平成八年(う)第八一九号事件 忌 避 申 立 却 下 に 対 す る 異 議 申 立 書 被 告 人 三 宅 喜 一 郎 一九九六年一〇月二六日 主任弁護人 橋 本 佳 子 弁 護 人 金 井 克 仁 弁 護 人 竹 内 義 則 東 京 高 等 裁 判 所 御 中 −1− 一 東京高等裁判所が平成八年一〇月二三日付でなした、弁護人らの忌避申立に対す る却下決定(東京高等裁判所・平成八年(て)第一一五号)に対し、弁護人らは、 次のとおり、刑事訴訟法第二五条及び第四二八条により異議の申立をする。 二 却下決定の根拠 決定は、弁護人らの忌避申立を「いずれも訴訟を遅延させる目的のみでなされた ものであることが明らかであるから、失当である」として、「刑訟法二四条一項」 (簡易却下手続)で却下した。 右決定が言う「訴訟を遅延させる目的のみでなされたものであることが明らかで ある」との認定は、裁判官の審理の方法・態度等を理由とした忌避申立事件に関し 簡易却下手続を適用することを是認した最高裁判所の昭和四八年一〇月八日付決定 を根拠にしたものと思われる。 しかし右最高裁の決定があるからと言っても、本件忌避申立を「訴訟を遅延させ る目的のみでなされたものであることが明らか」と認定することは誤りである。 −2− 三 本件忌避申立は右最高裁決定とは事案を異にする 1 最高裁決定の事案は弁護人側の対応にも問題があった事案 前記最高裁決定は、忌避理由として「手続内における審理の方法、態度などは、 それだけでは直ちに忌避の理由となしえない」と判断している。しかし、続いて、 忌避理由が「なかんずく、第一回公判日において、被告人および弁護人が、裁判 長の在廷命令をあえて無視して退廷したのち、入廷をしようとしたのを許可しな かったことおよび必要的弁護事件である本件被告事件について弁護人が在廷しな いまま審理を進めたことをとらえた」ものであることを前提にして、「右のごと き忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とするもの」であると結論づけている。 つまり、右最高裁決定の事案では、被告人及び弁護人において、裁判長の命令 を無視して退廷行為をする等の「訴訟遅延」が目的であると認定してもやむを得 ないような行動をとっていた。最高裁決定は、このような事実を前提にして忌避 申立を「訴訟遅延のみを目的とするもの」であると認定したのである。 −3− 2 本件忌避申立には弁護人側に問題は全くない しかし本件忌避申立事件は、忌避申立書に記載したとおり、裁判官が第一回目 の公判期日に、弁護人らの理由ある主張を無視して一方的に弁論を終結し、しか も弁護人が出頭できない判決期日を指定した等の事案である。本件忌避申立事件 では、弁護人等が「訴訟遅延のみを目的」と思われてもやむを得ないような行為 は一切行っていない事件であることは明らかである。本件忌避申立には弁護人側 に問題は全くないのである。 3 右最高裁決定とは事案を異にする本件忌避申立の却下は違法 以上のように、本件忌避申立は前記最高裁決定とは事案を全く異にする。にも かかわらず、東京高等裁判所が右最高裁決定のみを根拠とし、本件忌避について 「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな」具体的根拠を示さない で刑事訴訟法第二四条の簡易却下手続で却下したことは、前記最高裁決定の適用 を誤ったもので、かつ根拠がなく違法である。 −4− 四 不公平な裁判をするおそれは存在する 1 忌避制度は、憲法第三七条一項に定める被告人の「公平な裁判所」の裁判を受 ける権利を保障する担保制度である。 そもそも同条の「公平な裁判所」の裁判を受ける権利の保障は、「組織・構成 における公平性を有する裁判所」の裁判を受ける権利の保障のみならず、「公平 な裁判所」における「公平(公正)な裁判」を受ける権利の保障まで含まれる。 そして、右の「公平(公正)な裁判」を受ける権利の保障を担保する制度として 規定されたものが、刑事訴訟法第二〇条の「除斥制度」であり、同法第二一条の 「忌避制度」の二つである。 うち除斥制度は、条項から明らかなように、公正な裁判を疑わしめるおそれの ある事例を類型化したものである。これに対して、除斥制度とは別に規定されて いる忌避制度は、原因として「除斥されるべきとき」及び「不公平な裁判をする 虞があるとき」をあげているように、類型化・定型化できない、公正な裁判を疑 −5− わしめるおそれのある個々の具体的事案に対応する制度である。そもそも、公正 な裁判を疑わしめるおそれのあるもの、国民が公正な裁判への信頼を損なうもの は、具体的事案にそって判断されるべきものである。 2 なお前記最高裁決定は「不公平な裁判をする虞」を訴訟手続外の事に限定して いるが、前述したように忌避制度の本質からすれば、訴訟手続の内か外かに区別 し「訴訟手続外の要因」に限定する必要性は全くない。 裁判官の訴訟指揮などは一般的に不公正な裁判のおそれの現れとしての意味を 有することとなり、そもそも実際上も訴訟手続内か外かを完全に区別できること は不可能であり、逆に国民の公正な裁判への不信は訴訟手続内において発生する からである。従って、訴訟手続内であっても、裁判官の訴訟指揮等であっても、 被告人及び国民の常識等からして、不公正な裁判をするかもしれないと不安を感 じ、不信を感じる場合は忌避されるべきである。逆に、これを忌避理由にならな いとするのは、除斥制度とは別に忌避制度を認めた趣旨を没却することになる。 −6− 3 東京高等裁判所の裁判官は予断・偏見をもっていた そもそも憲法第二七条二項は、被告人に証人喚問請求権を保障している。そし て右権利の具体的保障が刑事訴訟法第二九八条一項である。ところが、東京高等 裁判所の裁判官は、弁護人申請の全ての証人を採用しなかった。東京地方裁判所 の原判決が全面的に信用した馬場証人等の証言には、原判決の認定事実と明らか に矛盾する証言が幾多にわたって存在しており、弁護人は右矛盾点等を申請した 証人でもって控訴審においてより明白にしようとした。にもかわらず裁判官は、 右証言を予定する証人の採用を全て採用しなかったのである。 さらに弁護人と検察官との間で、検察官の手持証拠についての証拠の開示に関 して一定の話合いが行われていたにもかかわらず、これらの事情等を一切無視し て結審した裁判所の訴訟指揮は、弁護人の今後の立証を全面的に封じたもので、 被告人の防御権を著しく侵害する不公正極まりないものである。 しかも忌避申立書に詳細に記載したが、弁護人の最終弁論の機会すらも与えず、 −7− 弁護人が出席できない判決期日を一方的に指定するという暴挙にでた。 このような態度は、明らかに裁判官の裁量権の範囲を著しく逸脱するものであ って、検察官に対する肩入れとも認められる行為であり、また原判決をはなから 鵜呑みにして真摯に審理する態度のないことの現れであり、裁判官の訴訟指揮に 対して意見・異議を表明した弁護人に対する報復とも言えるものである。このよ うな東京高等裁判所の裁判官の態度は、当初から本件審理を公平に行う姿勢がな いことの端的な現れであり、不公平な裁判をするおそれは明らかに存在する。 4 にもかかわらず東京高等裁判所は、以上の事実を具体的に判断することなく、 明らかな忌避理由を無視tて忌避申立を却下するという誤りをおかした。 五 まとめ 以上の理由で、東京高等裁判所が平成八年一〇月二三日付でなした、弁護人らの 忌避申立に対する却下決定(東京高等裁判所・平成八年(て)第一一五号)に対し、 弁護人らは刑事訴訟法第二五条及び第四二八条により異議の申立をする。 −8− 最初のページに戻る