鼠経
「おんちょろちょろ、穴覗き、穴覗き」


 あるところになあ、(にせの)山伏がな、道い迷うて、山の奥い奥い入りょうったら、 一軒家があった。
 そこにお婆さんがたった一人おって、そえから、そこへ、辿って来て、山伏が
 「ご免ください」
 「はいっ」
 「まあ、こうこういう訳で諸国を回りょうるけえども、最前から道い迷うてどうも、 行くとかあ無し、困っとるが、今夜ひとようさ(一夜)、泊めてくれりゃあせんか」
 「そりゃあ、なんぼでも泊めたげるけえども、家にゃ、あんた方へ食べてもらうような、食べもんが、実あ、 粗末でいけん」言うんで、
いんにゃ、食べもんは何でもええ。 お婆さんが食べるもんなら何でも食べるし、食べる物あ、多少持っとるしするけ、まあとにかく 泊まらしてくれえ」
「ほんならまあ泊まりんさい」

 そえから、泊まっとって、まあ山伏だけえ、ちょっと拝んどいて、そえから 次の間で休めさせてもらおう思うて、そえから、神さんのとこへ向こうて、拝もうとしょうった。

外じゃあ、盗っ人が、この婆さん、ちいたあ銭う持っとるけえ、あいつう取っちゃろう思うて、 戸の節から覗いて見ようるところが、どうやら一人でなさそうな。

 はあてな、どがな者がおるだろうか思うて、そいで一所懸命覗いてみた。
そうしたところが、その山伏も、拝むたあ言うたもんの、 本当の山伏でないで、神さんの前へ向こうたもんの、困って、こうしとったところが、そこへ鼠 の穴がある。
そこい、ちょろちょろっと、鼠が出た。そいつう見て、その山伏が、
 「おんちょろちょろ、穴覗き、穴覗き」
とこう、やりおった。

外の方じゃあ盗っ人が、穴覗きゅうしょうる。そがいしょうったところが、今度、「おい、一人 でないぞよっ」と、こう、外で話をしょうりゃあ、(にせ山伏は)鼠が二つ、頭あ合わしょうるところを、見て
 「何やら話を申され候」。
そえから、「ありゃあ、えらあ事を言う、山伏だぞなあ」いうて、 外で話ゅうしょうったところが、
(鼠が穴へ入るのを見て)「話が終わって、帰られ候」いうて、話ゅうして「去のうや」言ようる ところを言うたいうて、
 「こりゃあまあ、山伏いうて、よだけえ者だ。居らりゃあせんぞ」いうところで、 一目散に盗っ人が逃げたいうて。

そえでその、その家も、助かるし、そえから山伏も、神さんに向こうてように困っとったと ころが、鼠が助けてくれて、そえでまあまあ、山伏の役が勤まったという話です。

(語り手:八束村道目木 加藤延一郎)

注:いんにゃ(いいや)  よだけえ(始末におえない)