大年の火

 大年=大晦日のことです。
 大晦日やお正月には 決まって話された お話です。
 昔は、大晦日から元旦までは、火を絶やしてはいけないという習慣がありました。「大晦日の客」というお話と混ざり合っていることもあります。 預かった棺桶に「むしろ」を掛けていたという伝承があるところから、大晦日に「むしろ」を吊しておくという習慣の起源だとも言われているそうです。

 んと昔から、この辺じゃあなあ、大晦日から正月まで火を絶やしちゃあいけんいうてなあ、大晦日の晩には、ちゃんと大きなほだ木に火を つけて、いろりの灰の中にいけてえて、明くる日、正月になると、その火から 付け木で 火を取って 雑煮を煮ようたもんじゃそうな。

 ころが、ある家に 下女がおって、主人から、
「大晦日じゃから 火を消してはいけんぞ」
いうて言いつけられて、下女は、
「よろしゅうござんす。」
ということで、おおきなほだ木を いろりの灰に いけたと。へえで 下女は、朝早う起きて、その火から 雑煮を煮ようと思うて、灰をかきのけて みたところが、どういうわけか 火が消えてしもうとった。下女は どえらい心配して、こりゃあどうも、こねえなことを見つかったら 困ったもんじゃが、どこか 火をもろうて来にゃあいけん。火打ち石で打てば カチカチ音がして、主人に分かってしまうし、やっぱり どっかで 火をもろうて来にゃあいけず、困ったもんじゃ思うて、 表に出てみたところが、向こうの方から火がこっちぃ、こっちぃやって来る。

 うして、あの火をもらおう、あのたいまつの火を もらおうと思うて、そうして 前の道まで出たところが、何か 桶を背負うた人じゃ。それが たいまつを ともしとる。
「まことにすみませんが 火をもらえませんでしょうか。」
「そりゃあ、あげるけど、あんたに火をあげるけん、この棺桶を ちょっと預かってもらえんだろうか。」
下女は、
「よろしゅうござんす。せえじゃあ、この棺桶を 納屋へ入れときなさい。」
いうて、その棺桶を、納屋に入れさせて、自分は たいまつの火をもろうて 家に入って、そうして 雑煮を煮て、何くわぬ顔をしとった。

 ころが預かった棺桶を、なんだろうかと思って、行って見たところが、死人を入れる棺桶じゃったんで びっくりしてしもうた。 こりゃあ 正月早々からえらいもんを預かったもんじゃ。早う取りい来てくれりゃあええがと思うて、1日待ち、2日待ちしても、誰も取りに来ん。

 困ったもんじゃいうんで、はて、棺桶じゃと死人がはいっとらんじゃろうか と思うて、こっそり ふたを開けてみたところが、中には、なんと 小判がいっぱい入っとったそうな。
 せえから、その下女は どえらい大金持ちに なったそうな。

勝田郡奈義町で聞いたお話:話者 安東克之
岡山むかし話101選 立石憲利 編著 山陽新聞社より