さきざきさん

 「さきざき」とは、将来(しょうらい)のこと。
 「さきざきが思いやられる」 「さきざきのために貯金(ちょきん)をしよう」というように使いますが、この言葉から意外な展開が・・・。とぼけたおばあさんと、おこりっぽいおじいさんがとてもおもしろいです。
 絵を描いてくださった方
  
鴨井 彩さん
   岡山大学特美卒業 岡山大学大学院美術教育研究科平成14年修了
   岡山県内の学校で美術の先生をされています。

かし、あるところにおじいさんとおばあさんがおったそうな。 おじいさんは、まじめに働(はたら)いて、すこしばかりのお金(かね)をためておった。 おじいさんは 
 「このお金は、わしらのさきざき(先々)のために、おいとくお金じゃから、大事にしまっとけよ。」
 といつも、おばあさんに言っておった。おばあさんは、大事(だいじ)なお金じゃけえと、ひまさえあればお金を数(かぞ)えておった。


このわしが、その『さきざき』だがな
る日、おばあさんがお金を数えておると、ものもらいが来て、
 「何か、もらえるものはないか。」
と言って、家の中をきょろきょろ見回した。
 「ごらんのとおりの貧乏人(びんぼうにん)ですけえ、あげるものはなんにもありません。」
というと、ものもらいは、
 「いま数えておるその金をくれえ。」
というた。
 「このお金は、さきざきのためにとっとくお金ですけえ、あげられません。」
ものもらいは、ちょっとだましちゃろうと思って、
 「おばあさん、このわしが、その『さきざき』だがな。」というたと。
 「あっそうですか。あなたさんが『さきざきさん』ですかいな。それでは、どうぞ。」
といって、おばあさんは、ためとったお金を全部(ぜんぶ)わたしてしもうたそうな。

 

方になって、おじいさんが帰(かえ)ってきて、おばあさんは、
 「今日、さきざきさんが来なさったんで、お金を全部渡(わた)したけえ。」
と話したそうな。おじいさんは、びっくりするやら、あきれるやら、
 「さきざきいうたら、わしらのこれからさきのくらしのことじゃが、なんちゅうことをしてくれたか」
といって、かんかんに怒(おこ)ったそうな。
 「もうすぐ正月(しょうがつ)がくるのに、年をこす金もない。夜逃(よに)げするしかあないなあ」
といって、おじいさんとおばさんは、身支度(みじたく)をして夜(よる)が来るのを待っておったそうな。

 



やっこらやっこらおじいさんのあとをおいかけた

この家も寝静(ねしず)まったころに、おじいさんは、
 「さあ行こう、おばあさんや、戸(と)をしめとけや。」
と言って、先に家から出ていった。おばあさんは、少し耳(みみ)が遠(とお)いもんで
 「戸をもっていくんだかや?」 と聞(き)き返(かえ)した。
 「何を言うか、戸をしめとけよというたんじゃ。」 
と、近所(きんじょ)に聞こえんように小声(こごえ)で言うたんで、おばあさんは、また、
 「戸をもって行くんだか?」と聞き返した。
おじいさんは腹(はら)がたってしもうて、
 「勝手(かって)にせえ。」
と言って、さっさと先に行ってしもうた。おばあさんは、戸を背負(せお)うたり、さげたりしながら、やっこらやっこらおじいさんのあとを追(お)いかけた。

 



戸を持って、やっとの思いで木にのぼったそうな

っと峠(とうげ)まで来たときには、くたびれてしもうてもう一歩も歩けんようになってしもうたと。
 「おじいさん、おじいさん。もう歩けん。一休みしよう。」
といって、大きな木の根元(ねもと)で休むことにした。しばらく休んでおると、むこうの方から大勢(おおぜい)の人がやって来るような人声(ひとごえ)がしたそうな。二人は、夜逃げが見つかっちゃあ困(こま)るので、木の上にのぼってかくれることにした。おじいさんが先にのぼって、
 「おばあさん、早うのぼってこいや、戸はそこへ置(お)いときゃあええから。」
というたが、おばあさんは、
 「戸を持ってあがるんだか?」と聞いたそうな。
 「何を言うか、戸を置いとけや言うたんじゃ。」
おばあさんは、よう聞きとれんで、なんべんも聞いたんじゃと。
おじいさんは、人声も近づいてきたんで、いらいらしてきて
 「勝手にせえ。」
というたから、おばあさんは、一所懸命(いっしょけんめい)、持ちにくい戸を持って、やっとの思いで木にのぼったそうな。

 



「ガタ、ガタッ、バッターーン!」
ょうどそのとき、ガヤガヤ言うとった連中(れんちゅう)が木の下に来て、輪(わ)になって座(すわ)ったそうな。
 「今日は、たくさんのお金が手に入った。みんなで山分(やまわ)けにしよう。」
といって、明(あ)かりを灯(とも)して、真(ま)ん中にいっぱいのお金を置いて数えだした。
 おばあさんが、ふと見ると、その連中のなかに昼間(ひるま)にお金を持っていった『さきざきさん』がいるのがわかったそうな。おばあさんは、戸が重(おも)たいのをがまんして、一所懸命さげとったんじゃが、手がだるうなって、
 「おじいさん、重とうてがまんできん。落(お)としてもええだか?」
 「何を言うか、下におるのは恐い連中じゃで、落とさんようにしっかり持っとけ。」
 「手がだるうてだるうて、しんぼうできん。」
と言うて、とうとう手をはなしてしもうたもんだけえ、
 「ガタ、ガタッ、バッターーン!」
と、大きな音がして、連中の頭の上に落ちてしもうたんじゃてえ。

 



お金がどっさり残(のこ)っておった

 

 木の下で輪になっていた連中は、びっくりぎょうてんして、とんで逃(に)げて行った。おじいさんとおばあさんは、
 「えらいことになったのう、降(お)りてみよう。」
といって降りてみると、お金がどっさり残(のこ)っておったんで、喜(よろこ)んで持って帰って、いっぺんに大金持(おおがねも)ちになったんじゃと。
  むかしこっぷりどじょうのめ。

 

 

   岡山県北から鳥取県にかけて再話されたお話です。