日本昔話原論稿
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<日本人> | 考古学・歴史学によれば、日本民族とアイヌ民族との遠祖は、旧石器時代から日本列島で生活してきたとされる。このうち、本州・四国・九州の、いわゆる日本本土では、縄文・弥生時代以降、大陸の東北アジアからの渡来人を多数迎え入れたが、沖縄・奄美地方(南西諸島)の日本民族と北海道のアイヌ民族とは、縄文時代以前から住みつづけてきた人々の子孫がほぼそのままつづいているとされる。 |
<日本昔話> | 従って日本昔話−日本人の昔話は、大別すると日本民族とアイヌ民族の二つの民族の昔話、さらに日本民族の昔話は、本土人といわば、縄文系日本人とされる南西諸島人のそれぞれの昔話と、三つの系列に分けてみるべきであろう。 昔話学に隣接する言語学者の見解によれば、日本語の祖語は約2000年前以降に、徐々に本土方言と沖縄方言とに分かれていったとされ、それは、本土昔話と沖縄(南西諸島)の昔話との関係について少なからぬ示唆を与えてくれる。 |
<昔話> | つぎに「昔話」なる呼称は、日本民俗学の創始者、柳田国男の案出した学術用語である。柳田の監修した『日本昔話名彙』(1948)などに示された日本昔話の全体像によると、それは完形昔話と派生昔話(因縁話・化物話・笑話・鳥獣草木譚)とに二分される。前者は神話を継承して分岐したもの、後者は神話から派生し、その一部のモチーフをもって構成されたものとされる。 昔話の語り手たちは、前者の完形昔話を「むかし」とか「むかし語り」と、後者の派生昔話を「はなし」などと呼んで区別した。 |
<形式句> | 「むかし」は話の発端と結末に地方色の濃い形式句をつけることが多い。一般には「むかしむかし」ではじまり、「めでたし、めでたし」で閉じられる形式である。 それは、たとえば『今昔物語集』で一話が「いまはむかし」で始まり、「となむ語り伝へたるとや」で結ばれるものと同じ機能をもっていた。すなわち、このような形式句は、本来は、語り手の語る物語が褻(け)のはなしではなくて晴(はれ)の話であること、従って、聞き手が恭しく承るべき大切なものであること、を聞き手に確認させ、警告するものである。 |
<伝承> | この前後の形式句で示される昔話は、「昔語り」と呼ばれる、非日常会話的な抑揚とまをもって語られる。一方、これを聞く聞き手は、語り手の語りに応じてあいづちを打ち、話の内容を納得し承認していることを語り手に告げて、次への展開をうながす。また、「はなし」の聞き手 は、あいづちの代わりに哄笑や半畳を入れるなどして、話を楽しんだり、けなしたりする。いずれにせよ、聞き手は、一方的に昔話を承るのではなくて、昔話の成立に参加している。語り手は気ままに物語るのではなく、聞き手の反応によって方向づけられ修正される。 従って、口承文芸たる昔話は語り手が聞き手に語るたびごとに成立する一回性の文芸であり、またその伝承の場で次の世代に迎えられるようにつねに新生しつづけるものである。昔話が時代とともに変化し、長い生命を保ってきたのは、このような、伝承の場における語り手と聞き手の再創造的構造にもとづくものといえる。 |
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<口頭伝承> | 言語学者によれば、人類は数万年前の旧石器時代に、音声言語を持ったとされる。以来、その思想や感情を言葉によって人々に伝え、またそれを語りつぎ言いついで、後世の子孫や異民族に伝えてきた。口承の、民間説話(昔話・伝説)・神話、民謡・わらべ唄などである。それらは、洞窟絵画や装飾古墳・石器・土器・などに残された絵、また遺物や遺跡などとともに最古の文化遺産の一つといえる。 口頭伝承の文化遺産は次の諸点で他の文化遺産と異なる特色を有している。 (1)それは人間の思想感情をこまかく論理的分析的に盛りこむことができる。 (2)それは語り手から聞き手へ伝承のたびに再創造され、必ずしも固定的ではない。 |
<文字文化・口承文化の併存社会> | (3)人類は約5000年前に、線刻文字・楔形文字を発明して文字 の時代に入り、文字による文学や記録をもつことになった。ただしそれは限られた民族、限られた少数の人々のみ許されたことで、多数の人々は、現代においてすらより多く口承文芸を楽しみ、話し言葉を伝達の手段としている。従って文字文化と口承文化は、現代にあっても併存しつづけている。日本昔話のおかれた状況も、この両文化併存社会に他ならない。 |
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<最初の伝承> | ここであらためて、人類のたどった口頭伝承の歴史をふり返ってみよう。はじめて言葉をもった太古の人類は、その思いを表現し伝える手段として、絵画や音楽や造形だけではあきたらず、言葉による物語や歌謡などを語りつぎ歌いついで、子孫や異郷の人々に伝えようとした。 |
<語り部> | そのため人々は、口承を専業とする語り部を用意した。ムラでは、ムラムラの「古老」が語り部をつとめ、有力な氏族は氏族お抱えの語り部をもち、国には国の支配者の語り部がいた。 また、アイヌ民族のユーカラの類は、神々の言葉をアイヌに伝える、巫女のうたう巫謡を起源とするとされる。すなわち巫女は、アイヌの専業語り部でもあった。 これらの語り部は、一族の始祖の誕生、その生涯の事業、英雄たちの活躍ぶり、ものごとの起源、天変地異など、一族の生存、繁栄のために欠かせないさまざまな事件や体験を子孫に伝えることを任とした。 |
<神話・伝説> | このようにして語り部の口承した物語や歌謡は、神話ないし伝説と呼ばれる。 神話は、神々が、物語の主人公として登場し行動する物語で、その神秘的な内容を信じる語り部と聞き手とによって伝えられた。従って神話はまた、同じ伝承事情によって伝えられる伝説につながっている。 |
<昔話> | さらに昔話も、語り手(伝承者)から聞き手に口承される物語で、神話・伝説と連続的な関係をもっている。これらの相違は、これを伝える側の語り手と、聞く側の聞き手との内面的な関係に由来している。すなわち、語り手がそれを恭しく語り、聞き手が恭しく承るとき、その物語は神話ないし伝説の装いをもつ。また、その物語をたのしんで語り、たのしんで聞くならば、かりにその物語が神話的、伝説的な装いをとどめていても、それはもはや神話・伝説から昔話の世界に泳ぎ出している。 |
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<タイプ> | 聞き手に気にいられた昔話は長く人々の間に語りつがれ、広い地域に広がっていき、一つの地方、一つの民族に共有される話となることがある。物語のタイプとは、こうして、一つの核心となるモチーフを中心に組み立てられた話を広い地域の多くの人々が同じように伝えているものを言う。物語のタイプは昔話において最も多く認められるが、神話ないし伝説においても、昔話につながる同じタイプの物語が少なくない。 神話・伝説は、その最初の生誕地ではある特殊な体験から語り起こされるものだが、他の地域の異民族にあっても、同じ歴史的体験をもったとき、それと類似した神話・伝説が語りつがれることであろう。たとえば、採集生活から農耕栽培の生活への移行の事情は、民族によって異なり必ずしも同時代にいっせいにされることではないが、その同じ革命的変化の体験が複数の民族で語り伝えられたとき、その内容はきわめて類似してくることであろう。 その一つの例「穀物盗み」では、はじめ、物語の主人公の英雄が穀物の種を神に求める。しかし神はそれを与えてくれないので、英雄は神の目を盗んで種を盗み出す。人々は英雄のもたらした種をまき農耕を始める、となっている。採集生活から農耕生活への移行の具体的状況はさまざまであろうが、人類の多くが体験した同様の歴史的変革である。それは神々の管理のもとにあった植物の生育を、神に代わって人類が受けもつことである。それは疑いなく、失敗の連続を克服して手に入れた農耕技術であったろう。そして、その同じ体験を多くの民族が持った。「穀物盗み」の物語タイプ(IT9)はこうして、多くの民族や広い地域で共通にもたれることとなった。 昔話を中心としたこのような物語のタイプは、まとめていえば国際性、通時性の属性を認めることができよう。 |
<タイプの国際性> | 1 タイプの国際性 ある一つの民族の伝承に認められるタイプは、しばしば他の民族の伝承の中にも存在する。隣接する異民族間にそれが多いのは、当然予想されることだが、遠く離れ、過去に全く交渉のなかったとされる民族の伝承の中にも、少なからぬタイプの一致ないし類似が認められる。 先に述べたように、そのようなタイプの中には、かつてたどってきた人類史上の長い過程で共通の体験をし、それを刻み込んだ伝承であることもある。 また、より多くの場合、あるタイプは、それを伝承する民族から、伝承のない異民族に伝播することがある。その場合、その二つの民族のもつ言葉は、多くは異なっているが、両者が接する地域の人々は、交易などのため交渉する必要が少なくない。そこで、二つの民族にはそれぞれに、相手の言葉を理解し、用いることの可能な人々−いわゆるバイリンガルが必ずいて、彼らが両者の橋渡しをしてきた。また、彼らは、しばしば婚姻の機会もあり、それによって交流は一層深まってくる。こうして、長い時間のなかで、言葉や習俗の違い、国境などの障壁は、昔話のタイプの伝播のうえでさほど深刻なものではなかったと考えられる。 また、その二つの民族がいずれも文字社会であれば、伝承を記した文献の媒介によって、伝播することもありえよう。その場合は、まず文字階層が、外書を翻訳し、その内容を一般庶民の聞き手が理解できるように、語り広めるという過程をたどることになる。たとえば漢訳仏典が日本に伝来し、それにのせられた仏教説話などを、日本の僧侶がわかりやすい説教に盛りこんで人々に伝えるなどである。 このように、ある民族の伝承タイプは、さまざまな経路をへて異民族に伝わり、数千年の年月をへて、いずれの民族の保有するタイプも国際色を濃くしてくる。その結果、ある一つの民族にのみ伝承するタイプはきわめて稀な例となっている。 ただし、あるタイプが民族間を伝播していくとき、それは必ずしも元のままではなく、多くはそれを受容する民族のもつ信仰、思想、感情、生業などに添って受け入れられる。即ち、伝播のたびにタイプの具体的構造が変化し、それに伴ってそのテーマ、登場者、様式なども移っていく。 タイプの国際性は、その濃淡こそさまざまであるが、すべての民族の伝承にわたって認められる。 |
<タイプの通時性> | 2 タイプの通時性 民間説話のタイプは、既述のように口承の昔話によって認定されるが、その相当数が、遡って過去の口承の内容にも存在したことは、ほとんど疑問の余地がない。それは、文字によって記された古文献の内容が十分証明するところである。すなわち昔話のタイプの多くが長い伝承の過去を背負っており、その折々の内容は、残されたその当時のさまざまな古記録−神話、説話、物語、紀行文、随筆、日記、能、狂言、歌舞伎、古典落語、歌論など多くのジャンルに投影して残されている。 すなわち文字の時代にはいると、口承の昔話は、そのまま記録されることはまずないが、文字階級の人々によって記載されたさまざまなジャンルに形を移して現在に伝えられた。そこで先に述べたように、その社会では、口承文化と文字文化とが併行し交錯して、相互に影響を与えたり、受けたりしてきた。 ただし、無文字社会をつづけた民族−近くはわがアイヌ民族やシベリアの多くの少数民族、南北アメリカのインディアン、アフリカ、オセアニア、台湾などの多くの原住民においては、その口承する神話・伝説などは文字社会の民族と異なって、いわば純粋に古い伝承を保ってきた可能性が大きい。 一方文字社会となった民族では、その残された古文献によって、ある種の昔話タイプのたどってきた足跡がうかがわれよう。すなわち、古文献に残され、そこに認められるタイプは、いわば口承の投影であって、その実体ではないが、そこに口承昔話の歩みをうかがうことができる。 |
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<研究とタイプ> | このように、タイプはあらゆる伝承文芸に、時代や民族の相違にかかわらず、普遍的に内在する。それは、創造性、固有性を生命とする文学 作品との本質的な区別点といえる。従って、伝承文芸をタイプを基準と して把握し分類することは、その研究の第一歩であり、本質の究明につ ながる道となるだろう。 |
<モチーフ>
<核心モチーフ> |
タイプは、単一または複数のモチーフによって構成される伝承文芸の 単位である。またモチーフとは、物語の主要登場者の一つの行為をいい、そのうちその物語の主題につながるモチーフを核心モチーフとする。 |
<タイプの認定> | タイプはある伝承文芸がつぎのような条件をすべて備えたときに認定 される、すなわち、ある一定の時代の、まとまった一つの伝承圏におい て、少なくとも三地点以上の伝承者がひとしく伝えている文芸の内容に ついてである。 |
<タイプ・インデックス> | 世界の伝承文芸研究において、そのタイプが学問的に究明され、認知
された最初は、フィンランドのアアルネ(Antti
Aarne)が1910年にまと めたVerzeichnis
der Marchentypen(『昔話話型目録』FFC3)である。ア
アルネの企図するところは、人類のすべての民族の昔話を統一的な共通
の番号と名称によってまとめることであった。当初ヨーロッパの一部を
対象としたこの分類は、後にトンプソンの協力を得て、1927年にThe
Types of the Folktale, A
Classification and Bibliography(『昔話分類と文 献目録』FFC74)としてまとめられ、「AT」の略称で世界の多くの研究
者に使われ、今日に至っている。 このタイプ・インデックスは、ロシアの文芸学者ウラジーミル.プロ ップが評価するように、人類の昔話の記号化を最初に志し、研究の科学 性を保証した。また、これについでS.トンプソンが1932−36、1966 年にまとめたMotif-Index of Folk Literature(『民間文芸モチーフ索引』 FFC106-109,116,117略称TMI)もATと同様、人類の民間文芸がもつ モチーフを統一的にまとめ、記号化したもので、ATと姉妹関係の成果 といえる。 その後ATに引きつづいて、多くの民族や国家の昔話の分類記号化が 試みられたが、それは大別すると、@ATの分類に従って、一つの民族 の昔話の分類を行うもの、AATの行った記号化はするが、ATの分類 とは別にその民族・国民の昔話に即して独自の分類をし番号を与えるも の、に二分される。たとえば東北アジアの日本・韓国・中国(漢民族) ではつぎのようである。 1 独自の分類を志したもの |