間違いだらけのネットワーク作り(451)2006/09/09
記事評「050番号の価値はどこにある」

先日の家族旅行で生家を訪ねたこともあり、太宰治の本を初めて読みました。 「人間失格」と「津軽」の2冊です。  「人間失格」は感心しませんでしたが、「津軽」はすばらしい作品です。 まず文章が平明で流れるように読みやすく、しかも言葉の選び方や描写がうまいなあと感心させられます。 太宰の故郷や友人、家族に対する愛情がストレートに表現されています。 それはそのまま、太宰という人そのものを映しており、純粋で心優しい人柄が出ています。  津軽を巡る紀行文なのですが、友人や家族との会話やその情景の描写が生き生きとしていて、映像を見ているように感じられます。

クライマックスは旅の最後に、30年ぶりで育ての親に会う場面です。 「たけ」というその女性は14歳から20歳まで太宰の実家に奉公した人です。 太宰をおぶって子守りをし、たくさんの本を読み聞かせたり、一緒に読んだということです。 この場面を読むと、太宰の長い旅の目的がたけに会うことだったんだなと明瞭に分かります。 たけの持っているたっぷりとした母性が30年間忘れられず、会った瞬間に30年前の安らぎを取り戻します。 

ヘタな解説より、実際に本を読んでもらった方がいいので解説はこのくらいで止めます。 太宰はこの本に虚飾を書かなかった、つまりフィクションではない、と書いています。 事実そのものがドラマチックなのでしょうが、太宰の文章の巧みさがそれを際立たせています。 全体に明るく、すっきりした読後感を味わえます。

記事評「050番号の価値はどこにある」

月に何回か新幹線や飛行機に乗るのですが、その時間は雑誌を読んだり原稿や講演のネタを考えるのに最適です。 今週火曜日に福岡へ日帰りした時には日経コミュニケーションを読みました。 最近、薄くて軽いので持ち運びが便利になりました。 特集記事をたんねんに読んだりすることはなく、興味のある部分だけ拾い読みします。 飛行機でヒマにあかせている時は、新サービスの紹介とか、読者の声も眼をとおします。 新サービスでは夏の京都旅行でNTT西日本の人が言っていた中小企業向けのパッケージ型サービスが紹介されており、いよいよ始まったのだな、と思いました。

そして、一番面白いと思ったのは記者が書いた記事ではなく、「読者の声」にあったこの記事(?)です。 前半だけ引用しましょう。
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●050番号の価値はどこにある
 FTTHと0AB−J番号をサポートした光IP電話が普及しつつあるためだろうか。 ADSLを拡大基盤としてきた050番号のIP電話が頭打ちになりつつある。 テレビ電話などのアプリケーション・サービスも、端末がパソコンでは需要が限られてくる。 FMCには060番号を当てるという話もあり、果たして050番号を保有する価値はあるのだろうか。(後略)
(匿名希望、電気通信事業者)
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この後にはユニバーサル・サービス基金の拠出方式として電気通信番号ベースが導入されるため、収入の少ない050番号に対してその費用を負担するのは頭の痛い問題だ、といったことが書かれています。

050をなくしたい、というキャリアの思いにあふれた記事ですね。 0AB−Jをどんどん売っている自分が050を頭打ちにしているのに、あたかも自分の意志でなく050が頭打ちになっているような書き方をしています。 光ファイバーだから050を割り当ててはいけない、という制約などありません。 現に私のつとめる会社は050番号を各社員に割り当て、それを使うのが原則になっています。 回線は当然ながら光です。 私の名刺には今や0AB−J番号の電話番号を記載していません。 050番号のみです。 FAX番号も載せていません。 これは従来からの私の主張どおりです。 

私のお客様であるIPセントレックスのユーザー企業の一部でも、050番号を名刺に記載しています。 回線はここも光ファイバーです。 050番号=ADSLなどという思い込みをするのは勝手ですが、電気通信番号と物理的回線は関係ありません。 050番号は位置が固定でなくてもいいので、FMCでの利用も認められています。 050番号主体で考えている企業は、「電気通信番号は物理的回線や、サービスの種類、あるいは端末の設置場所を識別するものではなく、ユーザーを識別するものであり、どこにいても、端末が何であっても、その番号によって通信したい相手と呼設定が出来るものだ」というコンセプトに立っています。 これも繰り返し、私がこのページやITPROのページに書いて来たことです。

FMCというサービスを識別するために060を使うという発想は明治時代の発想です。  会社で自席にいる時は0AB−J番号、外に出かけている時は090や080、FMC併用なら060、自宅でADSL回線から電話するときは050? こんな使い勝手の悪い電気通信番号の利用方法はありません。  どこにいようが、端末が固定電話機だろうが、携帯だろうが、パソコンだろうが、ユーザーの位置が常に管理され、050番号で着信が受けられる、というのが050主体の使い方です。 もちろん、090、080、070でもかまいません。

0AB−Jという位置の固定や細かな通信品質の保証をもとめられるサービスを主体に考えるのは通信事業者の勝手です。 0AB−Jでのサービスはキャリアの持つ仕組みも重くなり、コストもかかるでしょう。 ユーザーは賢いので、位置が固定でなく、回線や端末も自由が効き、コストが安い050を選択する、さらに過激なユーザーはSkypeNameやGoogleIDですませようと考えるかも知れません。 独りよがりで考えず、ユーザーの立場で低コストと利便性が両立できる電気通信番号を主体にすべきではないでしょうか。

(番号論議とは関係ありませんが、パソコンが端末だとテレビ電話の需要も限られる? おかしいですね。 誰もが持っているWindowsパソコンの方が、テレビ電話や会議の端末として最適です。 ホワイトボーディングやアプリケーションの共有といった付加機能も実現が容易です。)
 
 

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