間違いだらけのネットワーク作り(635)2010/04/17
「死語になる(?)FMC」

 先週、生まれて初めて女流作家の本を買いました。 幸田文(こうだあや)さんの「旅の手帖」(平凡社)で す。 ご存じのとおり、幸田文さんは明治の文豪幸田露伴の娘です。 もともと紀行が好きで、沢木耕太郎の「深夜特急」、宮脇俊三の鉄道紀行などあまたの本 を持っています。 しかし、女性の紀行は、と書きかけて間違いに気が付きました。  女流作家の本を買ったのは生まれて初めてではなく、3回目でした。   生まれて初めては宮脇俊三さんの娘、灯子さんが書いた「父・宮脇俊三への旅」(まずままずの出来)、二冊目は同じく灯子さんの「父・宮脇俊三が愛した レールの響きを追って」(駄作)でした。  幸田文さんの本におさめられたエッセイは1950年代、60年代のものが中心で書かれた時代は古いのですが、 文章を読むと作者の感受性の豊かさと表現力のすばらしさが分かり、古さを感じません。

「死語になる(?)FMC」

 日経コミュニケーション4月1日号をパラパラとめくっていると、「音声アプリの普及で変わるFMCの意味」という記事が眼に止まりました。  アメリカ の携帯事業者であるT−モバイルが固定電話向けVoIPサービスをわずか1年半で中止した、というニュースがFMCの変化を象徴しているというものです。  趣旨は簡単でSkypeやGoogleVoiceという、もともと固定も携帯も区別なく使えFMCとは無縁な「音声アプリ」が増えている、ということで す。  ただ、記事の結論部分は平凡で、「固定と移動は、通信事業者のサービス・メニューの中の単なる選択肢として提供する方が、ユーザーの支持を得られ るようになるかもしれない」というものです。

 固定と移動を選択すること自体が音声アプリ時代にはあっていません。 固定か移動かを意識せず使える音声サービスであればよいのです。  家庭の光ファ イバや個人のケータイが一つのIP網につながっている。  Skypeを好む人たちは仲間とSkypeで通話すればいいし、レガシーな電話業者が好きな人 はこれまでどおりの電話番号で通話すればいい。 ただし、家庭の光ファイバから発信するときでも、090で始まるケータイの番号で何ら差し支えない。   IP電話というのは本来そういうことが簡単に出来るものです。

 ということで、久しぶりに電話のことを書きましたが、お客様との会話で電話が話題になることはありません。  話題はやはり、スマートフォンですね。   音だけではツマラナイ。  触れる、遊べる、見える、便利。 iPadの販売が1カ月延期になりましたが、my mixiに登録している人がiPadを6台予約したという書き込みをしていました。 6台予約したら、Appleから2台までにしてくれと言ってきたとの こと。  それにしても、6台も購入してどうするつもりだったのでしょう。

 iPadは使ってみたいですが、3G対応のものを待つつもりです。 iPodTouchの不自由さを経験しているので、同じ間違いを繰り返したくないの です。
 


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