無言の問答

全国をさすらって、無言の問答をしかけてくるという雲水が このお寺にもやって来るという。暇なまんじゅう屋の主人が お寺の和尚さんになりすまして、問答に立ち向かいます。 「笑い話」です。


 田舎の小さな町に、徳兵衛さんいう、まんじゅう屋があったそうな
雨の降る日が続いて、お客さんはなし、徳兵衛さんは退屈でかなわんもんだけえ
 「今日はまんじゅうは売れず、お寺へないと、遊びに行ってみちゃろう。」
いうんで、心安いお寺へ遊びに行った。

 行ってみたところが、いつも気軽に、おもしろい話をしてくれる和尚さんが、えらい沈み込んで、力ない顔をしてからに、考えこんどる。
 「和尚さん、和尚さん。今日は、えらい勢がないが、どないの事ならな。」
言うたところが、
 「ああほかでもないけどなあ、この頃この地方に雲水が来て、問答をしかける言ようるじゃが、明日あたり、ちょうどこの寺へ来ることになっとるんで、もしわしが負けたら、この寺あ明け渡いて、その雲水にやってしもうて、わしはどっかへ行ってしまわにゃならんことになる。若い時分なら、たとえ寺を追い出されても、また何とか出来るけど、この年いなっちゃあ、よそへ行って暮らすことは出来ず、生活できんようになるが思うて、それが心配で、考ようるとこじゃ。」
言うてから話される。
 「その雲水ちゅうなあ、どがいな者でがすりゃあ。やっぱり坊さんかな。」
 「坊さんじゃああるけえど、まんだ寺を持っとらん坊主で、あっちい、こっちい回って、修行しょうる坊主じゃ。今度は無言の問答いうて、言葉を使わずに、身振り手振りで問答するいうて聞いたんで、わしもちょっと困っとるとこじゃがなあ。」
 「そりゃあ和尚さん、心配ない。わしが何とかやっつけてあげますわい。」
 「お前、その問答ができるかや。」
 「ええまあ、言葉でなら、難しいけえどもが、ものを言わずに、身振り手振りでするんなら、何とかごまかしちゃりますらあ。」
言うてくれるもんだけん
 「そりゃまあ、ありがたいこと、ほんなら明日りゃあ、お前、代わってくれえ。」
いうことになった。
 「へえ、よろしゅうがす。」

そいから、明くる日になって、徳兵衛さんは坊さんのような格好に仕立ててもろうたところが、男前ではあるし、とてもまあ立派な和尚さんになった。
 和尚さんのような顔をしてからに、本堂の奥い座っとったところが、雲水がやってきて、
 「ええ、拙僧は叡山の心念坊の弟子の東念というものでござるが、無言の問答をいたしとうござる。老僧の御指導をたまわりたい。」
いうところでからに、いばりかやって言う。そいから徳兵衛さんは、
 「よしきた」
言うたところが、雲水が最初に左手を前に出して、人差し指と親指で輪を作って、右の手をあげた。
 「仏法は?」
いうて尋ねたつもりだ。ところが徳兵衛さんはそれを見て、
 「ははあ、お前のとこのまんじゅうは、これぐらいどもあるかいうて尋ねとるな」
思うたもんだけん、
 「なあに、そがあに小さいもんじゃあない。これぐらいどもあらあ」
いうんで、両方の手で大けな輪あこしらえて、ぬっと前へ出した。雲水は心の中で
 「いかにも、いかにも「仏法は日輪のごとし」いうて解いたが、こりゃあなかなかやるぞ」
思うて、今度は雲水が、
 「東西南北の四方は、いかに見る」
いうつもりで、四本の指をぬっと出した。ところが徳兵衛さんはそいつを見て、
 「ほほう、「四文どもするか」いうて尋ねたな。そがいなことで、うちのまんじゅうを食わせる もんか。十文だ」
思うて、指を十本出して、口を開けて、食うような風をしてみせたそうな。雲水は、
 「ははあ、東西南北は何もなし。十方空(くう)と解いたか。こりゃあなかなかの名僧だなあ」
思うて、いよいよ感心して、今度は指を三本出した。
 「三界は?」と尋ねたつもりだ。ところが徳兵衛さん、
 「ほほう、けちんぼうめが「三文にせい」言うたな。赤んべえじゃ」
目の下に指を当てて、赤んべえをして見せたそうな。雲水は、
 「ははあ、三界は眼の下にありと解いた。こりゃあとてもかなわん、かなわん」
思うたそうな。
 「とても拙僧らの及ぶところでござらん。いかにも名僧知識でござります」
いうて、こそこそ逃げるように、去(い)んでしもうた。

 後から、寺の和尚さんが、
 「徳兵衛さん、なかなかやるじゃあないか。えらいもんだなあ」
言うたら、  「ああ、雲水じゃあ何じゃあいうて、役に立つもんじゃあありませんがな。はじめ、 うちのまんじゅうのことを聞きょうたが、しまいにゃあ値切るけえ、赤んべえをして やりましたら、とっとと逃げてしまいましたがなあ」
いうて話したそうな。
 「ともかく、徳兵衛さん、ようやってくれた」
和尚さんはたいへんに感謝したげな。
 

語り手:真庭郡美甘村鉄山 横山宗宰
岡山文庫71 「岡山の笑い話」 稲田浩二・稲田和子著より