このお話は、話の内容から子どもだけでなく、
大人にも人気があった話ではないかと思えます。話の発生もそう古くはないとされています。なぜなら、昔は、文字が
読めない人が多く、漢字が読めないとこのお話の面白味が半減するので、文字が読める人が多くなりはじめて、人気が
でたのではないかと思います。 このお話に出てくる「ていていこぼし」とは一説では、「椿々小法師」のことで、昔から、「椿の木で作った槌は化けて出る」 と言われていたそうです。 |
昔
むかしなあ、あるところに古い古い荒れ寺があったそうなわい。 そこには大きな大きな化けがおって、いくら住職がはいっても食べられてしまう。住む人がないけえ、寺は荒れ放題に荒れておったと。 ところがある日のことな、傘を1本手にした旅の坊主が、村へはいってきたそうな。 「行き暮れて困っとるが、どこか宿はないだろうか」 と聞いたそうなが、見たところ、きたない身なりの乞食坊主だ。 「いやあ、宿はどこにもないけえど、あそこの荒れ寺なら泊まれるけえ、まあ庄屋さんへ行って尋ねてみんさい」 村の人に言われて、庄屋へ行ったところが、 「あそこの寺は、化け物が出るいうて、なんぼう住職をいれても続かんのだが、お前が泊まる気なら、1日でのうて1年でもおってくれ」 という返事だ。 その乞食坊主は、喜んで荒れ寺へ寝とったそうなわい。夜中ごろ、えらいなま臭いような風が、本堂の方から吹いてきて、 坊主の顔をなでていく。やがてのほどに屋根裏からメキメキメキ、ベカベカベカ家鳴りがして、 家がゆれだした。きょうといのをこらえて、坊主は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と仏さんを念じておった。 すると2階から「ドカーン」と降りてきたものがおる。 みれば大きな大きな青坊主だ。乞食坊主が、布団の中からちょっと顔を出して見ょうたら、青坊主は、いろりの火を掘り出して、 口でふうふう吹きょうたが、火がおこるとまきをくべて、大きな毛ずねの、ひげだらけ足をぐいっとふんばって当たっとるそうな。 やがて庭の戸口へだれかきたらしい。 トントントン。 「てえてえこぼしは、うちかや」 「そうだあ、おるわい。どなたでござる」 「私は、とうやのばずでござる。風の便りに聞きますれば、こなたには、よいおさかなが参りましたそうで、包丁のそべら(切りくず)のひとかけらでもいただきたいと思うて参りました。」 「ほう、ようこられた。まあはいって当たらっしゃれ」 はいってきたものを見れば、とうやのばずというのも、大きな坊主だそうな。 また、やがてのほどに庭の戸口へだれかが来た。 トントントン。 「てえてえこぼしは、うちかや」 「おお、おるわい。どなたでござる」 「私は、なんちのりぎょでござる。風の便りに聞きますれば、こなたには、よいおさかなが参りましたそうで、包丁のそべらでもいただきとうて参りました。」 「そう、ようこられた。まあはいって当たらっしゃれ」 またしばらくすると、だれかが戸をたたく。 トントントン。 「どなたでござる」 「私は、さいちくりんのけいさんぞくでござる。風の便りに聞きますれば、こなたには、よいおさかなが参りましたそうで、包丁のそべらでもいただきとうて参りました。」 「そう、ようこられた。まあはいって当たらっしゃれ」 またしばらくすると、まただれかが戸をたたく。 トントントン。 「どなたでござる」 「てえてえこぼしは、うちかや」 「はあ、おるわいや」 「ほくさんのびゃっこでござるが、風の便りに聞きますれば、こなたには、よいおさかなが参りましたそうで、包丁のそべらでもいただきとうて参りました。」 「はあ、まあはいって当たらっしゃれ」 とうとう坊主が、五つも寄り合うた。ほんに、化けが来るとは聞いとったが、えらい事になったぞ。坊主どもを見たところが、どれとて見劣りのせん、えらそうなやつばかり。どうしたもんかと乞食坊主が考えておると、 「もうだいぶん、ええ頃合いになりましたが、ぼつぼつ料理にかかりましょうや」 というて、大きなまな板を持ってきて、これまた大きな包丁を出したそうな。 「まあ、私が一番先にきたんだから、私が料理にかかりましょう」 と、立ち上がってきたのは、とうやのばずだ。 「こりゃあっ。乞食坊主、これへ出え。わしはとうやのばずだ。これよりお前を料理してつかわす。」 まな板を、カンカーンと叩いてわめくそうな。 ところが、乞食坊主は偉いもんだ。 「とうやのばずとは、いかなる者が名をつけた。これより東に広い広い野原がある。そこに転げておる馬の しゃれこうべが、人を取って食うことはならん。後へひけ」 と言い返した。すると、東野の馬頭(とうやのばず)は、 「どうも私の手に合いません。この坊主、なかなかのしたたか坊主、どなたか替わって料理してくだされ」 と、しりぞいた。 「よし、そのくそ坊主ぐらい、わしがすぐ料理してやる。」 というて、ひげだらけで、片目の目つきの悪い坊主が向こう鉢巻きをしめて立ち上がった。また、まな板をガンガーンと 叩いて息まいたそうな。 「乞食坊主、出え、なんちのりぎょが料理してつかわす」 「なんちのりぎょとは、いかなる者が名をつけた。これより南に当たって大きな池がある。そこにすんどる鯉の片目が、 わしを取って食うことはできん。後へ引け」 すると、南池の鯉魚(なんちのりぎょ)は、「やあ、こりゃあどうも私の手に合いません」と負けてしりぞいた。 「よしよし、ほんならわしがやったる」と出てきた坊主が、またまな板を叩いてわめいた。 「坊主、これえ出え。さいちくりんのけいさんぞくが料理してつかわす」 「さいちくりんのけいさんぞくとは、いかなる者が名をつけた。これより西に大きな竹藪がある。そこに住んどる鶏の三本足 のごときが、人を取って食うことはできん。後へ下がれ」 旅の坊主にそう言われると、西竹林の鶏三足(さいちくりんのけいさんぞく)はよろけるようにして引き下がった。 「お前たちは、いよいよつまらんやつばかりだ」 というて出てきたのは、白いひげのえらい大きな坊主だ。そいつがまな板をカンカーンと鳴らしてわめいた。 「坊主、早よう出んか。ほくさんのびゃっこが料理してやる。」 「ほくさんのびゃっことは、いかなる者が名をつけたか。これより北に当たって大きな山がある。それへ住んだる古狐、お前 らごときに取って食われるわしじゃあない。下がれい」 「いやぁ、こりゃあ私の手にも合いません。まあ、てえてえこぼし殿にお願いするよりほかに手がないのう」 みんなひたいを集めて相談しょうたが、 「ほんなら、せっかくうちへ泊まったやつだ、わしがやってやる」 というて、てえてえこぼしが、衣を巻き上げ、たすきがけに、向こう鉢巻きで、まな板をガンガーンと割れるほど叩いた。 「乞食坊主、これへ出え。てえてえこぼしが料理をしてみせてやろう」 力みかえってわめくのを、しばらくじらしておいてから、乞食坊主は言うたそうな。 「てえてえこぼしとは、いかなる者が名をつけたか。この寺の棟上げをした折りに使うた棟の槌が、わしをとって食うことはならん。 下がれ。お前らみんな消えてしまえ」 すると坊主たちは、みんな尻尾をまいて消えてしもうた。 いやあ、これで化け物は出尽くした。もう安心だと、旅の坊主は朝までゆっくり寝たそうな。 明け方、村の衆が心配をして、くわをかたいだり、鎌をもったりして、みんな寄って来た。 「坊主どがいしただろう」 「ゆうべ、おおかた食われてしもうて、衣ぐらいが残っとるで」 そろりとのぞいてみれば、坊主は大いびきをかいて寝とるそうな。 「坊さん、坊さん、ゆうべ化け物が出りゃあせんだったか」 「出んことはねえ、出た。大した物じゃないけどな、みんな手を貸してくれい。化け物を退治するけえ。これから東のほうには大きな野があろう。そこへ行って捜してみてくれえ。 馬のしゃれこうべがあるはずだ」 「へえ」 「次にゃあ、南の池で、片目の鯉を取ってこい」 東の原へ行った者は、大きな馬のしゃれこうべをかたいでもどるし、池へ行った者は、あっちこっち 逃げする鯉の片目をようようすくうてきた。 やがて、西の方の竹藪からは、みんながかりで追い回した末、鶏の三本足をつかまえてきた。北の山 では、鉄砲打ったり、弓矢を使って、古狐をとってきたそうな。 「ううん、こいつがみんな化けて出たんだ」 まず、馬のしゃれこうべを叩き割ったら、なるほど、どっと血が流れ出た。鯉も三本足の鶏も白狐も料理して しもうた。最後に寺の本堂の棟に上がって、古い古い槌を降ろしてきた。まさかりでたち割ってみたところが、 血がどっと出たそうな。 「これだけの化け物がおらんようになったけえ、だれが入っても住めるわい」 旅の坊主がほっとして、こう言うと、庄屋も村の衆もみんなそろうて、 「いやいや、あなたこそ、ここの住持へおさまってくだされ」 と頼み込んだけえ、旅の乞食坊主は、この大きな寺の住職になったとや。それ、昔こっぽり。大山やまの とびのくそ。ひんろろう、ひんろろう。
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お化けというのは正体を見抜かれると弱いようですね |