鑑 定 書
東京地方裁判所平成4年刑わ第1394号、第1525号
第1763号判決における―部事実認定に関する鑑定書
野村・竹俣公認会計士事務所
−@−
平成8年11月6日
弁護士竹内義則殿
東京都千代田区神田駿河台4-2
公認会計士 野村 智夫 (印)
私は、貴殿の依頼により、刑事事件(平成4年刑わ第1394号、第1525
号、第1763号)の判決における―部事実認定についての鑑定を行いました。
その結果及び意見を次のとおり報告いたします。
−A−
T 判決における一部の事実認定に対する鑑定意見 1
1.鑑定意見 1
2.証拠資料 1
U 意見形成 2
1.判決における事実認定がT(2)の証拠資料によることの確認 2
2.各証拠の証拠力の誤り 4
3.事実認定しえないこと及び事実認定が誤りであることの理由 5
6
−B−
T 判決における―部の事実認定に対する鑑定意見
1.鑑定意見
平成4年刑わ第1394号、第1525号、第1763号の判決において以下
の事実認定(判決 理由第―、二、4平和ホームズにおける「二重ロ―ン」の導
入及び同社の資金繰り状況について(四)及び(五)に記載)がされている。
@第13頁 「実際、同年9月以降の平和ホームズの主たる収人源である住宅建
築請負工事の入出金収支は、同月マイナス約二億一000万円、同年10月マイ
ナス約二億円、同年11月約二億五000万円、同年12月マイナス約二億九0
00万円といずれも大幅な赤字であったほか」(以下事実認定@)
A第13頁 「銀行等の金融機関からの借入金残高も、同年1月時点で約3億7
000万円であったものが、同年12月時点ではその3倍近い約10億6000
万円に達していた」(以下事実認定A)
B第14頁 「実際、平成元年1月から平成3年2月までの住宅建築請負工事の
入出金収支はほとんどの月において赤字であったほか」(以下事実認定B)
私は、判決における以上の事実認定が、(2)に記載した証拠資料に基づくも
であることを確認した。そして、(2)に記載した証拠資料からは判決における
事実認定がなしえないものであること、また、事実認定が(2)に記載した証拠
によるものでることの限りにおいて、事実認定は誤りであることをここに表明す
る。
2.証拠資料
@甲第70号証
借人金及び返済―覧表及び作成報告書(平成3年10月25日 警視庁戸塚警
察署派遣警視庁刑事部捜査第二課司法警察員警部補野問英夫作成)
A甲第67号証
兜ス和ホームズ請負工事代金入出金―覧表及び作成報告書(平成3年12月
10日警祝庁戸塚警察署派遣警視庁刑事部捜査第二課司法警察員警部補野間
英夫作成)
−1−
B甲第66号証
日別集計表・月別集計表及び作成報告書(平成4年1月20日警視庁戸塚警
察署派遣警視庁刑事部捜査第二課司法警察員警部立延哲夫、警部補野間英夫作
成)
U 意見形成
1.判決における事実認定がI(2)の証拠資料によることの確認
(1)事実認定@
甲67号証によれば63年9月より12月までの,入出金差額として以下のとお
り記載されている。
9月 ―210,162,279円
10月 ―197,599,l35円
11月 ―247,980,948円
12月 ―293,870,493円
判決では、入出金収支を次のように事実認定している。
9月 マイナス約2億1000万円
10月 マイナス約2億円
11月 マイナス約2億5000万円
12月 マイナス約2億9000万円
以上、両者の金額は概算で一致しており、事実認定@は、甲67号証によってな
されたものと確認できる。
(2)事実認定A
甲70号証によれば、昭和63年の借人金の総合計(銀行関係+ノンバンク)
として次のとおり記載されている。
1月 371.733.843円
12月 1,056,938,060円
―方判決では、「同年(昭和63年)l月時点で約3値7000万円であった
ものが、同年12月時点ではその3倍近い約10億6000万円にも達していた」
−2−
と記載されている。
以上両者の金額は概算で―致しており、事実認定Aは甲第70号証によってな
されたものと確認できる。
(3)事実認定B
甲67号証によれば、平成元年1月より平成3年2月までの入出金差額(円)
は次のとおり記載されている。
元年1月 −195,895,906 2年l月 −360,837,189
2 ―116,323,793 2 ―152,705,487
3 ―161,916,132 3 27,288,052
4 ―202,243,280 4 −128,058,892
5 ―410,347,139 5 ー247,656,285
6 ―226,136,772 6 ―170,288,741
7 38,872,231 7 ―279,454,718
8 ―253,084,127 8 ―265,138,570
9 83,229,723 9 ― 45,466,811
10 ―424,072,793 10 −198,922,093
11 ―246,830,810 11 ―261,567,074
12 ―261,701,802 12 ―148,544,909
3年1月 −100,542,688
2 ― 71,943,261
判決では、具体的金額はあげていないが、以上の記載はほとんどマイナスすな
わち赤字であること、及び事実認定@との関係からしても、「ほとんどの月にお
いて赤字であった」という事実認定は甲67号証によるものであることが確認で
きる。
−3−
2.各証拠の証拠力の誤り
(1)甲67号証における入出金差額算定の構造的誤り
甲67号証は、契約金額より出金合計を差し引いて人出金差額を求めている。
甲67号証の文書によれば、この―覧表は、工事請負契約件数及び工事請負金額
等を明確にするために作成したとなっている。この―覧表における入出金差額の
意味は、甲67号証からは不明である。
契約金額は、顧客管理台帳より作成したものと思われる。入金小計とは、請負
額に追加工事を加算し、返金を減算している。よって、この入金額とは、顧客に
対する売上金に相当する。ただし、減額過程が不明な記載箇所もある(元年9月
橋立節子入金小計8,300,000円)。また、当初は工事進捗状況は完成が
多いが、その後未完成、未着工もある。よって、この売上金額がその月の入金額
なのか、入金すべき金額を指しているのかは、不明である。
出金合計は、甲66号証である当座預金(第―勧業銀行高田馬場支店)の日別
集計表の各月の出金合計に―致しており、この資料によるものであることがわか
る。
作成者が入出金差額を求めて何を表現したかったのかは、不明であるが、この
―覧表における入金額と出金額の差額は、少なくとも、会社経営、会社資金繰り、
会社の収益構造については、何も意味ある情報を示すものではない。すなわち、
入金額は各工事の売上金額に相当する。よって、この金額に対応させた差額を求
めるとすれば、各工事の原価であるが、出金額は原価ではなく、その月の当座預
金(第―勧業銀行高田馬場支店)の出金額である。当座預金の出金額合計の中に
は、その月の業者への支払いもあれば、借人金の返済額もあれば、他の銀行への
振替額もある。また、入金額と表現しているが、工事売り上げ金額がその月の入
金額とは限らない。そのような工事売上金細と、ある当座預金の月出金額合計の
差額を計算することは、全く意味がない。いわんや、住宅建築請負工事の入出金
収支を示すことは成し得ない。
(2)甲70号証の構造的誤り
甲70号証の中の昭和63年借人金及び返済―覧表は、1月残額合計371,
733,843円、12月残額合計1,056,938,060円を示しており、
−4−
借入金が3倍になったことを示す資料となっている。しかし、6月から7月の変
化は次のようになっている。
6月残額合計 361,859,185円
7月借入
返済 1,828,l87
残額合計8l0,352,496
すなわち、金額のつながりがない。これは、第一勧業銀行高田馬場支店、全東栄
信用組合本店営業部等の取引のうち6月までを算入していないためである。それ
らは、内訳表に記載してある。したがって、甲第70号証からは1月残額合計と
12月残額合計の比較はできない。
3.事実認定しえないこと及ぴ事実認定が誤りであることの理由
(l)事実認定@について
判決では、住宅建築工事の入出金収支はいずれも大幅な赤字であったと認定す
る。しかし、前述のおり、甲67号証が示す入出金差額は、住宅建築請負収支を
示すものではない。よって、いずれも大幅な赤字であったという事実認定は、甲
67号証から成し得るものではない。事実認定@は、甲67号証によっているこ
とは、明らかであるから、その限りにおいては、事実認定@は誤りである。
(2)事実認定Aについて
判決では、金融機関からの借入金が3倍となったという事実認定をしているわ
けであるが、甲70号証の構造からして、1月時点の借入金残額が約3億700
0万円とする事実認定は成し得ず、よって3倍という認定も成し得ない。事実認
定Aは、甲70号証によっていることは明らかであるから、その限りにおいて、
事実認定Aは誤りである。
(3)事実認定Bについて
判決では、平成元年1月から平成3年2月までの住宅建築請負工事の入出金収
支はほとんど赤字であったと認定している。事実認定@と同様に、甲67号証は
−5−
なんら住宅建築詰負工事の入出金収支を示すものではないから、甲67号証から
このような事実認定はなしえない。事実認定Bは、甲67号証によっていること
は明らかであるから、その限りにおいて、事実認定Bは誤りである。
<補論>
以上の判決の事実認定は、株式会社平和ホームズの、昭和63年から平成3年
2月までの期間が、資金繰りが逼迫していたことの認定過程である。しかしなが
ら、判決は以下の点で、資金繰りが逼迫していた事実を認定しえていないことを
ここに、補論する。
@判決は住宅建築請負工事の収支が赤字であることを認定しようとしている。こ
れは、会社の根本的資金源である工事収支が赤字であれば、会社の資金が逼迫
するでろうという認識である。それであるならば、工事代金(売上金額)と施
工業者等への支払いである工事原価とを比較して、赤字であることを示さなけ
ればならない。
Aしかしながら、たとえ工事収支が赤字であっても、必ずしも資金が逼迫すると
は限らない。営業収支が赤字であっても、金融機関からの借り入れや、役員等
会社関係者からの借り人れ等の資金調達ができれば、資金は当面逼迫しない。
よって、資金が逼迫していたかどうかは、会社の全ての資金収支すなわち、売
上入金、工事支払、人件費支払、経費支払、借入金人金、借入金支払等の収支
尻がどうであったか、また、今後の受注状況、借入余力がどれだけあるか等、
から総合的に判断さればならない。
−6−
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