間違いだらけのネットワーク作り(1076)2019/08/31
「消えたOSI」

毎週土曜日に日経XTECHで1週間のIT関係のニュースやコラムをチェックしています。 今週は日経コンピュータが1000号を迎えること、それを記念して識者が集まって日経コンピュータの思い出話を語る、という趣向のコラムが眼にとまりました。 残念ながら有料記事なので、契約してない私は冒頭部分しか読めません。

懐古的な記事なんて今の役に立たないと思うのですが、夏の終わりに懐古趣味に走るのもいいかな、と思いました。 なので、今回はこのページも懐古的なことを書きます。

「消えたOSI」  

今週水曜日、NEC関西支社へ久しぶりに行きました。 お客様と見守りロボットの打合せをするためです。 関西支社のビルには思い出があります。 かつてこのビルには近畿銀行本店が入っており、コンピュータルームもありました。 そこには私が提案・設計したネットワークの装置、パケット交換機があったのです。 APEX510FというNEC製の交換機でした。 背の高い架がずらりと並んでいたものです。 1991年から10年あまり稼働していました。

近畿銀行のネットワークの特徴はOSIを使っていたことです。 当時、コンピュータベンダーはそれぞれが独自の通信プロトコルを持っており、異なるベンダーの機器の間を接続し、通信するにはプロトコルの調整に大変な手間がかかりました。 OSIはOpen System Interconnectionの略で、名前のとおり、異機種のコンピュータ間で通信するためのプロトコルです。 近畿銀行の場合はホストが日立、端末がNECでした。 勘定系と情報系の端末をパケットで多重化することで回線コストを低減するだけでなく、高価なホストのCCP(通信制御装置)のポート数を大幅に減らせるため、かなりな経済効果が得られました。

近畿銀行のネットワークは先進的事例として日経コミュニケーションに掲載されました。 実は私の名前が日経コミュニケーションに載ったのはこの記事が初めてでした。 その後、10年以上に渡って日経コミュニケーションに「間違いだらけのネットワーク作り」を連載することになるとは当時は想像もしていませんでした。





これは水曜日に撮影した現在のNEC関西支社のビルです。 内部は古びていますが、外観は変わらないですね。



 7階層のOSIモデルはとても複雑で、私は近畿銀行以外で使うことはありませんでした。 シンプルなTCP/IPがあっと言う間に普及してOSIを駆逐しました。

*ここに書いてあることで質問、ご意見などありましたら掲示板かメールでお知らせください。 

  情報化研究会掲示板

 tuguhiro@mti.biglobe.ne.jp



ホームページへ