間違いだらけのネットワーク作り(617)2009/12/19
「ゼロ年代の総括と10年代の展望@」

 
今週は16日水曜日に今年最後となる講演をしました。  場所はNEC本社多目的ホールで、200名定員のところ199名申し込みをいた だき、盛況でした。  私の講演テーマは「新サービスとクラウドで革新する企業ネットワーク−Gmailはいらない」でした。  「Gmailはいらな い」とはエラそうだ、と思うでしょうが、その心は月曜日にITproに掲載される新しいコラム、「空っ ぽ」のクラウドに意味はない」に書いておきました。  事務局の依頼で私が企画したセミナーなのですが、初めてパネルディスカッションのコーディ ネータをしました。  日経コミュニケーション発行人&ITproディレクターの林 哲史さん、バークレイキャピタル証券の津坂 徹郎さん、積水化学の寺 嶋 一郎さんにパネリストをお願いしました。  事前の打ち合わせで「100%アドリブでやりましょう」と言ってあったので、そのとおりシナリオなしでや りました。  参加した方のパネルディスカッションへの評価はどうだろうか、とアンケートを見ると8割を超える人が「大変満足」または「満足」と回答して おり安心しました。  私の講演は60分の予定のところ、90分も話したのですが、97%の方が「大変満足」または「満足」で、「大変満足」だけで57% でした。
 セミナーに来ていただいた方、ありがとうございました。
 
「ゼロ年代の総括と10年代の展望@」

 
今回と次回の2回、このテーマで書きたいと思います。  日経コミュニケーションあたりが同じテーマの特集をするかと思ったのですが、な さそうですね。  ネットワークの世界全体の総括をしたのでは大変なので、私がやったことの総括にしたいと思います。  それも、ネットワークの世界の流 れの一部だと思います。  今回はゼロ年代(2000年から2009年)の総括、次回は10年代の展望です。

2000年  某流通大手企業の衛星通信システムを受注。  2001年に稼働。   センターのサーバ→茨城の衛星基地局→人工衛星→全国の店舗と、 BGMやファイルの配信をするシステムでした。  すでに地上系ネットワークによる配信に置き換わっています。

2001年  某流通大手企業の全国ネットワークを広域イーサネット(クロスウェーブコミュニケーションズの広域LAN)と、国産レイヤ3スイッチを使っ て、ブランド品ルータネットワークからリプレース。  「ルー タレスネットワーク」の第一号。  ルータ主体のIP−VPNがきらいだった私は広域イーサネットを応援していたのですが、このネットワークを機 に大規模ネットワークでも広域イーサネットが使えると認識されたと思います。  このHPにも広域イーサの記事をよく書いており、1日1000を超えるア クセスがありました。

2002年  12月13日日経新聞朝刊1面に東京ガス・IP電話の記事が掲載されました。  この年の秋に受注し、翌年6月に稼働しました。  いわゆ る「東ガス・ショック」の 始まりでした。 その後、大企業がIP電話を導入すると新聞に載る、というのが2年近く続きました。  

2005年   積水化 学さんのネットワーク・リストラを受注・構築。  ブランド・ルータを使わない、専用線を使わない、大事なトラフィックとそうでないものは流し方 を変える(差別化ルーティング)でネットワークのコスト削減と高速化を実現するものでした。  企業ユースの専用線が曲がり角を迎え、コンシューマ向けの フレッツが企業でも使われるようになる走りでした。

2008年   京葉ガ スさんのワイヤレス・ブロードバンドを使ったネットワークを構築。   光ファイバの補完・代替として、固定通信にワイヤレス・ブロードバンドを 利用しました。 

 分野ごとに総括します。

WAN:専用線の斜陽化、高速化と低価格化、IP&Ethernetへのインタ フェース一本化

 
ゼロ年代前半は広域イーサネット、IP−VPNの全盛期でしたが、後半はBフレッツがあまりに安く、速く、品質が安定したため専用線主体 のネットワークから、フレッツ系主体のネットワークへの移行が進みました。  90年代なら1メガでも速いと言われましたが、ゼロ年代後半になると 10M、100Mの回線がごく普通に使われるようになり、90年代のシリアル、フレームリレー、ATMなどのインタフェースはあっと言う間に IP&Ethernetに収束してしまいました。  回線料金は90年代に比べ、大きく下落しました。

LAN:Ethernetが席巻、データセンタ内のLANがWANより複雑に。 無 線LANも普及

 
80年代にはFDDI、トークンリングがあり、90年代にはATM−LANなどというのも使われました。 しかし、Ethernetに席 巻されてしまいました。 Ethernet自体は大きな進化を遂げ、スピードは現在、100Gの標準化が進められ、QoS等の機能も開発されています。   その背景はデータセンタ内のネットワークが巨大かつ複雑になり、より高速でQoS制御も出来るEthernetが必要とされるようになったからです。   90年代に問題になったセキュリティの弱さが克服され、無線LANが広く使われるようになりました。

IP電話/ユニファイド・コミュニケーション:ともに普及せず。   電話の利用自体が大幅減。

 
私が手掛けたIP電話は一万円の電話機と既存のLANを使い、設備コストを削減するのが目的でした。  しかし、なぜかベンダーは高価な IP電話や音声用のLANを売ろうとし、高いだけでメリットの見えないIP電話は普及しませんでした。  ユニファイド・コミュニケーションは2003年 ころ、騒がれたのですが、ワークスタイルの変革、などという抽象的で屁理屈のような目的が理解されなかったのか、普及していません。  電話の利用が 2000年には日本全国で固定・携帯合わせて年間約70億時間でしたが、2007年には40億時間あまりまで減少しました。 電話中心のコミュニケーショ ンではなく、メール中心に考えねばならない時代になったのです。
 
モバイル/ワイヤレス・ブロードバンド:ケータイ契約数が1億を超 え、データ通信速度は9.6Kから40Mへ4000倍に

 
1億1000万人が使うケータイは、「ネットワークとはモバイルとその背後にあるインターネットだ」と言ってもいいくらいです。  広域 イーサとか、IP−VPNはたかだか数10万契約しかないのです。  企業、個人の区別なく、モバイルがネットワークの主役になりました。

メール/グループウェア:電話に代わって、コミュニケーションの主役 に

 
パソコンからの利用に加えて、モバイル利用が当たり前になりました。  スマートフォンの普及が進みつつある現在、あたらしい活用方法が どんどん生まれるでしょう。

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   tuguhiro@mti.biglobe.ne.jp

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