週間情報通信ニュースインデックスno.643   2008/02/16

1.「勤勉」と「道徳心」はどこへ消えたのか?(2.15 nikkeibp)
斉藤孝
昨今の経済状況は不透明感が強いが、さすがに「バブル」とか「不良債権」という言葉は聞かれなくなった。とはいえ、バブル時につくられた “負の遺産”は、まだ清算されていない。経済面での不良債権ではなく、“心の不良債権”がそれだ。

かつて日本人と言えば、世界が呆れるほどの勤勉さが“売り”だった。一国の経済力を示すのは国内総生産(GDP)だが、もし「国内総勤勉量」という指標が あれば、日本は圧倒的に高い値を間違いなく叩き出していたことだろう。その成果として、世界でも例のない高度経済成長を実現したのである。おかげで「エコ ノミック・アニマル」「働きバチ」などと揶揄(やゆ)されたものだ。

ではなぜ、それほどよく働いたのか。もちろん「豊かになりたい」という欲求はあったはずだが、それだけではない。世のため人のために真面目に努力する「道 徳心」、働くこと自体を楽しいと感じる「美意識」、それに、廃墟と化したこの国を復興させたいという「愛国心」が相まって、猛烈な勤勉を支えていたのであ る。

バブルで失った、日本人の特性
ところが、これらの特性をバブル経済が破壊した。世の中はカネとモノであふれ、飢えや貧しさを心配する必要はなくなった。不動産を転売するだけで、一気に 何億円も稼ぐことができた。有り余ったカネは、さらに不動産や株、あるいは実体のない事業に注ぎ込まれ、儲けを膨らませた。

こうした“好循環”が当たり前になると、真面目にコツコツ働くことがバカバカしく思えてくる。その結果、いかに努力して社会の期待に応えるかではなく、い かにラクをして儲けて遊ぶか、というマインドが広く蔓延するようになった。時代の空気が勤勉さを放棄させた、と言えるかもしれない。

今日、バブル崩壊で大きな影響を受けた金融機関の業績は、税金による補填と国民に低金利を強いることで回復しつつある。だが一方、同じく失われた勤勉さや 道徳心、美意識は、手つかずで放置されている気がする。

例えば、昨今の企業不祥事の多さは尋常ではない。ニュースを見ていると、ほぼ連日のようにどこかのトップが頭を下げている。

日々の仕事を「楽しい」と感じている人がどれほどいるだろうか。前回も触れたが、心の病に苦しむビジネスパーソンはきわめて多い。また学校に目を向けれ ば、いまや世界でも珍しいほど勉強しない生徒や学生が闊歩している。「蛍雪」や「四当五落」といった言葉は、もう死語かもしれない。

経済低迷の遠因は「道徳心」の欠落にあり
それでも豊かに暮らせるのなら、問題はない。だが、豊かさを実感している人は少ないだろう。物価が上昇し始める一方で給料は上がらす、場合によってはリス トラされる恐れすらある。
その要因として、国内外をとりまく経済情勢の変化がよく挙げられる。しかし私は、「勤勉さ」と、そのベースにあるはずの「道徳心」の欠落こそ最大の問題で はないかと思っている。

道徳というと、経済活動とは無関係、もしくは相反するものというイメージを持つ人もいるかもしれない。だが経済に限らず、人間のあらゆる活動を支えるエネ ルギーは、道徳が根幹にあった方が強く長持ちするものだ。

例えば金儲けだけが目的なら、ある程度稼いだ時点で「まあいいか」という気になるだろう。むしろ失敗を恐れ、発想が保守的になる可能性もある。しかし 「もっと良いものをつくりたい」「もっと人に喜ばれたい」といった高い志があれば、経済・社会的な成功は別として、従来どおり仕事を続けていくに違いな い。

それは、より仕事の幅を広げることにつながるし、楽しみを見出すきっかけにもなる。つまり、仕事を通じて幸福感を味わうことができるわけだ。そういう人が 数多く活躍する世の中になれば、自ずと経済・社会も活性化するだろう。

松下幸之助氏のエネルギーの源は?
これを「たんなる理想論」と片づけるのは簡単だ。しかし、かつて日本には、ひたすら道徳を追求した経営者が数多く存在した。松下幸之助氏はその典型だ。

松下氏が日本の経済・社会にもたらした功績については、もはや言及するまでもないだろう。彼は莫大な財産を築いたが、その一方で多額の納税をしていた。終 戦後、80年代半ばまで、日本の所得税の最高税率は75%だった。これに地方税を加えれば、9割程度になったと推測される。いくら稼いでも国のためにしか ならない、と言ったら言いすぎだろうか。

にもかかわらず努力を重ねたのは、「国民生活を明るくしたい」「世界水準で繁栄したい」「それを通じて世界の平和と幸福を追求したい」という志を 持っていたからだ。民間企業でありながらブランド名を「ナショナル」としたあたりに、その気概が感じられよう。

こういう人物が中核にいれば、その精神は社内で共有され、社員の間で継承されていく。そして、真の意味でのブランドが形成される。ブランド力が会社 にとって最大の武器であることは、周知の通りだ。道徳を追求することが、結果的に会社に大きな利益をもたらすのである。

「あなたも松下幸之助を目指せ!」などと言うつもりはない。ただ、松下氏は確かに異能の人物だが、けっして時代の異端者ではなかった気がする。松下 氏のような精神や気概を持った人は、同時代に数多くいたのではないか。むしろそういう人が主流だったのではないか。

2.通信産業、10―12月期の売上高4.4%減、総務省調査(2.15  nikkeibp)
総務省が2月15日に発表した通信産業動態調査の結果によると、電話会社や放送局など通信産業全体の2007年10―12月期における売上高(速報値)は 前年同期比4.4%減だった。

電話会社をはじめ電気通信事業者全体の売上高は4.4%減。また民放は5.1%減、ケーブルテレビ事業者は1.9%増で、放送事業者全体は4.8% 減となった。

2008年1―3月期における電気通信事業者の売り上げ見通し指数はプラス22.5、4月―6月期はプラス25.0。依然として減収より増収を見込 む企業が多い。同指数は業界ごとに、増収を見込む企業の割合から減収を見込む企業の割合を差し引いて出す。

3.涙ぐましい努力が報われない悲劇(2.15 nikkeibp)
 宮田 秀明
 「大先輩にそんなことをして失礼ではないですか」。私が助教授だった時、10歳年上の教授に呼ばれ、叱られた。ちょうど40歳の時で、ようやく自分の仕 事に自信を持てるようになったと思い始めた矢先だった。

 18歳で東大に入学して一番驚いたのは、「世の中には優秀な人がたくさんいる」ということだった。以来、人の2倍3倍勉強して、負けないようにしようと 思っていた。まじめな努力以外に、彼らに勝てるすべがないと思ったのだ。社会人になっても同じ気持ちだった。

 そうして卒業後16年が経って、40歳になり、ふと振り返った時、生まれて初めて、私も少し偉くなったのかなと思った。船の形の設計と波のコンピュー ターサイエンスの研究分野では、ほとんど世界の頂点にいた。高速船のような新システム開発でも実績を上げつつあった。

 その頃に始まった国家プロジェクトが、テクノスーパーライナーの開発である。FとAという2つのプロジェクトが始まった。Fのプロジェクトのリー ダーになった方は15年先輩だったが、私は10年ほどその方の属する企業の研究会に参加したりしていたので、テクノスーパーライナーのFチームのプロジェ クトに個人的にアドバイスをした。

 「この形状モデルは成功しないので、別の形状モデルに変更するか、中止した方がいいです」

 こんな大変単刀直入なアドバイスを15歳も年長の先輩にしていたことを聞きつけて、先輩教授に叱られたというわけだ。

 大先輩の率いるFチームの高速船の形状モデルは、魚雷のような円筒形の船体と水中翼を組み合わせたモデルである。かつて米国の海軍研究所で提案されたモ デルだ。私の研究室の実験や流体力学的な構想に基づけば、そのモデルでは翼に発生する力と円筒形に発生する力が戦ってしまって不安定な挙動を示し、これが 致命傷になる可能性が高かった。

 だから、私はプロジェクトの関係者ではなかったが、同業者だったのでアドバイスを大先輩にしたのだ。

 それから数年がたち、Fチームの開発の失敗が確定することになった。それでも長さ24メートルの実験艇を建造して海上実験をする段階まで進められた。現 在、その実験艇は神戸のハーバーランドにある海洋博物館に展示されている。   展示の脇に「こういう高速船の形状モデルを使ってはいけません」という説明をつけておいた方がいいと思う。失敗ストーリーを知らない新世代の誤解を招 くかもしれないからだ。

 間違ったモデルを使った製品は失敗する。間違ったモデルを使った経営も失敗するだろう。モデルは大切なものだ。間違ったモデルをソリューションで何とか 使えるものにしようとするのも無駄なことだ。

 テクノスーパーライナーのもう1つの別の形状システムを使ったプロジェクトは、Aチームによって続けられた。まわりにゴムでできたスカートを垂らし、空 気圧で浮上するモデルである。このモデルの元祖は英国で、長らくドーバー海峡のフェリーにはこのモデルを製品化したものが使われていた。

 しかし、今では豪州製の双胴船(マルチハルモデル)に取って代わられている。1990年代の初めには、この空気圧浮上型モデルの改良型が世界中で注目さ れたが、あまりにも乗り心地が悪いので、ジワジワと消えていった。Aチームが採用した高速船のモデルは、時代に淘汰されつつあったモデルだったのだ。

 Aチームのモデルを強引に小笠原諸島の離島振興問題とからめてしまったのが国土交通省だ。そうして116億円で建造した空気圧浮上モデルの船が誰にも使 われないまま、宙に浮いている。アルミニウム製のこの船は今、建造した造船所に係留されているが、将来はスクラップになる運命だろう。

 長い高速船の歴史の中で生き残っているのは、古典的な駆逐艦のようなモデル以外では、マルチハルモデル(双胴船など)と水中翼船モデルの2つである。

 日本のオリジナルな開発で現在運航されている高速船は、私が民間企業と産学連携プロジェクトによって商品化したマルチハルモデルと水中翼船モデルであ る。いろいろな事情で建造隻数は多くないが、この2つが国内の成功例のすべてと言ってもいい。

 幸いたくさんの経験と研究から、正しいモデルを選ぶことができたのだと思う。正しいモデルを選ぶのが、最大の成功要因だ。

 モデルは時代の中で創造されるとともに、時代とともに陳腐化して淘汰される。このことに対しては、常日頃感度を高めていないと、時代に取り残されてしま う。

 モデルの大切さはもっともっと認識してほしいと思う。モデルを海外から輸入し、その下位概念であるソリューションで付加価値を創造していく場合もあるだ ろう(「ソリューション」の詳細は「小手先のソリューション改革の愚」)。モデルを間違えば失敗するのに、経営者が間違ったモデルを採用してしまい、社員 のソリューションレベルの悪戦苦闘で何とかしようとしているかのような企業活動もあるだろう。

 先のテクノスーパーライナーのプロジェクトでも、設計や実験の現場では涙ぐましい努力が至る所であったはずだが、モデルを間違えたので、成果が得られな かった。

 モデルはソリューションの上位概念である。正しいモデルを選べば、ソリューションは楽になって、たくさんの成果を出すだろう。自ら新しいモデルを創造で きれば、大きな競争力になる。もちろん上位概念の方が、大きな価値と大きな利益を生み出すことができる。

 商品モデルとしては、エレクトロニクス企業であるソニーのウォークマンなどの成功例がある。最近面白かったのはホンダのホンダジェットという小型機であ る。随所に新しいアイデアが組み込まれていて、新しい小型機モデルと言える。ビジネスモデルでは、コンビニや宅配便やIT(情報技術)警備保障システムが よく知られている。

 これらのオリジナルモデルが日本の国際競争力を上げてきたのだが、最近、モデル創造力に翳りが見えてきている。株価が停滞し、為替の円安傾向が定着して いる底流には、新しいモデルを生み出す力の低下があるように思う。

4.連綿と続くNTTと政治の関係(2.13 nikkeibp)
自らの体制を守るために、NTTが昔から頼みにしてきたのは政治家である。時代が変わるにつれて、NTTと政治とのつながりは少しずつ小さくなっているの は確かだ。しかし最近のNTTと政治の動きを見ていると、できるだけ政治的なつながりを維持し、組織防衛などに利用するため、何とか政治家との関係を強化 しておきたい――という変わらぬ本音が透ける。

NTTの「2010年問題」でも政治家頼み
 2007年夏に開かれた、とあるNTTグループ社長会。そこには、6月末に持ち株会社の社長に就任したばかりの三浦惺NTT社長が、主要グループ会社の 首脳陣を前に決意表明をする姿があった。
 「(NTTの組織形態を議論することが盛り込まれた)政府与党合意の“2010年問題”は絶対に、NTTグループの組織見直しありきの議論にはさせな い。『世界の動向やブロードバンドの進展状況を見ながら、情報通信業界全体の在り方を考える』というのが政府与党合意の趣旨だ」。

 新たにグループの総帥となった三浦社長が、グループ会社の首脳陣を前に、組織防衛の強い意思を示した瞬間だった。2010年問題とは、NTTにとって会 社を揺るがす大きな問題だ。竹中平蔵・元総務大臣が2006年に開催した私的諮問機関である「通信・放送のあり方に関する懇談会」(竹中懇)に端を発す る、NTTの組織形態を巡る議論の末に生まれたものである。

 竹中懇は当初、通信・放送分野の競争促進について議論していたが、次第にNTTグループの在り方も大きな焦点となった。懇談会は最終的に、「2010年 には通信関連法制を抜本的に見直すため、NTT持ち株会社の廃止などを含む検討を今から開始するべき」と結論付けることになった。つまり、持ち株会社の下 にNTT東西やNTTコミュニケーションズ、NTTドコモなどの事業会社がぶら下がる現在の体制を見直すべき、としたのだ。それは実質的な現行NTTの解 体である。持ち株会社を廃止して、事業会社同士の資本関係を断ち切るという案だった。

 ただ、NTTにとってデメリットだけにならぬように、資本分離の見返りとして、NTTへの厳しい規制を徐々に緩和したり、資本分離後の再統合を認めたり するなど、経営の自由度を与えるアメとムチの施策だった。ここでNTTが頼ったのは、当時の通信・放送行政に大きな影響を持っていた自民党の片山虎之助元 参院幹事長だった。

 片山虎之助氏が委員長を務める、自民党の電気通信調査会通信放送高度化小委員会(片山委員会)は、竹中懇と異なる意見を表明した。同委員会は組織解体を 嫌うNTT側の主張を汲み取って、組織問題の検討を先延ばしにする報告書を出したのだ。その内容は、「NTTの組織問題の検討は拙速に結論を出すべきでな く、2010年ころに議論を始めるべき」というものだった。

 NTTは片山氏を頼みの綱として検討時期を「2010年時点」と先延ばしに成功した。片山氏はNTTの意向を組んで、竹中懇が打ち出したNTTへの革新 的な改革案の防御役を果たしたわけだ。「今すぐNTTの組織問題を検討するべき」とした竹中懇の報告書の決定を「2010年時点で」、と先延ばしにできた のも「片山先生の功績」とNTTグループ内では認識されている。

田中角栄時代から続く長い歴史

 こうしたNTTと政治の歴史は実に長く、数々の有名政治家が登場する。現在の総務省が2001年に誕生する前、通信や放送行政を管轄していたのは、総務 省の前進である郵政省。そこに大きな影響力を持っていたのが、“郵政族のドン”として知られる、あの田中角栄元首相である。ある元衆議院議員は、「NTT と民放関連の利権は、田中角栄の牙城だった」と振り返る。

 田中角栄氏は1957年に郵政大臣に就任し、放送免許を県ごとに割り振ったあたりから、郵政族のドンとしての地位を確実なものとした。同時に、放送業界 だけでなく通信業界ともつながりは強くなっていったという。この権益の牙城は、「田中派」から「経政会」、そして「津島派」へと移り変わってきた。

 こうした中で、田中角栄氏だけでなく野中広務氏、橋本龍太郎氏、小沢一郎氏など、NTTが組織防衛や規制緩和などのために詣でたと名前が挙がる大物政治 家は数知れない。特にNTTが感謝していた政治家は野中氏である、というのが通信業界の一致した見方だ。

 野中氏が政界を引退した後、その後釜に座ろうとしていたのが、津島派の片山虎之助氏だった。実際NTTは、前述のように参院選で落選するまで、自民党参 院幹事長だった片山氏を頼みの綱としていた。2001年の省庁再編で郵政省は、総理府や自治省などと合併して総務省となったが、その初代総務大臣となった のが片山氏だったのである。


 一方で、NTTは民主党とのパイプを強化しようともしている。元衆議院議員のある人物はこう指摘する。「NTTの政治力のすごさは、自民党とのパイプだ けではない。野党の民主党にも駆け込み寺があることだ」。NTTは、自民党だけでなく民主党にもきちんと、組織防衛や規制緩和を有利に進めるための布石を 打っているという。

 これまでは、NTT労組などで構成されている情報産業労働組合連合(情報労連)出身の内藤正光参議院議員が民主党におけるNTTグループの窓口となって いた。自民党の片山氏ほどの実力者ではないものの、きちんと民主党にもルートは作っていたわけだ。そのルートは着実に太くなっている。2007年夏の参院 選で頼みの自民党の片山氏が落選する一方、情報労連からは2人目の民主党議員が誕生した。


NTTで出世するのは労務系ばかり

 政治家頼みになるNTTの体質は、電電公社時代からはぐくまれた。NTTの事務方のラインの中で絶大な権力を握った労務系が、その基礎を築いた。電電公 社では労務系が基本的に国会対応を担当していたが、国会が開かれている間は全社的に顔が国会を向いていたという。「政治家の質問対応のために、全局の課長 補佐クラスが待機するような態勢が取られていた」という逸話も残る。

 NTTのあるOBは、「昔は社長が海外出張する際は、郵政省だけでなく内閣官房にまで日程を連絡していたくらい政治に近い会社だった。民営化後も、少な くとも私が覚えている限りでは(1996年〜2002年まで社長を務めた)宮津さんの時代でも、内閣官房に海外出張の日程を報告していたはず。こんな会社 はほかにない」と打ち明ける。このような特殊な会社であったため、会社の生命線を握る組合と国会と対峙する労務系が、ますます権力を握ることになっていっ たのである。

 実際、NTTグループの経営陣を見ると労務系の出身者が非常に多い。NTT持ち株会社の和田紀夫会長、三浦惺社長、NTTドコモの中村維夫社長、NTT コミュニケーションズの鈴木正誠前社長などがそうだ。

 労務系出身者ばかりが出世することに対してNTTグループ内からは、「労務系は組合対応と政治家対応は得意だが、ビジネス感覚にうとく、ユーザーや市場 から遠い」という声が上がる。そういった勢力が台頭しやすい組織がどうなるかというと、やはりユーザー志向やマーケットインの考え方にはなりにくい。あら ゆる面で内向きなプロダクトアウト的な電話的価値観の考え方に染まってしまいがちなのである。

5.MWC:NTTドコモのSuper 3Gにエリクソンも参加、LTE主要ベンダーが勢ぞろい(2.14 nikkeibp)
スウェーデンの大手通信機器ベンダーであるエリクソンは2008年2月12日(欧州時間)、NTTドコモが提唱する第3.9世代の高速無線通信技術 「Super 3G」(LTE)の基地局開発ベンダーに選定されたと発表した。エリクソンは過去にNTTドコモの第2世代のネットワーク向けに基地局を納入したほか、第 3世代のFOMAネットワークの基地局も納入している。

Super 3Gとは、W-CDMAの拡張技術であるHSDPA(high-speed downlink packet access)やHSUPA(high-speed uplink packet access)をさらに発展させた3.9世代の技術。下り最大100Mビット/秒以上、上り最大50Mビット/秒以上のデータ通信速度を目指す。一般的に は「LTE」(long term evolution)という名前で知られている。W-CDMAネットワークをNTTドコモが「FOMA」と名付けたのと同じように、NTTドコモはLTE のことを「Super 3G」と呼んでいる。


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