タイトル 君がいるだけで
内容(参照)
「ビッグコミックオリジナル 1999年4号」より
初出掲載誌 ビッグコミックオリジナル 1999年4号
発行元 小学館
単行本 高橋留美子傑作集 専務の犬


<解説>

 前年の「お礼にかえて」に続いて、タイトルでは心温まる光景をイメージさせておいて、その言葉に続く実際の意味はあまりよくないものだったというはずし方をしてきた作品だ。しかし、ビッグコミックオリジナル掲載の高橋留美子劇場作品は、これまで何度も読み返すごとに味わいが増してくる作品が多かったという印象が強いのだが、この作品は一読で人の心にダイレクトに響いてくるものがある。数ある本シリーズ作品の中でも秀作と言えるだろう。

 この作品では、元会社重役で失業中の堂本氏、タイからの留学生で日本語がわからないアッチャラー、若くして会社勤めに挫折して脱サラした気弱な弁当屋の店長の3人の性格、立場、生き方の違いが非常にうまく描かれ、絡み合わされている。

 正義は我にあり、自分は間違っていないと強気な攻め一辺倒の堂本氏と周囲との摩擦を避け、極力穏便に事を済まそうと頭を下げまくる守り一辺倒の気弱な店長との対比…。同ように未知の環境に立たされながら、柔軟かつ積極的に自らを変化させ、環境に順応していったアッチャラーと根本的な部分はそう簡単に変えられなかった堂本氏との対比というのも非常に計算された描き方がなされている。

 そのほかにも、子供のいたずらに対して「子供のしつけく、らいちゃんとしなさいっ。」と母親に説教する堂本氏と余計なお世話とばかりに反撃する若い母親の対比。誠実かつ積極的に働く外国人留学生のアッチャラーと自分の勘違いをアッチャラーのせいにするいい加減で不誠実な日本人の若者の対比など、様々なものがこの作品には詰まっていて、見逃せない部分が多い。実に情報量の多い作品と言える。

 この作品で、特に心に響くシーンが2つある。1つは、「店長、あんた…くやしくないのかねっ!?」と問いただした堂本氏に対して、店長が「あなたが私の分まで、怒ってくださったから… 私は、あなたの分まで頭を下げたのです。」と答えたシーン。そしてもう1つは、公園で堂本氏が「そんな簡単に、変われるわけないじゃないか。」とつぶやいて涙をこぼすシーン(その前後のアッチャラーとのやりとりも含めて。)だ。特に、後者はこの作品最大のクライマックスであり、単に頑固な中年サラリーマンの悲哀というだけでなく、多くのことに当てはまる深い意味も感じられる。

 「君がいるだけで」というタイトルは、かつて米米CLUBがヒットさせた曲のタイトルと一致する。詳細は不明だが、曲の歌詞と作品の内容、雰囲気を考えると、この曲からのネーミングである可能性も充分にある。ちなみに、この曲は1992年の年間シングル売り上げ第1位、すなわち、1992年最大のヒットであった。この年、飛鳥杏華がパソコン通信を始め、一刻会に入会し、同人としてのデビューを飾っている。偶然(?)の一致に何やら因縁めいたものも感じる作品である。


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