民間説話の通時的研究 −その方法論覚え書き− 1999.9 稲 田 浩 二 参考論文 1 「『稲葉の素兎』試論 −その通時的国際性」 「梅花児童文学」4(1996) <『昔話の源流』(1998三弥井書店)収載> 2 「チ・ランケ・ハル −日本農耕文化の二つの底流」 「梅花児童文学」7(1999) 3 「縄文人のメッセージ」(エッセイ) 「ちくま」(1999.9.1) 1 無文字時代文化の研究 1) 考古学・人類学の対象−遺物・遺跡・人骨など 2) 美術研究の対象−絵画・彫刻など 3) 文芸研究の対象−口承文芸(民間説話・民謡など) 2 民間説話研究のプロセス<1> 1) 研究対象のモチーフ構成分析 モチーフ構成は可変的 2) 核心モチーフの認定 例−その持続性 1 「蛇婿入り−針糸型」(IT205A)の「男に変身した蛇が女と結婚する」−記紀 2 「蛇婿入り−嫁入り型」(IT205D)の「人が異類に水に浮かべたひょうたんを 沈ませて、その神性をただす」−「仁徳紀」 3 参考−洞窟絵画の主題としての馬 ルロア・グーラン・アンドレ 1964 改訂第三版、蔵持不三也訳 『先史時代の宗教と芸術』1985 日本エディタースクール出版部 横山祐之『芸術の起源を探る』 1992 朝日出版社 3) 核心モチーフの生まれた時代・民族・地域 3 研究のプロセス<2> 1) その核心モチーフをもつ口承の民間説話資料 1 国際的に、近くより遠きへ 2 無文字民族の資料を重視 2) その民間説話をめぐる儀礼・民俗などに留意 4 研究のプロセス<3> 1) その核心モチーフをもつ古典(国書・外書)資料 2) その古典の成立年代は、その核心モチーフの生まれた時代の下限 3) 口承資料と文献資料の異同に留意 5 研究のプロセス<4> 1) 隣接諸科学の援用 考古学 人類学 文化人類学 民族学 民俗学 他 6 「『稲葉の素兎』試論」再考 1) 『古事記』「稲葉の素兎」 1 A.D.8C 建国英雄神話の冒頭部分 2 モチーフ構成 1. 兎がワニにお互いの仲間の数くらべをしようと提案すると、ワニは岸から 対岸まで浮かび並ぶ。 2. 兎がその上を渡りながらかぞえ、欺いたことを 口走ると、ワニは怒って兎の皮をはぐ。 2) 「稲葉の素兎」の口承類話 1 シベリア東北部、サハリン 2 東南アジア 3) A.D.1C 以前 『三国志』魏書、東夷伝「夫餘」他、建国英雄神話 「魚鼈浮為橋」 −神話モチーフ(神話的修辞的表現) 7 「魚鼈の橋」から「稲葉の素兎」まで −動物寓話の起源の一例 1 矚目の情景 → 「魚族の橋」ツーク−修辞的表現 → 神話モチーフ 「草木もの言う」時代(紀)、聖なる動物は畏怖の対象。その霊力で建国英雄を 援助する。記紀の八咫鳥も。トーテム時代。 2 異類の神の零落 異類の神が人間の営み(農耕)を妨げ、その生命をおびやかすとき、英雄がそ れを退け、古い神として祭る。(『常陸風土記』、「仁徳紀」など) 3 異類は人間と同次元のものとされ、彼らの特徴によって人間の代役をつとめ、 民間の語り部により動物寓話の登場者となる。−動物寓話のモチーフ成立。 <環日本海の諸民族で> 4 シャーマンの巫術 死に瀕した登場者(ウサギ・キツネ)はシャーマン・巫医の巫術により、蘇る とされる。−シャーマンが伝承に関与して、原出雲神話・環日本海口承民話 (「死と再生」の動物寓話)が誕生する。(A.D.8C以前、A.D.1C以後)− <アイヌ叙事文芸の源流としての巫謡、と対応するか> 5 出雲族の語り部が、その民間説話を建国の英雄神話に吸収する。 「魚族の橋」ツーク(A.D.1C以前) 8 アジアの動物寓話 1) 日本の「稲葉の素兎」と類似した経過をへて、東北アジアの環日本海諸民族およ び東南アジアの諸民族で、その類話の動物寓話が誕生したことが考えられる。 (AT58「わにがジャッカルを運ぶ」) 比喩的にいえば、それはこれらの民族の多数のイソップがこれを語りはじめた。 イソップは、たとえていえば、笑話の吉四六とか彦市のごとき存在か。 2) 日本では、なぜ 「稲葉の素兎」は、絶後のタイプなのか。それは、記紀の「死 体化生」タイプの状況と類似している。 ただし、その登場者の「兎」は、昔話の「餅争い」(IT527A,B,C)、 「かちかち山」(IT531)、「兎の分配」(IT558)、などに継承されて いる。 仏教思想の浸透によって、動物の畜生観が浸透し、動物寓話の登場者になりえな くなったか。