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坂東太郎の紹介

坂東太郎とは、ご存じでしょうが利根川のことを昔からそう言うんです。
次郎と三郎もあります。四国三郎(吉野川)と九州の筑紫二郎(筑後川)で小学校の時に教わりました。(地理が大好きだった)
利根川のそばに住んでいますので、私がハンドルネームとして使うのに考えたのですがね、国道のウドン屋さんやソバ屋さん、旅館等も坂東太郎を使っているからいいと思いまして。


 自己紹介

昭和49年 6月 初めて尺八(プラスチック製)を手にする。
都山流尺八学会 鈴木洽山師に入門(浦和市故人)。
同時期尺八製作を開始する。
昭和51年12月 都山流准師範検定合格
昭和52年10月 呼吸器を患い尺八を一時中断する。
昭和55年 7月 山田流箏曲を久喜市鈴木澄蓉先生に師事
乱れ輪舌、千鳥の曲、茶の湯音頭、都の春等まで会得して
から再び尺八へ。
昭和59年 2月 都山流師範
平成 7年 7月 古典尺八本曲の魅力に惹かれ、善養寺恵介氏に師事
百銭会入会。
平成 8年 6月 「坂東太郎の尺八のホームページ」を立ち上げ。
平成10年12月 虚無僧研究会入会
平成15年11月 第22回虚無僧追善供養献曲大会に初参加
平成16年 8月 国際尺八研修館常任講師 関一朗氏に師事
平成16年10月 著書「尺八を作ろう」出版
平成19年 1月 「尺八を作ろう」CD版発売
平成26年 2月 現在に至る

 我が尺八人生(?)

中学校の音楽の成績は悪かった(本当は良かったが先生が嫌いだった)。
ラジオではポールアンカとかニールセダカといったアメリカのポップソングが流れていて日曜日のヒットパレードをいつも聞いていた。
「ダイアナ」「オーキャロル」なんて大声で歌って喜んでいた。
高校を卒業する頃ウエスタンミュージックに夢中になった。
何故かというとそのころ今は亡きジョニー・キャッシュというアメリカのウエスタン歌手が来日していて丁度テレビで見ていた。”ビビビ”としびれてその軽快なテンポに入れ込んでしまったのです。

弟の買ったギターを横取りして独学で勉強し挙げ句のはてウエスタンバンドまで結成してしまいました。
勤務先にまでデカイウエスタンギターを持って歩いた。
ラジオ・テレビののど自慢に出たり、銀座のテネシーという喫茶店に出演していました。今思うと恥ずかしい。なんて馬鹿なことをしたんだろう。
そのうち年数を重ねるに従ってウエスタンも下火になってきた。

そんなときの尺八の出会いだった。
昭和49年5月頃勤務先で尺八が始まった。私は別の部所にいたので当初からの仲間には入っていなかった。
尺八はプラスチック(9000)円を購入して練習したが鳴らない、風邪を引いて休んだら「今頃利根川で練習してるんじゃないか」と疑われた。何しろ凝り性で有名だった。
夢中になるのが私の信条、
やりだしたらトコトンやる。めきめき上達して先に始めた仲間を追い越してしまった。
友達同士の師弟では上達も見込まれないことから先生を紹介してもらい、単独離脱した。
そして工作が大好きな私は尺八を作ることを見よう見まねで開始した。

尺八の先生が酒が大好き、酒ならこっちも免許皆伝・竹琳軒だい。稽古は週2回のハイペース、従って準師範試験は3年で取得してしまった。
尺八は竹仙(当時9万円)のを持っていたが、ある寒い日に府中の東京競馬場に持って行って競馬をやり、すっかりやられてから先生のところで吹こうと思ったら音が出ない、アレレ・・・・。「ガビーン」なんと尺八が真っ二つ。
自分で割れを締めたが中まで割れているので音が元に戻らない。この修理が7万円。
昔ですよ、修理が7万!今、私のページを見ている人はこの辺を理解してほしい。
いかに私が安く作っているかということを、それでも「まけろ」ってか?
趣味にはお金をかけなさい、ケチケチしていると上手になれませんよ。

尺八製作はなかなか思うようにはいかない、友達の尺八を借りては内径を盗み取った。勿論ゲージなんか持っていないのでオフクロにボタンをもらったり1円アルミ貨に穴を開てゲージ代わりにした。
コツコツものにならない尺八を作っては捨てた。
まだ目白工具がお茶の水にお店があった頃で、店主も先代のお爺さんだった。

尺八演奏の方は支部の演奏会と合宿がある程度で毎年同じことの繰り返しでつまらなくなってしまった。
ただ糸方と合わせているだけで技術の向上がひとつも無かった。
先生も亡くなってしまった。

尺八を始めてから4年くらい経ったころ今時珍しい胸の病気にかかり入院してしまった。子供が産まれたばかりで嫁さんには苦労かけてしまった。
発見が早かったので1年くらいで退院したがしばらく尺八をやめ、箏曲を習った。
お琴も夢中になりかなりハイペースで進んだ、山田流だったが唄はやらなかった。調絃は自分で出来た。
これも尺八のお陰で、平調子ならチューナーを使わないでもすぐに調絃出来た。
そして娘が5才くらいのとき無理矢理お琴を教えた、そしてスパルタで教えた。厭な顔をすると鉄拳が飛んだ。いまだに娘に恨まれている。

ヘタな三曲尺八を続けていたがNHKFMの「今日の邦楽」で海童道祖の曲を聞いた時から本曲のすばらしさを痛感した。
そして目白で教室を開いていた善養寺惠介師に師事した。約10年間お世話になったが広く古典を勉強するため、国際尺八研修館の関一郎師に就いて横山勝也師監修の曲を勉強している。

今は定年退職して早10年、年金暮らしで尺八製作が生業、作った尺八を買って頂いて小遣いにしている。
尺八を作っているときは無心で集中出来るから時間の経つのが早い、一日がアッというまに過ぎてしまう。後何年尺八が吹けるかな、吹けなくなったら死んでもいいや。



 詳細

性 別 男  ・  A型(Rh+) 年 齢  74歳
身長・体重  165cm 63.0kg、 旧式加農砲1門   世 帯   妻1人
マイカー  日産セレナ、自転車1台 パソコン  NEC valuestar(PC-VS370/TSW)Lavie LL870
趣 味  工作、盆栽、バラ 嗜 好  お酒(最近減酒)・なんでも飲む
足の大きさ  25.5 EEEE Yシャツ  首39 袖丈78
容 姿  胴長短足、白髪頭、眉目秀麗 眼 鏡  近視、乱視、老眼
性 格  凝り性、瞬間湯沸かし器、泣き虫 ギャンブル  やめた(損するから)  
好きな三曲  みだれ、都の春 好きな本曲  霊慕、神保三谷、巣鶴鈴慕
好きな歌謡曲  そしてめぐりあい、川の流れのように 好きな歌手  故ハンク・ウィリアムス(ウェスタン),ジョニーキャシュ
好きな食べ物  何でも食べる 好きな色  緑
好きなスポーツ  野球(見るのが)、昔はスキー 好きな選手  いなくなった
好きな女優  いなくなった 好きな作家  司馬遼太郎
嫌いなタレント  あかしやさんま(ウルサイ)、和田アキ子 好きな歌手  吉 幾三
嫌いな食べ物  ない(貧乏だった) 嫌いな人間  約束を守らない奴
座右の銘  一生懸命 好きな武将  織田信長、上杉謙信

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