アフリカスタディーツアー 記録

1997年8月16日〜8月27日

はじめに
本記録は、gansan個人の日記である。
 文中不適当と思われる表現や、ひらがな・カタカナ表記があるが、できるだけ、その時の、事象、気分等々を正確に現そうとしているためであり、中傷誹謗の意図はないので、気にするな。
 全て、その日の内に記録しているわけでは無いので、忘れていることもあるし、正確でないこともあるが、気にするな。
誤字脱字、スペルミス、HFWに対する誤解につながるような致命的な誤りは、指摘していただけると、非常にありがたいです。
以上、『個人の日記である』ことをふまえていただくことを、お願いしたい。
そして、あなたの「飢餓を終わらせる行動」への、力付けになれば、幸いである。
1997年12月10日

 1997年8月16日(土)(日本時間)  8月16日(土)(NY時間)  8月17日(月)(NY時間)  8月18日(火)(セネガル時間)  8月19日(水)(セネガル時間)  8月20日(木)(ガーナ時間)  8月21日(金)(ガーナ時間)  8月22日(金)(ガーナ時間)  8月23日(土)(ガーナ時間)  8月24日(日)(ガーナ時間)  8月25日(月)(ガーナ時間)  8月26日(火)(ガーナ時間)  8月27日(水)(日本時間)  最後に
1997年8月16日(土)(日本時間)
 07:40 いったん起きるが、DJ.Dの「まだ起きる時間じゃないっすよ」という声で、また寝る。
 08:00 目覚まし時計が鳴りひびき、起床。平和島での朝。昨晩より、ryo宅へshu氏、DJ.D氏とともに泊まった。一時間だけ“”には寝ていたと思う。シャワーをあびて、ひげをそって出発。昨日、荷物のパッキングをやり直したので、少し楽になった。
 ryo宅を出て、5分後、shuが、サングラスを忘れて取りにかえった。その間に、ファミリーマートで、布テープを買う。その後3人で朝食を買って京急に乗った。品川でJR山手線へ乗りかえる。山の手線で近くに座っていたおじいさんに、「そのハンガープロジェクトというのは何ですか?」と聞かれて、DJ.D氏が必死で説明してた。DJ.D氏が、「The Hunger Prject」と書いた、プレートを(鞄に入らないため)むき出しで持っていたので、気になったらしい。DJ.Dも、資料を持っていなかったので、口頭でがんばってた。最後にその人は、「気を付けていってきてください。」と言ってくれた。オレも、shuも、京成ライナーどころか、京成線自体初めてなので、上野で、ひたすらDJ.Dについていく。ワクワク(期待)半分、ドキドキ(恐怖)半分である。けっこうノドが渇くし、緊張してて、舞上る。 上野で、ちひろちゃんと合流。オレら3人も、11:32の電車(成田行き)に対して、10:15に上野について、「バリバリ早いっすね。」だったのに、ちひろちゃんは、9:00ごろ着いたそうだ。オレらに会うまで何してたんだろ?
 突然、しりとりスタート。ら行攻撃が続く。オレが、「歌ぢゃなくて?」と聞くと、DJ.D「ノーマルです。」 翼氏合流「普通のしりとりなんだ。」 しばらくして松氏合流。そして突然しりとりへ参加。「歌ぢゃないの?」と松。ちひろちゃん「歌って何?」DJ.D「普通だよ普通。」 その後、山伸嬢合流。やはり、しりとりへ突然参加。「歌じゃないんだ。」ちひろちゃん「歌ってなに?」DJ.D「フツウだよフツウ!」(声が大きくなる)。
 とりあえず、待ち合わせをした全員がそろったので、ホームへ。ちょうど、電車が来て、乗車。翼が窓側で、通路側が山伸(進行方向へ向かって右側の席)、その前の、通路側がちひろちゃん。山伸と通路をはさんで、となりが、shu。隣の窓側が松。松の向かいにオレ、となりがDJ.DDJ.Dは爆睡。松と、shuとオレで、バイクやチャリや車、レース、アニメ、歌などの話題でもりあがっていた。天気は常にくもりだった。山伸が、記録を書いているようだった。ノートが回ってきて、一言書いた。成田についたら、隣の線路にもJRの列車がついた。どうやら、toshiki、サキ、Cooneyが乗ってたらしく、改札を出たところで「やっぱり」と出迎えられた。
 既に、ここから、パスポートを見せた。スゲー。国内の旅とは全然違う。しかし、良くわからないので、ひたすらみんなについて、エスカレーターを上がっていく。ふと気がつくと、エアターミナルの雰囲気のところにいた。なんだか、あっとうされてしまった(意味もなく)。Gゲートヘ到着。S.Aさんへあいさつ。リカ、T.Oさん、NK先生、FKDさん、SKKさん、Iさん…と、ぞくぞく到着。今のうちに昼食をとることにした。翼、山伸、ちひろちゃん、TTKW、松、shu、Oca、オレで、レストラン通りへ出発。中華を食べた。オレは「とりソバ」、970円。メニューも英語で書いてるし、外人さんもいっぱいいるし、あいかわらずおちつかない。その後、荷物をあずける人の手続きに、時間がかかっていたので、バッグのカギを買った。さあ、次は日本ではない場所に行くのだそうだ。出国票を提出し、ゲートをくぐった。免税店の並ぶところで、15分ほど自由行動となったので、YKWさん家へ電話したが、話し中(二回とも)。しょうがないからPHSの留守電へメッセージを入れた。少し悲しい。
 荷物検査をする。ライターが金属探知器にひっかかりもう一度。搭乗口の前でまた待機。15:30搭乗開始。なんだか、一日かけて、飛行機に乗った気がする。toshikiと席を替わり、K.Nさんと席を替わり、35のBになった。3人席で、窓側は知らない外国の人。通路側(右)はICKWさん。前は非常口で、スチュワーデスさん(今はちがう呼び方だったと思うが忘れた)が座る座席だった。ICKWさんにいろいろ教わった。前の外人さん達が、色々話してるのを見てて、「TVといっしょだ」と思った。すぐ前の客席には、翼とTTKWさんがいた。
 飲み物が来た。牛乳を飲んだ。食事の時間(17:00)、チキンかビーフかと聞かれて、「ビーフ!」通じた!感動!「もうだいじょうぶ!!」とは思えないが、少しおちついた。TVではCNNnewsを流していて、日本語訳を聞いていた。バングラデシュの天気予報のことが出ていた。バングラのことが気になってる自分に、驚きと感心が少しずつあった。飛行機の窓の景色がすごかった。雲の上に出れば、晴天というのはわかっていたが、そのあまりにもクリアなのに感動した。以前松本零士氏の「戦場まんがシリーズ」で「晴天365日」というのがあったが、あらためて実感した。雲海に(はじめ海だと思ってた)、太陽に、夕日に、夕焼けに、夜の帳に、感動した。この分だと、夜が暗いことにも感動しそうだ。映画はトラボルタさんの映画をやってる。これを書いていたので、内容はよくわからん。そういえば機内食も初めてだったと思う。さて寝るか。19:50 そうそう、飛行機ってうるさい。
8月16日(土)(NY時間)
 00:30ごろ、一度起きた。ノドがかわく。くびすじに汗が流れる。しかし、Tシャツ+長ソデ+ブランケットでちょうど良い。山伸が入国審査用の紙をICKWさんに見てもらいに来た。しかし、英語のものをもらっていた。しかもVISAがいるやつ。いったいどこの国の人に見えたのだろう? しばらく起きてたが、寝た。外は明るくなっていたが、とにかく寝た。と中でガタガタ飛行機がゆれて、スーッと落ちた。これがエアポケットか!すげー楽しい。窓を開けたら、光が射し込んだ。振り返ると、中ほどの席の人がにらんでいたのですぐ閉めた。トホホ。
 03:30ごろ起きた。後ろの方にいた、Cooneyやshuに会いに行った。shu以外は死にそうな顔になっていた。腹が減って、ICKWさんに「もうメシは無いんですか?」ときくと、「あるよ!朝ご飯が。」との答えが! やがて朝食を配りに来た。そばかケーキか?と聞かれたので、ケーキ!とICKWさんに言ってもらった。うまい!メシも、水もうまかった。昨晩と今朝で、ナイフ一本、スプーン二本、フォーク二本をいただいた。2名or3名くらいづつ、えらくはなればなれに座っていたので、それだけがつまらなかった。一晩中映画をやっていたようだが、スタローンの映画だったので見なかった。
 アナウンスがあり、時計をNY時間へ修正した。15:50。シートベルト着用のランプがついた。着陸である。ほんの少し緊張した。着陸しても、飛行機を降りても、「安心感でほっとした。」なんのことはない!「もっと乗っていたい。」気がしてた。あの恐さ(それまで、飛行機に乗るのは恐かった)はどこに? 空港に入り、入国審査のゲートヘ。ここまで、S.Aさんは、どんどん、じゃんじゃん先に行ってしまう。困ったもんだ。しかし、入国審査のゲートがいくつかあって、S.Aさんの並んだところが、えらく手間取っていて、とっとと行ってしまったはずのS.Aさんが、おれの三人前にいた。5分〜10分ほど手間取り、S.Aさん、SKKさんが抜けて、オレの番。何も聞かれずに通れた。よかったよかった(ちょっと残念)。Oca氏は、HOTEL BEDFORDの住所がちがうのか、知らないのかで、入国審査で引っかかってた。くわばらくわばら。オレじゃなくてよかった。もう一個ゲートがあり、通った。入国審査の為に記入した用紙を渡すのだが、山伸がわたして、さっさと通り抜けた。ちひろちゃんも、まるで、駅で切符を渡すようにして通り抜けようとしたが、「待ちなさい!ここに立っていなさい。」と笑顔とジェスチャーで、注意されてた。おかげで、おれは、カードを渡してOKと言われるまで待ってたので、にっこり「OK」と言われた。空港の出口では、お迎えの方々がガラスに張りついていて、オレらが、見世物になってるようだった。空港の建物を出る前に、同じタクシーに乗る人で集まる。toshikiとTNDさんとオレである。タクシー乗り場に向かう。33℃。暑い! しかし、これくらいないと!夏なんだから。でもあつい。
 TAXIに乗る。イエローキャブだ!スゲー!。渋滞!ガンガン割り込んで、入っていく。スゲー!高速道路だか何だかわからないが、有料道路に乗ったらしい。料金所で、3$50¢出せといわれた。この時、左から払ってるんで、すげーと思った。住宅地を通る。建て売り住宅のように似たような家が、あったが、スカスカである。日本のように、隣と壁がくっついてる家なんて無かった。すげー。途中で、翼たちの乗ったタクシーに抜かされ、S.Aさん達の乗ったタクシーを抜かした。ベッドフォードについて(17:30くらい)、料金を払う時、toshikiが、「チップも払う(?)んすか?」TYKさん+オレ「当然!」しかし、細かいのが無くて、TYKさんが払う。ドライバーが「good man!」と笑って、オレたちの手際の悪さを見てた。スゲー楽しかった。
ホールの真中に荷物を置き(ジャマだろうな)、全員がそろったので、自己紹介をした。18:30集合(ホール)にして、いったん全員それぞれの部屋へ。おれは16043。メンバーはS.A、DJ.D、オレ。濃いんだかなんだか。S.Aさんの濃さをDJ.Dが薄めてる気がする。結局、DJ.DとshuとオレでMACへ。他のメンバーは、ICKWさん、山伸、ちひろちゃん以外、S.Aさんとタイムズスクエアガーデン&焼き肉へ(一部とっとと中華を食べて、戻ってきたらしい。)MACでshuが苦労してた。「セットや!っちゅうねん!」 ビッグマック+ポテト(スーパーサイズ)+コーラ(スーパーサイズ)を食った。4$74¢。おなかいっぱい。
おれの注文の時の会話(?)。 
店員「コークorソーダ?」
gansan「コーク!」
店員「スーパーサイズ?」
gansan「スーパーサイズ!」
 店に警察官が二人いて、めしを食ってた。日本じゃぁ、マクドナルドで飯を食ってる警官なんて、見たこと無いな。しばらくして、42stを歩いて、グランドセントラル駅へ行った。さらに歩いて、途中、消防車がタムロしてるところに、野次馬した。特に何も無かった。原宿にある、東京のお土産物屋さんのNY版のようなところに入った。おもしろかった。さらに歩いて、ブロードウェイに出た。ディズニーストアがあったので入った。NYと入ったキーホルダーをYKWさんのお土産として買った。更に歩いてタイムズスクエアガーデンまでいって、帰路についた。地下鉄の入口で写真を撮った。HOTELの前まで帰ってきたが、先に買い出しに行った。ゴールドのペプシと水をDJ.Dは買ってた。(ゴールドのペプシはうまくなかった。)オレは、モモ味のレモネード(?)を買った。なかなかおいしかった。
 部屋へ戻り、シャワーをあびる。ちょっとミスって少し水びたしにしてしまった。その間にさきから確認の電話が入る。S.Aさんも帰ってきた。S.Aさんがシャワーをあびた後、髪形が変わってたので、DJ.Dと二人でおおいに笑った。
 明日の朝飯は、DJ.Dが安いところを知ってるというので、そこに行くことにした。女の子をさそったが、HKRちゃん達は買い出ししてたし、山伸達は、もう寝てた。(しょうがないので)TNDさんたちと行くことにした。
 明朝07:30起きである。この日記を書くスピードが上がる。どうやらどの部屋も沈没してるようである。すでにS.Aさんも、DJ.Dも寝てしまった。今日はこれでおしまい。5/17 00:15 NY時間。
8月17日(月)(NY時間)
 05:30だと思う。目が覚めた。まだ暗い。腕時計のデジタル部を、曜日表示から時間表示へ変更(たぶん)し、腕時計のライトをつけてみる。パッと明るくなり、スーーーーーーっと暗くなり消えた!?どうやら電池切れらしい。そういえば、液晶と、ガラスを交換した時、電池を交換して以来、変えてなかった。しまった!トホホ。まぁとにかく、まだ寝ることにする。しかし、もう寝てんだか、寝たふりなんだかよくわからん。これが、時差の影響か? 06:30までねばったが、あきらめた。目覚める前に、だれかが、トイレに行った気がした。S.Aさんだと思っていたが、後でDJ.Dだと判明した。だからどうこうというのは特に無いのだが…。
 DJ.Dの寝てる部屋のテーブルで、KWTK氏から借りた、ニューヨークのガイドを見る。どのくらい古いガイドかわからんが、『まだあるんか?この店』と思いながら見ていた。セントラルパーク辺りから、5番街、ベッドフォードホテルまで、全部見て、読んだ。少なくとも5番街を歩けばまちがいない!と思い込んだ!
 07:10DJ.D起床。オレの「まだ起きる時間じゃないっすよ」で、また寝た。07:20DJ.D起床。足の裏のマッサージをしてあげた。今は亡き母にしてもらったマッサージである。DJ.D氏は非常に気に入ってくれた。しかし、その時「おめえ足のつめがなげーぞ」と言ってしまった。忘れてきちゃったそうだ。おいらは昔から持ってる小さい爪切りと、昨年のバイクライドの下見の時に買った小さい爪切りと2個持っていたので、下見の時に買った方をあげた。パチン、パチンと詰めと切る音だけが響くのも寂しいので、DJ.Dにラジオを渡すと、ラップがスタート。爪切りと、ラップの不思議な朝だ。
 ICKWさんから電話があり、「お腹が空いてみんな起き出している」ということなので、一緒に飯を食いに行くことにした。全部で9人!DJ.Dの案内で、ぞろぞろと移動し、店に入ってく。あいかわらず注文が通じて嬉しい!
「two eggs any stile!」
「with ソーセージ!」
「スクランブル!」
 うまかった!DJ.Dの分をごちそうして、チップ、TAXも含めて、11$で済んだ。しばらくすると、K.Nさんや、松、Ocatoshiki、サキ、きょうこちゃんが合流。時間がせまってきたのであわててホテルへ戻る。09:30ホテル。荷造り!荷造り!S.Aさんがいない!?朝飯を食いに行く時、「S.Aさん!S.Aさん!」と呼んだが、起きないので、飯を食いに行く旨をメモに書き残し出たから、伝わっているとは思う。ちゃんとS.Aさんの荷物はまとまってるようだし。オレはデイパックを空にするため中身をちがう袋へうつした。あらためて、鞄の中にすげー量が入ってんだと思った。10:00ギリギリにロビーへ集合(荷物は1005へ)。どうも全員がそろわない。しかたないので、自由行動スタートになった(10:20)。19:30集合である。
 翼、N.K、K.N、ICKW、gansanといろいろツアーがあったが、ICKWさんとオレとshuは、K.Nツアーについていくことにした。K.Nツアーは、別名アカデミックツアーで、国連本部→メトロポリタン美術館→五番街orセントラルパークである。メンバーは、K.N親子、gansan、ICKW、shu、リカ、HKR、TYKさん。
 まずは、国連本部。に行くため歩いた。NewYorkを歩いているだけで、スゲーと思っている。国連の敷地内の広場に、拳銃不所持(放棄?)のモニュメントがあった。リボルバータイプの銃身が結ばれている。国連の地下にあるお店で、同じ形のPINsを売っていた。
 国連の中を見て回るツアーに申し込んだ。もちろんTYKさんが。たまたま日本のガイドの方が空いていたため、日本語ツアーとなった。ホッと胸をなで下ろす。最初に見たのは、広島の原爆関係の資料だった。まさか、こんなところに来て、最初に見るのが広島の原爆のものだとは、びっくりした。あらためて、「国連」が戦争の産物であることを認識し、神妙な気持ちになった。他にも五つの会議場全てを見たりした。結構面白かった。
 国連本部の地下のカフェテリアで、飯を食った。量が多い割に、安い。しかし、大味の見本のようだった。
 地下には、国連グッズも販売している。安い小物を大量に買い込んでお土産とした。YKWさんへのお土産として、Tシャツを買った。腕時計をどこかで買おう、と思ってたので、ここで買うことにした。国連創設50周年記念SWATCHだ。限定発売らしい。(HOTELに戻り、みんなに見せると、「2年前に来た時に買おうと思ったけど、買わなかったんですよねぇ」」だって。限定発売だと?いくつ作ったんだ?それとも、そんなに売れてないのか?)安いお土産はあるわ、日本語ツアーだわ、安い飯を食えるわ(昨晩の晩飯から全部5$ですんでいる)、すっげーラッキー、メチャメチャよかったー!
 13:30、TAXIでメトロポリタン美術館へ移動。14:00から入場16:00に正面入口で会うことにした。shuと二人で一階を見る。エジプトのところを見てて、感心した。ここにあるものの他にも、他の美術館にあるもの、見つからないもの、壊れたものなどあるとすると、とてつもない量のものの一部しか見てないのかと思って、あきれた。たいしたもんだ、と思ってしまった。
 shuお待ちかねの鎧、槍を見た。シンプルで装飾の無い物は何ともないが、実際に使ってたらしいものはすごいプレッシャーがあった。ヨーロッパのものも見たが、血生臭さが拭えない。しかし、アフリカは違っていた。なんか、するっと見れるのだ。しばらく考えて、武器が無い(本当はあります)からだ!と、結論を出した。美術館だと思ってなめてたらとんでもなかった。日本でも行ってみようと思った。
 メトロポリタンの中のカフェテリアで一服した。ウェイターが注文を聞きに来たので、エスプレッソをたのんだ!通じた!うれしい。しかし、その後何か言ってる(たぶん、他に食い物はいいのか?といってると思う)のはよくわからなかったので、No!と言った。おれとshuの限界と思われる。でも、何だか英語のコミュニケーションがおもしろくなってきた。もっと楽しんでちゃんと勉強したくなった。
 16:00にK.Nさんと合流。そこで、shuと二人で歩いて帰ることにした。トイレを探し(gansan「小便してぇなぁ。」shu「どこにあるんでしょうねぇ。」gansan「人に聞くしかないかなぁ。」shu「トイレってラボラトリでしたっけ?」gansan「いや、そりゃ研究室。あのなんか売ってるおやじに聞いてみようよ。(決して俺は聞かない)」shu「where....」oyazi「there!」shu「gansan!「あっち」ゆうてますよ!」無事トイレ発見。)たり、セントラルパークをうろうろしたりしながら、1.5Hくらいかけて歩いて帰った。スゲー疲れた。タクシーに乗れば良かった。
 荷物をまとめ、TYKさんと夕食を食いに行った。朝と同じ所である。サンドイッチを二つたのむが、なんとこのオレが食いきれず、持って帰る。途中水を買い、ホテルへ。
 19:20直前に、山伸、TTKW、ちひろちゃんが飛び込んできた。S.Aさんと、Cooneyがプリプリ怒っているが、もともと19:30ギリギリにならないように、19:20にした(らしい)のだから、かまわないと思うが、でもまあ、時間ギリギリが許せないのも一理あるかな?
 さあ、またtoshiki、TND、わしで、TAXIでJFK空港へ! 道がすいてた。タクシーがメチャメチャスピードを出す。70マイル/hをこえてる!120km/nくらいだしてる。すっげー!楽しかった。
 飛行機(Air Afrique)のチェックインだ!HKRちゃんかちひろちゃんの横がいいなと思いつつも、つい、とっとと並んでしまう。タハハ。そこで、手荷物で機内に持ち込むつもりだったバッグを「預けろ」と言われ、ベルトコンペアで運ばれてしまった。長袖シャツを出す暇も無かった…。ダカールで会おうな!俺の荷物!
 金属探知器にひっかかり(2回も!)何か棒のような探知器で、検査されてしまった。えらいびびった!しかし、何事もなくパス。
 さあ搭乗だ。飛行機までの通路の途中で、また荷物のことでCooneyが引っかかってる。おいらは、とっとと先に行った。これ以上荷物を預けさせられてたまるか!
 シートに座ると、テーブルが壊れてて、すぐ出てくる。ったく!今度はみんな近くだ。結局離陸してから、Cooneyの横の窓側の空いてる席に移ることができた。ラッキー! ライトを点けていても、全部消されたり、NWとはえらい違いだ!外では近くに雷雲があるらしく、ビシビシ稲妻が走ってる!スゲー!しかも満月だ!かっちょいー!・・・・・・・・・と思いながら、これを書いていると、二回も寝てしまってた。だんだんおざなりになってくる。とにかく良い一日だった。明日はダカールだ!言葉が変わるし、また時間を合わせなきゃ! 01:00(NY時間)
8月18日(火)(セネガル時間)
 4:00 起きるが、また寝る。5時ごろ(以下8時ごろ:セネガル時間)機内の明かりが全部点いて、起きてしまった。どうやら朝食のようだ。空気枕の調子はすこぶる良かった。ぐっすり眠れた。がしかし、絶対的に時間が足りない。配られた朝食は、フルーツの塊と、クロワッサン、甘そうなパンケーキだった。胃が重かったので、フルーツはやめた。クロワッサン+バターと、コーヒーで朝食をすませた。すぐトイレに行った。とっとと片づけて、窓の外に見入る。フラップが、出てきた。すげー!
 どうやらアフリカ大陸の縁が、見えているらしい。すげー!高いビルがある。すごい町並みだ!これが、あのダカールか!飛行機の高度が、どんどん低くなる。しかし、下には、町並みが広がっている。大丈夫か?と思った瞬間、まばらになり始める。しかし、まだ人が歩いている!と思った瞬間、滑走路が現れた!着陸!エアブレーキ全開だ!すげー、萬画で見る通りだ! 空港ターミナルはちゃんとしたビルだ! でも、ビルから飛行機までの廊下が無い。ひょっとしたらタラップか? 飛行機が止まった。すげー!タラップだ!
 タラップを降りて、建物へ向かう。まるで、軍服のような服を着た人がいる。警察だろうか?建物に入ると、紫色の服を着た人が、カートを持って、群れている。一人がおれのそばによってきた。「カーゴ…。」オレ「NO!」。しかし、こっちを見ながら固まっている。「違ったのかな?」「文句言ってきたらどうしよう」「英語しゃべれないフリして逃げよう」と一瞬の内に判断!その場から逃げた。実際はOK!「NO!」でOKであった。よかった!
 次は預けさせられた荷物の受け取りだ!ベルトコンベアの前で祈りつつ待つ。きたきた!良かった、良かった。と思ったのも束の間、Cooneyのザックが出てこないらしい。チケットを持って、どこかへすっ飛んでいった。対応の速さはさすがである。その間に、他の人は、入国審査、税関を通り、YEHセネガルの、ババカル氏と会った。国内でも、国外でも、地元の人というのは、心強いものだ。  
小用を催し、トイレに行った。入ると、さっきから見かける制服を着た奴が立っていた。俺の前に立ちはだかり、なんか言ってる。どうやら、金を出せと言ってるようだ。
1.いらぬ騒ぎを起こしたくない。
2.海外では有料トイレもあるって聞いたことがあるなぁ。
3.最中に後ろからなんかされたくない。
等の理由により、1$やった。あとで、TNDさんは、細かい金額が無く、釣りを出せとかもめたらしい。
 トイレは、これがまた「喧嘩売ってんのか?」と思うほど便器の位置が高い。一応身長170cmのおれは、日本で、便器の位置が高いと思ったことはないくらいの足の長さはある。日本じゃないんだなぁ、と、しみじみというか、痛感というか、思い知らされてしまった気がした。
 バスに乗り込む。「行動は迅速に!」を実践するため、ICKWさんに続き、2番目に飛び込んだ。一番後ろの左の奥に座った。荷物を全部抱えて座ったため、前が見えなくなってしまった。横はshu!同じく、自分の荷物を全て抱えている。しかし、後の人は、ルーフに大きい荷物を載せていたようだ。笑いが聞こえる。オレはそれどころじゃない。しかも、Cooneyの荷物で、1時間30分も待たされた。窒息感が最高潮に達しようとしていた。もう少しで「一回外に出してくれ!」と、叫ぶか、戻しちゃうとこだったが、HKRちゃんへ、デイパックを渡して持ってもらって、水を飲んだら、やっと落ち着いた。情けない…が、ここでは(又は、これから先)、自分が苦労し、全てを背負おうとするのは、うまくいかない。正直に、嫌なことは嫌だということ、やりたいということ、できないということを受け入れること、が必要な気がする(昼食時に、K.Nさんに言われて気がついた。)
 のんびりCooneyを待つ。shu「gansan、カブが止まってますやん!(ありますやん?)」「さすが世界のHONDA!カッコえーなー」全く同感!!フランス車が圧倒的に多いが、NISSAN、HONDA、TOYOTA、MITSUBISHI、MAZDA、ISUZU(最後の2社の車があったかどうかは、記憶が怪しい!)もいる。どのくらいいるかというと、「ぱらぱら<X<ざらざら」な感じ?
 NISSANのブルーバード(おそらく910)がタクシーとして見かけた。グリルにDATSUNと書いてあった。NISSAN PATROL(パトロール、日本名:サファリ)と、TOYOTAのランドクルーザーというでっかい4WDの、新車か?と思うくらいきれいな車が走ってる。もちろん、さっぱり車種が分からないくらいぼろぼろの車もたくさんいる。これは何だろう。「貧富の差」くらいしか想像できない(としか想像しない)自分を発見する。BMWらしきバイクが通り過ぎた。アメリカでもそうだったが、簡単に盗難にあってしまうところで、バイクを所有してるなんてすごいと思う。どんなバイクだって、軽トラ一台あれば、持っていけちゃう。チェーンをかけてれば、チェーンカッターで「バツン!」って切ればいいし、ワイヤーだったら、「ワイヤーカッター」があるし。
1.取られても、また買えるから?
2.「あいつのバイクを盗ると何するかわからん」と恐れられている?
3.どうしても好きだから?
4.実は、バイクは、盗られない?
 これくらいしか想像できない。実際どうなんだろ??
 Cooney氏帰還。所持していた電池がたくさんだったため、返してくれなかったらしい。罰金58$で返してもらったそうである。NOTEパソコンをいろいろな事情から、今回持ってきているのだが、空港でも大変であった。開けて、SWをONして、正常動作を確認しなければならない。爆発物等でないことを、確認しなければならないのだ。
 出発だー!いろんな意味で嬉しい!向かうは、ダカール市内の四つ星HOTELだ!市内は、日本の数十年前といった感じである。幹線道路は、非常にきれいに舗装されている。しかし、枝道は、ほとんど全て、未舗装だった。路肩を示す線から外には、赤土がたまっている。アメリカといっしょで、割り込んだら勝ち!っていうマナー(?)だ。信号は、ほとんど無い。人は、車の隙間を渡っていく。話に聞く(バングラデシュ)ほど物売りは多くないと、感じた。実際、「バングラより、はるかにマシですよ。」(Cooney氏談)というコメントだった。
 HOTEL NOVOTELについた。「ただひたすらついていく」モードになっているため、あまり時間を気にしてないので、どのくらいかかったのかわからない。すでに、空港で待ちくたびれていたため、こらえ性が無くなっている。バスの一番後ろで、S.Aさんの、アナウンスも聞こえづらい(この時S.Aさんの声は小さかった)。しかも、「アレが○○です。」といわれても、せめて、右、左を言わないと、「“アレ”ってなんだよ!わかんねーよ!」ってなことになってしまう。一人、ムカついていた。しかし、雑多な町中に、突然、すっきりとした、涼しそうな建物が現れた。ホテルノボテルだ。!とてもきれいだ。バスを出た開放感も手伝って、とてもきれいに見えた。はァー。
 さっそく部屋に荷物を置いて、一泊分の荷物だけ持って、ロビーへ集合!昼飯だ!Beffe(バイキング:和名)だ!アフリカで、生ものは厳禁と言われていたが、「五つ星ホテルだから大丈夫だろう」ということで、サラダを食す。しかし、オレは内臓が疲れているようだ。今いち食えない。ご飯があったので、ご飯と骨付きチキン、ハムと何かのサラダを一切れずつ食べた。なかなかうまい。たったこれだけで、けっこう腹がいっぱいになったところで、フライドポテトが出てきた。ん〜…。もういいや、と思ったが、HKRちゃんが「おいしい!」っていうので、一本食ってみた。うまい!MACのポテトと違って、いも自体が甘くてうまい。ふと、外を良く見ると、緑がとてもあざやかだ。だんだんリラックスしてきた。
 さあ、出発だ。ダイヤジョブ村へむかう。町を出ると、道端に何も無くなる。バオバブの木だ!スゲー!星の王子様に出てくるやつだ!でかい!スゲー!小さいのもある。鳥の巣がある。この巣もでけー! 一回だけ、水滴のような形をして、ぶら下がってるような巣があった。ハタオリドリというやつだろうか?そういえば、空港の上空に、からすのような集団で、鳶のような形で、鳶のように旋回していた鳥がいた。あれはなんだろう!猛禽類のようである。肉食?何かの死体があるようにも見えない。ゴミをあさっているのか?よくわからん。自分の中にある判断基準では、判別できないことだらけだ!すげー!
 すごい赤土だ。S.Aさん(か、K.Nさん)の解説だと、砂漠化しているところだそうだ。だんだん、何がなんだかわからなくなってくる。後ろでは、「馬があんなにやせてる!かわいそう!」と言っているが、「何かの事情(理由)があって、やせさせているなら、かわいそうでも何でもなく、頑張って生きてるんだ!って言うべきなんじゃないか?」とか考えている。自分の判断基準が「日本で有効」っていうことに気がついた(と思った?)ら、何も言えなくなった。と同時に、もっともっと知りたいと思った。オレは、1997年8月18日のある一瞬しか見ていないのだ。それで、いったい何が言えるというのだ?「日本の基準」で決めたこと(考えたこと)に何の、又は、いったいどんな意味があるのだ?意味はあるのか?無いのか?それすらもわからなくなった。
 舗装路からはずれていく。しばらくして、トイレ休憩のために停車した。後ろの方にいて、やっと出られた。人が歩いて行く方向に歩いてく。「gansan、そっちは女の子です!」と注意が飛ぶ。「本能のままに…」と誰かが言っている。ムカツク。頭の中がてんやわんやで、自分のことが分からない。ただただ頭にくる。小便をした。車まで戻る。途中やけにふかふかする地面なので、手にとってみた。砂である。大洗海岸の砂のように、とても細かな粒子である。さらさらと指の間から落ちる。おそらく、このまま砂時計を作れそうである。こんな土で、まともに農業ができるのだろうか? 全然わからない。足で蹴って、少し掘ってみた。砂の質は変わらない。5cm位下から湿ってはいる。道路は、もっとフカフカだ!今は雨季だそうだが、雨が降ると、一面ぬかるみになってしまいそうである。そうなると、こんな25〜27人も乗れてしまうようなバスとか、大きな重い車は、入ってこれないだろう。道を舗装する必要があるか?それとも、鉄道か?しかし、答えが出てこない。出せない。shuが「gansan、一言お願いします。」とテープレコーダーを突き出す。gansan「ごめん、今、喋れん。」申し訳ないshu。車は再び出発する。
 舗装路から、村までの15kmの道は、ダイヤジョブ村のみんなが作ったそうだ。すげー! 村についた。大歓迎である。女性達は踊り、老人達は、座って拍手をしている。子どもや大人が車によってくる。「荷物は、車の中に置いて行っていいです。」という指示だったので、全部持って出た。村の人達や、運転手さんが信じられないからではない。使うかもしれない道具が入っているからだ。S.Aさん、ニュウキ氏、ババカル氏の先導で、畑を見に行く。果たして、先頭(S.A、サキ)の持つ「The Hunger Project」のボードと、最後尾(DJ.D氏)の持つボードの間に、全員いるようにしながら動けるか?
 やぎの飼育を、先に見るようだ。うまく行っているように見える。実際うまくいってるそうだ。別に日本の農家と変わり無い。しかし、それがすごいのだ。まさに、初めは何も無かったのだそうだ。たかだか数年で、「日本と同じだ。」と言ってしまえるところにいるのだ。これは、とてもすごいことだ。突然「Please give me Your address」と言われた。びびったが、何度か「What?」と聞くと、住所を教えてくれといってることがわかった。最初は、警戒したが、考えてるうちに、HFWで作ってもらった名刺は、英語では、オフィスの住所しか書いてないので、問題無いと思い、名刺をあげた。後で、K.Nさんに「住所を聞かれたんですが、なんか連絡があったりするんですか?」と聞いた。「ん〜、まぁ〜、支援してくださいっていう手紙がくることがあるのよ。しかもprjに、とかじゃなくて、個人的なものにね。」ということらしい。ま、いいや。そん時はそん時。そん時考えよ!
 畑を見るのは、うまくいっていた。村の近くの木は、コナポー(≒HFWセネガル)が植林したものだそうだ。政府から、植林の専門家も来て植林をしている。専門家の名前は忘れた。なぜ植林しているかというと、砂漠化は、進行していて、このダイヤジョブの村も、例外ではない。それで、風が吹くと、砂が運ばれてきて、畑の土を吹き飛ばす。これを防ぐために、グリーンベルトを作り、その中で、畑を作っているのだ。植林(グリーンベルト)は、ユーカリだそうだ。5年くらい前からやってるが、ユーカリは育つのが早いため、最初に植えたものは、家などの建材に使用して、次からは、もっと長い年数育て、売りに出すようにするそうである。作物は、落花生のような、ピーナッツ(豆)で、なかなかおいしかった。現在雨季のはずだが、例年より雨が非常に少なく、植物が育ってないとのこと。確かに、そのピーナッツの木(草?)は小さかった。もう花が咲こうとしているのに、手のひらくらいの大きさしか、茂ってない。芽が出たてなのかと思っていた。馬や、やぎもやせてるはずだ(わけだ)。見渡せる範囲の畑。と言うと、小さいようだが、山が無い。地平線が見えてるところでの、「見わたせる」というのは、でたらめ広い。ここを人手で(ロバくらいは使ってるようだが)、開いたのかと思うと、言葉が無くなる。具体的な広さを教えてもらったはずだが、忘れた。ここは、砂漠化を食い止める砦かもしれない。彼らは、ただ、一生懸命生きてるだけだが。
 さあ、村へ戻る。畑の中は土が固い。根がはっているためだ。あぜ道はフカフカ。しかし、とにかく大勢の人がついてくる。ものすごい団体だ!大人もたくさんいる。子どももたくさんいる。子どもは、ツアーの中に割り込んでくる。前にいたいのか?我々の隣にいたいのか?よくわからんが、別に気にならない。むしろ気持ちがいい。目の白い部分が目立つ。おそらく目が見えないのではないか、と思われる子どももいる。「アフリカ(この辺)の人達は、体が大きかったり、強そうに見えても、ビタミンなどの栄養が不足しています。」とのことだ。
 村の建物の辺りまで戻ってくると、女性の方々が踊っている。大歓声で迎えてくれる。S.Aさんが、飛び跳ねてた。困ったもんだ。しかし、先頭はそっちへはいかず、右へ曲がって、でっかい屋根だけの建物(女性達が、手工芸品を作るところ)へ入って行く。何人かは、踊りの方に行ってしまう。FKDさんとIさんだ。「Iさん!列からはずれないで!」オレとDJ.Dが叫ぶ。
 手工芸品を見る。あっという間に、人だかりで、見えなくなる。子どもが、お母さんにおこられる。世界中、どこでも変わらない風景だ。手工芸品は、家庭用品からお面まで、いろんなものがあった。ペットボトルで作ったおもちゃもあった。子どもが、ポンプをまねて作ったのだそうだ。あーもー暑い!風が入ってこん!大歓迎はありがたいんだが。
 次は井戸を見に行く。しかし、日が沈んでしまった。あっはっは!バングラスタツアの話に、似てる。村から少し離れた、少し低くなったところに井戸はあった。周りをトゲトゲのある低木(腰くらいまで:1m?)で囲まれている。井戸は、ポンプではなく、つるべだった。何と、ここで、ツアーメンバー全員分の25本の木を植林させてくれるとのこと。すごい!この村には、S.Aの木と、SKKの木があるそうだ。まずYEH。しかし大混乱!撮影部隊もYEHだから大変だ。次に我々大人だ。初めてだったので、思わず「オレの木!」と叫びながら、写真を撮った。
 さあ!車へ向かうぞ!!真っ暗。toshikiが、先頭の看板を持っているが、暗くて見えない。オレのマグライトで照らす。みんな荷物を置いてきてるので、だれも明かりを持っていない。オレだけだー!へっへーだ!
 車にたどり着いた。宿へ向けて出発だ!車が走り出すと、何人かの子供たちが、ついて走っているらしい。大騒ぎだ。オレたちは来て見て去って行く。彼らの邪魔には、ならなかったのか?今まで、経験したことの無いような大歓迎を受けるほどの、ツアーだったのか?今は、ただ現実&事実を受け入れるだけだ。それしかできないし、今は、それだけにしておきたい。
 月が明るい!しかし、横から何が出てくるかわからない道を、この運転手のように、オレはぶっとばせんな。村から道路まで、15kmを15分で走ってしまった。スゲー!しかし、HOTELまで2時間から、3時間かかるそうである。あまり道中のことは、覚えていない。頭が、全て「受け入れる」チャンネルのみになっていて、ほとんど考えてない。
 コンババホテルについた。リゾートホテルだそうだ。晩飯にありつけるとのこと。時間は22:00!!ホテルの人も大変である。部屋は、全員二人部屋だ!おれは、DJ.Dと。いったん、部屋に入り、荷物を置いて、ロビーへ集合、その後飯になると言うことだ。
 部屋で、とっとと蚊取り線香をたく。ロビーへ集合。ぞろぞろとHOTELの人について食堂へ。結局全員でステーキになった。ネコがたくさんいる。しかし、「病気とかが心配なので、さわらないように!さわった場合は、手を洗って食べるように!」という指示が出た。しかし、Iさんが、オードブルの魚のフライを、ネコにあげてしまった。「これで終わりだから。」と言ってネコが、「ハイ。」とでも言うと思ったのだろうか?案の定、まとわりつきはじめる。指示に従わないことにむかつく。とーとー、Iさんの足に、前足をかけるネコまで現れる。手の甲で払ったが、触ってることには変わり無い。HOTELの人が追っ払っても、座ってる人にまとわりつく。ちひろちゃんが「いくらHOTELの人が、追っ払っても、寄ってくるね。」オレ「座ってる人は、エサをくれるからね。」何だか、えらく、いやみなやつになってる。
 …一時間近くたったが、まだ料理(メイン)は出てこない。誰かが、「日記を持ってくれば良かった!」と言った。そうしよう。ガタッ!と急に立ったから、「だいじょうぶ?」と言われたが、答えなかった。もう余裕が無い。DJ.Dから、カギを受け取り、部屋へ帰ろうとするが、わかんなかったので、もう一度食堂へ。Ocaに聞くが、出てすぐですとか、少し明確じゃない気がしてムカツク。
 部屋へ戻り、ノートを持って再び食堂へ。どうやら、料理が来たらしい。「ま、いいか。」自分でもびっくりするくらい、むかつかなかった。しかし、ラムだそうだが、かたい。だんだん食うのがめんどうになる。半分弱くらい残したが、もういい。「デザートもありまーす!」と誰かが叫ぶ。もういい。待ちたくない。部屋に戻った。
 DJ.Dが戻ってくる。「デザート来たんだ?」「いや、けっこう待ちましたけど、ザッ!と食ってすぐ来ました。」オイラがベッドにねっころがる。「なんかさー、よくわからんよ。ダイヤジョブ村につくまでの間に、いろんなものがあったじゃない。そんで、それを、色々判断するオレがいるわけヨ。だけどさ、その判断する基準ってのがさ、『日本人のgansanの基準』なんだよ。日本と比べてるんだよ。それって、全っ然意味無いじゃん。作物が取れたり、砂漠化が進んでると言っても、そんなの一年の内の一日のたった数分、数秒しか見てないのに、判断できるかっちゅうの!もう、良いか、悪いかなんて、わかんねーんだよ。現実とか事実が、圧倒的な迫力で頭に入ってくるんだよ。だから、受け止めるだけで、精一杯で、自分のことしか考えられなくて、今だめなんだよ。すごすぎて、もう、どうしようもないんだ。思い出すだけで、涙が出てくるよ。」
 食事前にシャワーを浴びてたので、寝る支度のみ。山伸達が「gansanライター貸して下さい」とやって来た。「なんで?」「蚊取り線香に火をつけるんです。」ペンタゴンを貸した。
 気を紛らわせるために、HKRちゃんと、きょうこちゃんの部屋へ行った。「どうだった?」ときょうこちゃんに聞かれて、DJ.Dに話したことを繰り返す。また、涙が出る。落ち着いてから、こちらが、「部屋とか、体とか大丈夫か」と聞くと、「シャワーがチョロチョロとしか出ないけど、しょうがない」というので、「オレらの部屋は、透明な水が、ジャンジャン出るよ。」ということで、HKRちゃん、きょうこちゃんの順にオレらの部屋を使うことになった。銭湯である。HKRちゃんのシャワーは、なんとなく長い気がする。きょうこちゃんがシャワーを使ってる間に、寝てしまった。 01:00就寝。

こんにちわ
個人に対して=ナンガデフ
複数人に対して=ナンゲンデ

ありがとう=ジェリジェ

ナガサドコダ? ミギダラ
How are you?  Fine thank you

8月19日(水)(セネガル時間)
 06:30起床。ピーピー目覚し時計が鳴ってる。あ〜〜〜――――…。ちひろちゃんたち、起こさなきゃ。昨日電話で、ルームNoをおしたら、どこにかかったか知らんが、「アロー?」って言われて、間髪入れずに切ってしまった。また、そんなだといやなので、部屋まで起こしに行く。ドアをノックすると、ちひろちゃんが出てきた。どうやら、起こしにくるまで、寝てたようだ。あぶないあぶない。
 部屋に戻り、準備をして食堂へ。途中、リカとサキに会う。食事に行くと、S.Aさんが、すでに食べようとしている。卵焼き、ソーセージ、コーヒー。ジュースがおいしい。そーそー、場所は、テラスで朝食を摂っている。今朝は、何とか、オレが、落ち着いている。プールがあり、緑の芝生、さすがリゾートホテルだ。あっちにも、こっちにも、木の上にもネコがいる。何で? さて、食い終わったら、とっととロビーに行かなくちゃ。
 ロビーで待ってると、みんなやって来た。今日は、ンパール村6ケ村を見に行く。バスに乗り込む時、後ろの方に並んで、前の方に乗ろうと思ったのに、結局、後ろから2番目の補助席になってしまった。
 どんどんバスは走る。どのくらい走ったか。急に道をそれて入ってく。でっかい給水塔のようなものが見えてくる。最初の村だ。THPスイスが、給水塔を作り、非常に良くなったそうだ。ここでも、すごい歓迎を受けた。木陰にテーブルがセッティングされていて、村長さんたちと話をした。感謝、承認の嵐だった。
 このように水が確保されるまで、何時間もかけて、値段の高い水を買いに行ってたそうだ。さらに、HFWがくるまで、トイレというものを知らなかったそうである。正確には「トイレという言葉が無かった」とおっしゃってた。今は、トイレもあるし、水もある。なかなか、がんばってるじゃん、とも思えるが、ほとんど、0からスタートして、数年で、ここまでになっているのである。いろいろな施設ができたり、プランが立ち上がったりした時は、パワフルだろう。しかし、それを維持し、発展させ、結果を出して行くのは、大変だ。
 この後、オレが自分で持ってるミネラルウォーターが、底を突いた。たまらなく不安で、何とかして確保しようと考え始めた。あまりに意識しないが、水は、不可欠なものなのだと感じた。どれだけ大切か、計り知れないと思った。
 すごい!すごい!の連続だ。しかも、次の村からは、バスが入れないので、ピックアップ等の4WDで、小分けされて行くことになった。迷わず、ベンチのついたピックアップ(TOYOTAハイラックス)の荷台に乗った。
 走り出す。すごい。風がすごい。40km/h〜60km/hで走ってるのだから、当たり前といえば当たり前だ。立って、車の上に頭を出したくなるが、危ないので、やめた。急に減速し、曲がって行く。確かに轍はあるが、標識があるわけでもないのに、曲がるところを良く覚えてるもんだ。すげー! 速い、速い。
 給水塔のある村で、首筋に日差しが当たるのを感じてしまった。それくらい暑い。正午くらいになると、影が、ほとんど真下にしかなく、影踏みと、鬼ごっこが、ほぼ同じ遊びになってしまうんじゃないかと思うほどだ。この時は、太陽を探さなくてはならない。どうも、太陽が真上にある感覚に慣れない。しかも、動きが速い。これは、びっくりした。赤道に近いと、ずっと影が短いと思っていたが、短いのは、正午前後(±30分〜60分)くらいで、後は、影はどんどん伸びてくる。赤道近くでも、太陽は、昇って沈むのだから、当たり前だ。それもすげー!頭で、わかっていても、体験してみるとすごいもんだ!さて、首筋に日が当たるのを避けるため、バンダナを、後ろ頭と帽子ではさむ。真上に太陽がある時、野球帽タイプはだめだ。麦藁帽子のように、全体につばがあった方が良い。その方が、どっちを向いても、真上からの日差しを防げる。
 車のスピードが上がる。オレと同じ車には、進行方向に向かって左前から、shu、オレ、Cooney。右前から、toshiki、サキ、リカが座ってる。
 shuはときおり録音するために、テープレコーダーを片手に、シャウトしている。
 オレは、ひたすら前を向いている。
 Cooney氏は、髪型が、くっきりと7:3分けか、8:2分けになってしまい、ひとしきりみんなに笑われた。
 toshikiは、砂が飛んで来て痛いのか、顔を上げられないようだ。
 サキは、特に不平不満は無いようで、一番楽しんでるのではなかろうか?
 リカは、ビデオカメラを抱えて、はねている。
 まさかアフリカの大地を、ピックアップの荷台に乗って、疾走するなんていうTVでしか考えられないことができてしまうとは、思ってもみなかった。ということについては、全員一致した。
 結局、強風のために、帽子とバンダナがとんだ!まっ、いいか。と思っていたら、後ろの車が、わざわざ止まって拾ってくれた。ひゃー!大迷惑!まっ、S.Aさんに知られなきゃいいや!少し止まって、後ろの車が追いつくのを待った。後ろの車には、S.Aさんが助手席に座ってた。ショックは隠せない…。その後特に、何も言われなかったので、ほっとした。
 次の村についた。この村の記憶は、はっきりしてない。ンパール村6ケ村(実際には4ヶ村しかまわれなかったが)はグランパールとかいう感じの名前で、名前も覚えきれなかった。あまりに情報量が多すぎて、省略する部分も出てくる。村の詳しい内容は、YEHが、これがまた人間業じゃないくらいメモしているので、良い報告書ができるであろうと思われるので、それに、期待する。
 さあ、次の村だ。タイヤが少しスライドする。良く見ると、4WDにしてないようである。FRで走ってるようだ。すげー! 確かにあの大きなバスでは、大変だろうが、小さくても大変だと思うんだがなあー。
 更に、オレは荷台を断念。日差しと、砂混じりの風と、振動(控えめすぎる表現だ)で、疲れすぎる。車の中で、のんびり行くことにした。のんびりとはいうものの、突然ドアが開いて、放り出されないようにロックし、あまりドアによっかからないようにした。放り出されたら、砂がショックを吸収してくれるだろうが、すみやかに後続の車がとどめをさしてれるだろう。
 次の村は駆け足だった。歓迎感謝の雨あられ。メルシー!サンキュー!の大合唱!これは、こいつぁー、1億5000万(この年の貢献金額の目標)は、達成せにゃいかん(責任者はオレ)、と思った。バリバリ仕事したいと思った。やりたいことをやりたいと思った(グータラ生きるのは申し訳ないというか、もったいない気がしていた)。
 染め物をする道具を出していたのが気になったが、足早にそこを去って行く。申し訳ない気がする。もっともっと達成を聞きたい。もっともっとうまくいかなかったことも知りたい。が、時間的な制約はいたしかたない。時間を見ると、14:00をまわっている。しかも、これからバスに向かうとのことである。他の村には、行かないそうだ。しかたないか。
 ピックアップは、走り続ける。shuも、ナビシートに座ってる。バイク乗りでツアラー二人が車の中というのも、おもしろい。車のわきの砂の上に、風紋ができている。砂の粒が細かくて、乾いているからか?赤土である。おそらく、砂漠化という現象の一部だろうと思う。ここは、最前線なんだ、と思う。「かわいそうだ」とも、「俺達の代わりに」などとは思わない。そこで生活するのも、しないのも、彼らの自由だ。後でK.Nさんが言ってた。「生れる場所や、環境は選べない。後は、それを踏まえて、自分がどうしたいか、が大切なのだ。」同感。などと考えてるまに、バスを置いといたところへ到着。とっとと乗り換えて、バスがスタートする。
 もう疲れた。腹へった。すげーつあーだ。S.Aさんから、大発表。「ダカール市内は間に合わないので、もっと近くで昼食にします。」よし!これで、元気が出る。
 で、ついたところは、「ゲストハウスレストラン(?名前に自信無し)」魚と肉が選べるということなので、迷わず肉!オレのテーブルには、オレから時計回りに、HKRちゃん、TYKさん、ちひろである。
 ちひろが、さっきから、ミネラルウォーターのボトルやグラスを、ひたいや、ほっぺにあててるのが気になる。「どうしたの?」「いや、つめたくて、気持ちよくて…」「日焼けがひどいんじゃないの?」「大丈夫です。」しかし、日射病や、熱射病だとまずい!すっと、席を立って洗面所の方へ、ちひろが出て行く。よっぽど熱があるのか?FKDさんに事情を説明して、見に行ってもらう。あと、K.Nさんが、体調担当なので、報告した。すぐ洗面所へ行ってくれた。DJ.Dは、YEH担当で、全体のしんがりなので、報告した。ちょっとして、全員戻ってきた。「目にゴミが入って、コンタクトが痛くて…」なんぢゃそりゃ。日焼けは本当に、たいしたことないらしい。今一つオレがかみ合わない。
@ オレに余裕が無いので、他の人のことに完全に気がまわってない。
A ちひろとは、ほとんど今日が初対面なので、情報が少ない。
B 初対面で、良い子なので、かまいすぎてる(困ったもんだ)
が原因かなあ。
 突然、シェアの時間になったが、S.Aさんの「日本語以外で」という言葉で、急にのけ者にされた気がして、ムっとした。しょうがない。くやしい。書きたくはないが、くやしい。
 一時間ほど待って、やっと料理が出てきた。かたい。が、うまい。さあ、食ったらとっとと出発だ!なんかえらい人(Aさん)が、会いたくてノボテルホテルで待ってるから、急ぐそーだ。3時間くらいかかるそうだ。出発したのが18:00だから、21:00くらい。その後、おやつ程度のパーティーみたいのがあって、荷造りしてアクラへ出発だ。
 バスの中では、2つに分かれる。若いやつらと、それ以外。FKDさんが、オレンジを配る。柑橘系の香りは好きだが、これは強烈だった。頭痛がしてくる。しばらくすると、バスの前の方の若いやつらは、あいかわらず騒いでいるが、後ろの方は、寝に入った。
 おれは、各地の人達が、生きていることに、やってることに、パートナーシップに、感動していた。「自然と涙が出てくる。」というやつを体験していた。サングラスをとれん。
 更に、しばらくすると、前の方もあきてきたらしい。まだ、後一時間以上ある予定だ!しかたがない。だれか、おれにふってくれないかなと思いつつ、「じゃ、山伸一曲!」。ごちゃごちゃみんなが、いろいろ言ってるが、どうにかこうにか「赤いスィートピー」が始まった。TTKWがいっしょに歌っている。一生懸命思い出しながら、歌ってる。終わってしまった。後に続くやつがいない。じゃぁ「DJ.D!B‘zとかどう?」無言で顔をそむけるDJ.D。「どうしたの?」「…」「歌わんの?」「…Ocaのいる前では、二度とB’zを歌わないんです。」しかし、ユニコーンの曲を歌った。さすがDJ.D。しかし、続けて歌うやつがいない。しょうがない。「shu!君の不思議な喉を、みんなにおひろめしないと!」結局、shuが歌う決心をする前に、ちがう話題で盛り上がっていた。前の方だけ。
 K.Nさんが起きた。「前の方、あんなに大騒ぎして、今晩大丈夫かしら?乗り換えしながら、ガーナまで行くのに。」むしろ、ぐったりしてくれてた方が、楽なんじゃないかと思ってしまった。
 DJ.Dが“gansanDJ.Dごめん!」DJ.D「…」gansan「今度飯おごるから許して!」DJ.D「だいじょうぶっすよ!!」よかった。しかし、いやな気分だった。どうにも自分が押さえられない。周囲の雰囲気が読めない。気がきかない。本当にごめんなさい、DJ.D
 さあHOTELについた。とっとと荷造り!部屋にいれば、パーティーのお呼びがかかるそうなので、荷物を置いてる部屋で、ごろごろすることにする。ボテッと寝て左腕をカバンの上に投げ出して伸びていた。「ちょっとすいません」と、テノールが聞こえる。S.Aさんだ!!おれが腕を置いてたのが、S.Aさんのバッグだった。まずい!!飛びのく!フタがなかなか開かない。フタが少しめり込んでいる。やばいか?!しかし、何事も無かったかのようにフタを開け、準備するS.Aさん。びびりすぎ!(この時、まだ俺は、S.Aさんを、非常に恐い人と思ってました)用意が終わったら、とっとと部屋を出て行った。いつでもどこでもS.Aさんは、ザンザン先に行く。「みんなバラバラにならないように!」とはいうものの、思わず、「あんたが最初にバラケとるんや」と、突っ込みたくなる。まっ、しゃーないか。
 先程「部屋で待機」の指令が出た時、全員が入れるわけ無いし、入らない人もいるはずなので、すかさず「部屋にいない場合は、点呼のリーダーか誰かに、自分の居場所を明確にして行くように!」と言っておいた。後で苦労するのは、指示に従ってじっと待ってる人だからね。
 「ちゃっちゃと下りて来い」という電話がきた。じゃんじゃんおりる。バーティー会場では、すでに談笑が始まっていた。このAさん(名前がすっかりわからん)はだれ(どの人)だろう?
 ドリンクのカウンターでホテルの人がドリンクを用意してくれるのだが、なかなか、順番が回ってこない。結局グラス無しでかんぱーい!チッ! Aさんはすでに帰っちゃったそうだ。なんじゃそりゃ?!20:30までしかいられなくて、オレたちが、結局間に合わなかったらしい。う〜ん、アフリカ時間か!?
 さてさて、少したってから、YEHセネガルからYEH−JAPANにプレゼントがあるらしい。ババカル氏により、手渡されていく。「おか……ざき」一瞬おれかと思ったが、YEHじゃないから違うか、と思いなおした。プレゼントは、四角い鉛筆立てのようなものだ。「くに…こ」早口言葉のように名前が呼ばれる。「『くに』って言ってるから、『Cooney』だろ!」という声でCooneyが受け取りに行く。よくみると、くにひこ。松だった。そのうち「...(gansan)」と呼ばれる。何と、今回のツアー参加者全員にあった。すっげーうれしい!!普通の旅行会社のツアーでは有り得んぞ!プレゼント(現地の人から)はあるかもしんない。しかし、ツアー料金に含まれていることが多いだろう(と思う)。感激だ!あと、Tシャツをもらい、YEHに配る。こちらは、全員分と言っていたが、10枚くらいしかない。とりあえず、代表とかスタッフから配ったから、カッコつくだろう。
 HFW−JPAN、YEH−JAPANから、YEHセネガルへ、額が送られた。毛筆で「飢餓の終焉」と書いてある。K.Nさんのお父さんの書だそうだ。すげー!
 う〜ん、YEHの日本代表に比べて、HFW全国代表のオレは、なんて何もしてないんだろう!でも、まあこんなもんだ!オレが表舞台に立つなんて、よっぽどの非常時だからな。よいよい。最後にババカル氏と話した。もちろんTYKさん付きだ。会話の内容は忘れちまった!
 サキからのアナウンス、「S.Aさんの指示で、夕食としてサンドイッチを注文しました。荷物を持ってきて、待機して下さい。」K.Nさん「時間はあるの?」サキ「わかんない」う〜ん。ちょっと「S.Aさんを見捨てる」モードになってるか?…やがて、テラスに用意されるとのこと。虫除けスプレーしなきゃ!
 重い荷物を持って、エッチラオッチラプールサイドを歩く。テーブルにつく。K.Nさんと、同じテーブルだ。「きっと時間がかかるのよ。きっと遅い。」とりあえずミネラルウォーターのボトルを確保する。やっときた。うまそーだ。かぶりくつ。早く食わなきゃ!…かたい。一個食べたら、アゴが疲れた。オイラのサンドイッチは、チーズ入りだった。K.Nさんは、野菜サンドを食べてる。2個目をどうしようか悩んでいると、飲み物が来た。ガッと飲み干す。各テーブルに山のようにサンドイッチがある。この時間と固さでは、とても食いきれんが、どーしよー?S.Aさんが「ドライバーにあげよう!」。全部あげた。サンドイッチ一抱えというのをはじめてみた。すげー。それを、ちゃんともらう人も、はじめて見た。すげー。
 さあ!空港へ行くぞ!バスへ乗り込む。今度は、荷物をルーフへ上げることにした。バスのドライバーが、とっととルーフへ登る。後を追って、N.K先生がエッチラ登る。一瞬おれも行くか?!と思ったが、「慣れないことはするもんじゃない」という一文が脳みそを駆け回ったので、やめた。ちゃっちゃと、てめーの荷物をルーフへ投げて、さくっとバスの中へ入った。みんな、なかなかすばやい。あっというまに出発だ。
 ダカールの空港へ向かう。なんていう名の空港なんだろう?良く考えてみると知らない。ダカール空港ではないようだ。空港到着。けっこう人がいる。夜、暗い所で、たくさん人がいる中に、車のルーフからじゃんじゃん荷物を降ろすのは、不安だ。「あいよ」とわたした相手が赤の他人だったとか、シャレにならんなと心配する。幸い、手慣れたYEHがいるおかげで、誰かが必ず見張っていたので大丈夫だった。自分の荷物を確認したものから、S.Aさんを探しながら動き出す。あいかわらず、さっさと行ってしまうS.Aさんだった。
 チェックインカウンターの前に並ぶ。かたまってチェックインすれば、席も近くなるようだ。TTKWさんか、HKRちゃんか、ちひろと、隣になりたいと思ったが、今並んでいるおれの回りは、shuや、TNDさんや、SKKさんだった。「しまった」という文字が、白地に黒でくっきりと浮かび上がっていた。
 周りに黒い人達が、どんどん増えてくる。もうなれた。しかし、彼らの荷物は恐ろしくでかくて、多い。リカが二人、HKRちゃんなら三人くらい入りそうなトランクを2個〜3個+ダンボール+袋+手荷物。ダンボールも、TVでも入ってるの?って思うくらいでかいし、袋はバーゲンの帰りか?って思うくらい丸くふくらんでいる。そりゃ荷物検査も、厳しくなるよ!すげー!
 チェックインカウンターに人がやって来た。AirAfricueのプレートを上に引っかける。チェックインの始まりだ。アフリカの人は、けっこう平気で割り込んでくるが、今回は大丈夫のようだ。しかし、何故か名前が呼ばれる?呼ばれた順にチェックインしてるようだ。当たり前だが、アルファベット順である。しかも、セカンドNAME(姓)!すげー不思議。ファーストNAMEだと思ってた。わしは、あいうえお順じゃないから、イロハかなと、ばかなことを考えていた。オレがチェックインする時、S.Aさんに聞いたら、「団体扱いにした。そうすれば、一人二人荷物が重量オーバーしても、25で割るから大丈夫。」なんだそうだ。一言、みんなにそういえば、もっと落ち着いて待ってられたのに!
 チェックインが終わり、チェックインが終わった人のところに寄り添う。TTKWとかが、席のチェックを始めたのでオレもチェックした。「32K」K!すげー!窓側だ!32のHが隣りなので、探すが、見つからない。どうやら、結構バラバラになっているらしい。じゃあ、隣りがshuや、TNDさんじゃない可能性も出てきたなと思うことにする。みんなチェックインが終わり、移動。荷物検査。機に搭乗するまで、また時間があるんで、みんなで、ぐったり休む。
 さあ!搭乗だ。だやだやと乗る。オレは、後ろの真中よりの窓際だ!隣はだれだろうと思ってたら、黒人のおやじが座った。「まっいいや」と思ってる自分にびっくり!すげー!だんだん変わってる。そーそー、オレの席にはブランケットがなかったので、DJ.Dに聞いてみると、「オレも無かったんで、前の空いてる席から持ってきちゃいました。」オレもけっこう前の方から、かっぱらってきた。
 これからアビジャンまで、2〜3時間だ。今回は寝ることにする。
 飛行機が加速する。かたむく。フッと振動が無くなり、Gの方向が変わる。どんどんのぼっていく。初めはいやだったが、今はおもしろい。困ったもんだ。8/20(木)02:00AM(8/19 26:00)寝る。

8月20日(木)(ガーナ時間)
 04:00くらい。(だったと思う。)まだ、外は暗い。ダカールを出発してすぐ、窓から遠くの方に(とてもでかくて、すっげー近くに見えた)、雷が見えてた。「おー!すげー!」と思いながら見てた。
 機内食が出た。夕食と、朝食だと思う。夕食のメインは、魚だ。あんみつみたいなフルーツのデザート以外、全部食った。S.Aさんのコメントだと、NewYorkで積んでるから大丈夫。だと思う。」「おいおい、その『思う』っての、やめてほしいなあ。」と言ってたが、「そりゃそーだ!このスペースの狭さで、味にこだわって、アフリカ産のものを積みっぱなしで往復する余裕など無いな。」と、後で考えたら根も葉もない理由を考え出して、納得していた。恐ろしいことである。「知らぬが仏」とはこのことか。
 朝食を配っているので、目が覚めた。クロワッサンとバターは、食った。しかし、生っぽいものが多かったため、夕食ほど食わなかった。
 さあ、アビジャンだ。ここでは、パスポートを全部取り上げられて、コピーをとられて、返されるのだそうだ。しかも、TRANSITのところなのに、長い列になっている。すごいよなあー。テロ対策とかなんだろうが、待つ方も、待たせる方も大変! と思ってたら、サキが叫ぶ。「日本!日本!パスポートを集めて!!」ちゃっちゃと集まり、提出。というか、見せて、取り上げられもせず通過。さっすがS.Aさん!すげー!
 さて、また金属探知器と、X線だ。通ったところで、ピーピーなる。なんか警棒のようなもの(ハンディータイプの金属探知器と思われる。)で、体をトレースされる。手で、向こうに行けとうながされる。よかったよかった。
 ゲートを出ると。右側の椅子に座ってるやつら(なんか軍服みたいな服を着てるが、後で警察だと聞いた。)に、パスポートを見せろと言われた。アクラに行くのか?と言われて「Yes!」どこから来たんか?と言われて「ダカール!」って言ったら、返してくれた。みんなのところに行って、さっきのやつらを見てると、チェックしないで通ってきちゃう人もいる。K.Nさん達は、ノーチェックだったそうだ。「私たちが通った後にやってきて、思いついたようにチェックしてるのよ。」たいしたもんだ。
 X線検査では、サキが「ドン!」と荷物を載せちゃって、X線検査の機械を止めちゃって、アルカイックスマイル(サキ)と眉間の縦じわ(検査官)で、不思議な雰囲気になっている。続いてリカも止めちゃったらしい。たのむよ…。
 TNDさんが、さっきの「パスポート思い付き検査野郎」につかまって、いろいろ見せろと言われてるようだ。沖縄三味線が気になってるらしい。ちょうどその時、Cooneyが出てきた。「沖縄三味線が気になる野郎」に気づかれる前に、こっちに呼ぼうと、みんなで手招き。Cooneyは、「思いつき荷物検査野郎」が気になりつつも、キョトンとした顔でこっちに来た。クーニーは電気関係の物をたくさん持ってるから、「思いつき荷物検査野郎」が気に入りやすいので、こっちも気がきじゃない。TNDさんに、身代わりになってもらったような物だ。
 今回、なぜか、S.Aさんが最後。「はやくこっちに」と呼ぶまもなく、なんと自ら「思いつき荷物見せろ野郎」に、立ち向かって行く。ひとしきり話をした後、涼しい顔でやって来た。とうやら、勝ったらしい。さすがだ!
 ずいぶんひっかかってたTNDさんの話では、「三味線を指して、“これは何だ?”て言うから『ミュージシャン』って言ったら、“財布を出せ”って言われて、中身まで見られた」とのことである。「支離滅裂野郎」だ。
 待合室で待つこと数十分。やっと乗り込みだ。「荷物はついてきてるはずだよね」と翼に確認した。「そのはずですけど…。」心配してもしょうがない。
 アビジャンからアクラまでは一時間くらいなので、飛行機に再搭乗してからは、ずっと窓の外を見ていた。
 タキシングウェイを、滑走路へ向けて移動して行く、と思っていたら、いきなりUターンした。どうやらすでに滑走路上を移動していたらしい。う〜ん。すごい!ゴゴゴゴゴゴ…エンジン音とともに、ロードノイズも大きくなる。加速のGを感じる。この時のGは、ほぼ1G強だということだ(ギャランVR4が、日本の市販車で、初めて1Gの加速ができたということである)。
 ロードノイズが、ゴゴゴ…から、だんだんガガガ…と変わって、Gの方向が前→後という感じから、上から下へと変化する。離陸だ。(ズ+シュ+ジ+イ)−というような音がして、ざんざん上昇して行く。進行方向に対して、右側に座っていたので、海岸線が見えた。ラッキー!がしかし、厚い雲にはばまれていく。しばらくして、雲の上に出た。すっげーと思ってたら、やがて高度10000mと表示が出る。10000m→10km。歩いて2時間、車(時速60km)で10分かと思いつつ外を見る。雲海が広がっている。すげー!ふと、ここから見る上空はどうなってんだろう、と思い、見上げると、なんと薄い雲があるではないか。「すっげー!まだ高いところにも雲があるんか!あなどれんな!」と、今考えてみると、何があなどれんのかよくわからんが、感心した。
 ただただ雲が続くのをあきもせず見てると、なんかアナウンスがあって、高度が下がり始める。アクラらしい。どんどん高度が下りる。時々ふっと「ただ、落ちてる」感覚におそわれる。あまり、いい気持ちではない。主翼を見ると、フラップが伸びてくる。下には雲がせまる。雲の中に入る。雲の下へ飛び出す。と思ったのに、いつまでも雲の中にいる。リズムの悪い飛行機だ。
 時々地面が見える。川もたくさんあった。自分が「非常に豊だ」と感じているのが、はっきりとわかった。ここの飢餓って何だろうと思った。スラムか?と思った。それがまるっきりわからない自分に、失望したり、勉強不足を感じたり、よくそれでワークショップをリードしてたなと感じたりした。
 おれが何を感じてようと、関係なく高度は下がる。目は、飢餓を探そうとしているが、もう脳は全て「今を吸収する」モードが全開である。
 地面がせまってくる。ドドドド…ガガ…と振動が襲ってくる。着陸。ズン!という感じで、第一主脚が地につく。スピードが下がり、ゴゴゴ…と音も変わる。さあついたついた。
 ガーナだ。どんどん荷物を出して、ざんざんおりてく。入国審査は、バラバラ。S.Aさんは、トップで抜けてく。荷物検査のところで待ってると、S.Aさんが検査官と、交渉している。検査官は、黙って歩き出すが、S.Aさんがずっとくっついていく。事務所にまで、一緒に入ってしまった。ちょっとして、出てきた。いつもの涼しい顔だ。どうやら、勝ったらしい。荷物検査はほとんど無しで、ゲートを通れてしまった。やっぱり、S.Aさんはすごい。
 空港を出ると、サキとかにハグしてくる人がいる。後の方から「フィティグだ!」と叫び声がする。フィティグ・タデッセ博士だ。わしがHFWの看板を持って近寄ってくると、看板を見て、「You are HFW!」と言ってハグしてくれた。よかった。
 ひとしきり挨拶が終わって、バスに乗ってHOTELへ向かうことになった。ぱっと見て、でっかいバスが止まっていた。あれかなあーと思ってついていくと、だんだんバスから離れていく。ちがうか、と残念に思うと、柵の切れ目から、外に出て引き返す。やっぱりでっかいバスだった。でっかい観光バスだ!車両の真中辺にも、出入り口があり、なんとトイレもついている。50人がゆったり座れる。そういえば、全然触れてないが、日本を出ていらい、ずーっと右側通行で、バスのドアは、右についている。NYでなれた。NYでも、TAXIとかでただ走ってる時はそんなに気にならないが、交差点で曲がると、なんとなく「おいおい、どっちの車線に入ってるんだよ!」っていう違和感があった。自分で運転してたら、えらいことになってたような気がする。
 バスに乗り、二人がけの席に、みんな一人づつ座っている。冷房も効いてる。アクラの空港を出てから、急激に環境が変わってきた。
 出発。10分も走らないうちにHOTELについた。「GRANAD HOTEL」バリバリのリゾートホテルだ。とりあえず部屋割りをして、荷物を置いて、15分後に集合ということだ。同室は、DJ.Dとである。15号室、3階だ。とっととテラスへ行く。みんなすぐ集まってくる。今日はこれから夕食(19:00)まで自由行動ということだ。HOTELから離れる人は、gansanまで言いにくることになった。…つまり、おれは、動けないわけか…。まあちょうどいいといえば、ちょうどいい。自分でもわからないくらい疲れてるようだから、休む理由ができた。空港まで、歩いて行ってみよう。とか思ってたとこだった。危ない、危ない。
 まず、飯を食いに行くことにした。DJ.D、オレ、TTKW、松、翼だ。テラスの横のレストランで食った。マシュマロ(マッシュルーム?)スープのチキンを食った。うまい。DJ.D、松のステーキがうまい。これで、20$(実は、後で7$とわかってびっくり。)は妥当かもしれない。
 部屋へ戻って、何かしようとするが、頭がちゃんと考えてくれない。やはり、疲れているのだ。DJ.Dが、先にシャワーを浴びる。その間に、ボーッとしておいて、少し休んで寝るなり何なりしようと思った。実は、この日記もダイヤジョブ村にたどり着いていない。書かなきゃ。
 DJ.Dがちょうど、パンツ一枚になってバスルームの方へ一歩踏み出した瞬間に、「コンコン、gansan、TTKWです」!「ナイスタイミングだよ。TTKW!」とオレ。どたばたとバスルームに隠れるDJ.D。ドアを開けて、TTKWを入れる。「でも、20秒ほど待ってて。」もう一度、少し外で待ってもらってる間に、DJ.Dの「gansan!タオルと、Tシャツと、パンツを取って下さい!」というリクエストに答える。TTKW、15号室へ入場。ICKWさんと同室だが、シャワーを浴びて、””ったから、この部屋に来たということだ。
 話をしながら、デイパックからサントリーの緑茶を出し、目の前にかざして「飲む?」と聞くと、「がーーーーんさーーーーん…」もう、うるうるシタ目で、声にならない声を出して、カンにほおずりしている。「ど―したんですかこれー?」「成田で買っといた。飲んでいいよ。」「本当ですか!日本の味が恋しくて…!!」両手でしっかり抱きしめている。「このアフリカで、お風呂上がりに冷たい緑茶が飲めるなんて…。」カンのお茶一本で、これだけ喜んでもらえると、嬉しいかぎりだ。持って来たかいがあるってもんだ。「カロリーメイトもあるよ。」TTKWは、顔全体が輝くような表情になり「いただいていいんですか?」「いいよ。二箱持って来てるし。」「ありがとうございますーーー!」う〜んすごい!こんなに喜んでもらっていいのだろうか?人に何かをしてあげて、こんなに喜んでもらったのは、何年ぶりだろ?
 やがて、DJ.Dが出てきた。オレがシャワーを浴びる。一応、TTKWさんは許可してくれたが、バスルームで服を脱ぐことにした。
 シャワーを浴びて出てくる。OcaとK.Nさんがいる。カメラとか、いくつかの物を盗まれたらしいのだ。カバンを空港で預けた時にカギをかけなかったらしい。S.Aさんが戻ってきたら、処置をすることになった。厳しい現実だ。
 しばらくして、松も来た。16:00になったら、松とDJ.Dは、明日からのGYCのmtgに行くことになっている。がんばってくれ!
 結局、マッサージしながら、話をして時間をつぶしてしまった。TTKWは、服を洗濯するために、部屋へ帰った。オレは、日記を書いたり、寝たりしてた。やがて、山伸、ちひろ、TAKさん、Oca、TTKW、ICKWさんが、部屋に来て、HOTELの敷地内をうろつくという。オレも行くことにした。
 HOTELの裏へ行くと、プールや、ピザ屋さんがあった。土産物屋らしきものが開いていたので、入った。2階建ての2階だ。あまり買う気はなかった。店に入って、しまったと思った。6畳から8畳の広さに、ところせましと商品を置いてて(ほとんど服だ)、店員が5〜6人いた。話しかけられてしまう!しかし、山伸、ちひろ、TAKさんが、けっこう相手をしてくれてた。12〜13本セットになってるきれいなブレスレットのようなリングがあった。おれも買おうと思ったが、品切れで、明日入るというので、明日買うことにした。それ以外は、興味も無く、あきてきたし、みんなが、言いにくる相手であるはずのオレがうろうろしてるのも、気になったので、一人、部屋へ戻ることにした。
19:00まで、蚊取線香に火をつけたり、日記を書いたり、寝たりした。
 夕食だ!みんなでレストランに行く。速くするために、チキンかビーフか、ライスかポテトか、というオーダーに限定された。ビーフは固かった。昼のは、おいしかったのに。まっ、しょうがないか。大勢だし。このあと、ミーティングが、15号室であることになった。みんなで、分割して持ってきたTシャツや鉛筆などのお土産も、15号室へ集めることになった。
 飯を食って、部屋へ戻る。荷物をまとめていると、パラパラ人がやってくる。ミーティングの準備をするもの、お土産を持ってくるもの。
 mtgには、YEHは全員集まって、大人は、TAKさん、オレ、N.K先生、ICKWさん、Iさんが参加した。今あることのシェア、さすが、鋭い意見が出る。「自分の知ってる飢餓の様子を期待していた、いやらしい自分だった。」というシェアが耳に残る。Iさんの居眠りが、気にさわる。(明日からのGYCは)アフリカがリードし、YEH−Jはサポートというアラインが作れて、ミーティングは完了。山伸と、また、モーニングコールの約束をした。大人は、翌日07:15に集合して、ミーティングをすることにした。N.K先生が、動いてるから、何とかなるでしょ。部屋を元に戻して、寝た。01:00くらいだったかな?

8月21日(金)(ガーナ時間)
 06:40目覚ましがなり、起床。「DJ.D!」「ウィース!おはようございます。」
 山伸の部屋へ電話する。
だれか「ハイ。」
gansangansanです!おはよう!」
だれか「おはようございます。」
どうも寝ぼけてる声に聞こえる。
gansan「ちひろちゃん?」
ちひろ「はい。」
gansan「山伸は?」
ちひろ「起きてます。 …7時に電話しなくていいですか?」
gansan「あー?いいよ。じゃあね。」
ちひろ「はい。おやすみなさい。」
gansan「おいおい!」
ちひろ「えっ!なんですか?」
gansan「大丈夫?起きてる?」
ちひろ「大丈夫ですよ。」
gansan「じゃあね。」
ちひろ「はい。」
 大丈夫か?着替えてから、もう一度電話する。
だれか「ハロー!」
gansan「もしもし。」
山伸「あっ、山伸です。」
gansangansanです。起きてたか。よかったよかった。」
山伸「あっ、今、N.K先生から電話があったから、モーニングコールはいいです、って電話しようと思ってたとこなんです。」
gansan「えっ?さっき電話したよ。」
山伸「えっ?…ちひろちゃんがでました?」
gansan「うん。」
山伸「思いっきり寝ぼけてます。」
gansan「ちひろ! たのむよ…。」
 7時になって、K.Nさんが入ってくる。
K.N「おはよう!起きてる?!」
gansan「あっ!はいはい。」
K.N「どうしたの?カギがドアの外についてるわよ。」
gansanDJ.D「…あっはっはははは…。」
DJ.Dと二人で大笑い。二人とも、よっぽど疲れていたんだろう。
 07:15にテラスへ。Iさんと、TAKさんが遅れてる。まあしかし、「今日明日は、YEHが主役。大人はサポート。最低守ることは『時間を守る』『指示に従う』です。」というアラインができて良かった。
  さぁ、朝飯だ。パイナップルジュースorオレンジジュースとソーセージorベーコンを炒めたものと、目玉焼き(いろいろオーダーできるようだが、出てくるスピードが、がくっと落ちるので全員同じ)とトーストとマーマレードorバター(マーガリン?)とコーヒーor紅茶。うまい。毎日同じだといいのに、と思う。(実際毎日同じだった。すげーうれしい。)
 ぞくぞくとみんながやってくる。おれは今日はネクタイをしている。unicefのネクタイだ。みんなにみせびらかした。
 8:30になり、出発。ホテルの外には、昨日のでかいバスが待っていた。昨晩ブルキナファソから車で来た方達も乗っている。無事着いていたようだ。
 朝のS.Aさんの話だと、駐ガーナの日本大使の方がこられるます。とのことだった。みんなで、S.Aさんが話をしてる「らしい人」には注意することにした。
 GYC会場は近かった。空港よりも遠いが、それでも、10分は乗ってなかったと思う。ハンガープロジェクトガーナのオフィスだ。とてもきれいだ。ざらざらと降りて、門を入っていく。受付をする。そしたら、黒くて、アフリカっぽい模様の入ったバッグをくれた。めちゃめちゃうれしいっ!。しかも、中には、レポート用紙とボールペンが入ってる!すげーうれしい。
 ムセと目が合う。ちょっと、逸らそうかな?と思ったが、「ハーイ!」と挨拶する。けっこう勇気をだしてる。するとムセが、「Oh Your bike…なんたらかんたら。」と言って、hugしてきた。おれが、バイクライドの伴走車ドライバーだと言ってるようだ。覚えていてくれたか!でたらめうれしい!感動して涙が出てしまった。YEHのJAPAN会議でみんなが遠くから集まってくる理由が一つわかった気がする。GYCを成功させたい理由が一つわかった気がする。会いたいのだ。あの人に、この人に。
 突然半裸の男女の踊りが始まった。さっき、会場の中に入れるのかどうか聞いたらこの音楽が始まったらOKと、聞いていたので、もう一度確認してみる。この音楽が終わったら、いいそうである。しばらくすると、N.K先生が交ざっているではないか。ちょっとサルに見える。TNDさんや、TAKさんたちまで踊り出す。がんばれー!
 …ひととおり、終わった。記念撮影をした。おお、どうやら、会場に入れるようだ。DJ.Dから指示をもらう。わしら大人は、入ってすぐ左の奥の方にすわることになった。みんな、とっとと左奥へ座る。すげー!さすがだ。同時通訳のヘッドセットをもらう。結局仏語英語の同時通訳はいるが、日本語の同時通訳はいなくて、TYKさんが、逐次通訳をやることになったらしい。もう一人こちらの大学の人(?日本人)が手伝ってくださることになった。二人とも通訳ブースにこもりきりである。なにか明かりが無いか?というので電池の蛍光燈を出した。備えあれば憂いなしである。今回も、遅くなって何があるかわからないと思って、明かり関係とムシペール、ポンチョは持ってきた。
 おもむろにGYCがはじまった。サキが進行し始めたが、すぐ、ジョセフさんへ変わる。来賓がすごい。教育(?)大臣、駐ガーナ日本大使、以下忘れた。GYC参加国はセネガル、エチオピア、ウガンダ、ガーナ、ブルキナファソ、あと一カ国わからん(ベニン)、日本の七カ国だ。会議に入ると、女性(後でバレリーとわかる)がリードしている。会議の内容の詳しいことは、同時通訳に慣れていないせいもあって、ほとんど覚えていない。
 活動報告が終わったところで、昼食。裏庭で食べるとのこと。みんな、それぞれ、思い思いにちらばって食べている。K.Nさんが、ミーティングをリードしていた女の人と話しをしているので側によって行く。
 K.N「この方が、飢餓が終わるまで眠らない(覚悟)って言ったバレリーよ。」
gansan「えー!?」
 ざわざわと、鳥肌が立つ。感動だ。すげー!この人か!?思わず英語でしゃべってしまった。「I know you in video!」 何と言ったのか覚えてないが、笑顔で答えてくれた。握手してもらった。K.Nさんが英語で「日本チームはみんなビデオであなたのことを知っている。」と言ってるらしい。
 GYC初参加のshuと話す。「さっき、HFWとYEHのことがあったじゃないですか。(先ほどの、ミーティングでは、HFWとYEHの事が問題となってるところのシェアがあった。)大阪でも似たようなことが起こってるんで、よーわかるんですよ。でもね、ぼくらには、K.Nさんとか、話を聞いてくれたり、してくれたり、サポートしてくれる人たちがいて良かったです。」だそうだ。しかし、おれが、次のようなことを言ったら、目をそらし、泣いてしまったらしい。「K.Nさんがね、アニメータープログラムでYEHのことをこんな風に言ってたんよ。『…極端な話だけど、今死んじゃって、天国か地獄かの分かれ目で神様に“あなたは生きてるとき何をしてきましたか?”って聞かれたら、胸を張って、“はい!YEHを創りました。”って言えるのよ。…』これだけ、YEHを誇りに思ってる人がいるんだから、大丈夫だよ。安心しろ。」 このshuというやつは、自分達のことだけでなく、世界中のYEHのことを心配していたのかもしれない。たいした奴だ。
 さっき、DJ.Dに、「テーブルの配置を変えるので、男手を用意しておいてください。」といわれていたので、ちらっと、会場に行ってみる。なにやら、ガーナのスタッフらしき人がテーブルを動かそうとしてるので、松と手伝った。英語が全然通じなくても、なんとかなるもんだ。DJ.Dにさらに追加で指示をいただく。「このVTRをセッティンクしてください。」音はなくても良いとのことだ、同時通訳が入るかららしい。なるほど。
 マジックが無いと、フィティグが叫んでいるようである。DJ.Dがすかさず、バッグからマッキーを出し、フィティグへ渡す。さすがDJ.D。しかし、なぜかうなだれる。?“”…ま、いろいろあって、お昼休みも終わり、午後のプログラムに入る。
 そーそー、YEH-JAPANの発表をする翼は、なかなか凛々しかった。メインテーブルの席が多くなったので、アフリカの方、YEH-JAPANの順で近くに座ってもらい、大人どもは一歩下がる。
 おれの座ってる横には部屋がある。というか、違う部屋の入り口に椅子を置いて座っている。その中では、toshikiや、Cooneyがパソコンをセットしてなんかしてる。俺の横では、松が「おれ今回やることないっすよ。」と言ってる。表舞台大好きのtoshikiが、何故か楽しそうに裏方をしている。これは、すごいことだ!サポートをしてるYEH-JAPANのメンバーである松が動かなくていいということは、サポート(前準備)がうまくいってるということである。これもすごい。ここは、日本のHFWのオフィスではないのだ。しかも、コンビニがあるわけでもない。これは、とてもすごい。しかも、どうやら時間通りに終わりそうである。これもすごい。
 と思ってるうちに、終わりだ。発言の時間が無い。まぁいいや。これは主役がYEHだし、明日は一言しゃべろっと。
 なんかみんなで、わいわいしゃべるのかな?と思ってたら、「日本チームはとっとと移動しまーすっ!」とさきが叫ぶ。ぞろぞろと部屋を出ていくと、あのでかいバスに乗り込む。なんと、日本大使館の方と会食だというのだ。すっげー!名誉村民になったり、VIPあつかいされたり、日本大使の方と会食なんて、JTBやLOOKのツァーじゃありえないぜ!すげー!
 ついてみると、どーんと中華料理である。なんだかすごい。でかい丸いテーブルにつく。大使の田中さんは隣のテーブルで、ワシらのテーブルにはフカザワさんと、きむら(?)さんがいた。両名とも書記官だそうである。めしは、うまかった。わかったのは、北京ダックだけだったが、それも、初めて食べた。終わりのほうに、出てきた料理が、めちゃくちゃ辛いものだったらしいが、そんなに辛く感じなかったので、もう食べなかった。リカから「自分でも気がつかない内に、胃が疲れてるんだよ。」という進言があったし、今回「君子危うきに近寄らず」をできるだけ実践している。
 めったに無いチャンスなので、名刺交換を4人の大使館の方とした。深沢さんと話したときに、昨日お昼に、7$でうまいステーキを食えた話をしたら、「あー、そうですね。7$ですか…、安いですよね。でも、地元の人は食べないんですよ。」「?!」「うちの使用人の月給の1.5倍ですね。」おれと松は黙ってしまった。一緒に飯を食った連中に伝えたら、やはり言葉をなくしていた。「商社の方とか、日本人はたくさんいるんです。娯楽が少ないとか、気候が違うとかっていうのも原因の一つですが、やっぱり、一番ストレスの原因になってるのが経済格差なんです。地元に溶け込もうとすればするほど、直面するんですよ。」よく聞く「金持ち日本」に触れたような気がした。後で、S.Aさんに聞いたら、5人家族で1日100円で生活してる人たちもいる。GRANADAホテルの従業員は33$の月給である。と言ってた。今すぐ、どうこうするっていうことは思い浮かばないが、この衝撃、事実をしっかり覚えておこうと思った。
 会話も尽きなくなってきたころ、帰宅時間となり、大使に見送ってもらって、ホテルへ向かった。窓の外を見てると“あっGRANADAホテルだ!あれっ!行き過ぎるぞ?”やがて、バスが回頭を始める。すげー!いくら車線が3本あるといったって、馬鹿にできない交通量だぞ!しかし、一度の切り返しで、見事にUターンした。このドライバーは渋谷でも通用する。
 さて、明日も大人は07:15集合として、いったん部屋へ引き揚げる。おれは、ムセに風鈴を渡すために、ICKWさんを伴って、29号室へ行った。ムセに渡した。ICKWさんの通訳が無ければ、どうしようもないのが、悲しくて、くやしかった。しかし、ムセが喜んでくれたのは、すっげー嬉しかった。
 アジェンダチームはミーティングだそうだ。大変だねぇ。と思ってたら、DJ.Dの部屋、つまり、おれの部屋だった(と思う)
。  ここから、記憶があやふやである。松とOcaの部屋へ行く。ちひろたちが暴れてる。松とOcaに足をマッサージしてあげる。好評だった。うれしい。おおむね、このツァー期間中はYEHが主役で大人が脇役だから、疲れているのである。気持ちがいいのは、マッサージが気持ちいいだけでなく、大人の人にやってもらっている。しかも全国代表に!おまけに足を!…これが精神的にも気持ち良さにつながっていると思う。一応その効果も期待しているのだが…。
 で、一応モーニングコールの約束をして、部屋へ引き揚げる。シャワーを浴びて、鍵が部屋の中にあることを確認して寝た。DJ.Dは先にダウンしている。はたらきすぎだ。いつか、壊れるんじゃないかと心配になる。30歳になる前なら、一度や二度壊れても何とかなるから、壊れるんなら今のうちかなぁ。とか無責任なことを考えてしまった。人それぞれだしなぁ。自分も「うまくいく」ことが人も力づけるんだよって言ったほうがいいのか悪いのか?まぁいいや、どうせこいつらYEHはあっというまにおれなんか、足元にもおよばない人たちになっちゃっいそうだから。
寝ちゃおう。01:00就寝。

ありがとう。
アクペ、オイワドーン、ネヅサーン

8月22日(金)(ガーナ時間)
 06:00起床。DJ.Dに起こされる。危なく「まばたき一回1時間」をやっちゃうとこだった。
 06:30山伸&ちひろの部屋へモーニングコール。今日はしっかりした受け答えだった。よしよし。
 今日は、法被とか持って行く。昨日蛍光燈の電池が切れたので、入れ替える。しかし、これで、おれの持ってきた電池は全て使い切ることになる。後で、Cooneyにもらおう!
 テラスへ行くと、今度は全員集まっている。もう一度アラインを確認して、mtg終わり。飯を食う。ソーセージと目玉焼きとオレンジジュースと紅茶とトーストとバターだ!すげーうれしい!テーブルごとに配られたミネラルウォーターをキープし、バスへ。
 「Good morning!」とドライバーへ挨拶。おれが英語で挨拶をしてるなんてすごい!会社で「出張でもなんでも、海外に行かされるんだったら会社を辞めます。」って言い切ったおれからは想像しがたい現象だ。
 今日のGYCは未来を話す日だ。あっというまに会場へ。とっとと席につく。なかなか、あっという間にはじまる。最初に朝の発言の時間だ。昨日どうだったか等。なんとN.K先生がしゃべった。しまった!とられた!まぁいいや。終わったときにしゃべれるだろ。しゃべれなくても、脇役だからOK、OK。
 いよいよGYC二日目スタート!しかし、逐次通訳って、イマイチ臨場感に欠けるので(当たり前だが)、眠くてしょうがない。Iさんを起こしながら、おれもがんばった。実は、「どうせ後で、YEHが報告書を書くからそれで確認しよ。」って思ってた。だから、あんまり覚えてない。でも、しゃべり出したら尽きなくなるくらいみんないろいろなことを言いたがった。日本のJAPAN会議と全く同じに見えてしまった。そう思ったら、やっぱり一言いいたくなった。考えていると、長くなってくる。だから、できるだけ短くまとめるために、原稿を書いた。TYKさんも助かるだろうし。寝ないですむし。
 今日はサキの体調が悪い(熱が出ている)らしく、痛ましい姿で、テーブルについている。K.Nさんのサポートが、さくさく入ってくる。それでも、時間が押してしまって、お昼が遅くなってしまった。
 このお昼は、アフリカの人といたくて、DJ.Dと交代で荷物番というのをことわった。成果はあった。お昼の終わりに、日本語で「ありがとう」と言われた人に、その人の言葉のありがとう「アクペ」でお礼を言った。山伸や、ちひろがうらやましくてしょうがない。絶対英語をしゃべれるようになろうと思ってしまう。今まで何度も思って、挫折しているので、いやだったが、今回はどうしても、思いたかった。もっと、考えていることを、思いを伝えたい、もっとちからづけたいと思った。もっと詳しく話しを聞きたいと思った。自分が「またあきらめてしまう」怖さよりも「話したい」ほうが強かった。困ったもんだ。帰ったら、がんばらんばいかん。
 午後から、続き。いよいよ翼だ!リカが、半分近く書き直したと言ってはいたが、なかなかすばらしいスピーチだ。かっこいいぞ。「最後に…。」この最後の言葉がすばらしかった。びしっと決まって、すげーかっこよかった。パートナーシップという言葉が記憶にあるだけで、なんといったかちゃんと覚えてないのだが(だいぶ疲れていた)、とてもかっこよかったことは覚えている。山伸ノートか、ちひろノートを見せてもらおう。同時通訳の人や、スタッフ、日本の大人のメンバー等等。隅々まで承認があった。さすがだ。翼が同時通訳の承認を提案していた。かっこいいぞ!いろいろな贈り物ももらっていた。いいなぁ、と、ちょっと思った。でも、このアフリカ地域会議に参加したことだけで、めちゃくちゃ満足で、誇りに思う。
 どうやら、発言していいらしい。手を上げる。もうすでに何を言ったか覚えていない。が、HFWとYEHはパートナーであること、世界中のYEHは、私の偉大な友人であるということ、子供の心に応えたい大人はたくさんいる、ということを言った。みんな拍手をしてくれた。嬉しかった。
 みんな立ってサウンドオブピースが始まる。感動する。おれの横には、やはりアフリカの人がいる。一緒に歌詞カードを見ている。たいしたもんだ。歌が終わり、YEHチェアーがはじまる。各国の“123”が飛び交う。6回くらいやって、やっと終わった。
 さぁパーティーだ。裏庭に行くもの、会場を片づけるもの、荷物を整理するもの等、ざわざわしている。おれも自分の荷物を片づける。続けて、法被をだす。西大山笠の法被を着てはちまきをする。下がスラックッスというのはしょうがない。うろうろ中庭へ出てみる。何人かの人の目にとまる。そのたびに、「uniform to my country‘s festival。」などと言った。
 アフリカンダンサーズが踊ってた。S.Aさんがアナウンスしている。「明後日は、時間的にオクルーさんのご自宅へ寄ってる暇が無いので、今日服を買う人は採寸してください。正面玄関でやってます。」ということだ。玄関へ一番乗り。ちゃっちゃと生地を決めて、採寸する。そのおやじがペンを持ってないかと聞くので、とりあえずCROSSのボールペンを貸した。わしの採寸が終わっても返してくれない。返せというと、これしかないとぬかしやがる。しかたがない。100円のボールペンと交換しておいてきた。あげてもいいやと思って。
 もう一度裏庭に行くと、FKDさんが引っ張り出されていた。HKRちゃんは嫌がっている。なんとおれが引っ張り出された。相手と同じように体を動かす。それで精一杯だった。が、すげーおもしろい。しばらく見ていたが、DJ.Dが見えないので、また、ロジスティクスを一人でやってんだろうなぁと思い、GYCの会場へ戻ってみる。やはり、なんかやってる。松も一緒だ。東京オフィスへ状況報告をFAXで送るので、その準備だという。作務衣を着ている。「せっかくなんだから、はやく終わらせるか、途中で休憩して、パーティーに出てこいよ。お前が顔を見せることで喜ぶ人もいるんだから」「わかりました」とは言ってるが、だいじょうぶかいな?少しして、もう一度見に行くと、今度は相手が山伸になってやっぱりいた。山伸は庄屋の制服を着ている…。後から聞くと、裏庭に出てきたらしいが、おれには覚えが無い。まぁ、やつの性分だ。おれもあまり人のことは言えないが。
 バレリーがいる。みんな、何かメモを交換したり、ノートに書いたりして、アドレスを交換したり、言葉を教えてもらったりしているようだ。やはり、女の子は人気があるように見える。わしは、だれともアドレスの交換をしなかったし、誰の名前も教えあってないから、バレリー、ジャクリーン、ジョセフ、ババカル、キクタ、セネガル、ダウダ、ムセしか知らん。なんか寂しい。しゃべれんからしゃーないと思ってたが、しゃべれるとかしゃべれんとか関係なくて、聞きたいか、言いたいか、が重要だったんではなかろうか?と今ごろ(帰国が近くなって)考えている。非常に後悔しているが、初めての海外旅行にしては上出来だと、自分をほめてやることにする。
 だいぶ疲れてきたので、飯を食う。きょうこちゃんや、リカのテーブルで食う。本当は、もっとアフリカンなテーブルに座ろうと思ったのだが、席が空いてなかった。残念。少〜しホッとしてる。
 やっぱり生物は食べない。しかし、アイスクリームが回ってきた。一応取ったものの、心配になる。S.Aさんに聞くと「×」だそうだ。ホームメイドらしい。ますますだめだ。良く考えたら失礼かもしれない。工場で作ったものは食べれるかもしれないが、自家製だと絶対食わない。しょうがない。ふと気になって振り向くと、SKKさんがアイスクリームを平らげたあとだった…。
 なんと、TNDさんが沖縄三味線を弾くことになったらしい。「ハイサイおじさん」(正しいタイトルを知らない)一度間違えたがうまくいった。TAKさんが上手に踊る。「島歌」は、ちゃんと歌詞を知らなかったがよかった。
 さぁ、何時か知らんが、もう帰る時間らしい。名残惜しいが、バスに乗り込む。忘れ物が無いことを確認して帰る。バスは、またも、あっという間にホテルに着いた。
 結構くたくただ。レストランでなんか飲むことにする。山伸&ちひろも一緒に行くことになった。いったん部屋へ帰り、荷物を置いて、下へ。途中ちひろたちに声をかけて、先にレストランへ行った。テーブルに座って、DJ.Dがコーラ、わしはソーダを頼んだ。ソーダとはただの炭酸水だった…。まぁいいや。
 ちひろたちが来たのでカウンターへ移動した。なんか、初めて、ちひろとゆっくり話をした。バイクライドのイベントで、黒磯で会ってたことを思い出した。どんな男がいたのかは覚えてないが、どんな女の子がいたかは覚えている。東京で、YKWさんを紹介してあげる約束をする。
 部屋へ帰って、ちひろをマッサージしてやる。こいつは、DJ.Dと同じで、声を出す。しかし、せめてDJ.Dくらい、悩ましい声を出してもらいたいもんだ。「ウゲェー」とか、「グググ…」とか、爬虫類じゃないんだから。まぁ、かっこつけないということは、わしに対してそんなに緊張してないということかなとよろこんでおく。くすぐったがりのようだが、よっぽど疲れていたらしく、「うわぁー…気持ちいぃー…。」と言ってた。終わると、ちひろがマッサージしてくれた。足をマッサージしてもらうなんて十数年ぶりだ。気持ちよくて、懐かしくて、ぐったりしてしまった。なんとかDJ.Dに起こされ、部屋へ戻る。
 部屋へ帰ると、明日行くタイドーアノマブの村に持って行くTシャツの持って行ってほしいと、K.Nさんが来てた。わしの、ザックの荷物を全部出して、入れて持って行くことになった。170枚は入ったが、あと30枚が入らなかった。この後、DJ.Dが寝た。わしも寝た。
01:00就寝。

8月23日(土)(ガーナ時間)
 07:00起床。シャワーを浴びて着替える。08:00テラスへ。朝食。今日も昨日と同じだ!うれしい!
 今日は、タイドーアノマブへ行く。09:00バスに乗り出発。3時間くらいかかるそうだ。トイレ休憩も無いまま、3時間突っ走った。
 ホテルを出てすぐ、少し渋滞していた。車が止まると、物売りの方達が寄ってくる。同じ風景をNew Yorkでも見た。売ってるものは違う(NYは新聞だったが、ここは果物や、ビニール袋に入った水とか。)が。大使の方の話だとこうやって、物を売ってるのはまだまし、けなげだということだ。一番楽な「盗み」に走ってないからだそうだ。日本にいて、テレビや本でこういう事があることを知ったときは、「ちゃんと働けよ。」とか「がつがつすんなよ。」とか思ってたけど。現実に目の当たりにして、大使の話を聞くと、何かを売ってる分すごいんだと思うようになった。なぜ「盗み」に走らないのか不思議だった。死が迫るとき、「人のもの」とか「自分のもの」とか言ってられないと、おれは考えるようになっているからだ。バスの窓は高くて開かないので、ドライバーのとこにしかこなかった。
 バスが止まった。ここがタイドーアノマブ地方だ。フィティグについてゾロゾロ歩いていく。すると、斜面に、見事なパイナップルが、小学校の朝礼を、校舎の上から見ているようにきれいに並んでいる。
 一番上には看板が立っていて、"モデルファーム"と書いてある。ハンガープロジェクトはここで、整列して植えることと、除草剤と、肥料を使うことと、収穫時期をずらすことを、教えただけだそうだ。日本では当たり前だ。しかし、その日本と変わらないということがすごいのだ。いままでは、「種を撒きっぱなしで、実がなったら収穫する」だけだったらしい。パイナップル同士が近すぎて、大きく育たないし、大きさにムラがある。雑草を取りきれないから、小さいうちに枯れてしまう苗もあるだろう。肥料をやらないから、大きく育たない。いっせいに収穫するから売れなくて腐らせてしまうこともあったそうだ。ところが、整列して植えると、今まで1000本しか植えられなかった畑に、4000本植えることができたそうだ。除草剤のおかげで、労力が軽減されたし、苗も大きくなる。肥料を使い、等間隔で植えているため、大きくて粒ぞろいだ。時期をずらして植えているため、ずらして収穫できるので、ほとんど腐らせなくてすむ。粒ぞろいで、大きくて、大量に収穫できるので、業者と契約できて、取りに来てくれるそうである。おかげで、近隣の村々のなかで、一番貧しい村だったのに、一番金持ちの村になりそうである。
 村の人の話だと「パイナップルの話が出るときは必ず、タイドーアノマブが出てくるようになって、ガーナ中から見学に来る人がいる。今日は、日本からも見に来た。」そうである。
 バスに乗り込む。…う〜ん。小用を催している。どうやら、自分だけではないらしく、トイレ休憩の申し出があった。S.Aさんが、フィティグと話している…。「あと5分くらい走ってからバスを止めるそうです。」ホッ。しかし、確かに5分後バスは止まったが、トイレはどこだ?フィティグはどんどん草むらの向こうに入って行く。ついていくと、残念なことにパイナップル畑が現れてしまった。どうやら、見学地らしい。
 もう限界だ。どうやら、自分だけではないらしく、花壇の大きめの石を引っぱがしたときに、わらわらと暗闇に逃げていく怪しい虫のように、老若男女が、草むらに消えていく。草むらに消えたのは、わし、SKKさん、FKDさん、リカ、Cooneytoshiki、他だったと思う。一つ懸念事項が解決されてほっとした。自分だけではないらしく、草むらからは急に元気になって飛び出してくる。
 畑の反対側で雑草をかまで刈っているのを手伝う人まで出てきた。フィティグが「アフリカの技術を日本に伝えている。」と笑っている。
 山伸も走っていく。おれが、フィティグに「She's ニックネーム is タイドーヤマノブ。」と言ったら「?」って顔をしてた。しょうがないので、TYKさんにお願いした。フィティグ大笑いで「タイドーヤマノブー!」と叫んでいた。
 バスに戻り、出発。しばらく走って、脇道に入る。角にある看板には「THE HUNGER PROJECT」の文字が…。一応舗装されている道をどんどん上っていく。上るに連れて、道は狭くなり、道端の草や、木の枝がシャリシャリと当たる。とうとう舗装もとぎれた。まるで、露地に入った山笠のようだ。すばっと開ける。学校のある村に到着だ。
 でかいザックをかつぎ、とっとと降りる。S.Aさんは、あいかわらずとっとと行ってしまう。いつどこで、渡すことになるかもしれないので、ちゃっちゃと着いていく。
 普通、町の中がリニューアルしていくのは、ゆっくりだ。少なくとも、おれの田舎(愛媛の島)や、北九州市はそうだった。だから、いままでの景色の中に、一部新しい物がある。くすんだ色の中に、ところどころ、つやの目立つ部分があるといった感じだ。しかし、この村は、どうも、1/3くらいがいきなり新しい。古い物は、とことん古く汚い。新しい物は、見た瞬間にわかるほど、ぴかぴかだ。しかも、子供たちが、なかなかきれいな服を着てて、ここが去年WEHが来たとこだ、という説明を聞くまで、あの子供が群がる写真の村だととは思わなかった。
 学校が見えてきた。歌声がどこからしていたのかがやっとわかる。子供たちが、学校の前でならんで、歌っているのだ。どこにいっても、歌や踊りで迎えてくれる。なぜ歌なんだろう。なぜ踊りなんだろう。ちょっと不思議な気がする。
 全員バスから降りて集まった。が、歌は終わらない。学校の中を見ることになった。ぞろぞろとS.Aさんとフィティグについて入っていく。歌は終わらない。教室は2つある。机の大きさが違うので、年齢の違いで2クラスにしているのだろうと推測する。歌は終わらない。また、みんなの前に出て行く。歌は終わらない。しかし、必殺!S.Aさんの一声で、歌が終わる。拍手!よかったよかった。
 さぁ、いきなり、プレゼントだ!ここは、当然、翼や、HKRちゃんや、N.Kさんや、ICKWさんだ。全国代表は影が薄いぜと思いつつ、とっとと、Tシャツを出す。贈呈。「10人くらい着てもらって、写真をとりましょう。そして、ア○ヒビールさんにみせましょう。」とK.Nさんの声。Tシャツを出した後のビニール袋は、わしのザックへ。あっというまにゴミ袋へ早変わり!役に立つのは非常に嬉しい、が、ちょっと悲しい…。
 この学校までの間に、パイナップル畑があった。以前のままの畑だ。適当にパイナップルが生えていた。大きさもまちまちだ。奥の方にあるパイナップルを収穫するのは、大変そうだった。もう、収穫は終わっているのだが、他にも畑を見に行くそうだ。
 フィティグとS.Aさんが、ざんざん進んでいく。「フィティグとS.Aさんって振り返りませんねぇ。」と思わず、TYKさんにグチる。「そーなのよ。あの二人って兄弟のようにそっくりなの。」困ったもんだ。日本のフィティグなのか、アメリカ(エチオピア?)のS.Aさんなのか…。
 蟻塚がぼこぼこある。これは、後からできたんだろうか?先にあったのを壊さなかったのだろうか?(後で聞いた話によると、開墾してから、ぼこぼこできちゃうものだそうだ。)なかには、空のものもあるそうである。おれよりでかい。
 収穫の終わったトウモロコシがそのままおいてある。あとで、刈るそうだ。その根元には、オレンジを植えているそうだ。しかし、どうみても、みかんである。その後、道で売ってるオレンジを食べたが、あきらかにみかんだった。しかも、出荷時期は9月くらいだそうだ。アフリカにみかんがあるのはうれしかったが、出荷時期は、日本より、はやいので、ちょっとまずいかもしれない。
 この村では、キャッサバの製粉機をHFWが支援したそうだ。電気が無いので、ディーゼルエンジンの発電機を動かして、製粉機をうごかしているそうだ。
 まず、キャッサバを今までと同じように、人手ですりおろす。パルメザンチーズのおろし金のでっっっっっかいやつだ。両手で、一個のいもをおろしていく。慣れた手つきで、両手に持っておろす。こいつは、たいへん!一家族分おろすのに、一日仕事だそうだ。疑えない。思わず、そーだろそーだろと思う。んで、製粉機を起動する。力強いディーゼルエンジンのエクゾーストノート(?)。ウーン…とたのもしいはずの、か細いモーター音。キャッサバを入れると、すげー!ざんざん粉になる。どんどんキャッサバを入れて、レバーで押し込む。どんどん粉になる。一日仕事が、数分だ。これで、できた時間でもっと生産的な仕事に従事できるようになったそうだ。
 また、バスに乗り込み、出発。あの道をもどるのか…、たいしたもんだ。
 次の村では、陶芸を中心に見た。ココナッツジュースをもらった。初めて飲んだ。うまかった。中の白いものもうまかった。陶芸をする建物を見た。建築中だ。働いていた人が、待ち構えていて、俺達が近づくと、突然働き始めた。まぁ、いいけど。もう少し、日が傾いてから始めればいいのにと思う。
 いったんバスに戻ったが、ここで、取材が必要なメンバーだけ、トラックで見学に行った。待ってる間山伸が踊ってた。TTKWも踊ってた。
 toshikiや、おれや、shu、DJ.D、松は、その踊りの人だかりのそとで、ちょっと人気をとろうとしたが、だめだった。人だかりに入ってない子供たちは、どうやら、シャイなようだ。俺達が手招きしても、そばへ来ない。その後ろのお母さんらしき人が、「ほら行きなさい!」っていうかんじで押し出す。う〜ん。どこも、変わらないんだなぁ。ひょんなところで、同じ人間なんだなぁと思ってしまった。
 自分の目線が、シャイな子供たちに比べて、高いところにあり、見下ろしていることに気づき、しゃがんでみた。子供たちの、緊張は少し緩んだが、寄ってくるまでにはいたらない。おれのそばにいた女の子を抱いて、踊りを見せてやる。にこっとするじゃん。かわいいじゃん。そこらへんの子供を全員抱き上げてやろうかと思ったが、きつそうなので、やめた。
 トラックが戻ってきた。さぁ、出発だ。このあと、お昼らしい。すっっっっげー、うれしいー。「はいはい。パイナップルをまっすぐ植えて、4倍も植えられました。それはもうわかったから、飯をくわせろ!ってかんじですよ。」Cooneyくさる!見るからにバテている。下手に話し掛けると、なんか被害をこうむりそうである。この、昼食のおかげで、彼も少し落ち着くだろう。
 ケープコーストへ到着した。ここで、お昼!すげー!大西洋だ!さっさと、靴を脱いで、波打ち際へ行く。つめてー!大西洋につかったぜ!みんなに、あきれられる。
 shuがやってきて、テープレコーダーを差し出し叫ぶ!「電池切れやぁー!」かけもどる。何しとんや?
 とっとと帰ってこいと呼ばれるので、もどる。
 でっかい屋根だけの建物の中に入る。オクルーさんとこの材料で作った。昼飯だ!うめー!しかし、ここは、外と違って、足の裏がべたべたする。床にあるのは、砂でなく、泥のようだ。不思議。どこからはいったんだ?
 飯をもって、波打ち際のやしの木陰にすわり、食う。うまい!普通だったら、おかわりをするところだろうが、もう16:00だし、内臓もだいぶ弱ってそうだし、いつまで、ここにいるかわからんので、おかわりせずに、遊ぶことにした。
 バレリーがなかなかかっこいい。だれかが言ってたが、「日本人だとこうまでさまにならない。」と思った。
 ある程度、バレリーを撮って、波打ち際へ。リカとかがいる。
 ひざの下まで、大西洋に漬かりながら、泳ぐかどうか思案していたら、shuがきた。やがて、バレリーたちとみんなで、写真を撮りだした。落ち着いたころを見計らって、「Picture OK?」ほとんど、観光地のおやじだ。バレリーと2ショットで、写真をとる。撮影はshu。shu叫ぶ。「おれもいいっすか?!」shuとバレリーのツーショットを撮る。できばえは推して知るべし。しかたなし。
 リカが、革靴を波に飲み込まれている。何やっとんだ?波打ち際を読み間違えていたらしい。わしは、ひとしきり大笑いして、とっとと戻った。足を乾かさないと靴を履く時大変だ。移動中やGYCや宿泊地では、考えないが、この砂浜や、村に行った時は、「彼女も来てたら…。」と残念に思う。
 建物の影で、ジャクリーンと写真をとる。ぼーっとしてると、そろそろ行くらしく、「Let’s GO!」と声がかかる。十分乾いた足から急いで砂を落とし、靴を履く。
 靴紐と格闘していると、波打ち際のみんなを呼んでいたジョセフが、突然おれの方を向いてなんか言い始めた。…どうやら、「Let’s GO!」は日本語でどういうんだ?と聞いているようだ。ちょっと考えて、「いこーぜ!」というと、頭の上に「?」があらわれそうな顔をするので、「ぃ、こぉーぜ!」とイントネーションをつける。ニヤっとして、叫ぶ。「ィ、コォーゼ!」。波打ち際の連中がキョトンした顔になる。「ィ、コォーゼ!」の連呼。笑いながら、みんなやってくる。「だれが、いこーぜなんて言葉教えたの?」「おれ。」。バレリーも呼んでる「フィティグさん!」いろんな言葉が混ざり始めた。バスに乗り、さきが点呼を取る。「N.K先生!toshiki!…ブルキナファソ!エチオピア!、エチオピアは?!」バレリー叫ぶ「ぇちおーぴぁ!」言葉がバラバラで、それぞれの言葉しか話せないのに、統率が取れてきた。不思議なもんだ。
 これから、エルミナ城の見学だ。奴隷集積基地だったところだそうだ。結構にぎやかな町が出てきた。やはり、場違いにでかいバスだ。町の人がみんな見上げている。昨年は、もっと手前でバスを止めて、歩いたそうだ。魚臭くて、ハエが多くて、物売りがたかってきて、大変だったそうだ。今回は、エルミナ城の駐車場まできた。しかし、時間が遅かったので、ツアーは終わっているそうだ。しかし昨年きた、ICKWさん、TYKさん、K.Nさんが案内してくれた。
 入り口の上にどくろマークがついている部屋を写真に写した直後に「ここは、いつまでも逆らう奴隷を死ぬまで閉じ込めておいた部屋です。」あ?死ぬまで?早く言えよ。撮るんじゃなかった…。もう一枚写真をとったら、フィルムが終わってしまった。山伸がカメラを貸してくれたが、これも、2枚とったら、終わった。う〜ん…。とらんほうがいいのだろうか?きっとそーだろう。
 この城はオランダや、フランスやポルトガルなどいろいろ持ち主は変わったらしい。最後はイギリスが使っていたらしい。最後まで抵抗した王様を幽閉していた部屋を見た。悲しかった。奴隷の部屋は、積み出しやすいように、逃げないように、気力が萎えるように作ってある。提督の部屋は、奴隷が何もできないように、奴隷が良く見えるように、何かあったら、すぐ逃げ出せるように作ってあった。海のそばなのに、あまり、気持ちが良くなかった。
 さぁ!帰るぜ。だいぶ日が傾いている。ここからホテルまで、2時間くらいかかるらしい。バスの後ろのほうはYEHがもりあがっている。いいなぁと思ったが、一応暑中見舞いを書きたいし、疲れているし、今日のことを少し、振り返りそうになっていたからちょうどいいか。一応葉書があることをアナウンスする。日本の葉書だとわかるとshu以外「くれ」、といわない。がたがたゆれる中で2枚書いた。MIさんとMTさん。
 少しして、Cooneyがやってきた。通路を挟んで、隣の座席に座る。「もう、つきあってられません。疲れました。」寝始める。さらにしばらくすると、HKRちゃんがやってきた。わしのとなりは、荷物があるので、Cooneyの横をすすめる。ちぇ。しかし、おれに向かって話しかける。
HKR「あのぉ、がんさんって、いいですよね。」
gansan「?」
HKR「普通、相手が中学生だったら、相手が大人の時と違う話し方になりますよね。だけど、がんさんってそれがないんですよ。なんか、対等にあつかってくれてるっていうか…。なにか、“これだけは守る”っていうものが、あるようにみえるんですよ。」(確か、こんなようなことを言ってくれた)
 めちゃくちゃ嬉しい。思い出した。以前、自分が、自分や人を尊敬していない、尊厳を持って接していないということに気がついて、それ以来、コミュニケーションをとる時のポイントは、「尊厳、尊敬」だった。自分でも、忘れていたのに、人にそれを見てもらえているということは、身についたんだなぁと思った。身についたこと、それを見てもらっていたこと、それを見つけてしまうHKRちゃん、に感動した。涙がにじむ。
 このツァーは、オプション(ハプニング)も素晴らしい。田中大使との夕食会、名誉村民、YEHセネガルからのプレゼント、お互いの"何か"の再発見等。JTBやってみろ!と思う。(いや、別に恨みがあるわけではありません。)
 日が暮れて、ホテル到着。そういえば、YKWさんへのお土産用に、頼んでおいた、ブレスレット(?)はどうなってんだろう?もうないだろうな。しかたない。さて、とっとと降りて、飯だ!
 それぞれ、バラでレストランへ行くことになった。Oca、松、に、同行しても良いか聞かれたので「いーよ。」。「山伸と、ちひろもいいっすか?」「いーんじゃない?」。
 一旦、部屋へ戻る。荷物を置き、レストランへ向かう。階段で、Ocaと松が来ていることを確認して、レストランへ向かう。なんとなく、疲れていて、余分なことをしたくない気分だ。「一緒に来たいんだったら、ついてきなさい。」という気分だ。待っていたくない。なんと、それが、女の子でもだ。
 先に、DJ.Dと二人で、テーブルに座って待つ。Ocaは、記録関係でつかまってしまった。がんばれ!と心の中で思う。口に出すほど、元気が無い。山伸&ちひろが来ない。まっ、いいや。(日本に帰国してから気づいたことだが、彼女らも記録班だから、つかまっていたんだろう)しかし、どやどや人がやってくる。バレリーとか、アフリカのメンバーも来て、結局みんなで、大きな一つのテーブルについた。もちろん、あふれた人もいる。
 だれかが、「バラバラに頼むより、まとめて、頼んだほうが、はやいんじゃない?」といったので、そーすることにした。が、結局、ほとんど、ばらばらで、まとまったのは、俺達8人くらいだった。しかも、バラで頼んだほうが先に来るというおまけつきだ。運のいいことに、松のように、怒る気力が無い。ぼーっと待てた。
 食事中、明日のことが、アナウンスされた。明日は、2つの部屋へ荷物を置いて、一泊分の荷物を持って出発するとのことだ。オクルーさんのとこの全アフリカ女性の為の職業訓練センターの食堂に毛布を引いて雑魚寝だ!
 飯を食い終わり、部屋へ戻る。ここで、まさに、衝撃が走る。そういえば、ザックは?
gansanDJ.D〜」
DJ.D「なんすか?」
gansan「バスって(車庫?に)帰ったんかなぁ?」
DJ.D「いてもしょうがないですからねぇ。帰ったんじゃないですか?」
gansan「俺さぁ〜、ザックを忘れてきちゃった。」
DJ.D「えっ! どこに置いてたんですか?!」
gansan「真ん中近くの入り口の上辺りの網棚。」
DJ.D「ぅわぁ〜っ! 見てなかった…、3人もいたのに…、見逃してる…、二回目だ…、だめだ…。」
gansan「もう帰っちゃったかなぁ?」
DJ.D「今何時ですか?(時計を確認)…もう帰ってますねぇ。明日朝一で、バスの中を確認するしかないっすね。」
gansan「それしかないか…。」
DJ.D「えぇ。」
バラで、入れてきた荷物はないから、全部スタッフバッグへ入れた。そういやぁ、TYKさんも眼鏡を忘れたかもしれないっていってたなぁ。
 Cooneyと、toshikiの部屋へ行く。gansan「足のマッサージは、いかーすか?」Cooney「ぉ…お願いしますぅ〜。」  この後、だれかの足をマッサージしてあげたが、忘れた。俺も寝なきゃ。結局、01:00就寝。

8月24日(日)(ガーナ時間)
 06:00起床。モーニングコールはしなかったような気がする。
 着替えて、一泊分の荷物を作る。蚊取り線香、ろうそくランタン、カロリーメイト、折畳み椅子等々をデイパックへつめる。そんで、全部のスタッフバッグと、コンビニ袋を両手に持って、2階の3号室へ。
gansan!どうしたんですか?すずなりになっちゃって。」おれがすずなりみたいに聞こえる。ベッドの側に、一塊にしておく、「待ってろよ。」と、荷物に一言声をかけといて、テラスへ。
 朝食は、今日も、昨日と同じ。ラッキー!きっと、昼食は遅くなるだろうから、もりもり食っておく。食ってから、手紙を出した。4枚で5$だった。
 のんびりしてると、バスが来たらしい。ダッシュで乗り込んで、ザックを探す。あった!ついでに、TYKさんの座ってた座席を覗き込む。眼鏡が合った。TYKさんに、眼鏡をわたし、2階の3号室へ走る。バックを投げ込み、バスへ戻る。
 さぁ、出発!今日は、YEHガーナのプロジェクトを見て、ペキへ向かう。しかし、この日は、記憶が乏しい。
 最初にレドコというところについた。きれいに整備された畑だ。しかし、これも、ここ1〜2年で開墾したとのこと。感心してしまって、声も出ない。というのは、ひょっとしたら、うそかもしれない。それが、どれほどのことか、よく実感できなくて、言葉が思い付かないという感じだ。
 今日は、日曜日なので、みんな教会に行ってて、ほとんど人がいないということだった。
 レタス畑が、一番印象に残っている。「ここがレタス畑です。」といわれても、一面雑草のような草が青々と生えていて「へぇー、これもレタスなんだ…。」と思った。しかし、おもむろに、そのレタスを抜き始めると、すぐ、いつもの見慣れたレタスがあらわれてくる。う〜ん…。レタスが、雑草に覆われてしまうまで、ほっとくもんなのか?
 畦を通り、バスへ戻る。つぎは、オイビだ。地面が、すげー波打ってる。開墾し、耕したとこで、苗を植えたばっかりだったり、まだだったりしている。だから、荒れているように見えた。ここは、水が不足しているということだ。井戸がほしいらしい。しかも、オレらが、立って説明を聞いてた、手前の畑は、雨季になると水没するんだそうだ。しかし、荒れ地を指差して、あそこは水没しないので、こんどは、あそこを開墾して、一年中収穫できる畑にする予定だそうだ。赤道付近ならではなのかもしれない。
 このあと、バスに乗ったら、ジャクリーンが横に座った。(学生だと思っていたら、帰国して知ったのだが、学校の先生だったらしい。)やはり、緊張して、何も話せない。でも、なぜか、彼女もそーなんだろうなぁと思った。そしたら、少し、なんかしゃべった。でも、覚えてない。
 ペキにあるオクルーさんの「全アフリカ女性の為の職業訓練センター」までは、けっこう遠いので、もう向かうらしい。少し、道が狭くなってきた。普通は、海沿いを走るんだが、今日は、少し山側の、少しショートカットコースを行くそうだ。寝た寝た。ひたすら、バスは走る。
 橋が見えてきた。ということは、川があるということだ。アフリカでの初めての川と橋! なんだが、特に感慨もなく通り過ぎる。「なんとか」ダムに行くらしい。(アコソンボダムというそうだ。)
 ダムに着いたら、ティーブレイク。なぜか、昼飯も食ってないのに、ティータイムが襲ってきた。ホットミルクティーにする。
 テラスのようなとこに出て、くつろぐ。でかいダムだ。いくつか写真をとる。ちひろの肩をマッサージする。声をなんとかしろ!絵葉書か、地図を買おうと思ったのだが、時間だ。しかたなくバスに戻る。
 来た道を引き返す。橋まで戻ると左折して、橋へ向かう。料金所らしきものがある。なんか、制服を着た人がいる。一応カメラは隠した。しかし、30分も走っただろうか。すぐついた。
 どやどやと、バスを降りる。ぞろぞろとついていき、建物の中へ入る。適当に座っていいらしいので、奥の前の方に座っているK.Nさんの隣に座る。いろいろな説明がちゃんと聞けそうだからだ。
 オクルーさん登場!日本へ講演会に来た時に、日本から学んだことは、勤勉さだとおっしゃってた。いつもいつも、日本人は、働きすぎだと、ばかにされたり、文句を言われたりするのに、とても素晴らしい宝物でも見つけてきたかのように承認されたのは、初めてだった。不思議な気がした。ふと、「そーだよなぁ。親や、じーちゃんばーちゃんが、頑張ったんだよなぁ。俺達は誇りに思ってもいいのかもなぁ。」なんて、思ってしまった。その関係のWEHのこととかいろいろしゃべってたが、覚えてない。あとで、YEHの報告書を見よう。
 食事の前に、3〜4歳くらいの女の子がうろうろしてきた。さっき、S.Aさんに花束を渡した子だ。ひろってみた。無表情。なかなかかわいい顔立ちだ。特別文句も無いようなので、そのまま、わしのひざに座ってる。食事の用意がされてきた。チキンカレー(?)だ。この女の子、名前を聞いてみた。 わし「What your neme?」 女の子「リンドモン!」 わし「What?」 女の子「リンドモン・レヴュー。」 わし「リンドモン?」 女の子は、ふるふると首を横に振る。女の子「リンドモン!」う〜む。なにが違うのだろう?
 とりあえず、飯を食うことにした。「Do you eaat?」うなづくので、スプーンをあげる。わしのをもう一個とってもらって、いっしょに飯を食った。娘とは、こんな感じなんかな?
 「隠し子?」等々いろいろな声が飛ぶ。K.Nさんにバトンタッチ。
 飯を食った後は、部屋へ案内してくれるという。なんと、寮に泊まれることになっていたのだ。しかも女子寮だ。トイレも、シャワーも別れてないので、男性は気を付けるようにということだった。運良く、いやいや、悪くヴァレリーと鉢合わせしたらいいなぁ、いやいや、まずいなぁと思う。
 案内された部屋は、ちゃんとベッドがあり、天井にでかいファンがあって、ものすごく良い。隣の部屋はS.Aさんらしい。が、それもつかの間、S.Aさんとヴァレリーが入れ替わるそうだ。
 えっ!すげー。隣、ヴァレリー?shuの顔がよぎった。(よぎっただけだった)山伸とか、ブルキナファソのもう一人の人とかがいろいろ話をしている。おれたちに襲われるとか、返り討ちだとかいってるようだ。どこも、いっしょだねぇ。「ヴァレリーが大丈夫?」とDJ.Dがいう。山伸が、なんか、まだ英語で、よけいなことを言ってるようだ。なぜか、DJ.Dと二人で、すぐわかった。「うるさい!」山伸をたたく。ヴァレリー大笑い!
 落ち着いてから、部屋を出た。飯を食った建物に戻ってみると。来た時に撮影してたVTRを再生していた。手工芸品を見ることにした。ここでなんとかYKWさんのお土産を買っとかないと、もう後が無い。という感じだった。が、アクセサリー類は全然無い。しかたないので、テーブルクロスとランチョンマット(?)のセットを買った。あと、パイナップルジュースとオレンジマーマレードを買った。とりあえず、いったん部屋へ買ったものを置きに行く。
 よくみると、庭に、竹垣にくるっと丸く囲われたみかんの苗が植わっている。家畜に食われないためだろう。
 部屋でうだうだしてると、太鼓の音が聞こえる。出ていってみると、上の飯を食った建物の前で何人か集まって太鼓をたたいているようだ。行ってみる。レの字のバチでたたいている。不思議なリズムだ。聞きなれないので、イマイチ乗れないが、戸畑祇園のリズムとぴったり合う。不思議だ。たたかしてもらうことにした。17〜8年ぶりでおはやしをたたく。けっこう不安だったが、いけた!バチの重さが違うため、大変だったが、なかなか好評だった。
 DJ.Dは翼とドロンズをしてきたらしい。
 WEHの方達は、センター長の寝室に泊まることになったらしい。すげー。ばりばりVIP扱いだ。
 20:00(だったかな)から我々の為の歓迎の宴があるらしい。なんとなく、時間をつぶした。時間になり、いってみる。わらわらと人が集まってきている。とっとと、晩飯を食う。
 挨拶、おどり、あいさつ、歌、あいさつ、おどり、記念品贈呈、歌…こんなかんじでずっと続く。22:00ごろ、ひととおり終わった。後は、明朝らしい…。
 とりあえず、オクルーさんに風鈴をプレゼントする。「写真や、話でしか知らなかった方に、お目にかかれて、光栄です。」と言った。どうやら、喜んでもらったようだ。TYKさんが「Wind Bell」といったら、大きくうなずいていた。音色も気に入ってくれたらしい。よかったよかった。これで、ガーナとエチオピアにおれがプレゼントした風鈴がぶら下がってることになる。不思議な感じだが、少しうれしい。
 リンドモンを抱いていたが、寝てしまったので、お母さんへ返した。
 さぁ、部屋へ戻って寝なきゃ。そーいえば、ここでも、いろいろアドレスを交換していたらしいが、わしは、一切しなかった。だれも、言ってこなかったし。今にして思えば、ちょっと寂しい気もする。でも、まぁ、リンドモンに気に入ってもらえたので、十分。
 DJ.Dは、さくっとシャワーを浴びてきた。俺は、マラリア蚊が恐いのとめんどくさくなってきたので、明日シャワーすることにした。
Cooneyが壁のところで蚊取り線香を置いていたらしい。ばりばり蚊が死んでたそうだ。すごい威力だ。
 DJ.Dが寝た。ファンが、ごんごん回っているので、もう少し、ゆるくして寝ようと思ってたのに、23:00になっていなかったと思うが、うかつにも寝てしまった。

8月25日(月)(ガーナ時間)
 02:00起床。っちゅうか、ちょっと、肌寒くて目が覚めてしまった。みると、蚊取り線香が、燃え尽きている。ファンがごんごん回っている。とりあえず、真っ暗なので、マグライトをつけて、ファンを3から1へ弱くする。新しい蚊取り線香へ火を付けようとしたが、オイルもガスもきれてしまった。時間が時間だし、変な感じだったので、寝ることにした。
 07:00 明るくなって、目覚ましがなり、起床。ちょっと二度寝状態。DJ.Dのほうがしゃきっとしてる。
 DJ.Dにうながされて、シャワーを浴びに行く。先客がいた。左から、TTKW、FKD、ちひろだ。男が使っていいのは、右の三つなんだが、左で使っていると水が出なくなるそうなので、しばらく待つことにした。FKDさんが出てきた。どうやら、TTKWも終わるらしい。う〜ん…。カーテンにうつるシルエットが、なんとも言えない…、というほどはっきり写らない。現実なんてそんなもんだ。
 やっと、シャワーだ。水だけど、気持ちいい。たらたらたら…としか出てこないけど、満足満足。
 部屋へ帰るとDJ.Dの荷造りが終わってる。昨夜から、行動が早い奴。置いてかれてしまった。
 うろうろ、外へ出て行く。ちょっとした、高台へあがると、センターの裏に、ダイポールアンテナらしき物が見える。八重洲(YAESU)かなぁ。と思い、無線機を見に行く。工事現場の事務所のようなところへケーブルは入ってる。中を見ても誰もいないし、何も無い。トラックのとこにおじさんがいるので、アンテナを指差して、トランシーバー?と聞いてみた。「It is a radio。」ふーん。でも、トランシーバーのことをradioということもあるから、結局どっちかわからなかった。あんまり、英会話をしたくなかったので、「Bye!」といって逃げた。
 センターへ戻ると、TTKWが、井戸(と思っていたが、後で、バスの中で、聞いたら、でかい水槽だったらしい。毎週1000ガロンの水を買ってきて、そこに入れて、使ってるとのことだ。)からバケツで水を汲んでた。「バケツを降ろしても、うまく水を汲めないんですよ。」やってみる。ポリバケツだった。これは、水に落としてから、バケツをどうにかしようとしても、軽いのでなかなか水が入らないのだ。落とす時から、さかさまにして落とせば、うまくくめる。
 簡単に、バケツ半分くらいの水をくむ。「すごいですねぇ。でも、ぎりぎり一杯でくみあげてこないと上手じゃないそうですよ。」確かに、普段、「水を汲む」なんてことをしないので、気がつかなかったが、ムダだ。バケツ半分だと、2倍の手間がかかる。水道というものは、いいもんだ。あらためて思った。
 それにしても、ここの水もあまりきれいとは、いいがたい。一応ふたがあるが、網戸みないなふただ。ここ以外に見てきた井戸は、どこも、ふたが無かった。なぜだろう?ここの井戸も、ふたがあるとはいえ、網だから、ほこりが入ると思うんだが。不思議だ。
 あっ!リンドモンだ!今日はヘアースタイルが、サザエさんになってる。
 途中で、翼がキャッチボールを地元の子供たちとやってる。う〜ん、さすが野球少年。5vs1のキャッチボールを見事にこなし、指導までしてる。「下手投げしか知らなかったみたいなんですよ。さっき、ぼくが教えて、上手投げになったんです。」と翼。満面の笑顔である。新しい文化を伝えたようだ。
 オレは、それたボールを返す時、背中からフライがとんでいくボールを投げようと思ったが、うまくいかんかった。かっこわりー。そういえば、何年もキャッチボール自体してない。Ocaや、shu、Cooneyが加わる。ますます、翼のうまさが際立つ。まぁ、Cooneyは、バレー部&山屋だからしょうがないか。
 疲れたので、飯を求めて、食堂へ。テーブルには、TYKさんや、K.Nさんもいた。「おはようございます。」。テーブルに座ってしばらくすると、リンドモンがやってきた。ひざにだく。
 トーストが配られる。オムレツが配られる。朝食も、リンドモンと一緒に食う。オレンジジュースも、ミルクティーも二人で飲む。もちろん、カップは違うけど。
 満腹になったのか「I wanto to get down。」という。降りたいのか。「そーかそーかOKOK。」といって降ろす。てくてく歩いていった。わしも外にでる。
 部屋へ戻り、荷物をまとめて、ゴミを持って、食堂へ戻る。荷物を置いて、外に出る。
 不思議なリズムを刻むドラムがなってる。かねを叩いている子供が、神戸のYSO氏に、めちゃめちゃ似てた。K.Nさんや、TYKさんに教えたら大うけ!一段下の席にYEHが固まって座ってたので、翼のとこまで行って、子供を指差し、「あの子、YSOさんに似てない?」一瞬絶句。しかし、じわっと、にやけてきて、大笑い。やがて、全員に伝わり、大笑い。うけて、よかったよかった。
 さぁ、歓迎会の続きだ。オクルーさん、センター長、酋長だか、族長だか、村長だかの人が、何人かを従えて座った。我々の後ろには、村のいろいろな方々(警察官までいた)が、見ている。あいさつ。踊り。あいさつ。歌…と続く。センター長の挨拶。オクルーさん。S.Aさん。K.Nさん。ICKWさん(WEH事務局長)の挨拶。センターの卒業式(だったと思う)で、卒業生の歌。センターの女性達の合唱。記念品の贈呈…。
 すっかり、日が高くなり、影が足元に溜まっている。日本チームがちょっとざわつく。どうやら、歓迎式典を抜け出し、飯を食えという指令がでたようだ。異議無し。
 テーブルに、食い物が並んでいる。ばばばっと端から皿に乗せていく。チキンを二本とったのは、正解だった。実は、給仕してくれる人がいて、一人一本だったらしい。しかし、おかわりはOKであった。二皿目は魚になってた。いやぁー、うまい!とにかくうまい。そとでは、式典が続いている。歓迎されるべき人がいないのに、式典が続くというのは、さすがアフリカという感じだ。
 さぁ、バスに乗るぜ。とっとと帰らないと、道路の混雑状況によっては、飛行機に遅れる可能性がある。点呼も終わり、出発。橋を渡る。おっと、渋滞だ。が、すぐホテルに着いた。もちろん、途中ずっと走ってきたのだが、記憶に残ってないので、書けない。
 ちひろが、お土産やさんにいくというので、ブレスレットを頼んだ。そのあいだに、2階の3号室へダッシュ。おれだけ、荷造りをしてないのだ。
 ひたすら、詰める。ペキで買ってきたものもある。あっ!YEHの電源トランスを入れなきゃ…。Cooneyから、もらってきて、パッキングをやりなおす。ぎりぎり、もう少し頭を使えば、5cm高さを伸ばさなくて(もっていったバッグは、ファスナーで5cmほど高さを調整できる物だった)も入りそうだ。と思った瞬間。TTKWの声が。「がんさ〜ん。わたしのお土産…。」「やめた!5cmのばす!」きっとこういう運命なんだろう。まっ、おかげで、TTKWのお土産も含めて、ざらざら入った。
 忘れ物が無いか確認して、とっととバスへ戻る。フロントの前のソファーでちひろに合う。ゴールドとブラックの腕輪を5個もって、「ごめん、がんちゃん。こんだけしか買えなかった。」OKOK。「だから、お金はいいよ。この10$かえすね。」ラッキー。押し問答してる時間がおしい。一度だけ、「いいよ、払うよ。」といったが、受け取ろうとしないので、ありがたくいただくことにした。
 バレリーたちとお別れだ。これから、また車で帰るんだろう。翼に、「気を付けて」という言葉を教えてもらって、言いに行った。うなづいただけだった。「Thank you。」くらいほしかった…。
 バスのところで、バレリーがみんなと別れをおしんでいた。どうやら、「まだいっしょにいたいね。」といったみたいだ。すかさず、「東京に一緒にいこうか。」といわれてバスにのせられそうになってた。「お前がブルキナに行くんだろ。」といわれているのは、shu。おれの日記には人ののろけ話はのせないので、書かん。
 空港へ向けて、出発。といっても、10分もしないうちに着くんだけど。
 さて、これから、NYまで、乗り継ぎながら、一気に帰るぞ。そーそー、この時おれは、発熱しちゃったらしくて、きょうこちゃんから、薬をもらってた。
 空港に着いて、大変な出国&搭乗手続きが予想された。まずは、受付カウンターへ並ぶ。きょうこちゃんが、話し掛けられる。「テレビで見たって!GYCが写った(新聞にはのったようである)んじゃない?!」その後、toshikiが話しかけられる。「アクロバット?ひょっとして、テレビでやってた中国雑技団と間違われてるんじゃ…?」結局確認はとれなかった。
 受付が始まる。せっかく並んだのに、隣のカウンターではじまった。S.Aさんが交渉(文句?)していたが、だめだ。並び直す。
 並んでいる間に、なんと、フィティグさんの弟さんが、出現した。うん、弟っぽい感じがする。いろいろ挨拶があったあと、ただひらすら、並んで待つ。
 とりあえず、熱は押さえられてるようだ。
 やっと、S.Aさんが受付カウンターにたどりついた。しかも、全員アルファベット順に呼ばれるではないか。どうやらまとめて受付させることにしたらしい。さすが、S.Aさん。しかし、また、荷物を預けるのだが、どの荷物が重量オーバーしてるか確認するために一つ一つ確認しているので、時間がかかる。
 どういうわけか、ペキでもらった「日本の方々へ」というプレゼントを、わしが持っている。まぁ、DJ.Dが担当なんだろうが、移動中は一番大変な役割になるので、持っていることにした。預けちゃったほうがいいかどうか、K.Nさんにきいても、わからない。壊れ物だったら、まずいし、第一手元に置いといたほうが安心だ。などと話してたら、S.Aさんが、「それ椅子です。もう、外側のつつみははがしちゃっていいです。」だって。
 木の椅子だ。一辺40cmくらいの立方体の椅子だ。座るところは、緑とオレンジ色のナイロンの紐を編んである。なかなか、きれいだ。しかも、ちょうどいい。どこでも、座席がキープされてるようなものだ。ちょっと、かさばるけど。
 受付が終わって、すみのほうで、くつろいでいた。一度集められたパスポートが配られる。さぁ、今度は、出国手続きだ。階段を上り、二階へ。金属探知器だ。ぴーぴー鳴く。棒のようなもので、全身をなぞられる。終わり。椅子がX線検査機のなかで、ころがってる。「木だしなぁ、金属探知器を壊すなよ。」と思う。
 無事全員出国手続きもおわり、指示を待ってたら、飯を食いに行くという。もともと、エアーアフリックより、ディナー券が支給されていた。すでに、3時間半遅れていると言う。パイロットは、NYに着くまでに、頑張って取り戻すといってるらしい。そんなもんなのか?「頑張って…」か…。たのもしいんだか、おそろしいんだか…。で、支給されていた。しかし、20:00を過ぎないと使っちゃだめというものだった。が、フィティグさんの弟さんのはからいで、19:00くらいだが、飯を食えることになった。一個人の交渉でそんなことが可能なのか?いまさらながら、不思議に思う。まぁ、いいや、飯が食えるんだし。
 フィティグさんの弟さんにS.Aさんがついていく。みんなざらざらとついていく。来た道を引き返す。検査所の横を通り過ぎ、階段を降りて、空港ビルを出て行く。TYKさんに聞こうと思って、しゃべる「ふ〜ん。空港ってチェックインして、しかも出国審査が終わったらもう出られないもんだと思ってたんですけどねぇ。」 TYKさん「私も。」えーっ!大丈夫か?S.Aさん! まぁもう出てしまってから言ってもみてもしょうがない。
 どんどん、空港から遠ざかる。だれかがいう。「まさかホテルまで戻るんじゃないよね。」勘弁してほしい…。実際は、空港の脇の建物に入っていく。高級そうなレストランだ。先導に、このカラフルな椅子が役に立った。レストランでは、チャーハンをくった。あと春雨。うまかった。…1時間強くらいいた。もう十分、「そろそろ行こうか。」という気に、全員がなっていた。それくらい、いた。
 空港へ戻る。さて、入れるんだろうか? 全然問題なかった。へんなの。
 ダウダと写真をとる。せっかく歳が近いんだし。
 待ってる間に、みんな、免税店を物色する。疲れていて、めんどうくさい。K.Nさんが聞いてくる。 
K.N「YKWさんへのお土産は買ったの?」
gansan「少し。」
K.N「ここで、なんか買っておけば?」
ということで、おれも、物色しに行く。アクセサリーを見てたが、
K.N「そんなものより、こんなバスケットなんかがいいじゃない?。」
ということで、折畳みバスケットを買った。さらに、チョコレートを売っていたので、買った。洒落になりそーだ。「ガーナのチョコレート」。フィティグが「そんなにチョコレートを買うのか?YEHだけで、買い占めたんじゃないのか?本当にお土産か?商売するんじゃないのか?」と言って笑ってる。
 おれが、そばで、財布の中の残金を数えていると。「リッチマ〜ン。」とひやかすので、gansan「It‘s all 1$!」といったら、大笑いしてた。すげー。おれが、英語で、冗談に答えてる。やればできるんだぁ。
 山伸やちひろが、アフリカのYEHのメンバーと話をしてる。やっぱりうらやましい。悲しくなるくらいだ。もっともっと、正直に悔しがっておこう。帰ってから、英語の勉強を始めて、続ける時のパワーにしようっと。
 N.K先生に、おれがいなくなってからの大人のまとめ役をお願いした。快く了承してくれた。よかった。
 飛行機に乗る。まずは、アビジャン(2000年2月、アビジャンがコートジボアールの都市であることを知った。)へ、1時間くらいのフライトだ。乗り込む。席は、K.Nさんたちの横だ。よかった。薬を飲んで、寝た。24:00ごろ…。

8月26日(火)(ガーナ時間)
 03:00ごろ起床。アビジャンだ。だいぶ気分がいい。薬が効いてるようだ。
 アビジャンで、全員一度おりる。TRANSITゲートへ並ぶ。今度は、パスポートをとりあげられる。チェックを終わって、荷物検査の前で待つ。けっこう待ったような待たなかったような。ぼーっとしてたので、よくわからなかった。
 パスポートを受け取り、荷物検査へ、今度は、鳴らない。よかったよかった。「ゴトン!」あいかわらず、椅子は検査機なかで、転がってる。
 すすすっと待合室(?)へ。通り過ぎてから、振り返ってみると、やっぱり、ランダム(気が向いたら)手荷物検査をやってた。
 2時間近く待ちらしいので、寝ようと思ったが、歌の古今東西をやってしまった。
 TNDさんが、三味線をひく。けっこう人気者になりそうだった。
 このあと、どうしていたのか記憶が無い。
 ここから、3時間くらいで、ダカールだ。そーいや、ここで、荷物の鍵をかけてないことを思い出した。しかたない。なるようになるさ。
 Ocaが飛行機の中に忘れ物をしたような記憶があるが、さだかでない。じつは、熱がまた出ていたことだけは、おぼえている。ぼーっとしてられるから、退屈しないですむので、ラッキーと思ってた。
 飛行機に乗って離陸したあと、飲み物を配り始めた。また、熱が出始めてたので嬉しかった。「COKE!」コーラの缶を出し始める。スチュワードというんだっけ?鼻の下がえらく長いおやじだ。すぐ、「NO ICE!」というと、「OH!Thank you!」と言って、なんとコーラの缶を3つも置いていった。氷が貴重品なんかな?
 コーラを飲んで寝た…。
 ダカール着。何時だろう?気にしてない。TRANSITへ並ぶ。セネガルのメンバーとは、ここで、お別れだ。
 チェックの為に並ぶ。…遅い。ちんたら、やってんじゃねーよ! と、普通なら、思っているだろうが、熱があるためどーでもいー。
 TTKWとちひろの「あはははっ。」(TTKW)「えへへっ。」(ちひろ)と笑い声が聞こえる。すげーほっとする。みんな、まだ、大丈夫だな、と思う。Cooneyがつぶやく。「…よく笑ってられるよな…。」冗長されているようだが、いつものCooneyだ。大丈夫そーだ。
 しかし、笑い声ってのは、いーもんだ。彼女らが笑わなくなっていたら、そんときは大変な事態になってるだろう。でも、寝てるだけかもしれないな。
 と、ぐだぐだ考えてるうちに、俺のチェックの番がきた。担当の男は、確かに、誰かが言ってたように。泣き出しそうな顔をしてる。「もういいだろ。許してくれよ。」って、いってるみたいだ。
 チェックがおわったら、免税店を通り過ぎ、待合室(?)へ。ここで、何やってたか覚えが無い。熱に任せて、ぼーっとしてた。
 そーいえば、水を買った。カウンターでムスっとしたおやじに、「ミネラルウォーター。」と言ったら、350ccくらいのやつが出てきたので、「タンク。」と言ってしまった。「?」という顔をしている間に、思い出した。「ボトル!」無事買えた。危ない危ない。ガロンで買っちまうとこだった。結局、みんなもほしかったらしく、みんなで飲んで、半分しか残らなかったが、水を飲んだら熱が下がり始めて、ほっとした。
 飛行機に乗る時も、またチェックだ。さっきのは、なんだったんだ?と普通なら思うところなんだろうが、熱でぼーっとしてるし、「あはははっ。」(TTKW)と「へへへへっ。」(ちひろ)という声のおかげで、気にならなかった。気になったといえば、チェックしていたのは、さっきの、「おれのせーじゃねーよ。かんべんしてくれよ。」って顔をしてるやつだったことくらいだ。
 チェックのとこで、列が合流するので、割り込んでくる白人のグループがいた。家族連れだと思われる。ふと、周りの黒人と比べてみた。黒人は、誇りたかい。が、白人は虚勢をはってるように見える。両方とも、賢そうに見える。両方とも背が高い。黒人は謙虚。白人は横柄。黒人はたくましい。白人はヤワ。っていう感じがした。日本人(おれ)はというと、一見、ぼーっとしていそうだが、俺達の誰かに、つっかかってきたら、「ぶちくらす」心積もりをしていた。
 無事、チェックを終わった。飛行機まで行く途中で、預けた荷物をNY行きのコンテナに載せるように、指示しなければいけなかった。ちょうど、S.Aさんと同じくらいにチェックを終わっていたので、二人で荷物を探した。
 あった。開いてない!さっと、鍵を閉める。で、S.Aさんが担当のやつに、手で合図をするが、見てないので、おれが、「ヘイ!」と呼ぶ。すげー。おれが…以下同文。
 飛行機に乗る。今までは、けっこうガラガラだったが、今度は、混んでいる。席の位置は変わらないので、ちひろやHKRちゃんがいるかなと思ってふりかえってみると、おばはんが座ってた。ちひろがやってきて、俺に聞く。
ちひろ「席って同じじゃないんですか?」
おれ「同じ、同じ!あの、おっさん(スチュワード?)にすぐチケットみせろ!」
だれかが、わがままをやってるらしくて、椅子取りゲームのようになっているようだ。しかし、ちゃんと座れた。よかったよかった。
 NYまで、8時間くらいだ。飯が出てくるはずだから、それを食ったら、寝よ。これ以上風邪を悪化させることはできない。
 離陸。ふと、shuを見る。「この世の終わり」という顔ってのは、こんな顔です。という感じの顔をしている。思わず笑ってしまう。
 外を見ると、ダカールの素晴らしい夜景が広がっていた。まさに、宝石をちりばめたようだ。これで、完全にアフリカを離れる。またきたい。どうしても、See youといえなかったが、また来たい。やつらと会いたい。飛行機で来るのもいいけど、陸路で来たいと思ってしまった。自分の足で来てみたいところが、できてしまった。国内の一桁国道を全部走ってからは、バイクに乗る時間が減ってしまっていた。バイクで、海外に行く奴の気持ちってこんな感じかと思った。「地球は、おれの家、おれの庭。」…恐ろしい。「いつか!」と自分に言い聞かせる。
 どんな飯だったかなぁ。覚えてない。うまかったと思う。食ったら、寝た。
 起きた。08:00くらいだったと思う。朝飯だ。配りに来た。鼻の下が長いおっさんだ。俺の横で、カートを止める。が、ストッパーがかからずに動き出す。すぐささえる。おやじが俺を見てる。えー?!と思いつつカートをささえてやる。満足そうな顔していた。なんじゃそりゃ。気に入られちゃったかな?コーラ三つくれたからいいや。朝飯もうまかった。
 結局、30分くらいしか、遅れを取り戻せなかったようだ。そろそろ、着陸だ。
 けっこうきっつい旋回をしてる。やるなぁと思ってた。なんとなく、やっと着陸したってかんじだった。その瞬間拍手が起こった。おいおい、そりゃまずいんじゃないの?と思う。あとで聞いたら、shuが思わず拍手をしてしまったそうだ。本当かどうかはわからんが。
 さぁ、JFK空港だ!飛行機を降りる時に、あのおやじに「メルシー!」と言って降りた。
 朝10:00.S.Aさんがあいかわらずはやい。ざんざんついていく。入国の時の書類があるところまで一気に来てしまった。書類に記入する。で、ならぶ。
 おれと、FKDさんと、SKKさんも、いったん出るとのことなので、TRANSITではない。泊まらないけど、宿泊先はHOTELBEDFORDとなっている。
 オレの入国審査をするのは、ばーちゃんと言っても失礼じゃないだろうと思われる人だった。たぶん「今日、飛行機に乗るのか?」と聞いたようだった。「YES!」と力強く答える。「じゃぁ、なんでチェックアウトするんだ?」とつっこまれてしまった。「S.Aさん!」と思ったが、しょーがない。「チェックアウト。アフター one more チェックイン。」あきらめた顔をして通してくれた。よかったよかった。
 荷物を受け取る。よしよし、えらいぞと、荷物へ思う。
 みんながそろったので、空港を出た。熱も下がったようで、調子がいい。ビルの出口に向かう。サキが言う。「先進国に来て、ほっとしてるけど、治安は、ここの方が悪いんだよね。」そのとおりだ。
すぐ帰る組みと一泊組みに別れる。一人づつあいさつ。最後にわし。とにかく、ほっとして、気が緩むのが心配だった。自分へ言い聞かせることもあって、「家に無事辿り着くまでがスタディーツアーです。」と言った。
 みんなとわかれて、NWのゲートへ向かうため、連絡バスに乗った。すげー。アメリカでバスに乗ったぜ。ゲートはすぐ隣だった。
 チェックインするところまで、TYKさんに案内してもらって、別れた。
 さて、「I can not speake english。」の3人旅だ。
 二人がトイレに行くというので、荷物番をしてた。すると、さっき入ってきたドアのところに立ってるおばさんが、話しかけてきた。「Is it your chiare?」「Yes my フェイバリット チェアー!」「OK。nice チェアー!」といってた。すげー。おれが英語で会話してるぜ。さらに、なんか、きいてくる。どうやら、「goodmorningは日本語でなんていうんだ?」と言ってるらしい。「goodmorning is おはようございます。」と言ってあげた。「Thank you!」
 おはようございます!と連呼してる。日本語が好きだといってくれた。日本人が好きだと言ったんだろうか?よくわからん。その「おはようございます」で、入ってくる日本人に挨拶してた。
 二人が帰ってきた。とりあえず、まだ、12ゲートが開かないので、13ゲートのベンチでのんびりすることにした。
 俺がトイレに行く。帰って来たら、FKDさんが、免税店街を見に行った。そんで、りんごを買ってきてくれた。うまかった。おれも、少しうろうろして、NewYorktimesを買った。あとで、飛行機に乗る時にただで配ってた。ちぇ。
 ぼーっと廊下をみてると、行き交うのは日本人ばかりで、「すでに成田にいるみたいですねぇ。」などと話していた。
 時間だ。12ゲートへ行ってみる。日本人でごったがえしている。ファーストクラスから入れているようだが、はっきりわからないので、係りのおねーちゃんにチケットを見せてみる。…まだらしい。さがれといわれてしまった。3回目に聞いた時に、どうやら、行っていいといわれているようだったので、入った。
 3人ともえらく離れた席だった。おれは、進行方向に向かって左側の3列席で、一番廊下側だった。トイレ等にすぐ行けるから、ラッキー。
 隣、は母と息子だった。子供は落ち着きが無い。ぐちゃぐちゃとうるさい。親もあまやかすか、文句しか言わないようだ。K.N親子のように、楽しく会話をしてないので、すげーうざったい。これ以上おぼえていたくないので、書かない。
 安心して食えることも手伝って、飯はうまかった。全部食った。映画は何もやってなかった。ので、この日記を書いていた。椅子が上の棚に入らなかったので、足元に置くことにした。窓側の奴等に迷惑をかけるので、うれしかった。
 とにかく、水か、紅茶を飲んでた。しんどくなって、寝た。18:00くらいだったと思う

8月27日(水)(日本時間)
 12:00起床 朝飯だ!そうだ。すごい。どうやら、ずっと、昼を飛んでいるようだ。そりゃ大変だ。
 今度は、入国の書類は書かなくていいらしい。よかったよかった。
 朝飯もうまい。とっとと食って、飲み物をおかわりした。
 行きは何とも無かったが、帰りは熱があるぶん、寝てる間寒かった。
 さぁ、混むまえに、トイレ!あとは、着陸するのを待つだけだ。隣の奴等がトイレに行く。混んでて、待たされていた。よしよし。
 外は、房総半島が見えたり、なんと富士山が見えたりした。すっげー!が、しかし、なぜ見えたのかというと、空港が混んでて、着陸の順番街をするために、上空で旋回しながら待機しているからだ。いらいらしてきた。8回くらい旋回しただろうか、やっと降りることになった。
 着陸。さくっと立って、荷物を取り出し、すぐ出る。俺の方が、あの二人より奥にいたので、急いだ。が、二人とも、俺を待って3人で行くってことは、露ほどもないらしい。どんどん先に行ってしまった。JFK空港で「たのむね」っておれにいったのは、だれだ?ねぇ、SKKさん。と考えつつ、急ぐ。
 入国審査をすぎ、荷物の受け取りのところまで来てしまった。やっと追いつく。体調は悪い。出てきた出てきた。荷物を受け取って。税関へ。関係ないと思っていたが、マーマレードや、パイナップルジュースが気になった。が、とっとと抜けた。
 FKDさんが、「STOPラインでまって、一人づつ来なさい。」と、注意される。もう日本だからいいや。好きにしてくれ。
 税関を通り、ドルを円に替える。これで、電車賃ができた。
 HFWオフィスへ電話する。熱のせいか、耳が聞こえづらいので、FKDさんにかけてもらう。メグだという。SKKさんが話して、俺にかわる。廣岡さんだ。どこがメグだ。そーいえば、メグは今ごろ北海道だ。やけに、手短に話が終わると思った。廣岡さんのほうが、困っちゃうよ。とりあえず、おれが、オフィスへ行く事を告げて、電話を切る。
 京成線に乗る。ライナーは高いから乗らない。ということだ。あとで、後悔した。ライナーのほうが先に出るので、もう少し、早くついてたのに。まぁいーや。ぼーっとしてるから、どーでもいー。
 日暮里でSKKさんと別れる。神田でFKDさんと別れる。飯田橋で、YKWさんに電話した。(と思う。)留守電だった。ここで、やっと、「あっ!ひょっとして、何時にオフィスにつくか言わなかったし、だれか、俺の為に待つことになってるんじゃないだろうか?!」そのとおりだった。御厨さんが、待っててくれた。やることがあった。とは言ってくれたが、ちょっと失敗だった。
 飯田橋の駅から、オフィスへ行く途中。HTEちゃんと会った。「おかえりなさい!」と言ってもらうのは嬉しいもんだ。やっと、帰ってきたんだという実感があった。
 オフィスには、長塚君もいた。オフィスから、九州に電話し、帰国したことを告げた。椅子をわたし、20:00すぎにオフィスをでた。
 東海道線(当時平塚在住)も良く寝た。茅ヶ崎でおりて、タクシーで帰った。22:30ごろ、無事帰宅。
 さぁ、明日から仕事だ、有休もないし、早く寝なきゃ。
 家の中に入ると、12日前のままだった。そりゃそーだ。ちがってたら、まずい。荷物を降ろし、YKWさんと電話して、風呂に湯をはり、入った。
 で、00:30ごろだったかなぁ?寝た。
:あんまり気にせんでください。
最後に
 読んでいただきありがとうございます。
あれから、3年以上経っています。非常に良い体験です。このスタディーツアーでいろいろ思ったことはあります。もし、海外に住むとしたら、今でもガーナがいいと思います。どこに行こうが、結局地球の上なんだからそう心配することも無いか? と思いました。話す言葉や文化がちっと違うだけで、人ってのはそう変わらんかも? とか思いました。「そんだけ?」と思う方がいらっしゃるかもしれません。その通りです。種はこれだけです。これから考えたことは沢山あります。お聞きになりたい方は、また今度、どこかでお会いした時に、お声をおかけください。
ぢゃ。