はいぼう

岡山県勝田郡奈義町で採話されたお話です。
 「シンデレラ」のお話によく似ています。普通はおかみさんは主人公をいじめる
のですが、このお話のおかみさんはやさしい人のようで、話を読んでいても、なにか
ほっとします。そのぶん、あまりドラマチックではないかも知れません。

  かし、あるところに、どえらい(たいへんな)分限者(大金持ち)があったそうな。
 その分限者にゃあ、てつだいの男が十人、女が十人も住んでおった。分限者夫婦には、ひとりむすこがおったんじゃが、いまだに気に入った相手がのうて、嫁をもらわずにおった。

  る年の春、村でしばいがあった。おかみさんは、てつだいの女たちに、
 「きょうは、早じまいをして、早うふろにでもはいって、しばいを見に行けえよう。」
というたんで、女たちは、喜んで、つぎつぎ、ふろにはいって、けしょうをし、よそいきの着物を着て、しばいを見に出かけたそうな。

  ころが、てつだいの女の中に、気だてのやさしいすなおな十四・五才の女の子がおった。朝早うから、夜おそうまで、ふろをたいたり、かまの下の灰をとったり、なべやかまのすすをとったりするもんじゃから、髪は、灰をかぶって白うなり、顔や首は、なべずみで真っ黒うなっとった。
 それで、みんなから、「はいぼう」というあだ名で呼ばれておったんじゃ。それでも、ぐち一つこぼさず、働いていた。
 おかみさんは、はいぼうにも、
 「おまえも、しばいを見に行けえよう。」
いうたところが、
 「わたしゃあ、このとおり、灰だらけのきたないもんでもありますし、着ていく着物もありませんので、えんりょさせてもうらおうと思うとります。」
という。それでも、おかみさんが、
 「まあ、そういわずに、一年か二年にいっぺんしかこんしばいじゃけえ、行ってみい。着物がなけりゃあ、わたしの若いときの着物でもかしてやるけん。」
とすすめると、
 「それじゃあ、おかみさん、あとで行かせてもらいます。」
と、うれしそうな顔でいうたそうな。

  すこも、しばいを見に行っとった。前の方で見とったが、ふと後ろの方を見ると、今まで見たことのない、きれいなむすめが立ってしばいを見ておった。
  『どこのむすめじゃろう。』
 むすこは、そう思うて、一幕すんだところで後ろに行ってみたが、もう、そのむすめはいなかった。
 あくる日も、むすこが後ろを見ると、やっぱり、そのむすめがおる。
  『よし、きょうこそは・・・。』
と思うて、幕あいにむすこは後ろに行ってみたが、ふしぎなことに、やはり、そのきれいなむすめは、どこをさがしまわってもおらなんだ。

  ぎの日から、むすこは、そのむすめのことを思いつめて、病気になってしもうた。分限者夫婦は、なにも知らんもんじゃけん、心配して、つぎいつぎい医者にたのんでみてもろうたが、いっこうにむすこの病気はよくならん。三日たち、四日たち、むすこは、ますます弱るばかりじゃった。


  のうち、その村に、きとう師(願い事をかなえるために神仏においのりをする人)が通りかかった。喜んだ夫婦は、きとう師をよんで、きとうしてもらった。
 「この病は、医者じゃあなおらん。これは、恋の病じゃ。しかも、その相手は、この家の中におる。」
そういいおいて、きとう師は、帰って行った。

  こで、夫婦と番頭は、顔をつき合わせて相談した。
 「この家の中におる女いうたら、てつだいの十人と、おかみさんだけじゃ。きっと、十人の女の中に、その相手がおるにそういない。」
 そこで、十人の女を、病気みまいということで、むすこのところにやらせてみようということになった。
 女たちをふろにはいらせ、きれいにけしょうをさせて、むすこのへやに行かせた。
 「若だんな、おかげんはいかがですか。」
と、ひとりずつ、九人までの女が、あいさつに行ったが、むすこは、だまったままだった。

  婦と番頭は、困りはてて、
 「さて、あのきとう師もあてにならんもんじゃ。あと女といえば、おかみさんとあのはいぼうがおるだけじゃが、まさか、あのはいぼうが、その相手とは思われんし。」
 それでも、まあ、はいぼうも女にはちがいないから、ということで、行くだけは行かせてみよう、ということになった。ふろにはいらせ、かみをゆわせ、けしょうをさせて、きれいな着物を着させたところが、今までとは、まるで身かわったような、きれいなむすめになった。はいぼうが、むすこのへやに行き、

 「若だんな、おかげんはいかがですか。」
というと、むすこは、ひと目その姿を見るなり、
 「これじゃ、これじゃ。わたしが見たのは、このむすめじゃ。」
と、大声をあげた。

  れから、むすこの病気は、すっかりよくなり、はいぼうは、この分限者の若だんなの嫁となり、しあわせにくらしたそうな。

           話者  勝田郡奈義町 安東克之


このお話について、主人公は男の子ではないのかという2件の問い合わせがありました。
このお話以外の「灰坊」について少し書いてみます。

灰坊について
日本昔話通観28(昔話タイプインデックス)の分類によるあらすじ

継母が召使いに継子の肝を取れと命じるが、召使いは継子を逃がし、かわりに猿の肝を持ち帰る。
継子が亡母の墓で寝ていると、亡母が現れ、望みのかなう扇をくれる。
継子は長者の灰坊にやとわれ、祭りの日に、扇できれいな衣服と馬を出し、立派な姿で人々を驚かす。
長者の娘が寝込み、占い師が、恋わずらいだから、娘が盃を受けた召使いを婿にとれば治ると言う。
娘は最後に、灰坊の盃を受け、灰坊は扇で出した衣服をつけ美男子となって婿に迎えられる。

(注)主人公は必ずしも継子ではなく、「鬼ヶ島脱出」、「姉は蛇」、「聞き耳ずきん」、
  「三枚のお札」「一寸法師」など、さまざまタイプに複合して展開する。また、しば
  しば申し子でもあるが、継母との関係を中心に、厄難から逃れる点を基調とする。た
  だし、さまざまな理由で勘当されることも少なくなく、この点では、流離の運命に見
  舞われた主人公が、亡母や神仏に授けられた呪宝で出世する話である。
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岡山県備中町で伝わる「灰坊太郎」のお話のあらすじ

 朝日長者と夕日長者という長者の家があった。朝日長者の奥さんが亡くなり、後妻を迎えたが、
その後妻は、継子の男の子をじゃまにするようになった。
 継母は病のふりをして、継子の肝を食べると治ると旦那さまに言う。息子に「母のために死んでく
れるか」というと「喜んで死にましょう」と言い、可愛がっていた犬と山へ向かう。
 父が刀を振り上げ、息子を殺そうとすると、犬がわんわんと父に飛びかかって殺させないようにす
る。父が犬に「おまえが身代わりになるというのか」と問うと、犬は静かになって、うなずいたよう
に見えた。そして、父はその犬を殺して、その肝をもって帰る。
 継子の男の子は、その夜は木の上で一夜を過ごすが、夜中にガサゴソという音で目が覚める。亡く
なった母が現れて、木の下に、なんでもほしいものが出てくる笛と扇をおいておくので、朝になった
ら、それを持って、小鳥が道案内をするから、ついていくようにという。
 朝になって、そのとおりにすると、大きな屋敷(夕日長者)に着き、そこで風呂焚き(灰坊)にな
って住み着く。
-------その後は、上記通観のあらすじと同じ-----------
灰坊太郎は、夕日長者の一人娘の婿となり、幸せにくらす。