁裏〜六
丁表)及び平成元年の一○月中旬頃の顧客の荒尾康弘氏が話題になった時
(九丁裏〜一〇丁表)だけである。他には何も具体的に証言していない。
その意味で、後述するような昭和六三年の具体的な会議の事例及び緊急
対策会議そして右二つの平成元年の会議以外の、何んら会議の内容が明ら
かでない会議は会議がなかったと言うべきである。
A また弁護人側の反対尋問において、菅原証人は昭和六三年一一月の月末
-87-
の会議は一億円が不足して、菅原が業者の支払いを待ってもらったこと、
高澤の実家を担保に融資を受けて乗り切ったことを証言した(二九丁)。
これは、被告人及び高澤供述にある「緊急対策会議」のことである。
その上で菅原証人は、この昭和六三年一一月下旬に開催された会議等に
ついて「そういう場は、全部、資金繰会議です」と証言した(三〇丁裏)。
まさに菅原証人は、「緊急対策会議」を「資金繰会議」と表現を代えて、
証言したまでのことであった。
B さらに、前述の昭和六三年一一月下旬頃の「緊急対策会議」以外にも、
客観的な証拠から開催されたことが明白な次の会議についても、菅原証人
は「資金繰会議」と表現したものと考えられる。
@ 九月二九日の夜の千尋専務・鎌田常務・福岡課長・菅原部長での会議
会議の内容は仕事の打ち合わせ
A 一〇月一六日の被告人・千尋専務・鎌田常務・高澤部長・福岡課長・
-88-
菅原部長での会議。
会議の内容は建築部の建直しについてである。建築部から下川を外
して千尋専務を財務と兼務にする。そのために鎌田常務・高澤部長に
入出金のチェックをする体制にした
B 一一月九日の千尋専務・鎌田常務・高澤部長・福岡課長・菅原部長・
石井部長・脇山所長での会議
C 一二月五日の被告人・千尋専務・鎌田常務・高澤部長・福岡課長・菅
原部9での会議。
会議の内容は千尋専務を財務から外し、鎌田を財務の責任者とした
なぜなら、右の会議には菅原証人は全て出席している。そして菅原証人
が九月から参加したという「資金繰会議」は、九月二九日の会議である。
しかし右会議は「資金繰会議」ではないからである。
さらに以上のことから、一〇月には一〇月一六日に一回の会議、一一月
-89-
には一一月九日と前述の一一月下旬の二回の「緊急対策会議」で合計三回
の会議、一二月には一二月五日の一回の会議と、ほぼ毎月少なくとも一回
は何らかの会議に菅原証人は出席したことになる。
菅原証人はこれらの会議をして「資金繰会議」と表現したまでのことで
ある。その結果、菅原証人は検察官の主尋問に対して、前述したような会
議を月数回行い、被告人も出席し最終の決済をしたという証言をしたまで
のことである。
なお、この点、原判決は「菅原は『二重ローン』に関する話が強く記憶
に残るのは自然であ」るとして、同月以前に「二重ローン」に関する話し
か出なかったことを正当化しているが、全くの勝手な推測にすぎない。
4 「資金繰会議」はなかったとする被告人らの供述は信用できる
(1) 被告人の供述
被告人は警察での取調べ段階や検察官に対する取調べ段階から本件公判廷
-90-
に至まで、終始一貫して「資金繰会議」はなかったと供述している)。
こうした供述態度及び証言内容には一貫性もあり、また論理的にも合理的
なものであり疑問点はない。
(2) 高澤供述
@ 当初は検察官の証人として出頭し「資金繰会議」の存在を認めた高澤証
人は後に被告人側の申請証人として出頭した第二回目の証言では明確に
「資金繰会議」はなかったと被告人と同様に証言している。
A なお原判決は、右の第二回目の供述に対し「被告人をかばっているので
はないかとの疑いを払拭し難い」としているが、全くの誤りである。
二回目の高澤証人は、「資金繰会議」はなかったとたんに証言したのみ
ではなく、同人の業務ノート(弁九号証)等の資料を使用しながら、つま
り客観的証拠を利用して「資金繰会議」が存在したことが全くないことを
証言したのである。原判決の態度は邪推にほかならない。
-91-
B また、そもそも「資金繰会議」があった等とする高澤の第一回目の供述
も、よく分析すると、その供述内容は鎌田供述と比較すると、非常に不明
確である。しかも弁護人の反対尋問に対する答えになると、そのトーンは
主尋問より下がり、第二回目の証言とほとんど同様な証言となった。その
意味で、高澤供述も、一回目及び二回目を通して、ある程度の一貫性を有
しており、そ信用性は否定できない。
(3) 小田証人
さらには、原判決では全く触れられていなかったが、平和ホームズの経理
課長であった小田恵美子の供述も、同人の知る限りでは「資金繰会議」はな
かったとある。小田は平和ホームズの役員ではないが、経理課の課長であり
会社の経理実務業務の担当者である。その同人が「資金繰会議」はないと証
言しているのである。その証言は重要視すべきである。
なお「資金繰会議」は、原判決のとおり夜遅く、すなわち小田証人が帰社
-92-
した後の深夜に行われたから小田証人が知らなくて当然との疑問点もあろう
が、一般社員は別としても、経理担当の小田証人が自分が専門に担当してい
る経理業務に直結している資金繰りについて、もし「資金繰会議」が開催さ
れているなら、その事実を知らないはずがない。とりわけ会議が開催されて
いる痕跡すら知らない等ということはない。
このことは小田証人が知らなかったのではなくて、そもそも会議それ自体
がなかったことを物語る。
5 以上のように、鎌田供述及び福岡供述は信用性がない。
信用性のある供述の他に、前述のとおり菅原供述からも「資金繰会議」が存
在していなかったことは明らかである。
四 「資金繰会議」の不存在を立証する弁護人証拠に対する不当な態度
1 「資金繰会議」を証明する証拠物はなにもない
-93-
(1) 「資金繰表」の他はなにも物証はない
@ 検察官は「資金繰表」の存在で「資金繰会議」の存在の証拠とした。原
判決も右のことを根拠としたようである。
しかし、「資金繰表」自体の意味については、仮に「資金繰表」が資金
繰りに使用される会社の文書であるとしても、その一事で会議の存在まで
証明することにはならない。なぜなら「資金繰表」を資金繰りに使用する
としても別に会議で使用する必然性はないからである。現に弁論要旨で詳
述したとおり、「資金繰表」は会議用の資料ではないのである。
A 他の物証からは逆に「資金繰会議」の存在が否定される
仮に「資金繰会議」が恒常的に存在したとすれば、手帳ないし業務日誌
等に何んらかの痕跡が残るはずである。しかし、社長や高澤のノート、鎌
田の手帳等の物拠に、「資金繰会議」なる会議が開催されたという痕跡は
ない。このことは、これらの資料でみても「資金繰会議」が開催されてい
-94-
なかったことを物語るものである。
(2) 判決の不当な論理
ところが判決はこれらの立証に対し、「被告人、高澤及び鎌田が、その業
務ノート等に『資金繰会議』との記載をしなかったり、資金繰り会議の予定
等を記載しないことがあったとしても、あながち不自然ではない」としてい
る。
驚くべき、裁判所の勝手な推測である。一般的には、記載がない場合は存
在していないと解釈するのが通常である。
確かに、弁護人の「資金繰会議」を否定する理由がこの業務ノート等に記
載がないとう主張だけなら、裁判所の解釈をなりたち得よう。しかし、弁護
人の主張・立証はこれだけではなく、他にも幾つかの論拠を主張・立証して
いる。これらを総合的に解釈すれば、業務ノートに「資金繰会議」の記載が
無いことは素直に解釈すれば会議は存在していなかったというべきである。
-95-
2 「資金繰会議」があれば発生するはずのない各種の不祥事の発生
(1) 「資金繰会議」なる会議が存在しなかったことは以上のことで明かである
が右以外にも「資金繰会議」が存在しなかったことを証明するものがある。
すなわち会社では、@高澤が財務担当責任者であった昭和六三年四月末の
資金ショート事件、A千尋専務が財務担当責任者であった時の一つ目の資金
不足事件、B千尋専務が財務担当責任者であった時の一つ目の資金不足事件
に関しいわば「緊急対策会議」的な資金繰り対策会議が開かれた。このこと
は、鎌田・菅原・福岡・小田証言からも明らかである。
仮に検察官が主張するような「資金繰会議」なる会議があって資金繰りを
協議していれば、このように月末になって急遽、社長等を中心に資金繰り対
策を行うような異常な事態が発生するようなことはあろうはずがないのであ
る。
従って、右の異常な事態が発生したこと自体が「資金繰会議」がなかった
-96-
証拠である。
(2) これらの弁護人の立証に対し、判決は「資金繰り会議をかかいさいして資
金繰りを検討していてたとしても、なお、突発的な資金不足が発生すること
は十分にあり得る」と判断している。
右認定方法は全くのこじつけである。裁判所は「資金繰会議」の存在を否
定したくないから、あらゆる可能性(1%)を主張しているにすぎない。一
般的に裁判所が認定した「資金繰会議」が行われていれば、弁護人が主張し
たような資金繰りが逼迫するような事件が発生することはない。あったとし
ても稀なことである。
とても裁判所の論理では納得できない。だからこそ、裁判所も「あり得る
ところである」と逃げているのであるが。
-97-
第五 経営委員会による被告人の会社経営
からの排除
本件はいずれも平成二年九月〜一一月の被告人の行動が問われているものであ
る。そのため、第一に、経営委員会当時、被告人が会社経営から排除されていた
か、第二に、排除されていた場合に、その状態がいつまで存続していたかが極め
て重要な事実となる。被告人が経営から、特に資金繰りから排除されていれば、
被告人は本件に関与していなかったことになるからである。
会社に平成三年四月以降、経営委員会が設置され、被告人が経営から実質的に
排除されていたこと、さらに、その状態は同年一二月末まで続いたことを示す証
拠については一審の弁論要旨に詳述したとおりである。
しかし、原判決は、右の二点の事実につき、何らの具体的証拠もあげずにいず
れも否定し、「経営委員会が活動していた当時においても、会社の経営は被告人
-98-
の権限と責任において行われ、最終的な決定をしていた」と認定し、「平成二年
から一○月にかけて開催された数回の資金繰会議において『二重ローン』の方法
により騙し取る具体的共謀が成立した」としている。
これは全くの事実誤認であり、それは、弁論要旨に述べた事実及び以下に述べ
る証拠と明らかに背反するものであり理由不備である。
一 余りにも明白な鎌田供述と脇山供述の矛盾
原判決は、右事実を認定した証拠として脇山と鎌田の供述をあげている。鎌田
の供述は高い信用性があることを前提にして、脇山の供述について「具体的かつ
詳細であり、その内容自体不自然ではなく、鎌田の供述とも概ね符号している」
ことをあげている。しかし、次の供述を見るだけでも、脇山と鎌田の供述は重要
な事実について全く相反しているのである。つまり、被告人が出席をしていない
経営委員会で資金繰りまで行っていたかという点について、鎌田は「行っていた」
と言い、脇山は「行っていなかった」と言っているのである。
-99-
(脇山に対する検察官の主尋問・九回一五〜一六丁)
検察官「経営委員会が会合を開いている間、経営委員会のほうで平和ホームズ
の資金繰りそのものについて検討したとか、決定したとかということは
ありませんか」
牧 山「ないです」
検察官「その間の資金繰りそのものがどのようにして決められていたかわかり
ますか」
牧 山「基本的には役員会できめられていると解釈していました」
−−− 中 略 −−−
検察官「経営委員会が活動中、実質的に会社の運営をしていたというようなこ
とはないのですか」
牧 山「全くないです。経営委員会は設計、工事、営業等に関する純粋な会議
でしたから、そういうことは全くないと思います」
-100-
(鎌田に対する弁護人の反対尋問・三回五五丁)
弁護人「経営委員会では、実際にさきほどのような資金繰りなど含めてやった
ということですが、実際どのようなことをやっていのですか」
鎌田 場「もちろん資金繰りに関係することですから、工事の進行状況ですね。
それによっての工事代金の入金と、それにからめてつなぎ融資の付け換
えということもありましたし」
経営委員会で資金繰りも行っていたか、二重つなぎも含むつなぎ融資について
まで扱っていたか、という点は重要な事実である。その点について、右のように
全く反対の供述をしているのである。経営委員会当時の資金繰りについて両者の
供述が全く違うであるから、原判決が認定している資金繰会議での被告人との共
謀というのは、一体どこで行われたものを指すのかが大問題となる。
にもかかわらず、原判決は、両者の供述が「概ね符号している」として信用性
の最大の根拠としている(その他に原判決があげている「供述が具体的且つ詳細」
-101-
という理由は抽象的で実質的論拠に乏しいものである)。原判決の不当性がここ
にも明確に露呈している。
なお、脇山という人物は、平成二年一二月に会社の集金した金を一方的に船橋
営業所の従業員の賃金支払いに当てると称して持ち逃げし、別会社を設立した人
物である。脇山の構想は弁三号証の二に詳しくメモされており、その後、計画ど
おりに事を進めたことは弁三号証の三、四で明らかである。しかも、このことが、
会社がその後急速に倒産に傾いていった直接のきっかけだったのであり、脇山の
裏切りがなければ会社は倒産しなかったといえるのである。
二 経営委員会で会社の業務全般について行っていた
経営委員会では、鎌田の供述どおり資金繰りまで行っており、経営委員会は会
社運営のすべてに及んでいたのであって、脇山が言うような「純粋に設計、工事、
営業等に関する純粋な会議」でなかったことは、次の事実からも明白である。
-102-
1 経営委員会の組織図と内容
弁三号証の一は経営委員会の組織図及び経営委員会で行うべき項目がメモさ
れており、会社業務全体についての組織の構想が書かれている。これは脇山・
鎌田らが作成し、被告人に今後はこれでいくと迫った文書である。そこには
「権限」として@意思決定、A業務執行とあり(二枚目)、各部署の業務内容
として「財務部」の部分には「借入、資産運用』とある(三枚目)。しかも下
段には責任者として「脇山」と書かれているのである。さらに、五枚目の企画
の欄には「新事業」「経営・財務企画」と記載がある(ちなみに、その責任者
として「三宅」の記載は三宅千尋専務のことであって被告人ではない)。
2 経営委員会で資金繰りも行っていた
(1) 経営委員会議事録
弁三号証の六は、「議事録・打合覚書」という書面で、六月二一日の経営
委員会の直前に作成されたものである。この中にも中程に「三ケ月の入金予
-103-
定(七〜九月)−−石井、脇山各セクションと打合せ要」と記載されている。
さらに、一番下に「各セクションまとめて脇山まで送って下さい。六月二一
日の経営委員会で討議します」と、書かれている。
(2) 資金繰り表に現れている脇山の「二重ローン」への関与
弁第八号証のDNo.4は、脇山作成の平成二年五〜七月当時の入金予定表で
ある。この表を見ると最初のつなぎ融資を受けた顧客に対して早くも次の月
にはいわゆる「二重ローン」を組んでいることが明らかである。つまり脇山
は自ら「二重ローン」を率先して行い、しかも資金繰りのためと見られても
仕方のない「翌月の」「二重ローン」を自ら組んでいたことがわかる。
自分は「二重ローン」には一切係わっていないと断言している脇山の供述
はこの点でも明らかに虚偽である。
3 経営委員会で会社の人事についてまで行っていた事実
第一回経営委員会の席上で(被告人がこの席にいたのは、たまたまツーバイ
-104-
技研にいたことから強引に出席したこと、本来出席するはずのない被告人が何
故出席したかについては脇山も知らないと供述していることは後述するとお
り)、人事に関して議題となり、被告人が自分に何ら計ることなく経営委員会
と称して「人事権」についてまで議題にすることについてクレームをつけてい
る。この事実は、脇山が弁護人の反対尋問に対する供述で認めている(一〇
回)。
原判決は、脇山の供述を「不自然ではない」としているが、前述の鎌田供述
に加えてこれらの事実がありながら、「経営委員会は、純粋に設計・工事・営
業等のみ行い、資金繰りに関することは役員が行っていたのだと思う」という
無責任な供述をしていることをどう理由づけるのであろうか。
当時の経営委員会の体制からその代表である脇山抜きで資金繰り等の財務に
ついて別途会議を持った、という供述こそ「不自然極まりない」ものである。
-105-
三 被告人が会社の運営から排除されていたことを示す事実
原判決が見落としている、あるいは無視している経営委員会から被告人が排除
されていたことを示す事実は実に多岐にわたっている。これらの多くはすでに弁
論要旨で詳細に述べているので、ここでは概略のみ述べる。
1 経営委員会発足の動機が被告人排除を示している
鎌田の第三回公判の供述でも「社長が不在がちでみんな不安があって」と、
社長に対する不満から経営委員会が発足したことがわかる(鎌田三回・五一
丁)。また、被告人を抜きにして五人のメンバーが中心になっていろんな段取
りをとろうとした、ことも認めている(同五二丁)。
社長にやめてもらうという話についても「社長の真意がわからないというこ
とですね、もちろんそう簡単に社長がかわるということはできないことですか
ら」と言っている(同五四丁)。
2 経営委員会へ被告人の出席排除
-106-
(1) 被告人が経営委員会の出席を排除されていた事実は議事録から明らか
被告人及び高澤が経営委員会に出席していなかった事実は、経営委員会の
会議の議事録からも明らかである(弁第三号証)。
(2) 脇山の弁護人反対尋問の供述(一〇回)によって明らか
脇山らは被告人に経営委員会の通知さえしていなかった。第一回だけ被告
人が出席したが、これはたまたまツーバイ技研にいた被告人が出席してしま
ったものであった。その証拠に脇山は「その日、どうして社長が出席したの
かわからない」とまで供述しているのである。
(3) 被告人及び高澤らが排除されていた状況については、高澤が二回目の供述
で詳しく述べている(二〇回・一八丁)。特に、平成二年四月か五月かに高
澤が経営委員会の会議が開かれている席上に怒鳴り込み「どうして自分を呼
ばないか」と抗議している事実、そこに被告人から電話が入り被告人に事の
顛末を伝えたところ、被告人は高澤に対し、「あんまりがたがたしたらかえ
-107-
って会社の中が混乱するとまずいから、もうあんた引き上げろ」と言った事
実についての高澤証人の供述は具体的言葉のやりとりまで含んだものであり
信憑性がある(高澤二一回・一〜三丁)。
4 従業員の給料の決定からの排除
(1) 従業員の給料を社長である被告人抜きで決定するようになった。この点に
ついては、経理課長の小田課長の供述(一一回・三O丁)で明らかである。
「それまで社長が決めていた従業員の給料の決め方もいままでと違う専
務や脇山が資料を見ながらみんなでやっていた」
(2) 高澤の給料に関しても被告人を排除
「平成二年五月に千尋専務から、『今度あなたの給料を五〇万円にするか
ら』と言われ、被告人に相談したところ『こういう時期だからむしろ辞退し
たほうがいいんじゃないか』と言われた」(高澤二一回・九丁)
(4) 鎌田の供述でも認めている。
-108-
「これまで被告人がしていた給料について千尋専務がおこなうようにな
った」(鎌田三回・五六、五七丁)
平和ホームズは中小企業であり、その多くがそうであるようにそれまで従
業員の給料は社長である被告人が決定していた。それが、経営委員会を機に
被告人はその相談さえも受けなくなったのである。この事実は、まさに被告
人が経営から排除されていたことを示している。原判決は従業員の給料決定
の権限まで奪われていても被告人は経営から排除されていないと判断してい
る。事実誤認及び理由不備はこの点からも明らかである。
5 経理からの被告人の排除
小田課長は経理担当として決算の作業について心配をし、千尋専務や被告人
に対して質問した時の状況を次のように詳細に供述している(小田一一回・二
七〜三二丁)。
「経営委員会の組織図をみせられ、専務に決算をやってくださるんでしょ
-109-
う、最後まで、死ぬまでやってくださるんですか、とお尋ねしたら、専務
は口ごもって話を打ち切ってしまった」
「社長に聞きただしても、今、どうにもできないんだよと言われ、社長が
決められないのかなという感覚を覚えた」
右の小田の供述は実にリアルであって信憑性が高い。
6 社長の仮払いも鎌田の監視の下に
従前、被告人は社長として必要に応じて経理の小田課長に声をかけて仮払い
をさせていた。これについて、小田課長は「鎌田さんが、勝手に自分の承認を
得ないでやったとひどく怒られた」と具体的に供述している(小田一一回・二
七〜三二丁)。この点は、鎌田も五万、一〇万の仮払いについて社長でも財務
の自分に言ってほしいと言った事実があることを認めている(鎌田三回・五八
丁)。
鎌田の独断で「今後社長といえども自分の承認がなければ許さない」という
-110-
やり方が強行されたこと自体社長の権限の排除を示す事実である。
四 経営委員会当時の被告人の行動
経営委員会当時被告人がどのような行動をとっていたかも、被告人が会社の経
営から排除されていたかどうかを判断する重要な事実である。この点についても
すでに弁論要旨で詳述しているので、簡単に整理して述べる。
問題は、以下の被告人の行動は「正常な会社であれば到底正常とは言えない社
長としての行動」であって、いずれも、被告人が経営から排除されていなければ
起こり得ない事実である。にもかかわらず、原判決はこのことについて全く触れ
ていない。
1 被告人が会社の別口座を開設していた事実
被告人は経営委員会の不手際によって、資金繰りに支障がおきるのではない
かと心配していたが、仮にそのような事態になっても経営を存続させていくこ
-111-
とができるように、別口座を設けて資金準備をしていた((鎌田三回・五九丁、
小田一一回・三七、三八丁、高澤二一回・一〇丁、被告人一三回・五九丁)。
被告人の排除という事態がなければ、別口座の開設など不要であり、有り得
なかったはずである。高澤だけでなく鎌田も小田も認めている別口座について
も原判決は何らの判断もしていない。
2 被告人らが会社の通常の営業活動とは別に営業活動も行っていた
(1) 被告人らの営業活動で使用していた顧客のファイルは黄色のもの(弁第一
九号証)であった。これら黄色のファイルが当時会社の通常の営業使用され
ていなかったことは鎌田も認めている(鎌田二七回・四、五丁)。
(2) 被告人が会社とは独自に従業員を採用
平成二年七月には女性二名、一〇月には営業の男性二名を、本来の会社の
採用とは別途独自に採用して仕事をしていた。
3 社長である被告人の机が通路に置かれていた
-112-
経営委員会ができた平成二年四月当時の、被告人の仕事場所は、ツーバイ技
研であったが、七月頃に平和ホームズに移動した。しかし、被告人、高澤及び
被告人が独自に採用した従業員が、平和ホームズに移動して仕事をしていた場
所は六階の通路であった。高澤の「社長の机も端っこのほうに追いやられた感
じで、実際に社長が会社の中で勤務できるような場所は平和ホームズにもツー
バイ技研にもなかった」という供述どおりである。(高澤二〇回・一九〜二七
丁)。
しかも、この状態は会社が破産する直前まで続いたのである。
被告人がこのような処遇を受けているのに、原判決は、如何なる理由で、彼
告人の会社内での決定権限に何らの変化もなく、従前どおり経営に関与してい
たと認定したというのであろうか。
五 経営委員会は同年一二月まで存続していた
-113-
原判決は、「経営委員会は七月ころには自然消滅しており」として、本件と直
接関係する平成九月から一一月までに作成された被告人のメモについて、経営委
員会の下で行われたものでないと認定している。
確かに、経営委員会議事録というものが作成されているのは七月までである。
しかし、以下の事実から、経営委員会による被告人排除の状況が解消したのは、
早くとも同年末、経営委員会の中心メンバーであった脇山が船橋営業所の従業員
を引き連れて会社の集金した金を持ち逃げして会社を辞めた時まで継続していた
とみる以外にないのである。原判決はこれらの証拠を全く無視している。
1 平成三年一月の新年会の席上、千尋専務が「経営委員会は失敗だった」と宣
言して、鎌田が「すまなかった」と被告人や高澤らに謝った(高澤二一回・一
七丁)。
2 被告人は、同年一〇月にも、会社とは独自に男性の営業社員二名を採用して
営業活動をしていた。この営業社員が他の営業社員と同室で一緒に仕事をする
-114-
ようになったのも平成三年一月になってからだった。
3 被告人が開設していた「別口座」からの支出が一一月まで続いている事実
甲第九七号証の九月一O日の表の「社長預かり一〇〇万」など、一〇月、一
一月にも同様に「社長預かり」で相当額の金が出ている。これらは前述した別
口座から出ているものである(高澤二一回・一六丁)。
会社の記事が載っている雑誌「間違いのない住宅選び」の購入及び代金の支
払 いも鎌田らの協力は得られず別口座から払った(高澤二一回・二〇、二一
丁)。
4 一一月二三日の臨時株主総会の意味
平成二年秋に金融機関の総量規制が行われた結果、つなぎ融資制度を行わな
くなるという事態になったのを契機に、経営委員会は、運営にゆきづまり急速
にその体制は崩れていった。そのような中で、一一月二三日、被告人は何とか
臨時の株主総会を開くことができ、これを境に次第に被告人が社長としての実
-115-
質的な地位を回復していった。
5 経理課長小田は「被告人と経営委員会のメンバーとの関係の修復」は一二月
と供述
小田課長は、被告人と経営委員会の人との関係が修復したと感じた時期はい
つか、との質問に対し、次のように供述している(一一回・三六丁)
「(社長が)決算のときにいらしたとしても、ただ私が言ったものを見て
集計というかそのへんのところをやられただけで(経営委員会のメンバー
は決算書類の作成能力がなく、九月に被告人に依頼せざるを得なかったの
である)、 ほんとにそれを感じたのは脇山と鎌田と社長が一二月の二
七か八日に私の席の前で給料などのことを普通に話をしていた印象を受け
たので、改めて聞かれるとそうかな」
小田課長は、経理課長として社長である被告人とも比較的親しい関係にあり、
会社の上層部との関わりも多かった人物である。経理の仕事をしながら会社の
-116-
役員同士の確執なども客観的に観察できる立場にあった人物である。原判決は、
このような重要な供述さえ全く無視している。
六 被告人のメモについて
原判決は、いわゆる資金繰り表に記載された被告人のメモについて、「被告人
の自筆のメモが多数書き込まれた本件犯行当時の資金繰り表が存在し」として、
本件犯行の直接証拠としている。
しかし、このメモは、会社経営から排除されていた被告人が、杜撰な経営委員
会の会社運営を危惧し、従前一番信頼し、脇山とともに経営委員会のトップにい
て財務を扱っていた鎌田から情報を聞くために、信奉強く鎌田に接近して聞き取
った内容をメモしたものである。その具体的状況については弁論要旨に逐一述べ
ているとおりである。特に、これらのメモについては次の点を真摯に見るべきで
ある。
-117-
1 被告人の詳細なメモがあるのは平成二年九月から同年一一月間のみである
被告人の資金繰り表へのメモは経営委員会が設置された以降においてのみな
されており、しかもこの九月から一一月の三カ月に集中している。原判決は、
本件メモを本件事実認定の直接的な重要な証拠としているが、この点に関する
弁護人の「何故、この時期にのみ被告人の詳細メモがあるのか」という疑問に
は何ら言及していない。
原判決が認定しているように、仮に、真実いわゆる資金繰り会議が被告人も
交えて行われていたというのであれば、その他の時期のいわゆる資金繰り表に
大かれ少なかれ被告人の同様のメモがあってしかるべきである。しかし、その
他の時期にはこのようなメモは存在していない。
また、会社で資金繰会議が開かれており、被告人も出席していたという供述
をしている者の供述(これ自体虚偽であるが)においても、被告人は聞いてい
るだけであまり発言せず、問題あるときに結論を出す程度であったいうもので
-118-
ある。ところが、メモがあるのがこの当時に集中しているだけでなく、そのメ
モの内容が異常に詳細で、右供述の被告人の態度からはこのような詳細なメモ
がなされていたとは到底考えられない。
この極めて重要な事実について原判決は故意に無視したとか考えられない。
2 なぜ、この時期にのみ詳細メモがなされたのか
被告人は、このような事態にあっても、運営委員会のメンバーがいつかわか
ってくれるという気持を持ち続けたのである。経営委員会が発足し、会社運営
からはずされた被告人が何よりも恐れたのは、目にみえる利益だけを追求する
鎌田らが、経営が困難な事態になって無責任に運営を放り出すようなことであ
った。それを心配して被告人は経営委員会ができた当時、高澤に「万一うまく
いかなくなって放り出されては会社が倒産してしまので、なるべく協力しなさ
い」と言っている(高澤二一回・一〇丁 )。
そこで、被告人は、前述したとおり、鎌田に接近し、機嫌を伺いながら情報
-119-
を収集するとともに、鎌田との融和の機会を待っていたのである。
3 「社長が従業員の機嫌を伺うなど非常識」という考えについて
会社の運営から外された社長が従業員の機嫌を伺いながら情報を得るなどと
いうことはあり得ず、非常識という見解があるかもしれない。つまり、社
内でクーデターとも言うべき事態が起こった場合、社長としては、通常は当然
に怒り、中心人物を即刻解雇する等の行動にでるはずだという考えである。
しかし、被告人はそのような行動に出ず、前述の行動に出たのである。どう
してこのような対応に出たのか。被告人はもともと人を信用し、だからこそ仕
事もできるだけ担当者に任せ、争いごとがあってもケンカをするような性格で
はなかった。高澤証人は、一回目の検察官請求の証人として証言した際、弁護
人の被告人の性格に関する質問に対して、次のように供述している。
「ずるいとか、そういうことを非常に嫌う人で、住宅造りというものに
ついて一つの明確なただ儲かればいいというのではなくて目的をもっていた、
-120-
非常に正義感が強い人であり、ある面では社員とか人に対して思いやりとか
そういうものが大変ある人で、それが場合によっては三宅社長の甘さに下手
するとなるのかなと思う」「その人のやってる仕事についてもなるべくその
人が自発的にできるようにということで相当辛抱して任せてくれていた」「社
長は厳しくどなりつけたりとかする人じゃあないものですから、気持ちの中
でたががゆるんだりすることがあって、もっと社長が厳しく怒なったりして
たら違っていたかな」(高澤六回・四二、四三丁)。
この供述から、被告人が経営委員会の中心人物に対して、そのやり方を見守
るという対応に出たことも納得がいく。
七 被告人は本件に全く関与していない
経営委員会の以上のような実態を正確に判断するならば、被告人が本件犯行当
時いわゆる資金繰会議に出席をして、個別の「二重ローン」の共謀をしたという
-121-
事実はどこからも出てこない。
-122-
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