半殺しと手打ち
一般には「半殺し本殺し」(通観926)という題のお話です
「本殺し」とはお餅。「半殺し」とはぼた餅(おはぎ)のことで、お米のすりつぶしの度合い
でこの名がついたようです。「手打ち」とは手打ちうどんのことです。
フランスでもこのお話によく似た話が有り、「エプタメロン」という本の中で、二人の修道士がある肉屋
に宿泊した時に、亭主と女房が「明日早起きして、太った坊さんを殺して塩漬けにしよう」と言っている
のを聞き、自分たちのことだと思うが、実は坊さんとは飼っている豚のことだとわかり安心する。というお話です
いろいろな国で、自然発生的によく似た話ができたり、国から国へ伝わってくる途中、その土地の風習や慣習に添ったお話に変化
したりするのですね。
あるところへ、旅人が旅ぅしょうて、とうとう日が暮れて、はてな、どこぞ泊めてもらわねゃぁ
いけんが、どこぞ宿をしてくれるとこはないだろうか思うて聞いてみると
「この下の方に一軒宿をしてくれる家がある」
「ほんなら、そこへ行って頼んでみよう」
へえから、その家を訪ねて行って、
「なんと、わしぁ旅人だが日が暮れて困るだが、今夜ご厄介になれりゃあせんだろうか」
いうてからに、
「ええ、そりゃあまあ、うちにゃあちいたあ宿もするし、するわけだけえ
泊めてあげんこたあないが、今日は、ちょうど米がちいと不自由なもしれんし、
今いる(必要)いうたところで米屋あ近いでもなし
すりゃあ、ちいと不自由をしてもらわにゃあいけんかもしれんが、それでもよけりゃあ
泊まりんさい」
「いや、そりゃ食べもんの少々は不自由なろうが粗末なろうが、そりゃぁかまやあせんけえ、まあ寝さしてもらいさえすりゃぁええけえ頼みますらあ」
「ほんなら、まあ上がりんさい」
いうことで、足ぅ洗うて、奥の間ぁ上がらしてもろうて、休んどったところが、
あだ(表)の方でおかみさんとおやじさんと、なんだかしらんごそごそ話ぅしょうる。
「なんと、お父つぁん、お客さんを泊めたなあええけどもが、今日はちと喰い
物が不自由なだが、どがいしょうな。手打ちぅすりゃぁないこともなし、半殺
しでもええ。半殺しなら間に合うかもしらん」
「ほうか、まあ手打ちいうても、かえって面倒なけえ、なんだわいや、半殺し
ぃないとしてしまうがええがな」
いうてから、せえつぅ(それを)聞いて、困ったこてぇなったぞ。こりゃあ泊めちゃぁ
くれえいうて泊めてもろうただが、手打ちぃしょうか、半殺しぃしょうかとい
うて、わしが多少銭ども持っとるけえと思うて叩き殺しでもしょう思うてじゃ
ぁないだろうか。困ったことになった。こりゃぁまあ、うっかりしちゃぁおら
れん。もちいと暗うなったら、早う出にゃぁいけんわい思うて、荷物だきゃぁ、
はい、ちゃんと用意ぅして、暗うなるのを待ちかねて、こっそり抜けだそうと
しょうたら、おやじさんが見付けてから、
「お客さん、お客さん、どねえしんさりゃぁ。ようよういま夕飯が出来たわけ
だが、荷物ぅ提げたり、ばたばたせえでも、ちいと待ちんさい。じき食えるよ
うにするけえ」
「まあ、そがい言わずこらえておくれえ。早う去なにゃぁいけん。忙しい用を
思い出したけえ泊まりょうられん」
「そがいなことを言わずに、じきだがな。どうせ去にんさるんなら、半殺しじ
ゃぁあるけどこしらえとるけえ、そりょう食うて出んさい」
「そ、そ、そ、そ、その半殺しがきょうといだい」
「は、はっはっ、半殺しがきょうといいうて、半殺しがきょうといいうわけは
ないが」
「半殺しいうたって、どがえなことなら。半殺しぃしられちゃぁかなやあせん
がな」
「あっそうか、半殺しが分からなんだか。半殺しいうたらぼた餅のことだがな」
「ほんなら手打ちいやあなんのことなら」
「手打ちいうたら手打ちうどん、うどんを手打ちぃして食わせましょうか思う
て、せえで手打ちぃしょうか、半殺しぃしょうかいうて相談したんじゃ。別に、
あんたぁ、お客さんを叩あたり半殺しぃしたり、そがえなことをする気じゃぁ
なかった。まあ、こらえんさい。粗末にゃぁあるけど、まあ半殺しで辛抱しん
さい」
「そうか、ぼた餅なら、まあ、わしぁ命に代えても好きだけえ、喜んで御馳走
にならあ」
いうて泊まったそうな。
昔こっぽり
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