なんと昔があったげな。
ひとりのぼうさんが旅をしとって、山の中で日が暮れた。困っとたら、一軒の大きな屋敷があったげな。
門のところで、
「おたのみ申す。一晩、宿をかしてくだされ。」
いうて、あんないをこうたが、誰もおらん。
門がしまっとらんので、とにかく中へはいると、まあ、広い屋敷だげな。からかみ(ふすま)には、金や銀の
絵がかいてある。そのからかみをガラッとあけてピシャンとたてて(しめて)、次のへやへはいると、またからかみがある。
ガラッとあけてはピシャンとたて、ガラッとあけてはピシャンとたてして、ぼうさんは、奥へ奥へ入って行った。
そうして、ようよう奥の間へ着いたげな。奥の間には羽二重(やわらかい絹織物)のふとんがしいてあって、かやもつってある。
ぼうさんはつかれとったんで、ちょうどええ思うて、ふとんの中へはいって寝てしもうたげな。
夜中に、なんやら音がするんで目がさめた。どっか遠くの方から、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、
車の音が近づいて来る。だんだん、そのチャンガラが大きゅうなって、ぼうさんの寝とる奥の間のからかみの外で止まった
げな。
「おかか(おかあさん)、おるか。」
と、声がした。すると、床柱のへんで、
「おかか、おるぞ。」
いうて返事をした。すると外から
「どうれ、米の精。」
いうて、からかみをすいっとあけて、コトンと入って来たげな。
ぼうさんは、きょうとうて(こわくて)、ふとんをかぶっとったが、なにもんじゃろう思うて、ふとんの中から、そっと
のぞいて見た。かやの外には白い顔で目も鼻も口もない、つるんとしたきょうてえ化けもんが、白い着物を着て、ぐわっと
すわっとったげな。
ありゃ、きょうてえと思ようたら、また、どっか遠くの方から、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、車の
音がして、からかみの外で止まったげな。
「おかか、おるか。」
また、声がして、
「おかか、おるぞ。」
床柱のへんで返事をした。
「どうれ、麦の精。」
からかみをすいっとあけて、コトンと入って来たげな。
こんどは、黒い顔で目も鼻も口もない、つるんとしたきょうてえ化けもんで、黒い着物を着とるげな。白い化けもんの
横に、ぐわっとすわったげな。
ぼうさんが、ありゃりゃ、またまたきょうてえことじゃ思うて、わがわがわがわが、ふるえとったら、また、チャンガラ、
チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ音がして、からかみの外で止まったげな。
「おかか、おるか。」
「おかか、おるぞ。」
「どうれ、アワの精。」
からかみをすいっとあけて、コトンと入って来たのは、黄色い顔で、黄色い着物を着た化けもんだったげな。それが、白い
化けもんと黒い化けもんの横に、ぐわっとすわったげな。
それから、つぎいつぎい(次々に)、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、車に乗った化けもんがやって来て、
ぼうさんの寝とるかやのほとりに、ぐりっとならんだ。ぼうさんは、荷物の中に持っていた小刀のつかに手をかけたまま、
一晩じゅう、わがわがわがわが、ふるえとったげな。
なんと、その時、不思議なことに、小刀のつかにほってあったニワトリが、
「コケローコー、コケローコー。」
と鳴いたげな。すると
「皆の衆、夜が明けまする。帰りましょう。」
白い顔の化けもんが、からかみをすいっとあけてコトンと外へ出た。それから、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、
チャンガラ、車の音がして、遠くのほうへいんで(帰って)しもうた。
「夜が明けまする。帰りましょう。」
化けもんらち(たち)は、つぎいつぎい、チャンガラ、チャンガラ、車の音をさせて、遠くのほうへいんでしもうたげな。
ぼうさんは、やれやれ思うて、夜が明けるのを待った。
夜が明けてから見たら、屋敷の庭に車のわだちのあとが、えっとえっと(たくさん)ついとるげな。ゆんべの化けもん
は、どっから来たんなら思うて、そのわだちのあとをつとうて行った。
そうしたら、屋敷の西の大きな倉へ着いた。
ぼうさんが倉をあけてみたら、まあ、なんと、倉の中には、米や麦やアワやヒエや、穀(穀物)いう穀が山のように
積んであって、それがみんな、くさってしもうとったげな。
ぼうさんは、
『こりゃあ、この穀の精が成仏(死んで仏様になること)できんで、ああして、穀をつこうてくれるおかかをたずねて、
化けて出てくるんじゃろう。』
そう思うて、ていねいにおきょうをあげてやった。それからは、穀の精が化けて出んようになったげな。
穀は大事にせにゃあいけんいうことじゃ。
むかしゃあむげた はなしゃあはげた。