プロフィール 尺八の作り方 古伝尺八 坂東工房 番外 掲示板 LINK  TOPに戻る

 
尺 八 雑 感
 
1 邦楽6 本の発売とCD版   11 調律  16 虚無僧行脚
2 仲良し演奏会7 メール   12 アゴ当たり 
3 日本の文化8 ネットオークション   13 趣味には金を 
4 徒弟制度9 尺八の価格   14 独りで学べる 
5 暗譜10 地無し管   15 らしさ

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 (一)邦楽

尺八はすぐに鳴らない難しいというイメージが浸透している、確かに自分も音が直ぐに出なかった。1週間位かかったような気がする。
又興味本位で飛びついたが上達しないのでやめてしまうという人が多い。アゴのせいにした人がいましたっけ。
生まれつきの唇の形はいくらか関係はあると思います。しかし何事も練習と努力で克服できるのではないかと思いますが。

学校の授業で自国の音楽を教えないのは日本ぐらいのものだそうです。音楽の科目の中にやはり日本の音楽、東洋の音楽を取り入れるべきだと思いますが、平成14年度から小中学校指導要領が変更になり小学校3年からは邦楽器を1つ以上修得するよう義務づけられる。我々邦楽の衰退を憂いている者にとっては朗報であります。
しかし、もう大分経ったけれど朗報は見えない。第一、学校には楽器を買う予算が無い、先生がいないというお寒い状況です。
お琴があっても調絃出来ない、絃はベロンベロン。
気が付くのが遅いね、大体お役所仕事で思い付きだから期待するほうが馬鹿だった。
役人のやることは後手後手の思いつき、その場しのぎで後は知らない。

小さいころから親に進められてバイオリン、ピアノを習う子供は沢山います。
大きく成長するとやめてしまい家の中に誰にも使われない大きなピアノがデンと場所をとっている。
しかしお琴や尺八を習う子は親の影響であったり、周囲の環境で入るのが多いのではないかと思う。無理矢理やらされるのもあるけれど。(私の娘はこれ)

ラジオやテレビでの邦楽の番組は、NHKFMで毎週月曜日の11時からの30分しかなく、のど自慢の民謡の伴奏でたまに尺八を聞くぐらいのものである。また一般の人がお琴の演奏を耳にするのはお正月と結婚式場のバック音楽でしかない。

尺八人口は減少の一途をたどっています、そのうち老人の演奏会になってしまう(もうなりつつある)。
今時には邦楽そのものが生活に合わないのか、こんなセコセコした世の中には邦楽でも聞いてユッタリすればいいのにと思うけど、マスメディアが商売にならないから取り扱わないのであろう、何事も金の世の中であるからしかたがないか。



 (二)仲良し演奏会

閑古鳥の鳴く演奏会、身内の演奏会。
身内の演奏が終わるとバタバタ帰り出す身内。
身内の出番でないときはオシャベリしている身内。
何度注意しても平気でオシャベリしている、注意すると逆に睨みつけてくる。
自分の出番でなければベラベラ喋っている出演者。
舞台のソデで大きな声を出している次の出演者
ただ楽譜を眺めて演奏している出演者。
音が狂っていても平気な出演者。
練習もしないでブッツケ本番の出演者。
終わった後の飲み会専門の出演者。
ドタキャンして出演料を払わない出演者?。
自分は上手いと思っている出演者。
まだあるかな・・・・貴方該当していませんか。
でも、プロじゃないから楽しければいいんだよね。(某流派の演奏会より)


 (三)日本の文化

私は尺八を吹く前は全然ジャンルの違うカントリー&ウェスタンをやっていました。カントリー&ウェスタンといっても今では全く知らないのではないでしょうか。
ハンク・ウイリアムスという神様みたいな歌手がいたのです。(死んじゃいました)
C&Wはアメリカで今から50年位前に流行った音楽で、西部の開拓時代を表現した弦楽器(フィドル、ギター、木ベース、バンジョー等)のみの音楽です。ヒルビリーソングといってロカビリー(ロック&ヒルビリー)の元になった音楽でもあります。(この頃日本でも日劇でウエスタンカーニバルというのをやっていた)
なんとも調子の良い音楽で大体メジャーの曲が多かった。日本では小坂一也(故人)、寺本圭一とかジミー時田(故人)、黒田美治(故人)なんていう歌手が売れていた時代です。皆死んでしまった。

私もバンドを作りテンガロンハットをかぶって一時はウェスタン歌手を目指しましたがだんだんすたれてしまいました。今の尺八みたいです。
国は違うけど古典?という雰囲気でなぜか尺八の虜になってしまいました。C&Wがラジオやテレビから消えて久しく、又伝統の邦楽も消えようとしています。日本の伝統を絶やしてはいけないと思います。
東京芸大の定期演奏会では、雅楽、箏曲、尺八、常磐津、長唄等を拝聴することができます。
日本伝統文化を継承している若い(じゃない人もいる)学生がいることに頭がたれる気持ちがいたします。


 (四)徒弟制度

徒弟制度というのは日本独特の制度らしい。もっとも外国のことは知らないが、日本には昔から師匠と弟子という封建的な関係がある。
大工、左官、陶芸、漆塗り、蕎麦、刀匠等日本古来の技術は親方の家に住み込み、無給で働き一人前にさせてもらう、一生頭があがらない、親方が黒と言えば白くても黒、それくらいの関係があった。
ところが邦楽の世界にも同様な制度?がある。
青より藍くなっても師匠の生活の面倒をみるかのような関係が続いている。そして師匠が死ぬまで続く?。
卒業という区切りがないのである。そしていつまでも師匠の縛りの中で芸事を続けているのである。
邦楽ジャーナルで前に議論されたことがあるが。

これは自分の流派でないものは駄目といった考えから発生していて、これが日本の古典芸能全てにあてはまっていると思う。
違う流派を習おうものなら破門という掟がある。そして閉め出される。
ヤクザの世界みたいなものである。広く門戸を広げるという意識が働かない。(金儲けが優先)俺が俺がの世界である。そして分裂する。チョット国会に似ているか?
資格においても全てお金、、、、はずかしい位技量がなくても資格(国家試験でないからかまわないが、なんら世間では通用しない資格)は貰える、それも何十万以上という大金を払ってである。
そしていつまでもヘタクソ?な師匠に媚びへつらいながらヘタな芸を続けているのである。
琴、三味線、尺八、舞踊、お茶、お花、etc高尚な趣味と言われる芸事は大体この類ではないか。
体力を使う武道はあまり聞かないが。
このような制度と資格を作る組織はそのうち淘汰されてしまうであろう。広く門戸を広げ基本に戻った教え方を考えるべきと思うが。


 (五)暗譜

演奏会を見ていると暗譜で演奏しているのは圧倒的に絃方である、尺八で古曲(本曲じゃなくて)を暗譜で吹いているのを拝見したことが無い。(一度だけ○○○山が”笹の露”を吹いているのを見たことはあるが)
以前、お琴の先生から「お竹の方は暗譜なさらないのですか?」と聞かれた時グーの音も出なかった。
同じ古典を演奏していて尺八だけは譜面を見ている。テレビでも同じである。
こんなことを書いていると「生意気なヤツ」と言われるかもしれないが、用は覚えようとしないのではないか。
筝曲では「長恨歌」、「葵の上」なんて30分〜40分かかる。聞いている方が嫌になる曲があるが演奏は皆暗譜である。
暗譜というのは無理して覚えようとしても覚えられるものではない、練習を何度も何度も繰り返して行けば自然と手が動くのである。尺八でも百遍吹きという方法がある。百遍吹きで覚えてもやらないとすぐ忘れるが、少しやればすぐ思い出すように身についてしまう。
三曲は暗譜できなくても尺八本曲は暗譜するようにしている、第一虚無僧が譜面を見ながら吹く格好はないですから。
暗譜で吹くと「頭がいいなあ」という人がいましたが、頭の良い悪いは関係がありません前出のように練習あるのみです。
私の暗譜の方法は曲の息継ぎの小節を頭から並べ同じ旋律にA、A’、B、B’というふうに記号をふる、又同じような旋律のかたまりを マーキングしておくのです。大体古典本曲は同じフレーズの繰り返しが多いので割合簡単に覚えられます。
こういう暗譜の方法が良いとは思えませんが、譜面を見ながら吹くよりは良いかな。
でも間違えて止まってしまってはどうしようもないが。
不確かなら譜面を見て吹いたほうが安心ではあります。
外曲も回数多く練習し譜面を外すように練習すれば暗譜も簡単ではないでしょうか?一般受けする”千鳥””六段””春の海”位は暗譜しましょう。


 (六)本の発売とCD版

ついに念願の本を発売した。
1年かがかりで作りました、画像ソフトを購入して老体にムチ打ち。(本当はこういうことが大好き)
完成して出版社に見積もりしてもらったら、なんと高いこと。
ここで一度挫折、しかし天は我を見捨てなかった。安く印刷してくれるところを紹介してもらい出版に漕ぎ着けることが出来た。

しかしよく考えてみると自分も馬鹿なことをしてしまったと思った。というのは曲がりなりにも尺八製作や修理を請け負っていたので、小遣い位の収入はあった。
今回本を発売して、全てを公開してしまったのでもう注文が来ないかもしれない、もう来なくなってきている。
「しまった。」
後の祭り、おまけに本を送ってもお金を払ってくれない、催促しないと払わない人が随分いるのには驚いた!
尺八吹きには「詐欺師」がおるのかいな。
というわけで代金先払いということにしたら、それっきりで音沙汰無し。
それで結構、本当に欲しい人は先払いでもなんでも注文してくれますから。
しかしついに完売した。

続いて19年1月にCD版を発売した、CDといってもPDFにしたもの。写真で説明しているので本より分かりやすいと思う。
尺八内径データを自分なりに研究して1尺5寸から2尺5寸(G管)までを表とグラフにして載せた。
尺八を作りたいという人から注文が来るが、尺八が吹けないのに作りたいという人からもくる。
尺八の吹けない人に尺八は絶対に出来ない。
私の本・CDには簡単に出来るようなことは書いてありません。
あくまでも尺八が吹ける人を対象に考えて作ってあります。



 (七)メール

私のHPを見てからいろいろ質問をしてくる。「ここはどうするのですか」、「この音はどういう運指ですか」、「何々を教えてほしい」、「逢ってお話を聞きたい」、「尺八を買いたいが幾らするのですか」等。
これに私は丁寧に返事を書く、いろいろ調べたりして時間をかけて。
が、ですよ。
時間を割いて返事を書いてもこれの返事(有り難うございました、参考になりました。とか)が来たことがない。
勿論全部ではない。
返事がこないなら出さなければいいだろうという問題ではない。礼儀を知らない。
インターネットで顔は見えなし会うことはないからかまわないということなんだろう、私のメールは見ている筈なのに。
インターネットのメールに返事が来ないと言って怒るのはネットを知らない人なのだが。
相手が見ているだろうという予測のもとに送るメールは重要性のないメールでなければならない。
相手が見ているとは限らない。
しかし、私のは聞かれたから答えたのでそれに対するアクションは当然ではないのではないか。

なんでも手紙代わりに使えるメールは便利なのだが、なんでもメールで済ましてしまおうという考えはどうかと思う。
電話や手紙は気持ちが伝わる、幾ら忙しくてもメールを打つ時間があれば電話のほうが早い。
それとも電話代が勿体ないか。
最近は礼儀の知らない人が多い。日常の生活の中でも無意識に息を吸っているとしか思えない。
メールは相手に失礼のないように利用したいものだ。





 (八)ネットオークション

先日ネットオークションで性懲りもなく地無し尺八を買った。「時代物の尺八」というタイトルだったかな、とにかく買い意欲をさそるような内容だった。
光沢が良くかなり吹き込まれたような象牙唄口の尺八、頑張って落札しました。
手元に来るのが楽しみで首を長くして待った。思ったより早く到着。
急いで開けて吹いてみた「?????」鳴らない、ウンともスンとも鳴らない。そんな馬鹿な!
でもどうしても鳴らないのです。自分の吹き方が悪いのか?どんな尺八でも少しは鳴る筈だが鳴らない。
この尺八はオークションで売るために一生懸命磨いたものと思われる。(頭にきたからナタで真っ二つに割りました、中は虫食いだらけでした。16,000円の損害)
ノークレーム、ノーリターンだからどうしようもない。
前にも一度ひっかかりました、お恥ずかしいが2度目。
画像はさも良く写して意欲を誘い、中は虫食いのひどい物を平気で売る。
これは完全な詐欺行為。
大体鳴る尺八をネットで売るわけがない、原点を考えれば簡単なのだが、なかなか古管は手に入らないので思わず手を出してしまう。
でもたまに良い物?が出てくるときもあるけれど、まあ殆どが使い物にならない尺八のようだ。
オークションで、蔵出し、古い尺八等、購買意欲を誘う謳い文句に注意、1円スタートの安い尺八はやめたほうが無難。
又デジカメで撮った写真もイカサマが多いので引っかからないように。
落札価格が設定してあるから良いともいえないが、売るほうも安く売りたくないのが本音。

だけどひどい尺八というかボロ竹を出品しているのがあるがどういう神経なんだろう。
自分で直すことが出来る人はいいが、これを修理に出そうと考えている人はやめた方がいい。
修理はその症状により工作過程が違うので値段が決められない。
従って高くつく場合もある。他で買ったほうが安く上がる場合があるのです。


(九)尺八の価格
尺八の値段は皆さんが一番気になるところだと思います。
何故か馬鹿高い。
普及管と呼ばれるもので大体1ヶ月分の給料、高級管になると100万円もする、尺八のどこでそんなに金が取れるか不思議。
竹の姿が良くて、班が沢山ある位が竹の価値で、あとは中継・唄口に金銀を使っているだけである。
これらは音色に全然関係ない。
管内の仕上げ方で音が決まるので、製管師の腕次第なのです。
尺八人口は30年ほど前の民謡ブームから衰退の一途で、尺八の需要と供給のバランスが悪く売れない。生計が立たないから高く売る
余計売れないのです。
尺八の値段はせいぜい10万くらいが妥当な価格だと思っている。

私は冒頭に書きましたように安くても良い尺八は出来るということで製作してまいりました。
しかし安いからといって粗悪品ではありません。
それでももっと安い方がいいらしい。「2万位のがありませんか?」と聞いてくる。かつて2万で売ったことがありましたが、捨て値でした。
それでもきちんと調律して売りました。
安く手に入れるのでしたらオークションしかありません。ただ保証の出来ない代物が多いことは間違いありません。
新品尺八2万では竹代で終わりです。
親友は安いと粗悪品にみられるからもっと高く売ったほうが良いと言いますが、高くしたら私のような無名の尺八作りの尺八を買う人はいなくなります。
私のHPページの価格表を見ている人が多いということがアクセス分析して判りました。
誰でも出費は少ない方がいいですから。(高い尺八を買って自慢している人もいるが

修理依頼で届いた尺八を吹いてみると以外と律の狂った尺八を持っている方が多いことも判りました。
それでも自分が気に入っていれば文句の言う筋合いではないが。
高い尺八を買って(買わされて)、律が狂っているのを吹いていると大変なことになりますよ

私の尺八を何本も買われたり、修理依頼される方が何人もおります、自惚れではありませんが自信を持っています。
ネットでの尺八購入・修理も依頼する方からすればとても怖い話であることはわかりますがね。


修理は製作よりも手間がかかって割に合わない仕事なのです。
人の作った尺八は修理しないという製管師がいます。
自信がないのか、自分の作った方法でしか修理ができないのか知りませんが。
尺八の修理は誰が作ったかというのは問題ではない、臨機応変に対応できなければ製管師とは言えない。

ただ、出来上がっているのを壊して作り直す場合が多いので手間がかかり、その割りに収入にならないのです。
お金を取れば良いのですが、修理であまり大金は請求できないという気持もあるのです
修理で高い料金を払うなら新品を買った方が良いけれど、新品はもっと高いのです。
いずれにしても注文者の気持の問題ですが。




(十)地無し管
尺八吹きにはどうも変人が多い?というより、変な信念を持っている人がいる。
地盛り管は音がカンカンするとか竹の音じゃないとか、地無し管でも少し地が入っていると「ああ、地が入っている」と軽蔑する。
ご存知のように尺八には地無し管と地管(地盛り管)がある、かつて地無し論争があった。
昔、虚無僧(見たこと無い)が吹いていた尺八は地無し管で、今でも尺八は地無しであるという。
しかし時代の変遷で尺八の主流は地管になっている。地管は地管なりの良さがあるし好みの問題でありけなすことではない。
むしろ地無しの変な律で吹いて得意になっているほうがおかしい。
地無しでもキチンと出来ているのもあるがなかなか地盛りのようには出来ない。
その昔、黒澤琴古が地無し管に少し地を入れたらよい音になったのが地盛り管の始まりという話があるが。

竹の節を抜いただけの尺八が本当の尺八と考えているのはそれで結構。傍からみれば地盛りをけなしているのと同じである。
私も地無し管を何本か作って持っているがうまく出来た地無しで本曲を吹くと違った感じを覚える。
地盛りに比べ同じC管でも地の入っていない分音の響きが良い。
気のせいかもしれないが深みのある音ではある。

尺八は趣味の世界であるし個人で楽しむのであり他からとやかく言われるものではない。信念(?)を人に押し付けてはいけない。
古典の考えも同じで吹き方がどうのこうのと言うのも同じである。
己は己の道を行けばよいことである。
どうも芸事の世界は俺が俺がの知ったかぶり者が多いようだ。そして自論を振りかざす。




(十一)調律
尺八作りで一番難しい作業が調律です。
どこをいじれば治るというポイントがあるようで無いのです。
同じに作っても律が違う、鳴りが悪い、鳴らない、なんてのはザラ。
簡単にできてしまうこともある、いじくりまわしてポイなんてこともあります。
本当に難しい。
竹は同じものはほぼないでしょう、塩ビパイプのように外形寸法が決まっていれば同じ位置に手穴を開ければ同じものができます。
竹は外径、内径、肉厚、節間、形状などが違い、下地を入れて管内を同じに仕上げても同じ音にはならない。
ちょっとした内径の誤差(バランス)で律が高くなったり低くなったりする。
これを鳴らすようにするのであるから簡単ではない。
尺八の形は誰でも作れるが、この調律は経験がものを言う。
それでも出来ないことがある。
今までで出来なかったことが3回ある。
その竹は今でも鳴らない。

うまく作るコツは下地の作り方にある。
急がずに下地を一遍に入れようとせず、1回塗っては乾燥させ何度か重ね塗り押して所定の厚さまで塗る。
下地の入れ方も上下管が滑らかに入れる、段違いにならないように。




(十二)アゴ当たり
尺八の顎当たりが気になる。
尺八はアゴで吹くのではない、唇から出る息が唄口で分流して管内に渦巻きこれが音となるのだが、どうもアゴ当たりありきの人が多い。
尺八はそれぞれ太さも違い、持ち替えればアゴの感じも勿論違う。かつて注文された方から1尺6寸を8寸と同じにして欲しいという要求があった。
これについては前出のように太さも角度も違うのでアゴで合わせないで唇の方で合わせるようにアドバイスした。
尺八を吹くときにさかんにアゴに当てて首を振って合わせている人がいる。これでは微妙に唇と唄口の位置がズレてしまう。
挙句の果てが尺八が鳴らない、悪いと決め付け、尺八本体をいじくりまわしてダメにしてしまう。
大体何本も同じ寸法の尺八を持っている人はこのタイプで自分は悪くないというのである。

どのような尺八でも吹けるように唇は柔軟に対応できるようにしなければならない、固定して吹こうとするから音が出ない。
プロはどんな尺八でも吹いてしまう、吹き方のここがちがう。

吹奏において毎日コンディションが違うので良く鳴る日と鳴らない日がある、こんなときにも尺八の性にしてしまう。
本当は自分がヘタなのに気がつかないのだ。

やたらとアンブシェア、アンブシェアと鬼の首を取ったように言っているが、本来はトランペットとがホルンのような金管楽器で使われていた用語。
これを顎当たりと同じにしている人がいる、アンブシェアは顎とは関係ありません。

顎は開口部を塞げればいいのです。

                                         





(十三)趣味には金をかけろ

    
   尺八に限らず趣味にはお金をかけろと言いたい。何事もタダ(安く)で手に入れようとするから身が入らない、よって上達しない
   
そりゃお金は出るより出ないほうがいいに決まっている、私もそうだが。
   しかし、趣味は自分のためにやっているんだから出費は覚悟しなければ。
僕は中学生
過去にこういうメールが来た。「僕は中学2年生です、民謡尺八をやっています。お小遣いがないので安い尺八をお願いします。」だと。こちらも生活がかかっているので1〜2万の尺八はありませんと、お断りした。
何が変だって、まだインターネットを中学生がやっている時代じゃなかったし、第一中学生が民謡の尺八を吹くことがおかしい、だったら親に買ってもらえばいい。あきらかに中学生を騙った大人。(情けない人もいたもんだ)
2万円くらいの尺八が欲しい
ありません。第一竹材だけで2万位かかる。それを加工して鳴るようにさせるのに大変な労力がいる。高価な尺八を安く作って販売しているのにさらに安くか・・・。
内径の寸法表をください
内径の寸法というのは製管師が長年かかって作り上げてきた成果で、涙の結晶のようなものである。それを「ください」とは?せめて「購入したいのですがおいくらでしょうか」ぐらいは言ってほしい。
尺八の修理
尺八の修理をお願いしたい。唄口から4孔まで割れています。唄口がありません。継ぎがガタガタです。
    これが来たとき、これはネットで買ったものだとすぐに思いました。そして修理代金は5万以上かかりますと言ったらそれっきり。
何も知らない、割れてしまえば中からやりなおさなければ音は戻らない、唄口を入れてガタまで直して5万だったら御の字。
    ネットで買った数千円の尺八は捨てなさい。
    
                                         



(十四)独りで学べる

    長いこと尺八を作り、注文を受けていて気がついたことは。意外と独習者、所謂自己流の方が多いことを知りました。
    自己流は自分の好きなようにやっているのだから関係ない、と言われるかもしれない。又近くに教える先生がいないということもある。
    しかし、自己流は絶対進歩しません、やるからには少しでも上達したほうが良いと思うのですが。
    尺八は吹奏技術というものがあります、5つの孔で30種類前後の音を出すのですから。
    この出し方が判らないと思うのです。

    ただ習えば良いということでもない、上手な先生に教わることである。下手な先生に習えばヘタになることは間違いありません。
    じゃお前は上手いのか?と言われればグーの音も出ないが、少なくとも名の通っていない先生に教わったことはない。
    ヘタではないと思っている。
    そこで及ばずながら独習者のためにDVDを作ってみました。
    何故DVDか?
    テープ・レコード・CDでは吹き方と運指がわからない、譜面はあっても指使いが判らない。
    顔が出てしまうので厭だが、DVDによる目で見る教授方法が一番だと考えました。
    自作DVDであまり良い出来ではありませんが少しでも独習者の尺八吹奏技術の進歩のお力になれればと思います。
    しかし、古典本曲なので初心者には少し(かなり)難しいかもしれません。

    
                                          
  製作DVD(譜面付き)
    
古典本曲
    1「調子」・2「手向」・3「薩慈」・4
「虚空」(2尺管・5「三谷」
6「山谷」・7「阿字観」・8「鹿の遠音」・9「一二三鉢返し」
    
10 「鶴の巣籠」11「産安」
・12 「巣鶴鈴慕」 全て別売りです。
     
    
1曲を小節に区切って運指、奏法について対面方式で詳細に説明しております。
    (小節毎にチャプター分割)
    
ご希望の方はメールで。(送料込み1,500円  前金です。


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(十五) らしさ
かつてこんな人がいた。
今の尺八は都山・琴古の区別が無い、以前は裏孔の位置が違っていたが、違うところは唄口の形くらい。今や都山も琴古も同じ舞台で吹奏する。
従って私は流派にこだわらず同じつくりをしている。

それを彼の人は「そんな尺八を吹いてみたいと思わない」とのたまった。
そんな尺八は流派らしさが出ないと言ったのだ、馬鹿じゃなかろうか、らしさは吹き手が醸し出すので楽器に期待してはいけないのだ。

ヘタクソを暴露したようなもの、琴古らしさ都山らしさ又他の流派には曲の中にらしさがあるのである、それを表現するのが吹奏技術なのである。
世には名器といわれる楽器は尺八に限らず沢山あるがそれを引き出すのは演奏者なのですがね。
ヘタクソが演奏してもその楽器を生かすことはできないのだ。

なんでも彼の人は弟子もいるらしく、どこぞのコンクールにも出たらしいが、いつも入賞できず予選落ちである。
そんな技術だから駄目なんだ、努力が足りない。

第一何が気に食わなくて言ったのか知らないが、会ったことも無い人が公のネットで書くこともないだろう。
人格が疑われる。(吉〇〇盟)


(十六)虚無僧行脚

昨年の第1回秩父行脚は仕事の関係で参加できなかった。今年は是非とも参加しなくては、との思いから虚無僧グッズを買い揃えた。
天蓋
(株)目白で購入、い草製で18,000円
手甲、脚絆
これも目白で、各1,500円
小袖
浅草五重塔通りの、男の着物の店「ちどり屋」で13,000円。化繊。白衣もあるが汚れやすいということで黒を購入。
白地下足袋
東武浅草駅から新仲店通りの左側の祭り用品のお店(あだち屋?忘れた)で、1,850円
絡子
袈裟は値段が高いので、絡子にする。HPで絡子作りを紹介していたので作ろうとしたが、当HPの広巌寺へメールして厚かましくも頼んで分けて頂くことになった。有り難う御座います。絡子(表)絡子(裏)
頂いた絡子は五条衣です。絡子は田圃を表しているそうで、田、水路、畦道をかたどっています。お釈迦様は丘の上から水田を眺められ、農民たちは一生懸命に田を耕してお米を収穫している。修行者も一生懸命心の中の田を耕して福徳を得なければならない。このことから田の形を身にまとうようになったということです。
裏に「道芽増長如春苗、菩提妙果類秋実」と書いて下さいました。
意味は「道の芽生えの増長することは春の苗の如く、菩提の妙果は秋の実ににたり」ということですが
「お袈裟によって道(仏様のお徳)が芽ばえてきて、徐々に増長する。それは春の苗の植え付けをすると、しばらくの休みもなく、夜となく昼となく伸びる。秋になれば。ちゃんと実る。お袈裟を身に着けて修行に励むと自然に福徳がそなわってくる」という意味だそうです。(合掌)
餉箱
製作した、ホームセンターで舶来の板を買って、縦横8寸・幅2寸の箱を作り、これに1cmの角材で補強した。
正面には「五三の桐」の紋をコテで焼き印した。(制作費1000円位)

山中で吹く

平成13年11月17日(土)
西武秩父駅10時集合、8時30分発の特急に乗車、詳細はこちらに。
行脚中にまもなく自転車に乗った年輩の女性からお布施をいただきました。又同行某氏は家の前で吹いていたところ、隣の人が出てきて「そこは留守ですよ」と言いながら喝箱にお布施を。
天蓋を被っているから、羞恥心がどこかへ行ってしまったようだ。秩父の人はこういう風景を見慣れているらしくジロジロ見る人はいませんでした。(それとも関わり合いたくないのかも知れない)。
定林寺に行くと西光寺であったお遍路グループの案内人からお布施(なんと千円)を頂きました。そして「写真を一緒にお願い出来ますか」ということで、否応もなくOK。
最終寺は番外の虚空蔵寺という秩父警察署の裏手の山にあるお寺に行き、ここで「虚空」を4人で斉奏。
道中は「紫鈴法」「調べ」「調子」を歩きながら吹奏、献曲は大体「調子」でした。
最後ははやりの健康ランドでお湯に浸かり、ビールの旨かったこと。
そこで、ふと思い出しました。さっきもらったお布施どうしよう。賽銭箱に入れないで持ってきてしまった。仕方がないからお清め代ということで、お腹の中に入れてしまいました。次回からはこのようなことはいたしませんから、どうぞ許してください。
平成15年11月15日(土)
秩父札所を数年かけて全部まわるということになり、今回は一番から7番までを回ったが、何とも足が痛くなって脱落してしまった。 秩父鉄道大野原駅午前10時集合 
参加者は4名、行脚するには手頃な人数である。
大野原駅からスタート地点の1番四萬部寺まで3.5km、初っぱなから長距離だがまだ元気はある。お寺に到着してここで着替える。全員で「調子」と「大和楽」を献奏。次は2番の真福寺まで、これが大変、距離も2k以上でオマケに登りの坂道、ヒーヒー言いながら到着。ここでは「調べ」
思えば前回(一昨年)は軟弱組で回ったんだっけ。
私はすでに足に来てしまった。地下足袋の底の響きが直に足に伝わったせいか、ふくらはぎが痛くなり腰にも回ってきてしまった。3番・4番まではどうにか付いて行ったが、5番を終わったところでリタイヤした。皆に迷惑がかかるしどうにも足が言うことを利かなくなってしまっていた。
デジカメを預けて、自分はお先に武甲温泉に向かってまっしぐらにトボトボ歩いた。なんともなさけない虚無僧になってしまった。温泉にやっとこ着いて着替え、お風呂に入って足をよくもんだが足の平まで痛かった。そして歩きながら夢に見ていた生ビールをゴックン、いやー旨かった。
皆を待つこと1時間30分、全員が揃い改めて乾杯。帰りは横瀬駅から車中で飲み会の訳だったが、池袋まで行くのは私だけらしく皆途中下車とのことなので特急で一人で帰った。特急の中で一杯。帰宅のJRの中で一杯。今日は良く効いた。




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