穀の精(こくのしょう)

 子供たちは、いつの時代でもお化けの話に興味を持ちます。民話の中でもたくさん お化けの話や不思議な話が有ります。昔の人はいろいろな物に魂が有り、粗末にする と罰があたるといって大事にしました。このお話もお化けの話で子供たちの興味を 引きながら、最後には、教訓で締めくくっています。


 んと昔があったげな。
 ひとりのぼうさんが旅をしとって、山の中で日が暮れた。困っとたら、一軒の大きな屋敷があったげな。
門のところで、
「おたのみ申す。一晩、宿をかしてくだされ。」
いうて、あんないをこうたが、誰もおらん。
 門がしまっとらんので、とにかく中へはいると、まあ、広い屋敷だげな。からかみ(ふすま)には、金や銀の 絵がかいてある。そのからかみをガラッとあけてピシャンとたてて(しめて)、次のへやへはいると、またからかみがある。 ガラッとあけてはピシャンとたて、ガラッとあけてはピシャンとたてして、ぼうさんは、奥へ奥へ入って行った。
 そうして、ようよう奥の間へ着いたげな。奥の間には羽二重(やわらかい絹織物)のふとんがしいてあって、かやもつってある。 ぼうさんはつかれとったんで、ちょうどええ思うて、ふとんの中へはいって寝てしもうたげな。

 中に、なんやら音がするんで目がさめた。どっか遠くの方から、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、 車の音が近づいて来る。だんだん、そのチャンガラが大きゅうなって、ぼうさんの寝とる奥の間のからかみの外で止まった げな。
「おかか(おかあさん)、おるか。」
と、声がした。すると、床柱のへんで、
「おかか、おるぞ。」
いうて返事をした。すると外から
「どうれ、米の精。」
いうて、からかみをすいっとあけて、コトンと入って来たげな。
 ぼうさんは、きょうとうて(こわくて)、ふとんをかぶっとったが、なにもんじゃろう思うて、ふとんの中から、そっと のぞいて見た。かやの外には白い顔で目も鼻も口もない、つるんとしたきょうてえ化けもんが、白い着物を着て、ぐわっと すわっとったげな。
ありゃ、きょうてえと思ようたら、また、どっか遠くの方から、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、車の 音がして、からかみの外で止まったげな。
「おかか、おるか。」
また、声がして、
「おかか、おるぞ。」
床柱のへんで返事をした。
「どうれ、麦の精。」
からかみをすいっとあけて、コトンと入って来たげな。
 こんどは、黒い顔で目も鼻も口もない、つるんとしたきょうてえ化けもんで、黒い着物を着とるげな。白い化けもんの 横に、ぐわっとすわったげな。
 ぼうさんが、ありゃりゃ、またまたきょうてえことじゃ思うて、わがわがわがわが、ふるえとったら、また、チャンガラ、 チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ音がして、からかみの外で止まったげな。
「おかか、おるか。」
「おかか、おるぞ。」
「どうれ、アワの精。」
 からかみをすいっとあけて、コトンと入って来たのは、黄色い顔で、黄色い着物を着た化けもんだったげな。それが、白い 化けもんと黒い化けもんの横に、ぐわっとすわったげな。
 それから、つぎいつぎい(次々に)、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、車に乗った化けもんがやって来て、 ぼうさんの寝とるかやのほとりに、ぐりっとならんだ。ぼうさんは、荷物の中に持っていた小刀のつかに手をかけたまま、 一晩じゅう、わがわがわがわが、ふるえとったげな。

 んと、その時、不思議なことに、小刀のつかにほってあったニワトリが、
「コケローコー、コケローコー。」
と鳴いたげな。すると
「皆の衆、夜が明けまする。帰りましょう。」
 白い顔の化けもんが、からかみをすいっとあけてコトンと外へ出た。それから、チャンガラ、チャンガラ、チャンガラ、 チャンガラ、車の音がして、遠くのほうへいんで(帰って)しもうた。
「夜が明けまする。帰りましょう。」
 化けもんらち(たち)は、つぎいつぎい、チャンガラ、チャンガラ、車の音をさせて、遠くのほうへいんでしもうたげな。 ぼうさんは、やれやれ思うて、夜が明けるのを待った。

 が明けてから見たら、屋敷の庭に車のわだちのあとが、えっとえっと(たくさん)ついとるげな。ゆんべの化けもん は、どっから来たんなら思うて、そのわだちのあとをつとうて行った。 そうしたら、屋敷の西の大きな倉へ着いた。
 ぼうさんが倉をあけてみたら、まあ、なんと、倉の中には、米や麦やアワやヒエや、穀(穀物)いう穀が山のように 積んであって、それがみんな、くさってしもうとったげな。
 ぼうさんは、
『こりゃあ、この穀の精が成仏(死んで仏様になること)できんで、ああして、穀をつこうてくれるおかかをたずねて、 化けて出てくるんじゃろう。』
 そう思うて、ていねいにおきょうをあげてやった。それからは、穀の精が化けて出んようになったげな。  穀は大事にせにゃあいけんいうことじゃ。
むかしゃあむげた はなしゃあはげた。
 

語り手:新見市菅生 竹本ぬい
岡山県小学校国語教育研究会編「岡山のむかし話」より