週間情報通信ニュースインデックスno.637   2008/01/05


1.「2009年2月に試験サービス、一般ユーザーの参加も募る」、WBB企画田中社長(12.25 nikkeibp)
 ワイヤレスブロードバンド企画(WBB企画)は12月21日、2.5GHz帯の開設計画の認定を受け、今後の事業方針の説明会を開催し た。2009年2月に試験サービスを開始し、2009年夏には商用サービスに移行するという。「試験サービスの段階で東京23区と神奈川県横浜市をカバー する。おそらく、事前に興味のある一般ユーザーも含めて広く募る形を取る。参加してもらえるのであれば、MVNO(仮想移動体通信事業者)にも参加してほ しい」(田中孝司代表取締役社長)とした。なお、同社にはKDDIやインテル、JR東日本、京セラなどが出資している。

商用サービスでは、2012年度末に人口カバー率90%を超えるまでエリアを整備する。そのため、「2012年度までに屋外で1万9000の基地局 を設置する。これとは別に、屋内対策の小型基地局も約1万9000局の設置を計画している」(田中社長)とした。サービスの料金は約5000円以下の定額 制を想定。1ユーザー当たりの平均収入は1カ月当たり3200円と予想。

2.成果主義の弊害と弊害と弊害(12.27 nikkeibp)
 本題の成果主義である。その定義を明確にすべく調べてみると、類語は「結果主義」で、対する用語としては「職能主義」「過程主義」「努力 主義」「能力主義」「実力主義」などがあるらしい。 日本では成果主義を能力主義と同義に扱う傾向があるが、能力主義は結果に結びつかない潜在能力をも評価対象にするが成果主義はその点を省みないので、本来 は全く異なるものなのだという。

 その制度が多くの日本の企業で採用されたわけだが、うまく機能しているという話はあまり聞かない。つい先日も弊社の『NB online』に「このままでは成果主義で会社がつぶれる」という記事が掲載されていた。アンケートで成果主義の導入が「意欲を低めている」と答えた人は 「高めている」と答えた人の2倍以上で、目標達成度(成果)を評価されることが、成長に「結びついていない」と思う人が約6割を占めたのだという。

 この調査結果のように、モチベーションの高揚を目的に導入した制度がその逆の効果を発揮しているとしたら、とんだ悲劇である。しかも、問題はそれだけで はない。メディアで紹介される意見や実例を拾い読みするだけでも、導入当初はあまり想像していなかった、多くの弊害があるらしいことがわかる。

出世が「なくなる」?
 その一つが、「拝金主義の台頭」というものである。「成果」としてアピールしやすいのは数字。何といっても一番効くのが「私が提案したこの事業で、×× 円を売り上げた」「もろもろの努力によって計画比120%の利益を達成した」といった金額だろう。それを言いたいから、みな短期的に儲かることをやりたが る。利益を積み増すためにコストを切り詰め、その弊害には目をつぶる。

 その結果として、「手間がかかるけど成果にならない」「成果は出るけどみえにくい」といった類の仕事は、誰もやらなくなってしまう。その代表例が他部門 などへの支援活動であり、若手の教育である。確かに「すげー教育してあいつを一人前にした。今やすごい戦力になっているけど、それは私の努力の結果」とか 上司にアピールしても、「はいはいご苦労さん。今期は言うべき成果が何もないわけね」と思われるのが関の山だろう。

 次に、「組織の硬直化」。一昔前まで、上司は仕事上の指揮者であった。だから「仕事上で意見が対立し上司と大激論」などということもできただろう。とこ ろが今は、指揮者でありかつ評価者、つまりは自分の給料を決める人なのである。そもそもこの両機能は独立したものであるはずなのだが、実際はそううまくは いかない。評価者の反感を買えば給料が安くなるかもしれない。だから逆らわない。その結果、上司の仕事上の判断を部下がチェックするという機能が損なわれ る。

 当然、それを覚悟で文句を言う部下もいるだろう。そのような人でも昔なら、「あいつの態度は気に入らないけど順番だからやらせるか」と、管理職にもなれ たかもしれない。けれど、選ばれた人しか上に昇れない仕組みは、反骨精神あふれる人材には生きにくい制度となるだろう。昔は「上司に逆らうと出世が遅れ る」と言われた。今は「出世がなくなる」のである。

お前なんか絶対に合格せんぞ
 経営をテーマに取材を続けておられるジャーナリストのルーシー・クラフト氏は、こう話しておられた。「企業が失敗するケースの 多くはリーダーのせい。逆に成功したケースをみると、実はリーダーではなくフォロワー(部下)が欠かせない役割を果たしている。つまり、企業が失敗せず成 功するために必要なのは、上司が間違ったときに指摘できるフォロワーの存在なのです」。それを妨げるのが、特定ポストへの権限の集中と、それによって引き 起こされる「イエスマンの増殖」なのか。

 そういえば昔、こんな話をどこかで読んだことがある。作家の藤本義一氏が若いころ、あるラジオ番組でゲストに故・松下幸之助氏を呼んだことがあったらし い。その番組内で藤本氏は「メーカーが次々に新製品を出して買い替えさせようするものだから消費者は大変迷惑している」などと、持ち前の毒舌をもって家電 批判を繰り広げた。そう言われた幸之助氏は、真っ赤になって怒った。けど、適当な反論ネタが思い当たらない。結局、「何だ、そんな長い髪をして(当時藤本 氏は長髪だったらしい)。お前なんかウチの入社試験を受けに来ても絶対に合格せんぞ」などと、見当違いな個人批判を藤本氏に浴びせた。ふとスタジオの外を 見ると、幸之助氏の「取り巻き幹部」のような人たちが、親の仇でも見つけたような恐い顔をして藤本氏を睨んでいたという。

 この話には後日談がある。タクシーに乗っていると、運転手にこう話しかけられた。「藤本義一さんですよね。先日松下幸之助さんをお乗せしたのですが、ず いぶん褒めておられましたよ」。「冗談でしょ」と言ったけど、どうも本当らしい。「いやね、えらく気骨のある方だとベタ褒めでした。けどね、自分の周りに はそんな人が誰もいなくなったと、それは嘆いておられましたよ」。さすがに幸之助氏くらいになると、まっすぐに意見できる人は周囲にただの一人もいなくな るらしい。けど、そういうことに自ら気付いて、嘆くなどということは、誰にでもできることではないだろう。

 そして最後は、「密告社会の出現」である。さる企業の人事担当者に聞いた話によれば、人というのは程度の差こそあれ、自身の評価には甘く、他人の評価は 辛くなりがちな存在で、極めて公正な評価をしたとしても多くの人が「不当に低い評価を受けた」と感じるのだという。さらに、あるエコノミストの方に教わっ た行動経済学の原則によれば、人は「損をした」ときに「得をした」ときの3倍大きい精神的ショックを受けるという。

論理から導かれる結論
 これを信じるなら、成果主義を導入すれば原理上、高揚感を感じる人より心を傷付けられる人の方が多く、かつその感情の総和は圧倒的に後者の方が大きい、 ということになる。この法則が実際のものになっているためか、多くの方が「成果主義の導入によって、全体としてはモチベーションの低下が目立つようにな り、かつ会社への忠誠心が著しく低下した」と指摘しておられるようだ。

 もう一つ問題がある。成果主義の導入に歩調を合わせるように、多くの企業が派遣社員や契約社員などの、いわゆる正社員以外の労働力を大いに活用するよう になったことだ。正社員を階層化し、さらに正社員の下に新たな階層を設けるということか。何だか、狡猾な徳川幕府の身分制度に似てなくもない。

 この結果として、「社の実情は十分把握しているが、社への忠誠心などというものは持ち合わせていない」という従業員が社内を闊歩することになった。もち ろん、このことは一概に弊害とはいえない。ある面をみれば、企業の透明性が増すキッカケにもなるからだ。けれども逆に、この反動として報復や威嚇の常態 化、従業員に対する管理や監視の強化、企業上層部の情報の囲い込みが進む可能性もあるだろう。とても危険な香りがする。

 このほかにも多くの弊害が、実に多くの人たちの口から語られている。そして結論はというと、多くの議論で「成果主義という制度自体が悪いのではない。公 平な評価ができてない、透明性がないといった運用上の問題がこうした弊害を生むのだ」というところに落ちていく。それも真実なのかもしれない。けれど、こ こに挙げた三つの弊害は、いくら評価を公正にしたところで解消しないのではないかとも思うのである。

処方箋はあるのか
 では、それらの弊害はどうしたらなくせるのだろうか。それを皆無にすることは無理だとしても、緩和することは可能なのだろうか。そう考え続けてきて思い 当たったことが、いくつかある。それらをまとめて一言でいえば、「格差というものに敏感な人間が、分業しながらも争わず、誇りを失わずに存立していく仕組 みを作る」ということ。そんな立派なものがいとも簡単にできるとは思わないが、それを作ろうと知恵を絞り、行動することが重要なのだと思う。

すなわち、「組織を硬直化させ、みなが疑心暗鬼にとらわれてお金しか信じられなくなる」という現象が発生する原因の一端は、選ばれた一握りの人たちが、高 い地位(役職)と権力(指揮権、人事権)のみならず、富までも得て、選ばれなかった大多数の人たちから士気を奪っていることにある。それを解消するには、 例えば役職と給料を切り離せばよい。管理職にあるものは、指揮権を持つ。けれど、その権力の大きさは給料の高さを保証しない。こうして、「地位」「権力」 「富」「名誉」といった優位性を、「独立したパラメータ」にしてしまうのだ。

 身近な例でいえば、プロ野球チームがそう。人事権を持つのはオーナーだが、現場の指揮権までは振るわない。それを担うのは監督だが、その任にあるものが チーム一番の高給取りということではない。監督より10倍以上稼ぐ「平」の選手が監督の指揮下にいくらでもいる。ただし、その年棒は人気と必ずしもリンク しない。若くて薄給だがファンから熱狂的に支持される選手もいれば、すでに下り坂でもチーム内で尊敬される選手もいる。それでいいのだ。

人事にも市場原理
 もう一つ、「人材の流動性がない」ということも多くの人たちから士気を奪う原因となっているのではないか。ものの本によれば、かつて多くの日本企業が採 用していたのは「職能主義」であるという。「能力があれば実績があがるだろう」という予測のもとに人事制度を組み立てる方式だ。これに対して成果主義で は、能力があっても、どんなに努力しても結果が出なければ評価をしない。つまり、能力があり努力しても結果が出なかった場合は、その責任をすべて社員に負 わせるのである。

 ただし実際には、成果が出ないのは企業の経営判断に属する問題かもしれず、上司の能力が低いせいかもしれない。けれどもそのような問題は、成果主義だけ では十分に抽出できない。最悪の場合は、低い評価を付けつつ働かせ続ける、いわゆる「飼い殺し」が横行することにもなるだろう。つまり成果主義というもの は、「悪い評価を受ける」ことを担保する別の制度をこれに抱き合わせなければ健全に機能しないのではと思うのである。

 それが、リソース流動性の確保である。つまり、上司によって自分が評価されることを許容する代わりに、自身で上司を選ぶ自由を保証してもらうのである。 例えば、自分の評価が低いのは上司や部署のせいだと思った人は、申告によって簡単に異動させてもらえるようにすればよい。こうすることで、「能力の低い上 司」「スジの悪い事業担当部署」からは部下がどんどん逃げていく。自律的に「選択と集中」が起こるのである。さらにいえば、日本企業の大多数が成果主義を 導入するならば、企業内だけでなく社会全体にもこのような流動性を確保する必要があるだろう。

 そして、最後に挙げておきたい問題が、「私たちはきちんと主張ができるか」ということである。これがうまくできないから、大勢の人たちがフラストレー ションを溜め込んでしまい、その結果として気持ちがささくれ立ってしまうのではないかと。文化というか風習というか、そんなところに根ざす奥深い問題であ る。

3.2008年を斬る:「不安の1年」と対峙せよ(1.4 nikkeibp)
 将来性がない国──。日本は世界からそんなふうに見られ始めている。確かに、国全体が活気と希望に満ち溢れ、未知の領域に果敢に挑戦する 迫力を発しているかと省みれば、答えに窮する人が多いのではないか。明らかに、この国には「転換点」が必要なのだが、果たして2008年がその年になるの だろうか。世界の視座から見て日本は今どこにあり、どこに向かおうとしているのか。国際金融の最前線に立ち、かつて“通貨マフィア”の異名を取った行天豊 雄・国際通貨研究所理事長に聞いた。(聞き手は、日経ビジネス オンライン副編集長=水野 博泰)

NBO 大局的に見て、2008年の世界経済はどういう位置づけの年になるのでしょうか。

行天 ずばり、「不安の1年」ではないでしょうか。

 様々な問題をひっくるめて、世界全体の秩序、パラダイムというものが少しずつ変わってきています。この1年で何もかもが変わって新しいものが出来上がる というわけではありませんが、変化のモメンタムは確実に働いています。ある量的レベルまでくると、クリティカルマスを超えて、一気に質的な変化が進む。そ ういうプロセスが進んでいるのです。

 何年か経ってから振り返ってみると、2008年というのは世界の経済秩序やパラダイム変化の過程でかなり大きなことが起こった年だったと思い出されるこ とになると思います。

NBO 2008年に特に際立ってくる“モメンタム”とはどのようなものがありますか。

行天 戦後60年の世界経済は、米国経済がまさに覇権的な役割を果たしてきたわけです。その米国経済に対する不安が、非常に長いプロセスを積み重ねた末 に、ここ1〜2年でかなり具体的な形になって表れてきている。2008年には、その流れの先にある方向性が見えてくるのかもしれません。

NBO 米国の覇権的地位が失われるようなこともあり得るということですか。

行天 一気に凋落するようなことはない。米国経済はまだまだ強いですからね。ただ、落ち込んだり、復活したりということを繰り返す過程を踏みながらカタチ を変えていくことは間違いないでしょう。

 そもそも、戦後の世界経済というのは、まあ、ひとつの言い方をすれば米国の赤字で支えられてきたわけです。金為替本位制、固定相場制を基礎にしたブレト ン・ウッズ体制が世界経済の戦後の復興、発展を支えてきましたが、1973年にそれが崩れた。米国の負担が大き過ぎて、その負担に耐えられなくなってし まったからです。

 それに取って代わったのが、いわゆるドル本位制です。ドルが世界的な基軸通貨の役割を果たし、米国は基軸通貨国として対外的な赤字を出し続けた。言い換 えれば、米国の国内需要が世界中に巨大な市場を提供し続けてきたということです。

 ここ10年ぐらいで、「ブレトン・ウッズ2」という言葉がよく聞かれるようになりました。金為替本位制のブレトン・ウッズ体制は1973年に崩壊したけ れども、あれと似たような仕組みができたではないかと。米国は非常に大きな国内需要を維持し、世界中から輸入をして世界を支える。その代わりにドルが世界 中にばらまかれるわけですね、ドル債務が。そのドル債務は、各国の公的準備、民間資産の形を取ってまた米国に投資される。

 つまり、米国の巨大な経常収支赤字を通じたドル債務の世界中への散布、特に固定利付きの米国債などへの対米投資という形での還流──。これは非常にうま くいっていました。

 ところが、このブレトン・ウッズ2への懸念が高まってきた。スティーブン・マリスというOECD(経済協力開発機構)の経済局長をしていた人などを筆頭 に多くのエコノミストが、かなり以前から「ドルのハードランディング」の可能性を指摘していました。幸いにも実際にはそういうことは起こらなかったのです が、ここにきて、いよいよ深刻な危機と考えられるようになってきたのです。

 今、米国の対外純債務は2.5兆ドルぐらい。そのほかいろいろなドル資産が世界中にあって、世界各国の公的準備の総額が3.9兆ドルぐらい、SWF(ソ ブリン・ウエルス・ファンド)と呼ばれる国営ファンドが2兆〜3兆ドルぐらい。このSWFがすごい勢いで増えている。

 問題は、ドルから他資産へのシフトが進んでいることです。ユーロ、金、石油などへのシフトです。もう1つは、今まで米国に還流していた資金は圧倒的に米 国債などへの債券投資が多かったわけですが、エクイティ(株式)へのシフトが加速している。こうしたシフトが、ブレトン・ウッズ2体制の撹乱要因になって います。2007年から動きが顕著になって、おそらく2008年あるいは2009年には方向性がはっきりしてくる。


 こういう動きがとどまることなく進行すれば、雪崩現象が起こり、ハードランディングという最悪のシナリオが現実になってしまうかもしれない。具体的に言 えば、ドルの暴落、長期金利の急騰、景気の急速な冷え込みです。それを防ぐために、何らかの国際協調的な努力が始まるのかどうか。2008年という年は、 まさにそこが焦点になってくると思います。


NBO 米国経済の持っている潜在的な強さというのが何でしょうか。
あまり科学的な言い方ではないのですが、最大のものは「マーケット」と「企業」なのではないでしょうか。

 米国のマーケットは、世界最大で、最もオープンで、最も効率的で、最もコンペティティブ(競争的)です。エンロン事件など負の側面が表面化した時でも、 相対的にはその優位性は揺るがなかった。

 企業のダイナミズムにしてもそうです。サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題を含めて悪い面があるのは事実だけれども、新興企業を生 み出し、育て、10年単位で企業ランキングのトップテンをがらりと入れ替えていくダイナミズムは凄まじい。そのダイナミズムを支える20代、30代の若い 人材が次から次へと出てくる。そういうところは、ちょっとやそっとでは変わらないでしょう。


「ニッポンには将来性がない」というのが世界の見方

NBO その中で、日本、円、日本経済はどう翻弄されてしまうのでしょうか。

行天 日本にとって、あまりいいことではありません。日本は“ドル圏”の一員だし、世界的にもそう思われていますから、米国が弱くなるなら、当然その仲間 も弱くなるはずだと。

 こういう時期にこそ、日本は米国に、あるいはドルに依存しなくても、自分でやっていけるという強さを見せることができれば、ある意味ではチャンスなのか もしれません。しかし、それは簡単なことではない。しかも、日本経済に対する国際的な見方は、何と言ったらいいのかな…、「あまり将来性がない」と思われ ているわけです。

 例えば人口問題ひとつ取っても、日本はどんどん人口が減って、いつか日本人はいなくなってしまうんだというような話が、一時期世界中に広まった。海外に 行くと、必ずその話になって、「日本人っていなくなるんだね」なんて言われたものですよ。これは冗談ではなく、そういう誤った認識が定着してしまったよう なところがあるから怖いんです。

 そして、もっと恐ろしいのは、「結局、日本は自分たちの力で変わることができない」と諦められようとしていることです。

 1990年代のいわゆる“失われた10年”の頃の日本に対する国際的な評価は極めて低かった。それが2003年頃から劇的に変わりました。「あれっ、日 本もなかなかやるじゃないか」という空気が流れたんです。『The Sun Also Sets(日はまた沈む)』という本を書いてバブル崩壊を予言したエコノミストのビル・エモットが、今度は『日はまた昇る』という本を書いたりしました。

 これは、小泉純一郎氏がやった改革が国際的に評価されたということで間違いない。政治改革、効果的意思決定プロセスの確立、郵政民営化など、様々な分野 で彼が声を大にして訴え、改革に着手したことが、国際的には非常に高く評価されたんです。

NBO なるほど。ハゲタカに日本の資産を食わせただけという批判もありますが、改革のアクションとしては海外からも分かりやすかったし、少なくとも「日 本を変える」という意思が明確に伝わったわけですね。

行天 その通りです。ですから2003年からの数年間は、日本に対する世界的な評価は劇的に向上したのです。

 ところが、今、また評価が下がってしまった。小泉氏はいろいろなことに手をつけましたが、全部とは言いませんが、ほとんどが中途半端で、これから本当に 大丈夫かと世界中から見られていたわけです。そして、参院選、安倍政権の頓挫、福田政権の誕生という一連の流れを見た世界の人たちは、心配していた通り、 中途半端なものがそのまま終わってしまい、むしろ逆に戻る恐れさえあると思うようになっている。そうした空気が最近、非常に濃くなっています。これは由々 しきことですよ。

日本のマーケットはあまりにも閉鎖的なまま

NBO 世界中から「日本には明るい将来がない」と思われているのに、肝心の日本人にはさっぱり危機感がなくて、なんとか良い方向に変えていこうという強 い決意も具体的な行動も見られない…。見放されてしまうのも当然かもしれませんね。しかし、やっぱり何とかしなければならない。

行天 ええ。じゃあ、何をしたらいいのか。少々抽象的ですが、あらゆる分野で新規参入をもっと活発化させることだと私は思います。手厚い支援や保護を施す のではなくて、「俺はこういうことをやってみたい」「こういうアイデアがある」という人たちに、どんどん挑戦してもらうのが一番大事だと思います。

 最近、海外ファンドの連中などと話していると日本への興味がなくなってきたと言う。なぜだと聞くと、日本のマーケットは儲けさせてくれない、稼げないと 言うんですよ。

 例えば日本でのM&A(企業の買収・合併)を見ると、確かに数は多くなっています。しかし、先頃も外資からのTOB(株式公開買い付け)を会社と株主が 協力して排除するようなケースが話題になりました。日本の外側、外資の視点からは大変なショックですよ。

NBO マーケットというのは国内外に開かれているべきなのに、「外資系ファンドだから」という理由で拒絶するのは奇異に映ったでしょうね。

行天 しかも、株主が支持しているというところが一番のショックなんです。日本のマーケットは規制が厳しいとか、既得権ががっちり守られているというよう な不満や批判は以前にはありましたが、金融ビッグバンを経てかなり改善されています。ところが、TOBに対して、各企業が競って対抗策を作り、多くの場 合、株主の圧倒的多数の支持を得ている。TOBを拒否した結果、株が暴落しても、株主は何も言わない。全く奇妙な話なんです。海外から見れば、日本のマー ケットは一体どうなっているんだということになる。

NBO ところで、日本経済にとっての「不安」の要因として、中国やインドなどの新興国の急成長に伴って世界秩序が書き換えられる中で、日本が相対的に埋 没していくのではないかということが大きいと思うのですが。

行天 確かに、人間でも国でも発展期にある時には、えも言われぬ活力があります。日本だってかつてはそうだったんです。中国にもインドにも、今、その勢い があって、ちょっとやそっとではその勢いはなくならない。おそらく、しばらくは続くでしょう。

 ただし、2050年には中国が世界でナンバーワンの経済大国になり、インドがナンバー2になるというような話は、全くのウソだとは言わないけれども、あ まり真に受けない方がいい。年率10%の成長をこれから40年間続けるなどということはあり得ない。中国はこれから深刻な高齢化問題に直面するわけだし、 資源、環境、社会のどれを取っても問題が山積で、今後40年も一本調子で伸びていくなどということがあるはずがない。

 直近を見れば、中国やインドが急成長を遂げていることは間違いないし、国際的な過剰流動性が米国に還流することがなくなれば、新興市場に流れ込むのは必 然です。“エマージングバブル”というのはしばらく続くでしょう。ただし、いつか必ずピークアウトします。私は意外に早くその時が来るのではないかと思っ ています。中国はおそらくこれから10年、インドはもう少し先ぐらいがピークなのではないでしょうか。

 最初に、2008年は「不安の1年」になると言いましたが、日本経済の先行きが真っ暗というわけではありません。大きな変化が起こることは間違いない し、その変化がどのようなものになるのかがはっきりしないのは確かです。だからと言って、立ちすくんでいたり、右往左往して逃げ回っていれば、変化の波に 飲み込まれてしまう。不安を乗り越え、変化に真正面から対峙するという決意が、今の日本には必要だと思います。


4.グーグル、無限への挑戦(12.25 nikkeibp)
 「データ量が今の1000倍になったとしたら、君ならどうする?」

 この質問をされると、それまで自信満々で入社面接に臨んでいた若者はしどろもどろになってしまう。

 今や超難関、米グーグルの採用面接でのひとコマである。質問を投げかけるのは、上級ソフトウエアエンジニアのクリストフ・ビシグリア氏(27 歳)。ほっそりとした体格と、ウエーブのかかった長髪のビシグリア氏が試しているのは、目の前にいる大学生が「グーグラー(グーグル社員)」流の発想法に ついて来られるかどうかである。

 それにしても、発想が常識を超えている。面接を終えた学生が大学の研究室に戻って、1000倍のデータ──オンラインショッピングや地図のデータ や、まかり間違って動画ファイル──をぶち込もうものなら、大学のサーバーは処理能力オーバーでたちまちダウンしてしまうだろう。

壮大な発想力から生まれたグーグル・クラウド

 「グーグルで成功するためには、ものすごく大きなスケールで働く、というか構想しなきゃならないんだ」。ビシグリア氏は面接相手の学生にそう説明 する。地球規模で張り巡らされているグーグルのコンピューターネットワークについての解説も振るっている。

 「そう、このネットワークが一瞬で検索の答えを返してくるわけだけど、その答えや情報を探し出すまでにはとんでもない量のデータを、とんでもない 速さで処理しなきゃならない。そのためのハードウエアの全部がここにあるわけないってことは分かるよね。地球上のどこかにある、でっかい冷却装置を抱えた データセンターで、ブ〜ンって音を立てながら猛烈な勢いで計算してるんだ。グーグルではその全体を“クラウド(雲)”って呼んでいるんだけど、グーグルで プログラムを組む時に考えなくちゃいけないのは、このクラウドを最大限に使いこなすことさ。少ない数のコンピューターではとても不可能なことを可能にして やることなんだ」

 新入社員がグーグルの発想のスケールに慣れるまでに数カ月はかかるという。「ある日、誰かが、数千台のコンピューターを一斉にぶん回すような“ヤ バイ”仕事を考えつく。すると“ヤツは分かってきたみたいだな”ということになる」(ビシグリア氏)。

大学に入門講座「グーグル101」を開講

 新入社員に必要なのは高度なトレーニングだ――。そう悟ったビシグリア氏は昨年秋、会議の合間にエリック・E・シュミットCEO(最高経営責任 者)をつかまえて、こんな提案をした。

 グーグル社員が個人のプロジェクトのために自由に使える就業時間の2割を割いて、大学に講座を開設したい。母校である米ワシントン大学の学生にク ラウドスケールのプログラミングを教えるのだ。人呼んで「グーグル101」。(NBO編集部注:101とは大学の基礎レベル講座のこと)

 シュミット氏はその提案を認め、その後数カ月の間にグーグル101は目覚ましい発展を遂げた。ついには米IBMとの一大共同プロジェクトとなっ た。今年10月、世界中の大学をつなぎ、“グーグル・クラウド”のような大規模分散型コンピューティングシステムを構築する計画を発表したのである。

 この考えが拡大すれば、IT(情報技術)業界におけるグーグルの位置づけは検索、メディア、広告の大手企業という枠を飛び越えて、科学研究の領域 にまで踏み込むことになる。もちろん、新たな事業領域につながっていくだろう。いつの日か、グーグルそのものが“世界の基幹コンピューター”と呼ばれるこ とになるかもしれない。

 「最初、(ビシグリア氏がやろうとしていることは)教育プロジェクトだと思った。まあいいだろう、ぐらいに考えていたんだが、9カ月後、彼から出 てきたのがこのクラウド計画だ。全く予想もしていなかった」。シュミット氏はある日の午後、グーグルプレックス(グーグル本社のこと)で語った。ビシグリ ア氏の発想はどんどん膨らみ、クラウドコンピューティングの並外れた処理能力を学生や研究者、起業家に提供することに発展していった。しかも、グーグルの ネットワークという枠さえ飛び越えてしまったのだ。

成長と再生、進化を続けるスーパーコンピューター

 グーグルのクラウドとは何か。それは何十万あるいは百万台規模の低価格サーバーで構成されたネットワークだ。一つひとつのサーバーは家庭用パソコ ンと能力的に大差がない。だが全体として機能すると、ウェブサイトのコピーを含めて膨大なデータを蓄えることができる。それによって検索速度が上がり、何 十億もの検索に対して瞬時に結果を返すことができるようになるのだ。

 これまでのスーパーコンピューターと異なり、グーグルのシステムは決して時代遅れにならない。普通のコンピューターは3年ほどで役に立たなくな り、最新の高速コンピューターに丸ごと取り替えられる。つまり、クラウドはまるで生物のように成長するにつれて組織を再生していくのだ。

 クラウドコンピューティングが主流になれば、情報処理の方法は激変することになる。1世紀前の電力革命によって、農場や企業は自家用発電機を取り 払って電力会社から電力を買うという効率的な方法を取るようになった。これと同じようなことがコンピューターの世界でも起こる。

 グーグル幹部はずっと以前からこの変化を見据えて準備をしてきた。グーグルのコンピューターを中核とするクラウドコンピューティングの考え方は、 10年前に創業者セルゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏が掲げた“世界中の情報をすべての人に”という企業理念そのものである。ビシグリア氏の提案は、理 想の未来への架け橋となる。

 「口には出さなかっただけで、彼の頭の中にはそういう考えがあったんだろう。まさか、コンピューティングの概念を覆そうとしていたとは思わなかっ た。とんでもなく高い目標を掲げたものだ」と言ってシュミット氏は喜ぶ。

クラウドは誰もが使える

 小規模企業や個人起業家にとっては、クラウドコンピューティングの発展は絶好の機会となる。膨大な量のデータを扱うコンピューティング手法に誰も が手を伸ばせるようになるからだ。現状では、膨大な情報をビジネスに活用できるのは、クラウドを使いこなせる少数のインターネット大手企業に限られてい る。

 「言葉」「写真」「クリック」「検索」は、インターネット産業における“原料”である。だがその大半は一方通行だ。人の“想い”を“情報”という 形で発信しても、それを深い洞察やサービス、最終的にはお金に換えられるのはごく一握りの企業にすぎない。すなわち、グーグル、米ヤフー、米アマゾン・ ドット・コムなどである。

 だが、こうした状況が変わり始めている。昨年、アマゾンは自社のコンピューターネットワークをユーザーに有料で開放した。規模の大小に関係なく、 クラウドコンピューティングの新しい参加者を募っているのだ。単に巨大データベースをアマゾンのサーバーに保存するだけのユーザーもいれば、データマイニ ングやインターネット上のサービスの開発に利用するユーザーもいる。

 またヤフーは今年11月、米カーネギーメロン大学の研究者に対し、自社コンピューター群を小規模なクラウドとして開放した。

 米マイクロソフトも、科学研究者との連携を強化するために、同社のサーバー群へのアクセス権を提供している。

 このようなクラウドが拡大すれば、「インターネット関連の新興企業が存分に利用できるようになる。それは“グーグルの種”を蒔くようなものだ」 と、米市場調査会社IDCの上席アナリストを務めるフランク・ジェン氏は言う。特に、先端科学研究と医薬品研究のベンチャーは、新素材や新薬に関する膨大 なデータを解析するためにクラウドが不可欠になる。

グーグル・クラウドの規模は「無限」

 「クラウドの能力を最大限に生かすには、インターネットのようにプログラミングや操作が簡単でなくてはならない。つまり、クラウド内の検索や各種 のソフトウエアツールが新しい市場となる。まさにグーグルなどが最も得意とするところだ」とアナリストは見ている。

 シュミット氏は、グーグルの自前設備をどれぐらい割り当てるのか、どのような条件と料金で提供するのかについては明言を避けているが、「原則的に 無料で始めるが、ヘビーユーザーにはある程度のコスト負担を求めることになるだろう」という考え方を示している。ただし、その規模について尋ねると、「無 限だ」という即答が返ってきた。

 こうした計画が見えてくるにつれて、グーグルの狙いは次世代コンピューティングの支配者として君臨することだということが分かる。「グーグルが目 指しているのは、クラウドの大部分、言い換えれば、人々が日常的に利用するクラウドを提供することだ」とシュミット氏は語る。

 収益モデルはどのように変わっていくのだろうか。当面は、がっぽり稼いでくれる広告収益が中核事業のままだ。クラウド計画への投資はわずかであ り、ぼんやりと遠くに浮かんでいるといったところ。可能性に輝いているが、全体像はまだ見えていない。

5.KDDI、「1年天下」のワケ(12.25 nikkeibp)
 師走の買い物客でにぎわう東京・有楽町。都内有数の大型量販店であるビックカメラ有楽町店の携帯電話売り場に、とりわけ大きな人だかりが できていた。NTTドコモが年末商戦に投入した905iシリーズの売り場だ。縦横2通りに開けるパナソニックモバイルコミュニケーションズ製の2つ折り端 末「VIERAケータイ」が特に人気で、二重三重の人垣ができている。

 一方、店の目立たない場所にあるKDDIの売り場では、端末に目を向ける人は少なく、立ち止まる人はほとんどいない。2006年10月のナンバーポータ ビリティー(番号継続)制度の導入以降、「KDDIの独り勝ち、ドコモの独り負け」と言われた情勢が様変わりしている。

最新端末、Xマスに間に合わず

 電気通信事業者協会によると、携帯電話契約者の11月の純増数はドコモが前月比23.3%増の4万8200件、KDDIは同51.1%減の6万5400 件で急接近。905iシリーズの効果が月間で寄与する12月は逆転の可能性もある。わずか1年でなぜ立場が一変したのか。

 KDDIの失速は、(1)開発の遅れで商戦に最新端末が間に合わなかった、(2)分かりにくい料金設定で割高感が広がった──ことが原因だ。先進的な端 末が安く使えるというイメージが崩れ、急速にシェアを失ってしまった。

 第1の原因である端末の投入の遅れは、米クアルコム製の最新チップである「MSM7500」を使った新型プラットフォーム(基盤)の開発で、最終段階の ソフトウエアのチェックに手間取ったためだ。KDDIは端末の開発コストを削減しようと、各メーカーに基盤の共通化を促している。このため、新型基盤を搭 載する予定の端末はすべて開発がストップし、東芝と三洋電機の新製品の発売が年明けに延期された。

 新型基盤を使えば、待ち受け画面によく使う機能のアイコンを載せられるほか、高速通信も可能になるはずだった。結果的に、KDDIは古い基盤を使った性 能の劣る端末を並べざるを得ず、「自分で自分の首を絞めた」(クレディ・スイス証券の早川仁ディレクター)。

 失速の第2の原因は料金の割高感にある。

 ドコモの905iシリーズは11月に導入した料金プラン「バリュープラン」を使えば、割賦制を利用するため、店によっては頭金ゼロで買える。従来は最新 機種の買い替え時に3万円程度必要だったから、値頃感が出た。実際、905iシリーズは発売から1カ月弱で100万台以上を販売し、「前シリーズの6割増 し」(ドコモ)のペースで売れている。

 これに対し、KDDIは従来型に近い販売奨励金つきの一括購入プラン「フルサポートコース」を前面に出している。「初期費用だけでなく、一定の期間で見 れば、割高でない」(KDDI)というが、ドコモの初期費用の低下による相対的な割高感が生まれている。

 大半の携帯電話利用者が第3世代に移行する中、KDDIが今後も他社の契約者を取り込んでいけるかは不透明だ。「KDDIは端末や通信料の割安感が魅力 だったが、高品質の端末を好む利用者はドコモを選ぶ傾向がある」(JPモルガン証券の佐分博信シニアアナリスト)との見方もある。KDDIの魅力が色あせ てはいないか。争奪戦の潮目が変わった可能性がある。

ドコモ、まさかの独り勝ちも
 新規顧客が少なくなっていく成熟市場では、結局、既存顧客を多く抱える最大手が強みを発揮する。KDDIやソフトバンクに脅かされながらも5割のシェア を守ってきたドコモの地位は盤石だ。競争促進を通じた顧客サービスの向上という視点からは不安も残るが、ドコモ独り勝ちの時代が近づいてきている。





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