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古伝尺八



 根笹派尺八
法燈国師に従って、宗から日本に来た4居士(宝伏、宗如、理正、国佐)から4つの派に分かれ、足利時代の中頃には、16派に成り、寺も100余りとなったそうである。

寄竹派(明暗寺)、火下派(鈴法寺)、金先派(一月寺)、梅士派(慈上寺)、夏箪派(心月寺)、司祖派(慈上寺)、不智派(越後明暗寺)、錐南派(西岸寺)、短尺派(明暗寺)、養沢派、野木派、児派、芝隣派、義文派、隠巴派、宗和派

根笹派は、今の群馬県の高崎市に在った慈常(上)寺を本山とする派で、主に群馬県に末寺が在った。そして、この派の奏法は笹音(コミ吹き)を遣ったので根笹派という。
群馬には根笹と言われる笹が生えている。
慈常寺は神奈川県の三崎町にあって宗和派であったが、21代堪光風車の時に、群馬県箕輪の城主長野信濃守業政の招きによって箕輪町に移り根笹派と改めた。そして後に高崎に移った。
根笹派の曲は地元には残っていないが、青森県に錦風流として伝わったものが残っている。
コミ吹きの他にチギリ手という奏法が独特です。

(根笹派錦風流尺八について)
錦風流尺八は普化禅宗36派の一つ根笹派から出たもので、青森県弘前地方では大音笹流とか、御家流と言われていた。
その起源についてはいろいろの説があるが、津軽藩の武士によって代々吹き継がれてきた尺八曲である。錦風流を公式に呼称したのは明治16年旧津軽藩士、乳井建朝(竹号月影)が門人の協力を得て、自分の師であった伴建之師、自伝の曲を整譜して「根笹派所伝錦風流尺八本調子之譜」を作ってからである。
津軽藩第九代の藩主津軽寧親公は文化12年(1815)に藩士、吉崎八弥好道に普化宗総本山の武蔵国小金にあった金龍山一月寺に伝承されている尺八曲の修業を命じた。
好道は直ちに江戸に上り、一月寺に入門して、当時一月寺にいた根笹派出身の栗原栄之助(竹号錦風)と一月寺院代の傑秀看我、に師事し、根笹派、金先派、寄竹派、括惣派、の伝習曲、数十曲を習得し文政元年(1818)帰藩し寧親公に逐一報告した。
公は大いに喜ばれて、藩士にこれらの曲を伝習することを命ぜられた、御家流と呼ばれたのもこの辺の消息を物語るものである。


根笹派
は建長6年、紀州由良、興国寺開山法燈円明国師と同船にて来朝した宝伏居士を元祖とし相模国三崎にて宋和派と号して慈上寺を本寺とする派であったが第9代の湛光風車和尚(禅宗として達磨大師より21代目)の時、上州箕輪城主、長野信濃守業政から関東乱派の総大将になるよう招請され三崎より箕輪に移った。その時根笹派と改められたと言う。

上州箕輪城を中心とする地方は戦国の治乱興亡により、長野氏、武田氏、滝川氏、北条氏、徳川氏と勢力圏の変動激しく、慈上寺も高崎城主井伊直政の代、慶長5年高崎に移った。
慈上寺の親寺である大雲寺は井伊家の彦根転封と共に移っていった。慈上寺は括惣派に転じて明治4年普化宗廃止まで高崎に存続したのである。

津軽藩祖の津軽為信公は永禄10年(1567)その父、大浦為則の葬送の導師、津軽長勝寺8世、格翁舜逸禅師に参禅して「普化鈴鐸の話」を透過してその印可を得、用兵、戦術の真髄を把握したと言われ、この時以来津軽藩と普化宗は緊密な関係を生じた。為信公は豊臣家滅亡後徳川家康の麾下に参じ、本領を安堵され、上野国勢多郡の領地を加増され、合計4万7千石を領した。

津軽藩2代の信教公は慶長15年弘前城を築いて赤石城より移り住し、徳川家康の養女を娶った。記録によれば元和7年(1621)栗原泰藝が津軽藩に召預けとなっている。津軽藩の上州の所領の勢多郡には根笹派に属する普化寺が、が2ヶ寺もあり(理光寺および光林寺)、吉崎好道の師栗原錦風も一月寺院代傑秀看我も共に根笹派出身で、錦風は泰藝の末裔と考えられる。

津軽藩に根笹派が伝承されたのは上州の根笹派寺院との交流によるものであるが、津軽藩武士の尺八として気魄に満ちたコミ息とチギリ(継色)と言われる独特の奏法を確立したのは津軽地方の傑れた音楽的素地に由来するものである。

錦風流の流名起源には2説があり、その1つは伴建之師がその師の栗原錦風伝の曲と、以前から津軽に伝承された曲を集成して師の竹号錦風をとって命名したという説と、伴建之の後継者であった乳井建朝が元冶元年9月9日の名月の夜、京都にて近衛家警護の任を帯びて上洛中、関白近衛忠熈の求めによって「松風」を吹奏したところ、公の感銘一方ならず
         ふきならす竹の調べもおのずから  澄み渡りたる夜半の月影
と詠ぜられ、色紙と「月影」という竹号と大和錦の袋に入れた三日月銘の尺八を賜った。これを記念して、大和錦の錦と松風の風をとり栗原錦風師の竹号を参酌して錦風流と名づけたという説であり、後者の説が当を得ているように思われる。

乳井月影師を錦風流の初代として2代目は永野雄次郎師(旭影)3代目は成田清衡師(松影)4代目は井上重志師(輝影)である。錦風流では尺八は地漆を用いない2尺管を基準として、本調子とし、他に曙調子、太極調子、夕暮調子、及び雲井調子の4調子がある。これらの調子は楽理的には基音に対し、完全4度、長2度、短7度、完全5度の協和音程の4調子で吹くもので、完全5度と長2度、完全4度と短7度、は共に協和音程となるので、3種の譜によって尺八の長さを変えることによって5調子を吹き分けるのである。

完全五度とは、「調べ」の曲の場合、ロ(レ)から始まるので完全五度上はチ(ラ)にあたる、、ミ、ファ、ソ、  従ってロロ-がレチで始まる、裏調子、曙調子ともいう)
                      


コミ吹き
コミ吹きは尺八を吹くときに息を断続的に出す吹き方で、ただ息をフッフッフッと吹くのではなく、ノドの奥を断続させて切って吹きます。
息をフッフッフッと吹くと息が続かなくなります。
ノドをどう表現したらよいか・・、例えばア・ア・ア・アと連続して言ってみるとノドが断続的に切れます、この要領で吹くのです。(と教わりました・・・違うかな?)
寒風吹き荒ぶ中で風上に向かって吹くには通常の吹き方では音が消えてしまいます。こういった条件下で編み出された奏法といえます。
チギリ手(ツギリ手)
この奏法は他の流にもありますが、たとえば乙ロからメリ乙ロを吹きメリのまま首を正横に振る、このとき当然開口部は開くわけで律は元のに戻る。再び首を正面にメリのままメリ乙ロに戻してから、首を上げ乙ロに戻る。
首を正横に振るところから後を素早くやるとなんとも言えない独特の旋律となります。

私の習った曲

1 調
音取りの曲、吹禅の曲 この調べの吹断によって阿吽の息を調え、俗塵を遮断する障壁とするの意義をも有する曲である。根笹派では曲の吹奏の前に調べを吹くのが決まりになっている。壱越調 伴勇蔵の作といわれている。

2 下り葉
神祭の折りに御輿が帰る時に囃子として吹く曲。壱越調。調べと連続して吹奏すると1曲の構成をなしているように感じられる。

3 獅子
厄払いの獅子舞の時に吹く曲の為に、旋律を繰り返している。一越調が主と成っており、僅かながら黄鐘調が交じっている。

4 松風
松風が吹く有様や、それを聞いている心持ちを現したもの。壱越調。自然を現した曲で普化尺八には極めて少ない。

5 三谷清攬
サンヤセイランと通称しているがスガガキという。普大寺伝の三谷と同曲。

6 流し鈴募
托鉢の時に吹く曲、壱越調

7 通り
通り門附け鉢返しの3曲を続けて吹奏するのが普通で、托鉢曲として代表的なもの、普化僧が街市を通る時吹く曲。托鉢をして歩いて、里を通り終わり、里と里との境目に来たときに振り返り見て、改めて厄払いしてやる為に吹く曲。壱越調。

8 門附け
家の門に立ち仏に呼びかけるべく吹く。托鉢の折りに、家々の門口に立って吹く曲。壱越調

9 鉢返し
門附けを行い志を受けたときこの曲を吹き辞する。托鉢の折りに、布施を貰った返礼として吹く曲。

10 虚空
京都の明暗寺、浜松の普大寺、江戸の琴古流などに伝承されてきた。117息からなる長大な曲。最も格式高い曲。
以上根笹派曲


11 松巌軒鈴慕
奥州岩手の普化寺松巌軒に伝わった曲で山形臥龍軒と同曲。奥州系本曲の哀愁を表現している曲。底ユリ。

12 越後三谷(越後明暗寺伝)
大きなユリと強いナヤシの連続する曲、「三谷」屈指の名曲。

13 鶴の巣籠(蓮芳軒、喜染軒)
神保政之輔が好んで吹いたと言われる巣籠もり曲。 鶴の巣作りから子育て、巣立ちまでを尺八で描写している。他の巣籠曲とはチョット異なる。

14 布袋軒鈴慕
底ユリから始まる曲で物悲しさと寂寞さを表現する難曲。

15 布袋軒三谷
曲全体にわたり底ユリで吹奏する、悲哀感と寂寥感を表現している。

16 調子
浜松の普大寺に伝わる曲、楔吹きで行う。息継ぎ、間合いが難しい。簡単な曲ほど難しい。

17 大和楽
神如道生曲、人生の生から死に至るまでを音で表現した短い曲。

18 薩(サシ)
一朝軒の代表曲、楔吹き、観音菩薩行の曲。

19 阿字観
一朝軒。幽玄な趣きと切々たる情感を併せ持った曲。一切の言語の出発である<あ(阿)>を観ずることにより一切諸法の根本義 に達する。というもの。古典本曲中屈指の名曲。

20 虚空(普大寺)
「古伝三曲」の一つ、五部構成、虚の世界を吹く。

21 瀧落(瀧源寺)
伊豆修善寺の旭瀧で作られたといわれる名曲。

22 霧海じ(普大寺)
「古伝三曲」の一つ、テンポの緩急はなく、ゆったりとした曲調。難しい曲と思う。

23 虚鈴(普大寺)
「古伝三曲」の一つ、テンポの緩急はなく、霧海じ曲よりさらに重々しく静かに。長管向き。

24 無住心
神如道生曲、阿字観に良く似た曲。中国に演奏旅行したときに即興で吹いた曲。 

以上


虚無僧に関する絵



 古伝尺八
尺八本曲を吹きたいと思ったのはもう10年以上も前になりますが。FMから流れる長管の響きに魅せられたのが三曲との別れとなってしまいました。
幅広く本曲を収得すべく2004年10月から国際尺八研修館の関一朗先生に横山勝也氏監修の譜を勉強してる。


 1 打 波      出所不明。十字街頭に托鉢した曲。「さんや」系曲。
 2 山 越      九州地方の曲。鋭角的な旋律、躍動感あふれる曲。「鈴慕系」
 3 虚 空      東北地方の曲。700年前に作られた?
 4 松巌軒鈴慕   岩手県花巻市にあった松巌軒という普化宗寺に伝承した曲。
 5 産 安      新潟地方の曲、神保政之介が伝えた曲のため、神保三谷とも奥州薩慈とも呼ばれている。
 6 霊 慕(鈴慕) 各鈴慕曲のオリジナルとなった曲?
 7 浮 雲      「吹けば行き、吹かねば行かぬ浮雲の、風にまかせる身こそ安けれ」
 8 山 谷      東北地方に伝承された曲。各地に伝わる「さんや」系の曲のなかで最も静かで悠久とした曲。
 9 三 谷      中京所伝の曲。根笹派の三谷清攢と同旋律。
10 手 向      勢州伝 鎮魂と悲哀を合わせたような曲
11 一二三鉢返し 関東地方の曲。 琴古流本曲36曲中の第1番目の曲。托鉢中の調べと伝えられる。
12 鹿の遠音    琴古流には珍しい尺八二部合奏曲
13 古伝巣籠   各地に伝わる巣篭曲の原形に近いといわれる。
14 心 月     月のように澄みきった心境を表した曲
15 息 観     低音の一息一息に自己を没入させ、心眼に映して本質を見つめることをめざす。
16 鶴の巣篭   仙台地方伝承曲。夜明けの描写に始まり、鶴のさまざまな飛翔の姿や鳴き交わしの様子を表現している。
17 雲井獅子
18 瀧 落
19 本 調

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