むかし 子なしのじいさんとばあさんがあったそうな。
子どもがほしくてほしくてどうしようもないもんだから、ばあさんは毎日、観音堂に参って、
「どうぞ子どもを授けて下さい」
と拝んでおった。
七日過ぎ、七日過ぎ、また七日が過ぎて、三七 二十一日拝んだ時に、ひょいと見ると、ばあさんの右手の中指の腹がぷっくりふくれてきた。
「ありゃ、こんなところがふくれて、おかしなことだ」
というので、指の腹をちょっと切ったらココンと小さい子どもがとんで出てなあ、
「ありゃ、なんだか小まい子が生まれたぞ。うれしいことだのう。観音さまが授けて下された子だ。大事に大きゅうしょうのう」
何しろ指の腹におった子だもんで、背の高さは五分ぐらいしかない。そこで五分次郎と名を付けた。さあ、それからは、五分次郎が、じいさんとばあさんの肩に上がったり手のひらに乗ったりしてはねまわるので、いっぺんに明るい家になったと。それにしても背が伸びん。
「五分次郎よ。飯食え、魚がうまいぞ」
と、ごちそうなら真っ先に食べさせるようにして育てたが、いつまでたっても生まれたときのままだ。それでも人並みに知恵がついてきたらしい。
二十年たったある日のこと、五分次郎は、あらたまってこう言った。
「おじいさん、おばあさん、わしは魚売りをして二人を養うてあげるで。ついては初めの仕入れの金だけ出してください。」
お金は三文出してもらって、いわしを三匹買って、背中に縦負いにして売りに歩いた。大きな長者の家に行ったら、
「久しぶりにいわし売りが来た。ちっといわしをくれんか」
と、おなご衆がかごを持って出てきたが、どこにも魚売りらしい姿がみえない。
「どこへおるんなら、みえりゃあせんが」
「ここへおります」
声のする方をよくよく見たら、下駄の歯の下から、いわしを負うた小さいもんが出てきたと。
「まあ、これがまあ、魚商人だと」
言うて、つまんで手のひらに乗せて、つくづくと見ておったら、小さいもんが言うそうな。
「わしはもう、とても山坂越えて帰れんから、ここへ泊めてください。わが弁当は持っとるけえ」
「泊まったらええわ。お前みたいな小さい者なら、何人でも泊められるぞな」
そこで、長者の家に泊めてもらうと、弁当のいりこをこねて、ちょっこり食べて、夕飯にした。夜になって、みんなが寝静まると、いりこの食べさしを持って、そっと娘の部屋に忍び込んだ。
長者には、岩場に咲いた白い百合の花のようなきれいな娘がおったそうなが、その娘の口のはたに、いりこを塗りつけておいた。
あくる朝、お母さんが起き出して、おくどに火をたきつけようとすると、五分次郎が、庭でクスンクスン泣いておる。
「あんた、朝っぱらから なして(どうして)泣きなさりゃあな」
「お嬢さんが、わしの弁当のいりこをみんな食べてしもうたあ」
まさか、うちの娘にかぎって、そんなことをするはずがないと、首をかしげながら娘の部屋へ入ってみると、あろうことか、娘は口のはたに、いりこをくっつけて寝とるのじゃ。
「まあ、すまんことじゃ。いりこをたくさん挽いて返すけえ、こらえてつかあさい」
「おおきないりこは、のどにつかえてよう食べん」
「ちいさいのを挽いてあげるからこらえてくれ」
「ちいさいのは、あごについてよう食べん」
「ほんなら、どないしたらこらえなさりゃあ」
言うて聞いたら、
「おたくのお嬢さんを自分の嫁にくれるならこらえます」
困ったことだ、情けないことだが、できたことは仕方がないと、お母さんは考えたふうで、娘に話したそうな。するとなあ、
「どうしてもこの家の娘がほしいと見込まれたんなら、行きましょう」
と言うて承知してくれた。
そこで長者の娘は五分次郎の嫁御になって、婿さんの家へ行くことになったが、道がはかどらんもんだから、五分次郎をたもとへ入れて、ずんずん歩いて行った。歩いていくうちに、ある家の前を通りかかると、門に馬がつないであって、ニーンとないとるそうな。五分次郎がそれを聞いて、
「ちょっとまあ、馬が見たい」
と言い出した。嫁御がたもとから出してやって、
「そら見てみ」
と笹の葉にとまらせて見せておったら、馬が首をのばして、笹ごと、シャッピリシャッピリ食べてしまった。
「まあ困ったことをした。家が作州にあるとは聞いたが、わたしの婿さんの家はどこならや」
思案しておるところへ馬がボタボタ糞を落としはじめて、五分次郎を出してくれた。
「ああよかった。二度とあんな危ないところへ行っちゃあいけんで」
きれいに水で洗ってもらって、新嫁さんといっしょに家にたどり着いた。親衆は、びっくりするやらうれしいやら、
「もったいないような嫁御が来てくれたもんだ。二人で金比羅さんに参ってこい」
と言ってくれた。
それでまた、五分次郎と嫁御は四国へ向けて旅に出た。船に乗って海に出たところが、五分次郎が喜んで、
「大きな魚が見える、見える」
言うて、船端を後先へ飛び回ったから、つい足を踏みはずして、海へぴょとんと落ちてしまった。そこへ大きな魚が来て、五分次郎をかっぷり飲み込んだそうな。
「ありゃ、かわいそうなことをした。今度ばかりは助かるまい」
嫁御は、がっくり力を落としたが、せっかくここまで来たのだから一人でも金比羅さんに参って帰ろうと思って、宿に泊まったそうな。宿の主人は、その時大きな鯛を買ったところで、料理にとりかかった。するといままで死んでおった鯛が、
「包丁危ない。包丁、危ない」
と叫んで、まな板の上で跳ね跳ねおどりはじめた。
「おかしな鯛もあるもんだ。ものを言う魚は初めてだ」
たちまち宿の名じゅうがその話でもちきりになったそうな。嫁御はそれを聞きつけて料理場へ飛んでいった。
「自分の主人は、こうこうの者だが、海に落ちて大きな魚に飲まれたでなあ、腹を薄うに切ってもらえませんか」
と頼んだそうな。そおっときってみると、はたして五分次郎が、
「ああ、助かった、助かった」
ととんで出てきた。
さて、二人そろって仲良う金比羅参りをすまして帰っておった。山の中で日が暮れたと思ったら、やっと一軒家が見つかってと。
「今晩一晩泊めてもらおう、どんな人が住んでおられるか知らんが」
と二人で話しておると、そこへ鬼がガヤガヤと帰ってきたそうな。なんと、鬼の住みかだったわけだ。嫁御は、はらりとかめの中にかくれ、五分次郎は柱の穴の中にひそんだと。
鬼はもどったかと思うと、大きなからだをぶつけあって、でんでんとすもうを始めたそうな。五分次郎は柱の穴から見ておるうちに、面白うなって、
「やっちゃこい、やっちゃこい。ああ赤鬼が勝ったあ、ああ青鬼が勝ったあ」
と、声をはりあげて行司をしたと。
鬼どもはびっくりして、あちこっち ぎろぎろ見回したが、誰もおらん。
「今夜はなんともふしぎな、きょうとい(おそろしい)晩だ。こうしてはおられんぜ」
と言ってわやわやと逃げてしまった。
五分次郎が出てみると、鬼は打ち出の小槌を忘れて行っとった。
「おう、これはええ物があった。これでわしをたたいてくれ。『五尺三寸のええ男になれ』言うてたたいてくれ」
「つぶしてしまうけえ、ようたたかん」
嫁御が尻ごみしても五分次郎はきかなかった。
とうとう、
「五尺三寸のええ男」
とピシャッとたたいたら、五分次郎は本当に大きな良い男に変わった。二人は手を取りあって、家にもどったと。
じいさんばあさんは、それはそれは喜んだそうな。
むかしこっぷり