年頭エッセイ 98/01/03
「98年、今こそネットワーク作りの視点の確立を!」


プロローグ

ネットワークの技術やサービスは加速度的に高度化と多様化が進んでいます。これは私たちユーザにとっては多くの選択肢の中から適切なものを選んでネットワークを作ることが出来る、という意味で大歓迎すべきことです。

しかし、それは氾濫する技術・サービス・製品等の情報の中から、自分にとって有用なものを選び取れるユーザにのみ言えることです。

一つのエピソード。間違いだらけのネットワーク作り(5)「ATMが適用出来なければTDM??」の中で低速回線ではTDMを使うべきだというメーカーの考え方に異論をとなえました。この同じメーカーが1月5日号の日経コミュニケーションには電話をIPで伝送できるルータの広告を出しています。低速回線ではTDMで電話とデータを統合すべきだ、という考え方とIPで電話もデータも統合する、という考え方の間には180度近い隔たりがあります。いったいこのメーカーはどんな視点でユーザに製品を提供しようと言うのでしょうか?

もう一つのエピソード。このHPを読んだ名古屋の方から質問が来ました。この方は全国約150カ所の営業所と本社間のネットワークをフレームリレーを使って構築しようと考えています。より効率的にネットワークを使うため、有名なルータを扱っている大手業者にフレームリレーで電話も統合したい、と相談しました。その業者はフレームリレーで音声を統合する製品は数年先でないと出て来ないと答えました。このページに書いてあることとあまりに開きがあるため、たまりかねて質問して来られたのです。私はVoice over Frame Relayはすでに銀行でも問題なく使用しています、とREPLYしました。

ネットワークの専門家であるメーカーやSI業者さえこのくらい言うことにバラツキがあるのです。このような不完全で量だけ多い情報の中で、ユーザが多くの選択肢の中から適切な技術や製品・サービスを選ぶためには自分自身のネットワーク作りについての基本的考え方=視点を確立せねばなりません。

変化が速い時代に「これだけが正しい」という考え方はありません。しかし、自分の力でより良い「視点」を持とうとする継続的な努力がユーザとしてのレベルアップと自主自立につながるのではないでしょうか?

この不完全で短いエッセイは私と同様、メーカーや通信業者ではなくユーザの立場にある方が自分の視点を持つためのヒントになれば、と思って書くものです。ネットワーク作りの視点を持つ上で、私は技術やニーズの大きな流れを把握することと、技術を選択するための基本的なフレームワークを持つことが大事だと思います。

1.大きな流れをとらえる

今のネットワークの流れを大きく一言でいうなら、「電話主体のコミュニケーションからコンピュータ主体のコミュニケーションへの急激な変化」と言えるのではないでしょうか。電話は1876年にベルによって発明されて以来1世紀以上コミュニケーションの主役であり続けました。しかし、PCとインターネットの急速な普及により企業におけるコミュニケーションの主体は電話からコンピュータに移りつつあります。この大きな流れを3期に分けてながめたのが下表です。

ネットワークの大きなトレンド
時 代84年〜94年95年〜2000年2001年〜
時代を一言で表現すると画一的経済性追求の時代多様化と帯域爆発の時代高度利用と融合の時代
キー・テクノロジー・回線交換
・TDM
・TCP/IP
・フレームリレー
・ATM
・次世代TCP/IP?
・ATM
・???
エポック・メイキングなサービス・84年11月高速デジタル専用線
・94年公衆フレームリレー
・95年9月長距離専用線大幅値下げ
・97年デジタルアクセス64/128
・97年4月ATMメガリンク
・98年3月デジタルアクセス1500
・Fiber to the Home
・広帯域広域無線網
・シングルアドレス/マルチサービス?
トラヒックの特徴・企業内ネットワークのトラヒックの約70%は電話
・残りはホストオンラインのデータ
・データ(IP)のトラヒックが電話を逆転
・IPトラヒックの爆発
・データと電話の融合=コンピュータと電話機の融合?
・映像通信の一般化

84年11月に始まった高速デジタル専用線が企業のプライベート・ネットワーク構築を可能にしました。この時期のキーテクノロジーは時分割多重化装置=TDMと内線電話交換を行うPBX=回線交換機です。多数の電話回線やホストのオンライン回線をTDMで束ねて高速デジタル回線に統合することにより回線費用の節減をするのが目的でした。TDMを流れるトラヒックの70%以上は電話音声であり、データはSDLCやHDLCといったホストオンラインでした。電話やオンライン回線に16Kbpsとか9.6Kbpsといった帯域を固定的に割り当てておけば事足りたのです。TDMや回線交換は通信の間、送信者と受信者の間に物理的に通信のパイプを設定する方式です。その意味で私は「糸電話方式」と呼んでいます。

95年〜2000年は「多様化と帯域爆発の時代」といい加減な名前をつけました。エポックを作ったのはWINDOWS95+インターネットブームによるPCの急激な普及です。企業のネットワークを流れるトラヒックはアッという間にデータが電話を上回りました。データの内容もコンピュータシステムのクライアント/サーバー化やイントラネットの普及によってTCP/IPが中心となりSDLCやHDLCのようなレガシー・データは少なくなりました。

アプリケーションのネットワークへの要求も大きく変わりました。TDMを使った糸電話方式のように1日中9.6Kのパイプが使えてもパソコン・ユーザは全然ありがたくないのです。パソコン・ユーザがネットワークを使うのはイントラネットで社内Webを検索したり、E−MAILを送信する時です。1日中使うわけではないが、使う時には出来るだけ広い帯域=スピードが欲しいのです。このような要求にはネットワークの帯域をユーザが共有し、必要なユーザに動的に割り当てるパケット方式が適しています。このため高速パケット技術であるフレームリレーやATMがキー・テクノロジーとなりました。

パケット方式自体は20年以上前に開発された技術です。X.25がその代表ですが音声や映像には不向きでした。しかし、新しいパケット技術は交換処理の高速化と高度なトラヒック制御機能によって帯域や遅延時間の保証といったQoS(Quality of Service)を実現できるようになりました。このため電話音声や映像のようなリアルタイム性を要求されるアプリケーションも扱えるようになったのです。TDM/回線交換機の糸電話方式からフレームリレー/ATMのパケット方式への転換が起こっているのです。

この時期回線サービスの充実も目を見張るものがあります。特に95年9月の長距離専用線の大幅値下げと97年4月のATMメガリンク、デジタルアクセス64はユーザが最新の技術を取り入れて独自の企業内ネットワークを作ることを容易にしました。

2001年以降どうなるのか?技術がパケット方式の延長上で高度化して行くことは間違いないでしょう。しかし、細かなことは分かりません。「高度利用と融合の時代」と名付けたのは私の期待です。たぶんこの頃には「これは電話機で、あれはパソコンです。」といった区別は意味がなくなっているのではないでしょうか。電話機による通信とコンピュータによる通信が融合する、ということです。

「シングルアドレス/マルチサービス」というのは私の造語です。私の名刺の上には通信のアドレスが4つあります。電話、FAX、E−MAIL、ホームページです。携帯電話の番号まで加えれば5つになります。サービスごとにアドレスがあったのでは通信の融合は出来ません。私個人を識別するアドレスは1つで、電話を使うか、E−MAILにするのか、といったサービスの特定は通信をする都度、通信相手あるいはネットワークとの間で決めればよいことです。このようなネットワーク環境が用意されることが21世紀のネットワークの発展には必要ではないでしょうか。

最後は話が大きくなりすぎました。この節のポイントは電話主役のネットワークからコンピュータ主役のネットワークへの転換が起こっている、ということと、それに対応してTDMや回線交換といった「糸電話方式」の技術から、高度なパケット技術への移行が進んでいる、ということです。私の視点は「今からはすべてパケット方式」、「今さらTDM?」というのが根底にあります。

2.ネットワークのフレームワークを描く

ネットワークのフレームワークを描く、というのはネットワーク技術の基本を知り、可能性=選択肢を整理する、ということです。技術を利用するものにとって大切なのは「その技術で何が出来るか」、「メリットとデメリットは何か」を知ることであり、中身はブラックボックスでも差し支えないのです。次図がOSIの階層モデルをもとにした簡単なフレームワークの例です。

上位レイヤと書いたクリーム色のボックスに電話やコンピュータのアプリケーションが入ります。たとえば、CにPBXを当てはめレイヤ1にATMを選択したとするとVoice over ATMになります。Bに当てはめるとVoice over Frame Relay、AならVoice over IPつまりイントラネット(インターネット)電話、ということになります。HDLCやSDLCなどのレガシー・データはBやCに入るでしょう。

レイヤ1からレイヤ3までのボックスがネットワーク本体です。レイヤ1にはATM交換機や回線が、レイヤ2にはフレームリレー交換機やFRADが、レイヤ3にはルータなどが対応します。このボックスは「全てを使う」という見方をする必要はありません。たとえばフレームリレーのボックスは使わない、IPのボックスを直接レイヤ1のATMや回線に乗せる、といった見方もできます。ネットワークのボックスとして何を選択するのか、アプリケーションをどのボックスに入れるのか、検討していくことであなた自身のフレームワークが完成します。

企業内ネットワークのトラヒックは大きく3つに分類できるでしょう。IPデータ、レガシー・データ、電話音声です。IPデータを入れるボックスAは選択の余地がありません。レガシー・データはBで扱うのが軽くて良いかもしれません。問題は電話音声です。品質と効率のバランスが取れるのはB+C(ATM)だ、というのが今の私の考えですが、あなたはどんなフレームワークを描くのでしょう。

エピローグ

98年。情報通信の世界は不景気知らずで、ますます激しく変化して行くのでしょう。変化=進歩とも限りませんが、どんな状況の中でも主体的に判断できる「視点」を持ちたいものです。

このページの話の種となるネットワーク作りの疑問や問題をメールでお寄せください。ネットワークの企画・構築の実践の中で遭遇した「生きた」質問をお待ちしています。

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