間違いだらけのネットワーク作り(131) 2000/06/03
記事評「VoIP導入の機は熟したか」(日経コミュニケーション6/5)

6月24日土曜研究会(情報化研究会の会員が対象)のテーマと講師が確定しました。 
1.場所  NTT葵荘  港区赤坂1−5−11
2.プログラム
14:00〜16:00
「レイヤ3−7スイッチによるルータレス・ネットワーキング」  講師 情報化研究会会員 N氏(ネットワーク・インテグレータ)
16:00〜17:00
「SEBANK、その他元気の出る話」  講師 CSK専務取締役  有賀 貞一氏
*有賀さんは1985年、野村コンピュータシステム(現在の野村総研)VAN事業部長の時に研究会講師をお願いして以来のコアメンバーです。
4月にSE向けのサイト、SEBANKを立ち上げました。 その紹介と「元気の出る話を」ということで講師をお願いしました。
17:00〜17:30
「最近のネットワークの話題=ディスカッション」  モデレータ 松田 次博
17:30〜19:00
懇親パーティ

*会費はいつもどおり、懇親パーティも含め6000円です。 会員の方、申し込みはメールでお早めに。 
 

記事評「VoIP導入の機は熟したか」(日経コミュニケーション6/5)

さあ、今週は何について書こうか、と思案をはじめたところに日経コミュニケーション6/5号が届きました。 「VoIPの機は熟したか」という特集、シメシメこれで料理の材料が手に入ったと思わず顔がほころびました。 

マクロな感想から言えば、相変わらず扇情的な書き方だなあ。 「トラブルを恐れるな解決策は確立されてきた」という見出しに象徴されるように、この特集はVoIP導入の機が熟したということが言いたいのでしょう。 しかし、その内容は「VoIPはまだまだ大規模ネットワークでは無理」を証明しています。  

見方はかなり違っていても、この特集が「浅く広く」情報を集めて整理しているのは感心します。 特に今までの日経コミュニケーションのVoIPの記事はCISCOの事例ばかりが目立っていましたが、今回は沖電気やNECを前面に出しているのも評価できます。 ただ、「浅すぎる」きらいはあります。 これは実際にネットワークを構築していない記者が書くのですから仕方がないかもしれませんが、もう少し突っ込んだ取材をして欲しいものです。

「VoIPはまだまだ大規模ネットワークでは無理」を証明しているのは表1VoIPユーザの声。 中小規模のネットワークばかりで100拠点、数100拠点というVOFRやVOATMを使った金融機関等の規模に達していない。 1.5M回線でVoIPネットワークを構築している東陶機器。 「間違いだらけ」でも取り上げたことがありますが、1.5Mもあればフラグメントもヘッダ圧縮も使わず簡単に音質が保てるのは当たり前。 問題はそれ以外の事例です。 その評価、「たまに一瞬途切れる。ノイズが気になる」、「電話が鳴って受話器を取っても何も聞こえないことが時々ある」、「時間帯によって相手の声が2秒ほど遅れることがある」・・・。 あきれますね。 私の経験ではこれではユーザは許してくれません。 ユーザ、特に社内で導入を担当した部門の方はトラブルや問題を外部には語りたがらないものです。 実際にはもっと問題があるのではないでしょうか。

ミクロなところに入っていきましょう。 この記事ではパケットの遅延がVoIPの最大のハードルだと指摘しています。 これは私と同意見です。 図1−3では片方向の遅延が符号化遅延を除いて80ミリ秒以内、符号化遅延を含めて150〜200ミリ秒以内が理想、と書いています。 この理想はたとえば図1−6に紹介されているエステー化学のネットワークでは実現不可能です。 「時間帯によって相手の声が2秒ほど遅れることがある」というコメントもエステー化学でしたが、平均的にどの程度の遅延があるか推定してみましょう。

下図は拙著「企業内データ・音声統合網の構築技法」p.112 図3−2です。

遅延の要素には固定的遅延と可変的遅延があります。 音声パケットが左から右に流れる際の遅延をひとつひとつ見ていきましょう。

@音声コンプレション(圧縮遅延)     20ミリ秒(固定)
A音声パケット化               80ミリ秒(固定)=G.729 8Kb/s圧縮で80バイトの音声データを格納
日経コミュニケーションのP.75では20バイト、すなわち20ミリ秒分の音声をパケット化するのが一般的と書いていますが現実はそうでもないのです。 拙著でも、「間違いだらけ」の記事でも20ミリ秒分、50パケット/秒と書いてきました。 私が設計するときはそうしています。 しかし、4月京都研究会の講師AさんによればCISCOの推奨値は40バイト=40ミリ秒です。 また、エステー化学が使っている沖電気の推奨値は80ミリ秒です。 これは沖電気の資料に書いてあります。 

パケット化は短時間にした方が遅延が少なくなります。 パケット化遅延だけでなく、伝送遅延・伝送待ち遅延も減るからです。 しかし、沖電気が長いパケットを推奨するのはGWにヘッダ圧縮の機能がないため、20バイトといった短さではヘッダ40バイトが帯域の2/3を占めることになり回線利用効率が悪くなるからです。 それとGWの処理パケット数が増えるためGWの負荷が高くなるからです。

沖電気の製品ではここまでで既に100ミリ秒消費してしまいました。

BWAN送出遅延(シリアル化遅延)   15ミリ秒×2区間=30ミリ秒(固定)
IPパケットのヘッダ40バイト、音声部80バイト、計120バイトを64Kの回線で送出するための時間です。 エステー化学では64K、128Kの専用線、64K公衆FR(CIR48K)を使っているようですが、ここでは単純化のために64K専用線で本社につながっている支店から、同様に64K専用線で接続されている支店に通話すると仮定しましょう。

すると上図のノードが支店のルータ、中継ノードが本社のルータということになります。 

CWAN送出待ち遅延           22.5〜60ミリ秒×2区間=45ミリ秒〜120ミリ秒(可変)
待ち時間は(ρ/(1−ρ))×シリアル化遅延、ρは回線使用率で求められます。  ここでは回線使用率を60%〜80%と仮定しました。 企業内ではバースティなIPデータが急増していることを考えるとピーク時間帯は回線使用率は80%を超えるでしょう。 そうすると待ち時間はさらに長くなります。 おそらくエステー化学で2秒も相手の声が遅れるのは回線利用率が極めて高くなる時間帯があるのでしょう。 帯域不足+ルータの優先制御が効いてない、ということが推定されます。

Dゆらぎ吸収バッファ遅延         100ミリ秒程度(可変)
このネットワークでは待ち時間の変動でかなり遅延のゆらぎが大きいと推定されます。 そうなるとゆらぎ吸収バッファは大きくならざるを得ません。

E音声逆パケット化+デコンプレッション遅延 20ミリ秒(固定)

片方向の遅延時間=煤i@〜E)=295〜370ミリ秒、となります。 ここではルータでのルーティング処理時間は無視しました。 伝送遅延や待ち時間と比較したら無視できる程度だからです。

エステー化学では公衆FRも使っています。 公衆FRでは網内遅延が200ミリ秒程度ありますから、その分遅延は大きくなります。

上記試算から言えることは、この記事が理想としている遅延時間150ミリ秒と一般的なVoIP−GWで64Kとか128Kで実現できる遅延時間には大きな隔たりがある、ということです。 これでも「VOIP導入の機は熟した」と言えるでしょうか?  「トラブルを恐れるな解決策は確立されてきた」などと言えるのでしょうか? はなはだ疑問です。

また、エコー除去機能やゆらぎ吸収機能は音質を多少よく改善する仕組みでしかない(p.89)と書いていますがとんでもない。 これ以上書くと大変なので止します。 音声を劣化させる要因は多様で、その一つ一つを解決する設計と十分な機能を備えた製品を選択することが肝要です。 詳しくは拙著「企業内データ・音声統合網の構築技法」をお読みください。 劣化要因の表だけ引用します。

同じ日経コミュニケーションp.62に日産自動車が日本テレコムのPRISMを使うこと、しかし、音声は別網とすると書かれています。 あれだけ声高にIPでデータ・音声統合サービスを提供すると言ってきたテレコムが何故、統合しないのでしょう? テレコムや機器提供ベンダーであるCISCOに対して是非、詳しい取材をして欲しいものです。 

「企業内データ・音声統合網の構築技法」p.121 図3−8 「VoPにおける主な音声劣化要因」






ホームページへ