継ぎ狼(つぎおおかみ)

 通観289「鍛冶屋の婆」のお話です。

 


 んとむかしがあったそうな。
 昔、山伏がなあ、たわ越しをしょったそうな。それがなかなか長い、大きなたわで、越しょったところが、晩がたになり、狼が草っぱらに寝とるそうな。
 それから、山伏は
 「ここへ、おおかみがおらあ、ちいと恐ろかしてやろう」
 ホラ貝を出して、そろっと、おおかみの耳屋根にやって、
「ボー」
 と吹いたそうな。そうしたら、おおかみは、びっくりして起きて、こけもくれぇ(ころぶようにして)、逃げたそうな。




 「ああ、おもしろかったなあ。」
と思うて、たわを越しょうたら、とうとう日が暮れてしもうたそうな。
 「さて、日が暮れたら、おおかみが出てくるが、困ったことになった」
 思うて、キョロキョロしょうたら、大きな木があったそうな。




 「まあ、この木の高いところに上がったら、おおかみが来ても楽じゃろう。」
 思うて、木のえぼ(枝の先の方)へ、えぼへ上がっとったそうな。そうしたところが、本当に夜中ごろになると、おおかみが出てきて、
 「おお、ここへ上がっとらあ、みんな来い来い。」
 いうて、おおかみが、ぎょうさん(たくさん)寄りようて、1番大きなやつを、股ぐらへ頭をつっこんで、ぐっとかたぎあげ、それから 次のやつが、その次のやつ股ぐらに頭をつっこんではかつぎ上げ、またつっこんではかつぎ上げして、空へ空へと上がってくるそうな。

 「ああ、こいつは困ったことになった。木のえぼへ上がっとってもおおかみが来る。」
 と思うて、今度は短い刀を抜いて、来たらこれで切ったろう思うて、待ちょうたそうな。そうしたところが、大分ねきぃ(そばに)来たそうな。
 「おい、どうも、もう一人たらんが、どこぞおりゃあせんか。呼んで来い。」
 「だいぶん寄りようとるが、おおほんに、原の藤吉の婆あが、もう一人残っとる。あれを呼んで来い。」
 「ああ、それそれ。」

 それから、待ちょうたところが、白い白い毛になった、古げな、大きなおおかみが来たそうな。
 「やあ、こいつが藤吉の婆あか。」
 と思うて見たら、そいつを一番頭にして、次い次い、かつぎ上げて、とうとう自分のところまで来たそうな。そえから、 来ると刀を持って、ひたい口のようなところを、力一杯切りつけたそうな。そうしたら、
 「キャー」
 と大きな声をして、
  「ああ、藤吉の婆あが傷をした」
 すぐ、おおかみを皆下ろして、かたいで行くそうな、藤吉の婆あを。
 それから、どこへ行ったかしらん。

 「まあ、これで世話ぁない」
 と思うて、とうとう夜明けまで、木のえぼへさばっており、よるが明けてから、下へ降りて、朝、たわを越えて、 向こうへ行って、


 「原いうたら、どこかなあ」
 「原いうたら、そこの先の村じゃ」
 「そうか」
 そえからそこへ行って、
 「藤吉さんという人がありますかなあ」
 「藤吉さんというなあ、この山すその大きな草屋(かやぶき屋根の家)だ」
 「そうですか」


 そこへ行ってみると、爺さんがひとり、いろりのへりぃあたりょうる。
  「藤吉さんというなあ、このあたりですか」
 「わしが藤吉です」
 「そうですか、わしは山伏で、夕べこのたわを越しかけて、とうとうたわで日が暮れて、木のえぼへ寝て、 今朝もご飯もよう食べずにおる。ちょっと、ご飯をひとつよんでもらえませんか」
 「そりゃあ、ご飯だけならしてあげますけど、夕べは、婆あがけがをして、どうもなんにもごっつおう(ご馳走) ができませんけど」
 「いや、ご飯だけありゃあ、結構。ああ、婆さんがけがをしなさったか。そりゃあ、どういうことですりゃあ」
 「夕べ、小用に行ったところが、つい こけて、雨石でひたい口を切りましてから、熱がして寝ようります。 そえで、ご飯より外になんにも出来ません」


  「いや、そりゃあまあ、ほんにお気の毒なことだ。そんなら加持(祈祷)をしてあげます」
 「そりゃあ、どうも有り難うござんす」
 それから、行ってみたところが、山伏が行くと行くと、婆あは、恐れて、布団をかぶって、どうも顔をみせん ようにするそうな。
 「こりゃあ、ちがいない」
と思うて、大きな声をして錫杖(しゃくじょう)を振ったり、ホラ貝を吹いたりして、拝んで、
 「傷をあらためにゃあいけん」
 包帯をとってみると、ちょうど自分が刀で切ったような傷じゃ。
 「こりゃあ、おおかみに違いない」
と思うて、


 「これには、憑き物がしとるけえ、それを落とさにゃぁいけん」
 ついのどへ、その刀を突き刺して、婆あを殺してしもうたそうな。それから、藤吉は、ように迷うて
 「婆あは殺されただろうか。婆あは死んだようなが、あれでも憑き物が死んだだけだろうか」
 と思ようたところが、次ぃ次ぃ、時間がたちょうたら、とうとうそれが、そろえそろえ、頭や耳がおかしげ になってくるし、足の爪は獣のようになる。次第に大きなおおかみに、とうとうなった。
 それから夕べの話をして聞かせて、
  「こういう具合で、あんたの婆さんはおおかみだった。まあ見なさい。どこぞ、人間の骨どもありゃあせんか」
 それから、床の下を板をはぐってみると、たくさん、たくさん人間の骨があった。
 「ひいさ、あんたに憑いて、そうして、このたわを越す人間をみな取って食よったおおかみだ。まあ、これで、 このたわのおおかみの主がのうなったけえ、心配ない」

  
 それから、よろこんで、お礼をたくさんその人にあげ、おおかみも祟っちゃあ悪いけえいうて「おおかみ様」 というお宮をこしらえて祭って、その村には何事もないようになったそうな。

昔こっぽり。

語り手:真庭郡美甘村河田 河井繁太郎さん
「なんとむかしがあったげな」より