週間情報通信ニュースインデックスno.611 2007/06/23

1.悩める「情報格差列島」(6.22 nikkeibp.jp)
ブロードバンド通信が利用できない地域は全国で約250万世帯。
国や自治体は格差解消の切り札に、次世代無線技術の活用を検討する。
平等なサービスか、収支優先か。「ネット大国」が決断を迫られている。

 「あの山奥ですか? お客さんをお連れするのは20年ぶりですねえ」

 故田中角栄元首相の銅像が立つ上越新幹線の浦佐駅(新潟県)。地元タクシーのベテラン運転手は心もとない様子でこうつぶやいた。
 東京では桜が満開の3月下旬、浦佐駅から山間部に向かう道路沿いではまだ1mを超える雪が残っていた。それでも今年は記録的な暖冬で、「例年なら倍以上の量がある」という。
 元首相の威光のおかげか、山奥にもかかわらず、道路は極めてよく整備されている。雪の壁を縫うように車で1時間ほど走ると、魚沼市の福山新田と呼ばれる約80世帯の集落が見えてくる。

 光ファイバーもADSL(非対称デジタル加入者線)も第3世代携帯電話も通じていないこの集落に、この日、1つの旗が翻っていた。
 「WiMAX実証実験公開会場」

 WiMAX(ワイマックス)とは、毎秒5−10メガビット(メガは100万)程度の高速無線通信が可能な次世代の通信技術。通信速度は光ファイバー(毎秒40?50メガビット程度)に及ばないが、NTTドコモのFOMAなどの第3世代携帯電話(最速でも毎秒3.6メガビット程度)を大きく上回る。東京や大阪などの都心部でもまだ利用が始まっていないこの最新技術の実証実験が、人影まばらな集落で3月上旬から進められている。

 実験を進めているのは、ADSLなどを手がける通信会社のアッカ・ネットワークス。新潟県と魚沼市が全面協力している。実験では、家庭のパソコンからWiMAXの技術を使って、インターネットに接続し、高速通信ができるかを確かめている。

 福山新田地区では、廃校になった小学校まではかろうじてネットにつながった光ファイバーが届いている。この小学校跡にWiMAXの基地局を設置し、各家庭とデータをやり取りするためのアンテナを立てる。実験対象となる家庭にもアンテナを立てれば、家庭からWiMAXの電波を通じて小学校跡の基地局へ、さらにその先のネットへという高速通信の経路が出来上がる。

 現在進められている実験では、これまで電話線でしかネットに接続できなかった家庭が、WiMAXを使うことで毎秒3メガビット以上の高速ネット接続に成功した。
快適なネット環境を手に入れた佐藤文作さん。グーグルもよく使うようになった
 「今までは(通信速度が遅くて)眠くなっていましたが、今は寝ている暇もありません」
 参加した地元の区長、佐藤文作さん(71歳)は満足そうにこう話した。これまでも「ADSLを何とか使えるようにしてほしい」と民間事業者や魚沼市に要請してきたが、利用希望世帯が少ないことなどから、願いはかなわなかったという。
 今回は実験であるにせよ、高速のネット通信を初めて体感することができた。妻と2人暮らしの佐藤さんは、東京と神奈川に遠く離れて暮らす息子たちとの滑らかなメールのやり取りを楽しんでいる。
 
 高速無線通信はどれだけ低コストなのか――。総務省の試算によると、1世帯当たりの整備費用は光ファイバーで約80万円、ケーブルテレビで約60万円。これがWiMAXの場合だと20万円強、メッシュ型無線LANと呼ばれる別の無線方式なら20万円弱となる。WiMAXが世界中で普及期に入れば、整備費用はさらに安くなる可能性が高い。

 単純化して考えてみよう。残りの250万世帯をすべて光ファイバーで整備しようとすれば、2兆円(80万円×250万世帯)が必要になるが、WiMAXなどの無線技術を駆使すれば、5000億円(20万円×250万世帯)で済むという計算になる。

 市町村が高速通信網を整備する場合には、過疎債などの地方債を発行して費用に充てることができるが、そのうちの元利償還金の7割は国からの交付税で賄われる。残りが地元負担だ。国と地方の財政が逼迫している今、デジタルデバイド(情報格差)の解消という錦の御旗があったとしても、どこまで財政負担が許されるか、慎重に検討する必要がある。

 総務省の試算はいくつも前提がある暫定的なもので、WiMAXは実証実験中の技術。単純計算だけを基に考えるわけにはいかないが、過疎地でも大都市並みのブロードバンド環境が果たして必要なのか、WiMAXのような「簡易ブロードバンド」で十分なのか、あるいはブロードバンド通信の導入自体を断念すべき場合もあるのか、議論する余地はありそうだ。

 「2.5ギガヘルツ(ギガは10億)帯の免許では、地方の視点を盛り込むことが省内の意見の大勢になっている」

 総務省の幹部は本誌の取材に対し、こうつぶやいた。

 WiMAXなどの次世代の高速無線通信技術は「2.5ギガヘルツ帯」と呼ばれる周波数帯でサービスが提供される。総務省はこの周波数帯について、今夏にも、免許獲得に名乗りを上げている事業者の計画を精査し、免許を交付する予定だ。免許申請しそうなのが、NTTグループやKDDI、ソフトバンク、ウィルコム、イー・アクセス、アッカ・ネットワークス、ケーブルテレビ事業者などだ。周波数帯に限りがあるため、実際に免許を得られるのはこのうち3社程度と見られている。

 総務省の幹部はこの免許交付に「地方の視点」を盛り込むという。地域を区切って免許を交付する地域別免許の導入など、思い切った施策を打ち出す可能性を強く示唆している。

 こうした総務省の姿勢は、過疎地でのブロードバンド普及をさらに後押ししそうだ。国や地方自治体の情報格差解消の動きと連携しやすいサービスを提供できるかどうかが、免許交付の条件になる可能性があるからだ。

 ところで、世界でも最先端の高速無線通信技術を使って、比較的低いコストで地方の情報格差問題を解決するというこれらの動き。聞こえは良いが、死角はないのだろうか。

 魚沼市の福山新田地区の場合で見てみよう。集落の中心にある学校跡にまで光ファイバーが来ているという比較的恵まれた環境ではあるが、実際にアッカ・ネットワークスが事業に踏み切れるかどうかは実は不透明だ。

 施設整備を新潟県などが負担し、約80世帯のすべてがサービスに加入するならば、3000−5000円程度と予想される月々の料金だけで運営をしていくことが可能だ。ただ、「実際に加入する世帯が2−3割にとどまれば、コスト的に事業を展開するのは難しくなる」(同社の高津智仁WiMAX推進室副室長)という。

 加入世帯を増やす工夫や、WiMAXのネットワークに何らかの行政サービスを乗せて、そこからサービス料を得るような仕組み作りが課題になる。

 さらに重要なのが、サービスを始めた場合の「撤退ルール」をどう考えるかだ。福山新田地区は小学校が廃校になっていることからも分かるように、少子高齢化が進んだ地域。世帯数が次第に減っていけば、サービス開始当初は採算ラインを超えていたとしても、年月の経過とともに不採算に転落してしまう可能性が高い。

 これは多くの過疎地が抱える構造上の問題だ。一度始めたサービスをやめることができるのか。行政はサービス継続のための支援をすべきなのか。そうした地域ではサービスを始めてはいけないのか。高速ネットというインフラについて、必要最低限のサービスをどう考えるかという国や自治体の「哲学」が問われることになる。

 いくら立派な情報ネットワークを整備しても、それが使われなければ、豪華すぎる道路などと同じ無駄な公共事業に終わってしまう。使いこなせる人がどれだけいるのか。さらに、そうした人々をどう増やしていくのかという課題もある。

 福山新田地区の実験に参加したある関係者はこう反駁する。

 「(ネットワークをどう有効活用するのかと)都会の人はすぐにそう聞くけれど、グーグルで調べものをして、ネットショッピングを楽しむ。あなたたちと同じようにネットを楽しみたいだけですよ」

 「道路」や「福祉」で以前から繰り返し問われ、いまだに答えの出ていない問題が、「ネットのあした」にも横たわっている。

2.IP化時代に信頼揺らぐ「NTT電話」(6.22 nikkeibp.jp)
ひかり電話ユーザーはバックアップ手段を用意すべき
 NTTが提供する電話サービスの信頼性が揺れている。電話といっても、従来の加入電話ではなく、IP電話サービス「ひかり電話」の方である。
 実際にトラブルが相次いでいる。

 5月は、15日夕方?16日未明にかけて約7時間、NTT東日本のフレッツ網がほぼ全域でダウン。約239万ユーザーが、ネット接続やひかり電話を使えなくなった。
 5月23日には、NTT東西間のひかり電話が不通になり、5月30日はNTT東日本のひかり電話で、宅内ルーターが原因で正常な着信ができなくなる事象が発生。さらに6月13日には、NTT西日本の宅内ルーターの不具合で、ユーザーがネットに接続できなくなる事態が起こった。同日はKDDIのIP電話サービス「ケーブルプラス電話」でもトラブルが発生しているが、頻発しているNTT東西の障害の多さが際立つ。

 一連の障害からは、「交換機を使った電話では抜群の信頼性をNTTは発揮できたが、IP網上で提供するネット接続サービスやIP電話では『NTTだから』という信頼性のプレミアムは期待できない」という厳しい現実が浮かびあがる。

 まだ成熟し切っていないIP技術を使う限り、IP網上で提供するサービスの信頼性は、これから高めていくもの。NTTだけでなくKDDIやソフトバンクなども、それぞれが課題を乗り越えていく発展途上の段階にある。IP網は、ユーザー数の増加や技術革新、経路の増加、通信機器のバグなどを考慮しながら、常に最適な設計ポリシーの見直しをすることが不可欠となる。

 NTT東西は2006年秋にも、それぞれ3日間にわたるひかり電話の障害を起こしている。このとき障害の影響を受けた企業ユーザーが口にしていたのは、“NTT電話”に対する抜群の信頼度だった。

 あるメーカーは、「IP電話だということを理解していたが、NTTの電話サービスなのでバックアップがなくても大丈夫だと思った」と話す。あるインテグレータも、「IP電話は複数の通信事業者が提供しているが、電話といえばNTT。NTTのIP電話が一番信頼できると考えて採用した」という。これまで交換機で提供してきた「いつでも使えるNTT電話」というイメージを、そのままひかり電話に投影させている。

 だが、これだけトラブルが続くと、実はそうではなということに利用者も薄々気がつき始めたのではないだろうか。NTT電話が保ってきた安全神話は、ネットワークのIP化が進んでいく段階では、そのまま通用しないのである。

 ひかり電話が従来の加入電話と同様の信頼性を確保できるようになれるかどうかは、今後NTTが、どれだけIP網やIP電話システムの運用のノウハウを獲得できるかによる。ビジネスや一般生活における通信への依存度はますます高まっているため、企業ユーザーや一般消費者も、その点を理解しておく必要がある。
 
というのも、最近のトラブルで最も深刻だった5月15日のフレッツ網の大障害は、IP網の運用の基礎的な対策の不備が根幹にあったと分かってきたからだ。 15日の障害の原因は、IPアドレスの次世代バージョンである「IPv6」の経路のループである。ループとは、ルーターに間違った経路が設定されて、あて先が決まらないパケットが発生し、IP網内を何度も巡回する現象だ。ルーターの負荷が上がってしまう。

 NTT東日本のフレッツ網は、「IPv4」とIPv6の経路が混在している。そのため、IPv6の経路のループが引き金となりルーターが処理能力オーバーでダウンすると、同じルーターで構成するIPv4ネットワークも使えなくなる。こうなると経路の再計算が連鎖的に発生し、次々とルーターが処理能力オーバーを起こして、NTT東日本のフレッツ網全体を巻き込む大規模障害へとつながったのである。

 詳細には、IPv6の経路のループだけでなく、ループを生みやすい2重リングの網構成、ループを回避できないルーターのソフトのバグ、IPv6のマルチキャストのトラフィックや経路の急増――など、フレッツ網の構造的な問題や当時のトラフィック状況が複合的に重なって起こった。

 なかでもNTT東日本の最大の落ち度は、障害のエリアを極小化するための措置が後回しになっていたことだ。「IPネットワークの全体がダウンしないように、障害が波及するエリアをできるだけ小さくしておくのは基本的なこと」(ソフトバンクBBの牧園啓市技術統括ネットワーク本部長)だからである。

 NTT東日本は、IPv4のネットワークでのエリアは細かく区分けしてあったため、IPv4の不具合なら障害は局所化できただろう。ところがIPv6 ネットワークは細かくエリアを分けておらず、関東以北については、IPv6ネットワークが1つの管理エリアで全域をカバーする構成になっていた。

 当初はIPv6ユーザーが少なかったことと、運用効率を考えての判断だという。今回の障害は、IPv6のエリア分けを進めようとしていた矢先のことだったようだが、ユーザーが増える一方で、結果として運用体制の確立は後手に回ったことになる。

 5月23日にNTT東西間のひかり電話が不通になった原因は、東西のひかり電話網をつなぐ中継部分の呼制御サーバーへ、誤ったコマンド入力をしたことである。そのため、サーバーのハードディスク内の一部データが壊れてしまった。このとき、待機系のサーバーにうまく切り替わらなかったので最終的に、サーバーのソフトウエアを再インストールして復旧させている。

 ただ、復旧までに約3時間半もかかった。冗長構成が1セットしかないため、再インストールして復旧させることになったようだが、もう1セットあれば、問題のあるシステムを切り離し、すぐにサービスを再開できたのではないだろうか。ここでも、大きな冗長構成を1セット入れるより、小さめの冗長構成をいくつか作っておいて、問題があれば、その部分をすぐに切り離し、サービスは続行させるという、IP網運用の基礎的な発想が欠けていたように見える。

「NTT仕様」の交換機とは全く異なるIP網のルーター

 これまで交換機によるNTT電話の信頼性を支えたのは、国内メーカーと密に連携して作り続けてきた「NTT仕様」の交換機開発と、約100年かけて積み上げてきた交換機網の運用ノウハウである。

 しかしIP電話サービスの基盤となるIP網は、交換機網とは全く事情が異なる。IP網は基本的に、ルーターやスイッチといった通信機器を使う。現在は、コアとなる通信機器は海外ベンダーのものが多い。

 ルーターを制御するソフトウエアは、NTT東日本は一部仕様化しているようだが、基本的にはルーターのメーカーが作ったものを使う。通信事業者が使っている「ルーティング・プロトコル」も、各事業者ともほぼ同じ。つまり、IP電話やIP網のサービスは、論理的なIP網の設計能力や、運用能力こそが事業者ごとの差異化のポイントとなる。
 
3.「ロングテール」に新展開(6.21 nikkeibp.jp)
実社会も「平均像」崩れ、商品戦略の再考促す

マイナー商品でもヒット作と並ぶ市場規模になるという「ロングテール」。
実は「ベキ分布」としてネット以外の現実の経済現象にも数多く登場する。
新たな学問も誕生し、企業の販売戦略や金融技術にも影響しそうだ。

 1日当たりのアクセス数が10億回を超えるヤフーの検索サービス「Yahoo! 検索」。膨大な数の言葉が時々刻々と検索されるため、頻繁に検索される「人気ワード」であっても全体に占める比率はごくわずかだ。

 例えば、2007年3月28日の1日に検索された言葉のうち、最も検索された言葉の検索回数は、全体の検索件数の1%にも満たない。検索回数で上位の3200語の回数をすべて合計しても、全体に占める割合はわずか2割。逆に、1日に1回しか入力されないマイナーな言葉は全体の約7割にも上る。

 検索された言葉を多い順に横軸に並べて、検索件数を縦軸に取ると、下図のように、右に裾野が伸びたグラフが描ける。これは「ロングテール」と呼ばれ、インターネットによって登場した新しい市場の姿として知られる。

購買意欲が高い「テール」

 駅前などに店舗を持つ小売店は、限られた店舗の空間と営業時間に、ロングテールの「ヘッド(頭)」に位置する売れ筋商品の品揃えが欠かせないとされる。しかし時間や空間の制約がないネットでは売れ筋以外の集合である「テール(しっぽ)」の商品が売れる。

 ロングテールという言葉を提唱したクリス・アンダーソン氏は、著書で「ヒットしない商品を集めればヒット作に匹敵する市場が作れる」と指摘した。従来ならテールに位置してあまり売れない商品が、ネット上の仮想店舗の欠かせない収益源という考え方だ。

 例えば、ゴルフ用品を売るメーカーの立場になって考えてみよう。検索語と連動する広告では、「ゴルフ」や「ゴルフクラブ」といった一般的な言葉で検索された時、上位に自社の広告が表示されてほしいと考えるだろう。検索されやすい言葉、つまりは誰もが思いつく言葉は「ビッグワード」と呼ばれ、ロングテールの「ヘッド」側に来る。

 ただ、ビッグワードは、クリックされた時に広告主が支払う広告費用は高い。しかもビッグワードで検索する人は、何を購入するかまだ決めていないことが多く、実際に商品購入に結びつく販売率が低い弱点もある。それだけ、広告費の無駄が増えやすい。

 これに対して、販売につながりやすいのは、テールの部分に分布するような言葉だ。ここには「ゴルフクラブ」のような、ごく一般的な語だけで検索されるキーワードはほとんどない。ゴルフクラブを検索する場合に、「ゴルフ」や「クラブ」というキーワードに加え、メーカー名などの欲しい商品を絞り込んで検索するのが普通だろう。

 ネット広告を扱う広告代理店であるサイバーコンサルタント(東京都渋谷区)の田中俊彦社長は、「テール部分にある言葉は1クリック当たりの質が高く、販売率が高い」と言う。ゴルフクラブの例では、販売率で10倍の開きがある。テールには、小さくても決して無視できない“お宝の市場”が無数に存在するわけだ。しかもキーワード当たりの広告費用が安く、広告を出す企業は効果的な販売促進をしやすい。
 
4.第1回:世界を席巻するはずだった「日本発W-CDMA」(6.22 nikkeibp.jp)
 最近,世界的に見れば日本の携帯電話メーカーの凋落(ちょうらく)が著しい。

 携帯電話はユビキタス時代の中核機器である。日本メーカーの国際競争力低下は他の国内産業にも大きな影響を及ぼす可能性が高い。総務省もこのまま放置してはいけないと重い腰を上げて議論を始めたが,混沌(こんとん)を極めているのが現状だ。一体,日本の携帯端末産業には何があったのか。今回から始める連載で,日本メーカーの国際競争力低下の真因を探ってみたい。

 その前に,筆者と携帯電話産業との関わりについて,少しだけ説明させていただきたい。筆者は1995年から大学で通信工学の研究を始めた。当時,国内の通信業界ではNTTドコモを中心に,第3世代(3G)の移動体通信技術,後に世界標準となった「W-CDMA」の研究開発が進められていた。W- CDMAの実現は,日本企業の存在を抜きには語れないほどだった。90年代は日本からたくさんの学術論文や研究成果が世界の通信技術の研究分野に寄せられ,この分野における日本の高い技術力を世界に示していた。

W-CDMAで世界を席巻すると言われていたが・・・

 1998年,筆者はある国内大手通信機器メーカーにエンジニアとして入社した。そして,W-CDMA基地局の開発に従事しながら,W-CDMAの標準化プロジェクト「3GPP」(3rd Generation Partnership Project)で3G及び次世代移動体通信規格の標準化活動に携わるようになった。筆者が入ったメーカーはNTTドコモの基地局と携帯電話端末を開発していた。基地局と端末の開発において,日本では当時から通信事業者(キャリア)を中心とする極めて垂直統合的な産業構造ができあがっていた。他のメーカーと同様,筆者の属するメーカーの開発部門は,NTTドコモの要求に応え,携帯電話の新機能,新サービスを実現するために全力を傾けていた。現場のエンジニアはとても勤勉でまじめである。メーカーの現場から,日本の携帯電話メーカーが高い技術力と優秀な人材を備えていることを実感できた。

 2001年,日本の携帯電話業界は明るいムードに包まれていた。2001年10月,NTTドコモが世界で初めてW-CDMAの商用サービス「FOMA」を開始したからであった。移動体通信の分野で,日本はそれまで「鎖国時代」と呼ばれていた。第2世代のPDC(Personal Digital Cellular)方式は周波数利用効率など,技術面では世界のデファクト・スタンダードであるGSM(Global System for Mobile Communications)方式に決して劣ることはなかった。だが,PDCは日本だけの方式で終わってしまい,ある意味で日本の携帯電話産業は屈辱を味わっていた。W-CDMAサービスの開始により,ようやく日本でも世界で通用する規格が使われるようになった。しかも,それは「日本発」の規格と言われていた。日本が世界市場に先行し,日本メーカーは先行優位性を生かして,これから世界を制覇するのではないかと期待された。

3GPPで存在感低い日本企業

 一方,当時通信規格の標準化に携わっていた筆者は,その頃から日本の携帯電話メーカーの国際競争力について疑問を持ち始めていた。高い技術力を持ちながらも,それを十分に生かせていないのではないかと感じ始めたのである。

 筆者が参加していた3GPPというプロジェクトは,世界中の携帯電話メーカーやキャリアが一堂に会して,議論と交渉を行う場である。通信分野では,企業間の競争は製品が市場に出回る前,規格作りの段階からすでに始まっている。そういう意味では,標準化プロジェクトにおける各企業間の競争は,市場での競争の前哨戦である。各企業は自社技術を標準規格に取り入れてもらうために必死となっているはずである。当初筆者は,W-CDMAは日本発の規格であるから,3GPPの議論の場でも日本企業の発言が大半だろうと思っていた。

 しかし予想に反して,日本企業,特に日本の携帯電話メーカーの存在感は3GPPの中では極めて小さいものだった。日本企業から寄書(規格の提案などの文書)は少なく,議論の中でも積極的に発言したがらない。世界の標準化プロジェクトの活動から見えてきたのは,高い技術力を有しながらも欧米企業に主導権を握られ,言いなりになっている日本企業の現実だった。

 実際のところ,現在の3G規格では日本企業よりも欧米企業が圧倒的に多くの関連特許を握っている。W-CDMA技術は日本発と言われたものの,無線インタフェース以外の部分では日本企業は大幅な譲歩を余儀なくされていた。

技術は万能にあらず。韓国メーカーに追い越される

 その後,筆者は韓国企業の躍進を目にした。3GPPがスタートした1998年当初,韓国企業はまったく目立たない存在であった。しかし,その5年後の2003年頃には,標準化活動の中で韓国企業の存在感が急拡大し,提出される寄書数と議論への寄与度の両面で日本企業を凌駕(りょうが)し始めた。韓国企業はいつの間にか,欧米メジャー企業と交渉のテーブルで対等に議論できるほどの大人に成長していた。それに対し,日本の携帯電話メーカーは,まるで成長が止まったままの幼子のようであった。筆者は標準化組織の活動の中で,海外で存在感を示せない日本メーカーの閉塞感を味わった。

 この経験から,技術が万能ではないことを強く感じた筆者は,一旦,開発現場を離れて経営大学院に入り,それまでとは違う目線で日本の携帯電話産業を眺めることにした。ちょうど同じ頃,市場ではまさに筆者が標準化活動で見てきたのと同じ映像が映し出されていた。それは日本の携帯電話メーカーが世界市場の競争に立ち向かうことができず,欧米企業に主導権を握られ,韓国企業に追い越されているという現状である。現在,日本メーカー・トップ企業の年間出荷台数は,世界シェア1位であるノキアの3%にも満たない。

*    *    *

 昨今,携帯電話は家電分野最大の市場にまで成長している。そして,ユビキタス社会では,携帯電話が中核製品として位置付けられている。この分野における日本メーカーの国際競争力の低下は,無視できない問題だ。

 日本政府もこの問題を認識しており,2006年から経済産業省や総務省は頻繁に「携帯電話機産業の将来のあり方に関する有識者懇談会」や「モバイルビジネス研究会」といったさまざまな研究会を開き,議論を始めた。しかし筆者には,これらの研究会は日本メーカーの国際競争力低下を招いた決定的な要因を突き詰めず,いきなり解決策を論じようとしているように見える。

 経営学では,「企業の国際競争力の源泉は本国市場での競争から得られる」と言われている。例外は多々あるが,国内市場での厳しい競争環境の中で,企業は生き残るためにイノベーションを生み続け,それが産業全体の国際競争力向上につながってゆく(この辺りの議論はマイケル・ポーターハーバードビジネススクール教授の著書「競争戦略論II」に詳しい)。日本の自動車や家電メーカーの高い国際競争力はその典型だ。

 筆者はまず,国内携帯電話市場の競争が,日本メーカーの国際競争力にどのように影響しているかについて焦点を当てることにした。その後,さまざまな角度から携帯電話産業を分析し,日本メーカーの国際競争力低下を招いた要因を浮き彫りにしたい。

 残念ながら,日本の携帯電話産業はこのまま放置すると衰退してゆくのは目に見えている。そして何よりも,現場で働くエンジニアの流した汗が無駄になる事態は避けたい。メーカーや政府,キャリアなどが一心同体で日本の携帯電話産業の競争力を蘇らせるよう取り組んで欲しいと願っている。本連載がささやかな提言となれば幸いである。

5.第5回 Goog-Azonがもたらす「プリテイリング」の隆盛(6.22 nikkeibp.jp)
 ガートナーが米サンフランシスコで4月22日から開催したシンポジウムでは最新のリサーチ内容が披露されたが、筆者はWeb2.0時代の小売業および消費者向けビジネスを制する企業集団を象徴する「Goog-Azon」を提唱する。講演タイトルは「あなたのビジネスモデルを破壊するWeb2.0の怪物: Goog-Azon」であり、消費者向けの販売シェアを増す彼らが、サプライチェーンの主導権をいかに握るかを示す内容だ。

 説明するまでもなくGoog-Azonは、インターネット検索最大手のグーグルと、オンライン・ショッピング最大手のアマゾン・ドットコムの社名を組み合わせた造語である。このような企業統合のスキームについてはかねてよりたびたび話題になっているが、我々が提唱するGoog-Azonは今後10 年間の小売業の姿を大胆に予測するものである。

重要度を増す購買前活動

 消費者が情報を積極的に発信するWeb2.0時代を迎えて、消費者がある小売業者のWebサイトを訪問したり、実社会の店舗に入ったりする前に行われる、ある種の購買活動がますます重要になり始めた。消費者は、ほかの消費者による論評や価格情報、品ぞろえなどを調べることにより、製品や小売業者を絞り込んでいる。ガートナーは、こうした購買前活動を「プリテイリング(pretailing)」と呼ぶことにした。

 プリテイリングと、その実行者であるプリテイラーは、電子商取引の流通チャネルよりも実社会の流通チャネルに与える影響が大きい。例えば、Webサイト上で店舗の品ぞろえをどう見せるかによって、店舗の売り上げが左右されるだろう。

 今後5年の間に、消費者が利用できるプリテイリングの種類はますます増加する。消費者が店舗に足を運ぶ前に訪れるWebサイトを運営するプリテイラーの役割は、プリテイリング活動が活発になるに連れて一層増すはずだ。

 以下では、Goog-Azonに関するいくつかの予測を示してみよう。

●2016年までにGoog-Azonは売り上げ数十億ドル規模の流通の王者になる

●2016年までにGoog-Azonとその類似企業は少なくとも50%の消費活動を支配し、少なくとも30%のオンライン小売業者を撤退に追い込む

●ポータル・サイトとして支配的な立場になり、2016年までに25%以上のWebサービスを提供する

●Goog-Azonは、少なくとも50%の「ショッピング・トリップ」にかかわる

●2016年までにGoog-Azonは、サービス単位で課金されるWebサービスのうち少なくとも10%にかかわる

●2006年までに主流であった購買行動単位の手数料支払い体系は、サービス単位の支払いになる

●Goog-Azonの世界では、ビジネスは過去のしがらみから解き放たれる

プリテイリングを定量化

 それでは、小売業者は今後何をすべきか。おそらく、小売業者の多くはプリテイリングが起こっていること自体は分かっているはずだ。しかし、それがどのくらいの規模で生じるのか、さらにプリテイリングが今後どう発展するかについてはよく分かっていない。プリテイリングが小売業にどれくらいの影響を及ぼすのか把握するには、以下のような行動を実行に移すといい。

 まず、消費者がプリテイルする範囲を定量化すること。次に、プリテイリングがはるかに広い範囲の購買活動を包含すると予想すること。特に、実社会の店舗では強く認識したほうがいい。

 さらに、プリテイラーによる複数の流通経路を使った活動が、店舗への客足や業績にどう影響するか理解すること。最後が、影響力が強いプリテイラーの台頭に注意を払うことである。

本リサーチはマーベリック(一匹狼)リサーチと位置づけられ、ガートナーのアナリストとして個人的見解をベースにしている。あえて「型破りな表現」で大胆なシナリオを提示し、議論を深めることが狙いである。
 

 
 

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