空を飛ぶキツネ

 備中一の古ギツネがこぞうに化けて、お寺にやってきます。
おしょうさんはそのこぞうさんが気に入って大変可愛がりま
すが、キツネがお寺にやって来たのには訳がありました。


 かし、備中のお寺にいた、働き者の飯炊きがやめてしもうて、 おじゅっさんがひとりで困っておったそうな。
 そこへ、ある日の夕方、
 「おじゅっさん、おじゅっさん、私をこの寺でつこうてくだせえまし。」
いうて、可愛い小僧がやって来た。
 「飯炊きや掃除ができるか」 
いうて、おじゅっさんがきいたら、
 「へえ、なんでもいたします。」
いうもんだから、こぞうとして使うことにしたんじゃてえ。

 くる朝、おじゅっさんが目をさまして、
 「こぞうや、こぞうや。」
いうて呼ぶと、
 「おじゅっさん、何のご用でござります。」
いうて、やってきた。
 「こぞうや、今朝はとうふのみそ汁をこしらえてくれんか。」
 「へえ、それならもうできとります。」
 「なに、もうできとるとな。なかなかよう気が利くのう。」
おじゅっさんは、不思議に思いながら、みそ汁を一口吸うてみて、すっかり関心してしもうた。
 「うん、味付けもなかなかうまい。」

 どき、また、
 「こぞうや、こぞうや。」
いうて呼んだら、
 「おじゅっさん、何のご用でござります。」
いうてやって来た。
 「昼には、こんにゃくのしらあえが食べたいな。」
 「へえ、それならもうできとります。」
 「なに、もうできとるとな。」
おじゅっさんは、またびっくりした。

 方になって、
 「こぞうや、こぞうや。」
いうて呼んだら、
 「おじゅっさん、何のご用でございます。」
 「晩にはな、裏の畑のホウレンソウを取ってきて、おひたしをしてくれんか。」
 「へえ、それならもうできとります。」
おじゅっさんはもう、びっくりしてしもうた。
 「ほんによう気がきくこぞうじゃ。おかげで、いつでもほしいものが食べられるわい。」
おじゅっさんは、このこぞうがすっかり気にいって、
 「こぞうや、こぞうや。」いうて、かわいがったそうな。

 る日、檀家(お金を出してお寺の世話をする人の家)から法事を頼んできたので、
 「こぞうや、きょうはなあ、法事があって出かけるから、よう留守番してくれえよ。」
いうていいつけて、おじゅっさんはひとりで出かけていった。法事がすむと、おじゅさんは、急いでお寺に帰ってきて、
 「こぞう、こぞう。」
いうて呼んだけど、返事がない。おかしいな、便所へでも行っとんかな思うて、のぞいてみたけど、おらん。裏の方かな思うて、
 「こぞう!こぞう!」
いうておらんだ(大声で呼んだ)けど、やっぱり返事がない。あっちこっちさがしまわっとったら、台所の方から、ゴースー、ゴースー、ものすごう大きないびきが聞こえてくるんじゃてえ。そろっとのぞいてみたら、大きな古ギツネがふといしりっぽを出して寝ておった。
 「ははあ、これでわかった。どうも不思議なこぞうじゃと思うとったが。」
 じゅっさんは、知らん顔してじぶんのへやへもどると、きせるで、たばこぼんをポンポンとたたいた。その音で、キツネは、はっと目を覚ました。
 「しまった!」
あわてて、しりっぽをしまうと、おじゅっさんのへやへ、そそそそっとやってきて、
 「おじゅっさん、お帰りなせえまし。」
 「おう、こぞうか。おまえ、どこへ行っとったんなら。」
 「台所で、つい昼寝をしとりました。」
 「あすこで寝とったのは、おまえか。」
 「へえ。おじゅっさんに正体を見られたんでは、しかたござりません。今日かぎり、おひまをくだせえまし。」
 「そうか。そんならなんのためにこの寺に来たんなら。」
いうて、おじゅっさんが聞いたんじゃてえ。そうしたら、キツネはかしこまって、
 「このお寺の屋根瓦の下にあるお守り札がほしゅうて、まいりました。」
 「そんなもん、どうするんなら。」
 「あのお守り札をもっとったら、空を飛ぶことができます。」
 「ふうん、そうか。よしよし。今までよう働いてくれたんじゃから、お礼として、そのお守り札をおまえにやろう。」
 「いや、それではわたしの気がすみません。わたしも備中一の古ギツネと言われたキツネでござります。これから、お釈迦様の行列をお見せして、おじゅっさんをじょうずにだますことができたら、お守り札をもろうていくことにします。」
 「ふうん、なるほど。よし、わかった。」
 「そんなら、さっそくこれからおじゅっさんを立派な御殿へ御案内しますから、ちょっと目をつぶって下せえまし。」

 じゅっさんが目をつぶっておると、ガタンと大きな音がした。びっくりして目を開けると、そこは立派な御殿の庭で、黄色い衣を着たおじゅっさまが、木の間から、しゃなり、しゃなり、しゃなりと出てきた。そのあとから、だいだい色の衣のおじゅっさまや、紫色の衣のおじゅっさまが、つぎからつぎからへとおおぜい続いてやってくる。そして、最後に、いちだんと立派な金色の衣をまとったおじゅっさまが、しゃなり、しゃなり、しゃなりと、こちらに近づいてこられた。

 「あっ、このおかたがお釈迦様だな。ありがとうぞんじます。」
思わず、おじゅっさんが大きなおじぎをしたとたん、ガタンと音がした。びっくりして頭を上げてみると、立派な御殿もおじゅっさまたちも消えて、もとの古寺に変っとったんじゃ。そして、空の向こうの方に、キツネの姿が、ぽつんと小さく見えていたんじゃてえ。

語り手:佐藤 晋(備前市伊部)
岡山県小学校国語教育研究会編 「岡山のむかし話」より